【 7 】
―― え?
な、何?
これは夢?
っていうか僕?
いいの真柴さん? あなたの唇、とっても柔らかいですよ?
あぁそうか、これはカツに対する当てつけですね? ……ということは……?
…………横のこれは殺気? なんとなく予感? さりげなく恐怖? 忍び寄る死?
―― 前略、お母さんへ ――
僕は今日ここで殺されます。
トリップした並行世界の一つ、シウラマジックタワー前で非業の死を迎えそうです。
僕を生んでくれてありがとう。ここまで育ててくれてありがとう。
どうしようもない僕だったけどお母さんには感謝で一杯です。
最後に真柴さんとキス出来たし、たぶんこのまま死んでも浮遊霊にならずに
成仏出来そうな気がします。だから心配しないで下さい。
天国へ行けたら雲の上から皆を優しく見守っていきたいと思います、まる。
―― 勝利より
「て、て、て、て、てめぇらっ!! 白昼堂々と何やってやがんだあああああぁぁぁぁぁ――ッ!!」
カツの怒号が響き、現実に引き戻される。
こ、怖い……ッ!
こめかみに浮き上がっている血管は今にもブシューッと音を立てて豪快な血泉が噴き出しそうなぐらいにピクピクしている。烈火の如くお怒りになられているのは間違いない。
あぁ夢のようなめくるめく甘い甘い一時の後は、ぬるぬるとした血だまりの中での怒涛の修羅場を体験しちゃうのかな僕は…………。
「ふんだっ! カツなんか大っっ嫌い! どうせあたしは負け組の女の子よっ!」
もう一度べーと赤い舌を可愛らしく出し、真柴さんは僕らの後ろの方に走って行ってしまった。
―― 【 入るな、危険!! 】 と書かれたエリアの方に――。
「カ、カツ! まずいよ! あっちは立ち入り禁止エリアだ!!」
でも僕の叫びよりも早く、カツもその事に気がついていた。素早い身のこなしでこちらに走り寄り、そのまま真柴さんを追う。
「待てヒナッ! そっちは危ねぇっ!!」
「何よっこっちに来ないでっ!!」
だけど後ろからカツが追ってきていることを知った真柴さんはムキになってますます走るスピードを上げて行く。
うわっこっちの真柴さんもかなり足が速い! 二人揃って体育会系なの!? 僕も慌てて後を追ったけど二人からどんどんと離されていってしまう。
「バッバカ野郎ッ! そのレバーじゃないッ――ッ!!」
斜め前にある小山の上で作業をしていたトラックから野太い男性の叫び声が聞こえてきた。
その方向の光景を見た僕は目を疑う。小山の頂上でこちらに背を向けていた大型トラックの荷台が突然持ち上がり出したのだ。
荷台にはマジックタワーの鉄骨に使用すると思われる、長くて太いパイプが山のように積まれている。そしてそれらは一気に荷台から滑り落ち、まるで雪崩のように押し寄せて来た。
がらがらんとぶつかり合い、激しくもんどりうちながら、地の底にまで響くような地響きを立てて鉄パイプ群は転がり落ちてくる。
それらが牙を剥き、怒涛の如く押し寄せる先には…………なっなんと逃走中の真柴さんがッ!
「ヒナァーッ!! 避けろおおおぉぉぉ――ッ!!」
走りながらカツが叫ぶが、自分に目掛けて襲い掛かってこようとしている鋼鉄の大雪崩を見た真柴さんは驚きで足が竦んでしまっている!
押し寄せてくる鉄パイプの群れの前に放心状態で立ち尽くす真柴さん!!
まずい!! このままだと真柴さんがあれに次々と押し潰されて大怪我をしちゃうよ!!
カツが「うおおおおおおおおおぉぉぉぉ――ッ!」と咆哮しながら更にスピードを上げた。
―― まさに刹那。
それは瞬きのタイミングを間違えたら見逃していたぐらいの一瞬の出来事だった。
大声で自分に気合を入れ、物凄い勢いで突進していったカツが、すんでのところで真柴さんに飛びつき、彼女を鉄パイプの猛攻から救ったのだ。
空中で真柴さんを抱え込んだ後、すかさずカツは自らが下になって地面へ背中をこすりつけながら落下する。倒れこんだ二人の足元を、何本もの鉄パイプがガランゴロンと転がり過ぎていった。
あぁ良かった……と思ったら!!
勢いがあまり衰えぬまま大暴走を続ける灰色の波しぶきが最後に向かった自爆先は…………マジックタワーじゃん!
タワー周辺にいたつくしの群集はこのビッグウェーブが押し寄せる前に突発事故に気付き、みんなあちこちに散らばっていっている。でも真柴さんは助かったけどこのまま鉄骨ウェーブが止まらないとあっちは大変なことになりそうなんですが……。
そして僕の予想した通り、数秒後にバシャーンと鼓膜を貫くような鋭い音が響いた。
…………ほーらやっぱりだ。
マジックタワーのガラスが大破しちゃったよ。土台の基礎部分の鉄骨も修復不可能っぽいくらいにまで歪んでしまっている。
マジックタワーの周囲が砕けたガラスの破片でキラキラと輝いていた。うわぁキレイだなぁ! と一瞬思ったけどとっても不謹慎な気がしたので今の感想はなしということでこっそり内部処理をしておく。
あっそれより真柴さんとカツの所に行かなくっちゃ!
「だ、大丈夫か、ヒナ?」
二人の側に駆け寄ると、カツが自分の胸の上に倒れ込んでいる真柴さんに安否を確認していた。真柴さんはまだ呆然とした顔をしている。
「怪我、してねぇか?」
再度のカツの問いかけにやっと真柴さんは自分を取り戻したようだ。コクン、と頷くとカツの上からゆっくりと身を起こしてそのまま地面にペタリと座る。あれ、もしかして腰抜けちゃったのかな。
上半身を起こし胡坐をかいたカツは肩の埃を払いながら強い口調で真柴さんを責め始める。
「ったく注意力の散漫な女だな! そこに“ 危険! 入るな! ” って立看板があっただろうが!!」
真柴さんは何も言わずにちょっぴり泣きそうな顔でうなだれる。自分に非があるのが分かっているからだろう。そんな真柴さんの顔を見たカツが慌ててフォローを入れた。
「だ、だけどお前が怪我しなくて良かったぜ。だからもう気にすんなよ」
だけど真柴さんはしおれた朝顔のようにまだしょぼんとしている。
しばらくその横顔を見ていたカツはゴホン、とわざとらしい咳払いを一つし、「あー……、あー……」と 校長が朝礼で訓示をする前のマイクテストのような声を出した。
「あー……、あー……。あ、あの、あのよ…………。さ、さっきは済まなかったぁッ!」
胡坐をかいている自分の足をバシッと力強く一度叩きながらカツが真柴さんに少しだけ頭を下げる。
「あれ全然本気で思ってねぇからさ! ちょっとお前をからかってみたかっただけなんだ! でも言い過ぎた! 済まん! 悪かった! 反省してる!」
おー、言えたじゃないの、カツ!
そうそう、過ちは素直に認めて速やかに謝罪しないと! 後々こじれたら厄介だからね!




