【 9 】
マジックタワー前は一旦退避していた見物人たちが再びわらわらと戻ってきて、騒然とした雰囲気になっている。
ケータイで事故を目撃したことを外部に興奮気味に話している人、持って来ていたカメラでバシャバシャ写真を撮りまくる人、蜂の巣をつついたようにとにかくうるさく騒ぎまくる人、色々だ。
しかしその傍若無人な野次馬行動もすぐに中止させられた。
「皆さんっ!! 危険ですから下がって下さいっ!!」
と何度も叫んでいるせいで声が枯れ始めてきている作業員さん達が、本格的に締め出しを始めたからだ。
「さぁさぁ君達もここから出て出て! ここ一帯はこれから封鎖するから!」
少し離れた場所にいた僕らの所にも作業員さんが来てしまった。
困ったな、カツを待っていたいのに…………。そうだ!
「あ、あの……、この子、今の事故を見てショックで気分が悪くなっちゃったんです。ここからは出ますけど近くで休ませられるような所はありませんか?」
僕のお願いを聞いた作業員さんは血の通っていない蝋人形のような真柴さんに目を向ける。
「お、本当に顔色が悪いな……。そうだな……よし、ついておいで」
そう言うと作業員さんは僕らを誘導する。
僕は真柴さんのスクールバッグを代わりに持ち、石垣から立ち上がらせた。
作業員さんは黄色の立ち入り禁止のロープを一旦外し、「こっちだよ」と手招きする。僕らも従順にその後に続く。
百メートルほど進むと、植樹や芝の張り込みの終わっているスペースがあった。そこで足を止めた作業員さんは、大きな木々が立ち並ぶ一角を、節くれだった太い指で指し示す。
「ほら、あの木陰の下でその子を少し休ませるといい。この辺りは作業はやっていないけど、その子の気分が良くなったらそこの道から回って公園の外に出るんだよ? 絶対にさっきの場所に戻ったり、園内を勝手に中を歩き回らないように。いいね?」
「分かりました。ありがとうございます」
作業員さんに丁寧にお礼を言うと、「いやいや」と少し照れ笑いを浮かべながら、作業員さんはマジックタワー前に急いで戻って行った。
「良かった、ここなら手当てが終わったカツが通る所がなんとか見えるね。カツが来たら僕がここまで呼んでくるよ」
でも真柴さんは返事をしてくれない。まだ落ち込んでいるようだ。
「顔色、戻らないね……。ここに横になる?」
だけどまたしても真柴さんは一言も言葉を発しないで首を横に振った。
うーん、カツの怪我のことが相当ショックなんだなぁ。まぁ気持ちは分かるけど。
ここはカツのためにももう一度フォローしたほうがいいのかな?
「真柴さん、あんまり自分を責めないほうがいいよ。きっとカツだって真柴さんがそういう顔するのが嫌だから、ああやって気付かれないように背中を必死に隠していたんだと思うしさ」
「…………」
あーぁ、良かれと思って言ったこの僕の励ましは全くの逆効果だったみたいだ。真柴さんの膝に置かれた両手にポタン、ポタン、と涙が落ち始めている。
今度は僕が泣かしちゃったのか……。ハンカチ、ハンカチ……って真柴さんにさっきあげたんだったなぁ。どうしよう、僕もうハンカチ持ってないや。
ひっく、ひっく、と嗚咽を漏らす真柴さん。もうこの涙を止めて上げられるのはきっとカツだけだ。部外者の僕じゃ出来ないよ……。
「ここで待ってて! カツが来ないか見て来るから!」
ハンカチも無く、泣き止ませることも出来ないのに側にいるのがいたたまれなくなった僕は、そう言って真柴さんから離れた。でもさっきの作業員さんにあちこち出歩かないようにと強く念を押されていたので、彼女の視界に入らない程度の距離に留めておく律儀さは忘れない。
少し先に仮設事務所が見える。
仮設とは名ばかりで二階建てプレハブのかなり大きい建物だ。そりゃあこれだけの規模の開発をするんだもんな、当然か。それにあそこだけではなく、この敷地内に幾つかまだああいう事務所は建てられているんだろうな。たぶん今頃は今回の事故の対応で現場はパニクッてるはずだ。
上空から荒々しいプロペラ音が聞こえてきた。 あれ? あのヘリは…………。
やっぱりそうだ。僕のいるべき世界で朝に見かけたピンクのヘリコプターだった。
ヘリはまたしても騒々しい音を立てながらシウラ公園予定地の上を忙しく旋回している。
元々この辺りを飛んでいたとはいえ、情報が早いなー。さっきの野次馬つくしさん達の誰かが新聞社とかTV局に連絡でも入れたのかもしれない。
やがてヘリはマジックタワー上空でホバリングを始めた。
トシさんに貰った眼鏡で視力が上がったせいで、機体の横にある某テレビ会社の有名なロゴマークがはっきりと見える。他社に先駆けていち早く撮れたスクープ映像を速報として報道している最中なのかもしれないなぁ。
ピンクのヘリコプターをぼんやり眺めていると、突然背中に蹴りを入れられる。
「イタッ!! ……あっカツ!?」
カツが帰ってきた。
いきり立っているその表情を見る限りではまだ憤怒モードは持続中みたいだ。背中が破けてしまった白シャツを前も止めずにただ羽織っているだけなので、包帯でぐるぐる巻きにされている胴体が正面から丸見えになっている。
「包帯すごいね。大丈夫?」
「軽く擦っただけなのにこんな大げさに巻きやがって暑苦しいったらないぜ! それよりてめぇ!!」
カツはそこで言葉を止め、突然スラックスの後ろのポケットから銀色に光る細長い物を素早く取り出した。その形状を見た僕は青ざめる。
そ、それってまさか飛び出しナイフッ!?
カツ、君はさっき真柴さんがしてくれたキスのことをまだ怒っていてそれでこの僕を……!
鞘の上部分についているボタンをカツが素早く押す。シャキッという金属独特の冷たい音がした。
―― ああっ殺られちゃうッ!!
僕は強く強く目を閉じた。
こんないい天気なのに、空は抜けるような五月晴れなのに、僕の視界は一気に真っ暗。
そしてこの体ももうすぐこの闇の中に沈むんだ……。
「でよ、ヒナはどうした? 学校に送り届けてくれたか?」
…………エ?
恐る恐る目を開けてみる。
すると先ほどの身を挺した大救出で金髪のヘアスタイルが大きく乱れたカツが、飛び出し型の櫛で熱心に髪のセットをしている様子が目に飛び込んできた。
……た、た、助かったぁ………、本気で殺されるかと思ったよ……。
「何お前ビビッてんだ?」
目を閉じ、直立不動で死のカウントダウンを聞いていた震え気味の僕をカツは思い切り不審がっている。
「そ、それ、ナイフかと思ったんだ……」
「あぁこれか? へへっ、いいだろ? 俺がよく行くショップで売ってるのをこの間見つけたんだ。これをちらつかせれば気の弱い奴はそれだけで逃げて行っちまうし、いきなり取り出せば今のお前みたいに一瞬ビビるからな。その腰が引いた所を逃さずぶっ飛ばすってわけよ!」
ニッと笑いながらカツは自慢気に言う。
チェッ、こっちは君のせいで二度も死の覚悟をしたっていうのにさ。




