晴樹サイド~二年前の回想~
次の週の土曜の夜、宙がその男に声を掛けられた場所で待つ事にした。その場所は映画館や、ショッピングモールが立ち並ぶ人通りの多い場所だった。
夕暮れ時で湿った風が吹き抜け、ショッピングモールの街燈が点灯し始めた頃、宙がポツリと言った。
「晴騎、手繋いでええか?それが嫌やったら腕組ましてくれ」
「はぁ?」
「一応、その筋の振りしよう思ってな」
「わかった」
そう言って晴騎は宙に腕を差しだすと宙が晴騎の腕にしがみ付いてきた。
宙の横顔を見ると思いっきり含み笑いをしている。宙は緊張していると言うよりこれから起きる出来事にワクワクしている風だった。その余裕のある横顔に晴騎は心強いものを感じていた。
実際には背も体格も晴騎のほうが大きいし、力だって全国レベルの剣道の達人である晴騎のほうが強いに決まっている。しかし、なぜか宙に頼っている自分があった。宙が居れば大丈夫だと何かあれば最善の方法で切り抜けられると……。
「今日は、パートナーと一緒?」
そう背後から声を掛けられ振りむくとサラリーマン風の男性が一人そこに立っていた。
何処から見ても会社帰りの普通のサラリーマンで妖しい雰囲気など微塵も感じない男性だった。
「いえ……今日はあなたを待ってたんです」
「ぼ……僕を?もしかして……ウフッ。この前の件、受け入れてくれる気になった?」
その男は誰の目も見ずにそう答えた。
「いえ……そうじゃないんです。ちょっとこれを見てくれますか?」
宙が男の前でしゃがんでスポーツバックの中を見せた。あの百本以上のドラッグを持つのは重量があり過ぎるので、今回は十本ほどだけ持ち合わせた。残りのドラッグは宙の部屋に置いている。
「これを捌きたいんですわ」
その中身を見たその男性は何を思ったのか一回値踏みをするように頭の先からつま先まで舐めるような視線を晴騎に浴びせ、表情を光らせ、また誰の目も見ずにニヤリと微笑んだ。晴騎は寒気がした。
「そんな事ならお安いご用だ。僕についてきてくれないか」
まるでブラウン管越しに話をしているようにそう答えた。彼の目には何も映っていない。自分と言う世界の中だけで話しをしている。そんな風に思えた。
晴騎は宙と一回目配せをしてからその男の後ろを歩きだした。後ろから見るその背広姿の男性はどう見ても普通のサラリーマンだった。行きかう人々はさっきよりも増え、何処にでもいる風貌のその男を見失わないように二人は男の後を追った。
男は一回地下鉄に降りその場所から何度か電車を乗り継ぎ着いた場所は世界に名を連ねるその筋の界隈。晴騎も宙も勿論初めての場所だった。土曜の夜と言う事もあって人の数が溢れている。まだ、宵の口といった時間にも拘わらずだ。
「夕飯……御馳走するよ。この時間はまだ早いからその後からでもいいだろう?」
男は急に立ち止まり、一軒の洋食屋の看板を見上げた。
「ここのオムライスがお勧めだ」
二人の返事も聞かず、その洋食屋のドアを開けた。
オムライスは男が言った通り確かに美味しかった。何の変哲もない普通のオムライスだったが晴騎が今まで食べたオムライスの中ではぴか一だと思った。
「美味しいだろう?」
男は手の中のグラスをクルクルと回し見ながらそう聞いてきた。晴騎は男の目の前に座っている。その隣にはツンとすました顔の宙がいる。目の前の男はグラスを傾けたり少し位置をずらしたり、視線はグラスに注がれたままだ。男は、グラスに写る宙の顔を見ていたのだ。




