晴騎サイド~二年前の回想~
暫くすると筒井が晴騎のテーブルに帰って来て
「ここのマスターが中で話しを聞きたいそうだが」
「わかりました」
「あら、筒井さんもう、このイケメンさんを連れてっちゃうの?」
「あー。すぐに戻るから」
晴騎はカウンターへと足を運び、宙の肩に手を伸ばした。その際、カウンターの美青年を興味本位でチラリと見てしまった。美青年は作り笑顔を浮かべて晴騎と宙を交互に視線を向けて、晴騎にだけニッコリと微笑んだ。
「?」
晴騎は宙に腕を掴まれ我に返った。そして、宙の耳元で
「宙、例の人が話をつけてくれたみたいだぞ」
「わかった。ほな、いこか」
晴騎と宙は筒井の後について一端カウンターの中へと入ってスタッフルームらしい部屋に案内された。その中は外の客らの騒がしい声が遮断され、静かだった。
奥には先ほどカウンターにいたマスターが三人掛けのソファに座っていて、目の前の椅子に座るようにと二人を促した。少し白髪の交じった髪を短髪に揃えて普通の中年男性よりは上品に見えた。筒井はマスター側に立ち、こちらを見ている。
「まず、物を見せてくれる?」
「はい、時間取らせてしまってすんません。これなんですけど」
宙は持っていたスポーツバックから全部中身を取り出してテーブルの上に並べた。
「ほう、懐かし物ね」
マスターが一本だけ手に取りラベルをクルリと回し見た。
「全部で百二十本あるんやけど、そちらの言い値で引き取ってもらえんやろか?売れんかったら処分も考えてるんで無理にとはいいませんけど」
マスターは自分の目の前で五本の指を開いて差しだし
「百二十本で五十万でどう?」
「そんな良い値で買ってくれはるんですか?」
「ここの客層みたでしょ?観光が多いのよ。日本全国からやってくるお客が多いの。その中でもこの筋の人もいるわけでお土産代りに買ってくれるお客もいるはずだから。それに可愛いお二人に色もつけてね」
「分かりました。商品はどんなように受け渡ししましょうか?」
「明日のお昼頃、此処に来てくれる?その時現金と引き換えにしましょ。それでいいでしょ」
晴騎と宙の二人は声を揃えて
「ありがとうございました」
そう礼を言った。
「あはは。そんなに喜んでもらえて嬉しいわ。それよりあなた、ここで働く気ない?」
マスターが宙の顔に手を伸ばして真剣な眼差しを向けた。まるで、新しい商品を見ているような眼差しだった。
「イヤ……俺は……」
「あなたなら、一晩でユキヒロ越えするわよ。ユキヒロってあのカウンターにいたブルーの服を着た子よ。どう?あなた、闘争心ありそうな顔しているけど負けず嫌いでしょ?」
晴騎は宙の横で大きく頷きたい気分だった。それに好奇心旺盛も付けたしてやってくれと言いたいくらいだった。
「すんません。俺、この金で故郷へ帰ろう思ってるんです。家出同然で出て来たもんですから俺を家の方が受けいれてくれるか分からんのですけど、もし、受けいれしてくれんかったら、その時はこの店で働かせてくれますか?」
「そう、事情がありそうね。まぁよく聞く話だけど。その時は二つ返事でOKよ」
マスターがニッコリ微笑んだ。
話が付いて、スタッフルームを出ようとすると、晴騎は筒井に腕を掴まれた。
「なぁ……今夜、パートナーをチェンジしないか?五万出す。何ならあのドラッグも買ってやる。ユキヒロも君の事を大変気に入っているようだし、悪い話では無いと思うが」
晴騎は筒井の手を振りほどいて、外に出ようとしていた宙の腕を掴んで自分に引き寄せ、宙の唇にかぶり付いた。
その行為を察知して宙も晴騎の首に腕を回してきて、暫くは宙の口内に舌をねじ込んで筒井に見せつけた。
「俺、こいつを誰にも渡したくないんです。すいません。色々世話を掛けたけど許して下さい」
「筒井ちゃん。この可愛い二人を祝福してあげましょうよ」
マスターがそう口添えしてくれた。
晴騎と宙はその界隈をどうにか切り抜け地下鉄に降り、ホームに滑り込んできた電車に飛び乗った。電車は空いていた。何処にでも広々と座れる。
ボックス席に向かい合って座るとそこまではずっと無言だった二人もようやく口を開いた。
「はー。ギリギリ切り抜けられたな」
「あぁ」
宙はそれしか返事をしなかった。
「宙?もしかして緊張してたのか?まぁあの筒井って男の厭らしい視線を感じているだけで疲れるだろうけど」
「まぁな……」
「でも、あのマスター結構いい人で良かったよな。俺、もう家に帰れないんじゃないかと心配していたけど、良かったな。別にあのドラッグさえ貰ってくれれば別に金なんてどうでもいいからさ。明日、もしヤバい事になってもあれを置いて逃げようぜ」
「うん、そうやな」
「ん?お前元気ないぞ。どうしたんだよ」
上の空で返事をする宙は電車内の灯りだけが写る窓を見ている。
「宙?」
宙は顔を背けたまま答える。
「俺のファーストキスの相手が晴騎やなんてな……悪い商売していた報いやろか?しかも眩暈しそうに強烈なやつやったし……ある程度覚悟はしてたけど、まさかお前に襲われるとは思わんかった」
晴騎は身を乗り出して宙の顔を覗き込んだ。
「はぁ?ファーストキス?」
宙は返事もせず真っ暗な窓の外を見ている。
「お前……。合コンすると夜は女の子と二人で必ず消えてただろ?やる事やってたんじゃないのかよ?」
「あー。終電を気にしている女ばっかりに声掛けてたさかな。そのまま駅まで送り届けてバイバイや」
確かに宙の声を掛ける基準が分からないと思っていた。選んだ女の子で、どんなタイプが好きなのか全然分からなかったのは事実だ。基準が終電を気にしている女の子とは……
「もしかして……お前まだ……その」
「なんや、悪いんか?法律に違反してるんか?」
「イヤ……ハッハッハッ」
晴騎は大声で笑い出した。散々自分と一緒に遊んでいると思っていた宙が実は全て未経験者だったとは大笑いだ。
晴騎は暫く腹を抱えて笑っていた。宙は不貞腐れた顔でずっと電車の窓を見ている。晴騎はその横顔さえ可笑しくて堪らなかった。
翌日、晴騎と宙は五十万を手にしていた。夕べのマスターから受け取ったのだ。
あのドラッグ120本をスポーツバッグごとマスターに手渡し、足早にその場を去った。
宙は全額晴騎に譲ると言ったがそれは出来ないと断った。結局、晴騎が四十万で宙が十万として受け取る事にした。
残ったドラッグは119本。全部あの相手に売り渡しても良かったのだが、本数が120本でも、239本でも値段は五十万と言ってきただろうと宙は言う。
手元にある現金の金額が決まっているなら相手は出せる金額しか提示しないと宙は言った。確かにその通りだと思った。
定価の決まった商品では無いからだ。
「残り・・・・・・どうするんだよ」
宙の自宅へと向かいながら晴騎が声を掛けた。
「あのな。俺の故郷におる従兄弟が地元で捌いてやるって言うてるんや」
「その故郷って……地方じゃないのか?」
「うん。海と山しかないとこや」
「こんなもんは、都会で売り捌いたほうがアシが付き難いんじゃないのか?」
「そうやけど……その従兄弟が乗る気満々や。あいつ……アホの癖に上手い事捌けるんか心配やけど。物が珍しい分、地方の方が値は跳ね上がるって言うんや」
「あのさ、俺はこの四十万でもう十分だから、その従兄弟にただで譲っていいぞ。そうすればその従兄弟だって、俺たちみたいにやばくなったら逃げ出しやすくなるだろ?元手が掛っていたらそうも行かないだろうけどさ」
「お前……ほんまにええんか?その四十万だけで」
前を歩いていた宙が振り返りながらそう聞いて来た。
「ああ。この四十万だって棚ぼたみたいなもんだし。その代り、もうヤバイ商売は辞めにしよう」
「うん。そうやな。もう……コリゴリやな」
そう言って宙が笑い出した。




