【 8 】
よーしっ、危険を顧みず頑張ったヒーローのためにここは僕もカツの手助けをしてあげようっと!
「真柴さん。こうやってカツも素直に謝ったし、もう許してあげようよ」
「余計なこと言うんじゃねぇ!」
せっかくフォローしてあげてるのにカツが僕に噛み付いてくる。
「この嘘つき野郎がっ! 何が “ 似たような顔のよしみでヒナを譲る ” だ! てめぇに言われなくても元々俺のモンにするつもりだっての! テメェだけは絶対に許さねぇからな! さっきの詫びとして一発殴らせろっ!!」
シーン
急に三人の間に水を打ったような静けさが。
僕と真柴さんがそれぞれじっと自分を見つめていることに気付いたカツが「な、なんだ?」と慌てた声でキョロキョロと僕たちを見ている。
いやー、やっぱりここの僕はバカだ。ここに堂々と認定します。認定書授与は面倒なんで省略させていただくけど。
「な、なんだよ! お前ら急に黙りこくりやがって気色悪いな!」
「……カツ。君、今さ、真柴さんに告白しちゃったの気付いてる?」
「あぁ!? 何言ってんだ、お前!?」
「やっぱり気付いてないみたいだよ真柴さん。どうする?」
僕の問いかけに困りきった顔で赤くなる真柴さん。
あーもうっ! どの世界の真柴さんもこういう時みーんな表情が違うのに、どうしてみーんな同じように可愛いんだろう。本当に罪な人だ。
そんな罪作りな女の子、真柴 比奈子さんは頬を染めてそっと遠慮がちにカツを見る。
「カツ……、あなた私のこと、好きなの……?」
「ぬわにいぃ!? だだだっ、誰がお前のことなんか…」
「カツ!!」
僕はカツに向かって鋭く叫んだ。
こんな気の弱い僕がこんな暴れん坊の僕を怒鳴るなんてむしょうにおかしくなってきた。
そしてカツに向かって「後悔しても知らないよ?」とだけ呟いた。歯軋りをしながらまたしてもそっぽを向くカツ。
はぁー、まだ意地を張るのかい。しょうがないなぁ。
「おーい、そこの君達ー!! 大丈夫だったかー!?」
小山の上にいた数名の作業員さん達がそう叫びながら僕らの方に駆け寄って来る。するとカツは急に立ち上がり、その姿勢のまま数歩後ろに下がった。
「ケガはなかったかい!?」
作業員さんが僕らの安全を確認してくる。
カツは「大丈夫だ」とぶっきらぼうに答え、真柴さんも同じように答え、雪崩に巻き込まれていない僕も当然怪我などしているわけもないので、はい、はい、と適当に返事をしていた。
だけど違う方向から駆けつけてきた作業員さんの一人がカツの背中を見て叫ぶ。
「おっ、おい君っ!! 怪我をしているじゃないか!!」
「エ!? カツ、あなた怪我したの!?」
真柴さんはカツの背中に回ろうとした。
だけどカツは素早く身体の向きを変えて真柴さんの視界に自分の背中が入らないように身をかわす。
「見せてっ、カツ!」
「大した事ないっての!」
「何を言ってるんだ、こんなに背中を擦ってるじゃないか!! 早く手当てをしよう!! さ、君、あっちの事務所に来るんだ!!」
怪我に気付いた屈強な作業員Aさんがカツの腕をガッチリと掴む。
「い、いいって! 離せよ!」
「駄目だ! さぁ!」
「離せって!!」
抵抗するカツを取り押さえるためもう一人の作業員Bさんも助っ人に入り、カツはまるで両側から拉致されるような格好で体を引っ張られる。その時カツの背中が初めて僕らの視界に入り、真柴さんが口の中で小さく叫ぶ声が聞こえた。そして僕は思わず今自分の立っている足元を見る。
―― そうだ、カツが真柴さんを抱えて背中から滑り込んだこの場所はまだ草を植える前の荒れ地だった……。
僕らの足元にあるでこぼこしたいくつもの尖った石の塊はカツの背中の表面をシャツごと切り裂いていた。
破れたシャツの所々から血が滲んでいる背中が見え、その血はペイントアートのように残った白いシャツの部分を赤のまだら模様に染めている。しかもその血塗られた真紅の染色作業は今も休む事無く続行中だったのだ。
僕はこの時カツを初めて尊敬した。
ついさっきはバカの認定証を授与するなんてふざけたことを思ったけどそれも全面撤回するよ。
これだけの裂傷を負いながらその痛みをおくびにも出さず、僕らに背中を見せないようにしてそれを気付かせなかったカツの強靭な精神力に僕は心から感服していた。
「お、おい勝利! お前ヒナを学校に連れて行ってやってくれ! 俺のことはいいからよ! 分かったな!?」
作業員さん達に両側から連行されているカツが僕に向かって叫ぶ。
僕は頷き、「分かった!」と大声で返事をしてカツを安心させてやった。初めて並行世界の僕に名前を呼ばれたなぁ……。
「君たちは怪我が無いんだね? じゃあすぐにそっちから出てくれ! ここは元々立ち入り禁止区域なんだから!」
現場監督らしき中年のおじさんに叱られたので「はい」と返事をしてからここから一旦出よう、と真柴さんを促した。
連れ去られていくカツの背中をまだ見ていた真柴さんの顔色はぎょっとするぐらいひどいものだった。
トシさんの世界のショートカットの真柴さんもあまり良い顔色はしていなかったけど、今の真柴さんはもうほとんど幽霊に近いような顔色だ。誇張表現一切なく、顔色が青ざめるというのはこういう顔をいうのだろう。とりあえず工事現場から出て、近くにあった石垣に真柴さんを座らせる。
「真柴さん、カツを安心させる為にさっき僕、分かったって言ったけど、どうする? 一緒に学校に行く?」
真柴さんは青い顔のまま、無言で何度も何度も強固に首を横に振った。
……うん、そうだよね。
心配しないで。ちゃんと分かってるよ。大丈夫だよ。
「じゃあここで待とう。カツの手当てが終わって戻ってくるまで」
やっと真柴さんは首を縦に振ってくれた。
どれぐらいかかるかな、カツが戻ってくるまで。
遠くに小さく見える仮設事務所に目をやりながら、僕はこの先、どうすればこの二人が上手くいくのかを必死に考えていた。




