晴騎サイド~二年前の回想~
浴室から出るとアズサが部屋着を着て煙草を吹かしていた。
「あれがどんな物か分かったでしょ?相当ヤバイ物よ。何年か前までは違法じゃなかったものだけど規制されて今は違法。あんな物、私じゃどうしようもないでしょ?」
「あれを俺たちに捌けって事ですか?あんな物俺らの手に負えないっすよ」
「シンナーだって売っちゃえばいいだけでしょ?」
「俺たちが相手にしている中高生には捌けないでしょう」
「でも、私もう決めちゃったからね。あれはあんたたちに捌いて貰う。これって半分はペナルティだよ」
「ペナルティ?」
「あのさ、あなたたちね、分かってる?悪い世界って、あんたたちみたいにただの好奇心から深みに嵌る子が殆ど何だよ。これを期にそんな商売辞めなよ。小うるさい年上女の説教だと聞き流すのもあなたたちの勝手だけどさ、あんたの親だって出来の悪い看護師や我儘な患者に振り回されて働いてあんたを育ててるんだよ?宙君の家だってあの可愛いお母さんは宙が命って感じだしさ、もうバカな真似はやめなよ」
晴騎は何も言い返せなかった。アズサの言っている事は間違っていない。
「本当はこれ、ニ十万位で売るつもりだったけど、あげるわ。お金を取ればあんたたちはこれを売るしかないけど、ただならどっかの溝川にでも流して捨てるなりできるでしょ?その代り、警察なんかにばれるような事はしないでよ」
「それでいいんですか?」
「夕べのハルキ君に免じてね。あれの効力のせいもあるけど……最高だった」
「すまん。ほんまにすまん。あの女知りきっとったんや」
宙が項垂れて座り込んでいる晴騎に何度もそう謝った。アズサの部屋を出て少し離れたコンビニの駐車場から晴騎は宙を呼び出した。
座り込んだ晴騎の横にはあのドラッグがギッシリ入ったスーツケースがある。晴騎はこのスーツケースごとアズサに押し付けられたのだ。
「俺、暫く立ち直れそうにない。夕べの自分を思い出せば寒気と吐き気がする」
「そこまで酷い目に合ったんか?ごめんな。お前やったら逃げ切れる思ったんや。ほんますまん晴騎」
「暫く……女見たく無い」
「晴騎、事情はよう分かった。お前を置き去りにした俺が一番悪い。俺が変わりに責任とるわ」
「こんな事ならあの時逃げ出せばよかった。でもさ、自分の親の名前出されるとなぁ」
「まぁ、俺ら二人、結局は親の存在自体に助けられたっちゅうことやな。これ、タダにしてくれたんやろ?あの女、悪い女やないんやけど、手当たり次第に男に手を出すさか看護師仲間から敬遠されとったんや。お前のタイプやないさか逃げ切るやろって思ってたんやけどまさかお前を脅してまで食う思わんかった」
「宙も手を出されたのか?」
「アホ、その時は俺はまだ小学生や。そんな筈無いやろ」
「これは犯罪だよねって言いながら俺を押し倒したくらいだからなぁ。その気はあったかも知れないぞ」
「あぁ、あの女がヤクザの男に引っかからんかったら、もしかしたら俺も食われてたかも知れんな」
そう言って、また昨夜の行為を思い出しては項垂れた晴騎の隣で宙はスーツケースを開けてどんな代物か中身を物色し始めた。
それから直ぐに人目を気にしてスーツケースを閉じた。
「それ、どう言うものか知ってるか?」
「まぁな。聞いた事はある。気化して使う違法ドラッグや。亜硝酸エステル類のドラッグで血圧低下や循環器に障害を残すケースがあって今じゃ、製造も輸入も禁止されとる。暴力団に見つかれば絶好の資金源やし、警察に捕まれば俺ら……もうお終いや」
「それってヤバいよ。俺……大丈夫かな?障害なんか出ないよな」
俺は宙に問いかけた。
「医者にも……かかれへんしな。踏んだり蹴ったりや。晴騎……お前……もう帰れ。帰って家で寝ておけ」
それだけ呟いて宙がスーツケースを引きずって歩き出した。晴騎も重い腰を上げ、宙の後を追って歩き出した。
「宙、それ、どうするんだよ?どこかの川へ捨てるんなら俺も手伝うぞ」
「売れるとこまで売って余ったらどっかへ捨てる。俺に任しておけや」
「買い手があるのか?」
宙は一回晴騎の方を向いて
「俺な、この間、一人でいる時に声掛けられたんや」
「誰に?」
「男に」
「男?」
「つまりそう言う事や。最初一万でって言われて断ると段々値を吊り上げてきてな、最後には五万でって言うてきた。結局断ったけどな。金持ってそうやったから、その男探してこれを買うてもらうわ」
「宙、でもそいつはお前が目当てだったんだろ?こんなもの買ってくれるのか?」
晴騎は歩き出した宙を追いかけながらそう言った。
「このドラッグ、その筋に人気がある物やって聞いた事あるしな」
「おい、それって別の意味で危なくないか?お前、自分を売るつもりか?」
「そんな気はサラサラ無いけど、時と場合によるわ。お前を酷い目にあわしたんやし、俺もそれくらい我慢するわ」
そう言って宙は大通りへと速足で向かい手を上げタクシーを止めた。
結局その日はスーツケースを宙の自宅へ運んで、暫くは宙の部屋へ置く事にした。中身を確認して数えて見るとその瓶は239本あった。1つは夕べ晴騎が試したので本来なら240本だったはずだ。
宙は次の土曜にこれをあの宙に声を掛けた男に言い値で買って貰おうと提案してきた。その男は会社帰りにその場所を通るようで宙に会えば必ずいつも声だけは掛けてくれるらしい。
晴騎は自分も同行すると言った。宙一人には押し付けられないし、どうにでもすると言った宙が心配で仕方がなかったのだ。




