晴騎サイド~二年前の回想~
連れて来られた場所は、晴騎が思っていたようなその筋専用のバーではなく、観光バーと言われる、ヘテロセクシュアル大歓迎のその筋のバーだった。
中に入ると煙草のヤニで黄ばんだ壁が目に入り、籠った煙草の臭いが鼻に突いた。その壁にはなぜかプロレスラーのポスターが数枚張られてあった。いわゆるマッチョな男たちのポスターだ。ボックス席には女性客やその連れには晴騎たちのように若い世代の男達が大勢席に着いていた。何処にでもある居酒屋風の客層に晴騎は少し警戒心を解いた。
店子と思われるのは、やはり全て男性で、半袖のTシャツを腕まくりして筋肉をむき出しにしている輩もいれば、何処から見ても男にしか見えないが女装している輩もいる。
そして、店の中央に位置する通常より低く目のカウンターにはかなり目を引く美形の青年が客に出すアルコールを作っていた。
男にしては長めのショートカットで色白の肌にVネックのライトブルー色のTシャツが良く似合っている。その周りを数人の男たちが取り囲んでいて、その青年は驚くほど綺麗な営業用スマイルをその数人の客へと振りまいている。
この男は、この青年が目当てなのだと晴騎は直ぐに気付いた。男の晴騎から見て、贔屓目に見たとしても宙はその青年よりも上をいくと思った。あの青年に入れ上げ通い詰めているであろうこの男は、街で偶然それ以上の容姿を持った宙を見かけ、堪らず声を掛けた。
だからと言って自分と宙はまだ中学生でこんな界隈とは無関係だ。晴騎は宙の手を離してはいけないと思った。自分の腕にしがみ付いている宙の手を握ろうとすると、宙はいきなり晴騎から手を離して、その美青年のいるカウンターへと歩き出したのだ。そして、その美青年の前に座った。
晴騎はため息しかでなかった。この状況で宙の好奇心旺盛な性格を止めるのは不可能だ。宙にして見ればこんな機会はめったに無いといった位の感覚なのだ。
晴騎はこの男と二人残され、男は二人掛けのテーブルへ行こうと晴騎を誘ってきた。
晴騎は宙から目を離さず、男に従った。
「筒井」
「え?」
「僕の名だよ。君は?」
「俺はゲンジです」
「じゃぁ彼は?」
「ヒカルです」
偽名だと分かったのだろうか筒井はまた、誰の目も見ずニヤリと笑った。
「彼は……何処から流れて来たんだ?関西圏の堂山あたりか?」
「いえ、知りません。道で立ってるあいつを見かけて声を掛けたら家出したって言うから俺の働いている塗装店に誘ったんです。だから、一緒に働いてるんですけど詳しい話はしないんで」
「そうか、つまり君が声を掛けなければ、彼は今でも道に立っていて僕の話を二つ返事で呑んでくれていたかも知れないって事だな。うーん」
残念と言いたかったのだろうか?男はあの美青年と話す宙をジッと見ている。
「彼は頭がいいな。かなりの切れ者みたいだ。ここに来るなり一瞬で自分が一番安全な場所を見極めてその場所に座った」
確かに、言われて見れば自分と良く似たタイプの美青年の前が一番安全だ。この筒井と名乗る男の傍にいるよりは気分的にもかなり違うだろう。
「君は何かスポーツをしているのか?」
「いえ、今はしてません」
「いい身体をしているね。何より姿勢がいい。もしかして剣道とか?」
「はい、そうです。少しだけですけど。今は働いているんでしてません」
いきなり晴騎のニの腕を掴んできた。
「かなり鍛えてたんじゃないのか?高校への推薦の誘いもなかったのか?私学も公立も目が無いな」
筒井の隣に居てこんなに自分の身体を見られていたとは気が付かなかった。
「ちょっと、話をしてくる」
筒井がそう言って席を立った。彼が向かった先に、先ほどはいなかったこの店のマスターと思える中年の男性がカウンター内にはいっていた。どうやら筒井はそのマスターにあの話を持ちかける様子だ。
「こんばんは。初めてよね?筒井さんと知り合い?」
何処から見ても男にしか見えない女装した店子がそう言って目の前に座り、晴騎にウィンクしてきた。
そしていきなりあのカウンターの美青年に向かってガッツポーズを見せた。美青年は膨れっ面になり、親指を下に向けブーイングのサインを送ってきた。
「ホッホッ。早い物勝ちよ」
どうやら自分は筒井と一緒にいた方が安全だったと今、気が付いた。




