第三話
「古代遺跡に眠る剣の回収――両名に、直ちにその任務へ向かうよう、陛下より命が下りました」
その言葉を聞いた瞬間、隣に立つイリアーゼの表情から、笑みが消えた。
「……あー、来たかぁ」
驚いているというより、覚悟を決めていたような、諦め半分の呟きだった。
「イリアーゼ殿、何か不都合でも?」
「ううん、大丈夫。事情は分かってるから。伝えてくれてありがとう」
「剣って、何の話だ」
「あ、レオンには言ってなかったよね」
「初耳だ、完全に」
気まずそうな顔をしながら、イリアーゼはそれでもあっさりと説明を始めた。
「古代の遺跡に、剣が一振り眠ってるの。ヴァルガ級を相手にするなら、あれがないと勝ち目はないよ」
「なんでそんな大事なこと、今まで黙ってたんだよ」
「黙ってたっていうか……できれば、使わずに済ませたかったから」
「どういうことだ」
言葉を探すように、イリアーゼはしばらく黙り込んだ。
「あの剣、人間にしか扱えない代わりに、私たち召喚士にとっては天敵みたいな力を持っててね。近づくだけで結構な負荷がかかるの」
「負荷って、どのくらいの」
「それは行ってみないと分からない。……これまでも、何組かの勇者と召喚士が、剣を取りに挑んでるんだけどね」
「取れなかったのか」
「うん。負荷に耐えきれなくて、途中で引き返してる。私が知ってる限りでも二組」
軽い口調だったが、その内容の重さだけは、はっきりと伝わってきた。
「じゃあ、俺たちも失敗する可能性がある、ってことか」
「あるね。正直、行ってみないと分からない」
「遺跡は、この近くにございます。半日もあれば着くかと」
騎士が、そう付け加えた。
「うん、知ってる」
当然のように頷くと、イリアーゼは俺を見た。
「行こっか、レオン」
そのまま歩き出したイリアーゼに、俺も続いた。
しばらく歩くと、背後から馬の足音が聞こえてきた。振り返ると、騎士たちが馬を引いてついてきている。
「あれ? お前たち、着いてくるのか?」
「見届けるまでが役目ですので」
ついてくる騎士たちを背後に従えながら歩くうち、俺はふと遺跡のことが気になった。
「遺跡の中って、どんな感じなんだ。地下に潜るとか、何か守ってる魔獣がいるとか」
「え? 別に、そういうのはないよ」
「……ないのか」
「うん。剣は、遺跡の祭壇にそのまま突き立ってるだけ」
「罠とかは」
「特にないと思う。少なくとも、これまで挑んだ組で、罠にやられた話は聞いたことない」
拍子抜けした俺に、イリアーゼは淡々と続けた。
「問題は、剣を取ることそのものじゃなくて、私がその場にいられるかどうか、だから、レオンが引き抜けばそれで終わり」
「……お前が、耐えられるかどうかが問題ってことか」
「そういうこと。だから、剣の強さとか、遺跡の仕掛けとか、そういうのは気にしなくていい。気にするべきは、私がどこまで近づけるか、それだけ」
あまりにも淡々とした説明に、俺は逆に不安を覚えた。倒すべき敵がいるなら、まだ戦いようがある。だが、問題は敵ではなく、彼女の身体にかかる負担そのものだった。俺には、それをどうすることもできない。
背後では、騎士たちが一定の距離を保ち、黙々とついてきた。
◆
遺跡は、思っていたより小さかった。
「この奥かな?」
「かもね。行ってみよっか」
遺跡の奥、剣は祭壇の中央に突き立てられていた。イリアーゼは剣に近づくことすらできず、俺が単身、祭壇から剣を引き抜く。
その瞬間、離れた場所にいたイリアーゼが片膝をついた。
「イリアーゼ!」
「あー、思ったよりキツいわ、これ。レオン、その剣持ったまま、あんまり近づかないでね」
苦しげな息の下でも、口調はあくまで軽い。だが、額に浮かんだ汗の量が、その言葉とは裏腹の負荷を物語っていた。
◆
遺跡の外に出ると、騎士たちの表情が目に見えて明るくなった。
「剣の回収、確かに見届けました。それでは、我々はこれにて」
先頭の騎士がそう言うと、馬に乗ろうとした。
「待て!」
俺は、思わず声を上げた。
「イリアーゼが体調を崩した。宿に戻って、しっかり休ませたい。だから、このまま護衛を頼む」
「……は。ですが、我々の役目は、あくまで剣の回収を見届けることまでで」
「役目とか関係ないだろ。目の前で具合の悪い人間を放って帰るつもりか」
騎士は、一瞬たじろいだ。それから、三人で顔を見合わせると、先頭の騎士が深く頭を下げた。
「……失礼いたしました。護衛、お引き受けいたします」
「剣は、俺が持ってると、イリアーゼに障る。お前が預かっててくれ」
俺は、鞘に収めた剣を、騎士の一人に差し出した。騎士は、緊張した面持ちでそれを受け取った。
◆
イリアーゼの足取りは、まだおぼつかない。
「大丈夫か」
「うーん……ちょっとふらつく、かも」
俺は、彼女の肩を支えるように腕を回した。イリアーゼは、抵抗もせず、素直に体重を預けてきた。
「ごめんね、重いでしょ」
「別に、大したことない」
騎士たちは、少し離れた位置で、黙ってその様子を見ている。
日が傾き始めた頃、俺は歩みを止めた。
「少し休もう」
「……まだ歩けるけど」
「お前の話じゃない。俺が休みたいんだ」
騎士たちは、一瞬顔を見合わせたが、何も言わずに小さな焚き火を熾した。俺とイリアーゼは、その傍に腰を下ろす。
「聞きたいことがある」
俺は、火を見つめながら切り出した。
「王都を出てから遺跡まで、ほぼ一直線に進んできたよな。最初から、遺跡に行くことまで考えてたのか?」
イリアーゼの手が、一瞬止まった。
「……うん」
「やっぱりか」
「隠してたわけじゃないよ」
「でも、言わなかった」
「……そうだね」
珍しく、イリアーゼがすぐには言い返さなかった。
「剣のことも、遺跡のことも。俺が知らないまま進んでた」
「うん」
「なんでだ?」
イリアーゼは、しばらく火を見つめていた。
「レオンに余計なこと、考えてほしくなかったから」
「余計なこと?」
「私たちの連携に集中してほしかったの。ヴァルガのこととか、召喚士の事情とか、一気に話したら、レオン、混乱するでしょ」
「混乱するかどうかは、俺が決める」
「……まあ、そうだけど」
イリアーゼは少し言葉に詰まった。それでも、すぐに顔を上げた。
「私だって、何も考えずに黙ってたわけじゃないよ。レオンのこと考えて、後に回しただけ」
「それが、勝手だって言ってるんだよ」
「勝手で悪かったわね」
イリアーゼは、少しだけ眉を寄せた。
「……じゃあ、レオンは私を信じられないの?」
その一言に、俺は詰まった。
「……そういうわけじゃない」
「なら、いいじゃん」
「よくない。剣のことも、遺跡のことも、もう少し早く知りたかった」
「剣の話がいつ来るかなんて、私にも分からなかったし。もっと後になるかもしれなかったから、言うタイミングもなかったの」
イリアーゼは、少し考えてから口を開いた。
「最初の同調、三日しかなかったの覚えてる?」
「ああ」
「あれくらい、いろいろ急だったでしょ。だから、そのうち剣の話も来るんだろうなって。私は、そのくらいにしか考えてなかったの」
「それでも、先回りしてたのか」
「そう。……結果的には、当たってたでしょ」
俺は、小さく息を吐いた。責めるほどのことでもなかったのかもしれない。
「次からは、先に言ってほしい。……強く言い過ぎたかもしれない。ごめん」
「謝らないでよ。私も言いそびれたのは悪かったから」
「それに」
イリアーゼは、火に薪を一本放り込んだ。
「レオンも、人のこと言えないでしょ」
「……は?」
「遺跡でも、騎士たちを引き留めて、剣も預けて、全部、自分で決めて、自分でやったじゃん。今ここで休んでるのだってそう」
「……それは」
言葉に詰まった。確かに、その通りだった。
「だから、お互い様。今度から、ちゃんと二人で決めよ」
「……ああ、分かった」
火の中で、薪が小さく弾けた。
さっきまで張り詰めていた空気が、少しだけ緩んでいた。
俺は炎の向こうにいるイリアーゼを見た。
「剣は、ヴァルガを倒すための武器なんだよな」
「うん。剣を使ってヴァルガを倒す。そこまでが、私たちの仕事」
「あの剣を使って、本当に倒せるのか」
俺は、不安に思っていることを口にした。
「イリアーゼがあんな風になるんじゃ、戦いにならないだろ」
「レオンが剣を抜いたとき、ちょっと油断しただけ」
イリアーゼは、火から目を離さず、はぐらかすように言った。
「次からは、多分、あんなにひどくならないよ。今回は不意打ちみたいなものだったから」
「本当か?」
「本当。それに、まだ本番まで時間はあるし。少しは慣れると思うよ」
イリアーゼが、ちらりと俺を見た。
「レオンも、そう思うでしょ?」
「なんで俺に聞くんだよ」
その口調には、いつもの軽さが戻り始めていた。それでも、俺の不安は、簡単には晴れなかった。
◆
休憩を終え、俺たちは再び歩き出した。イリアーゼの顔色は、いくらか落ち着きを取り戻していた。
しばらく歩いたところで、道の先に小型の魔物が現れた。
「大した相手じゃない。イリアーゼの護衛を頼む」
俺の言葉に、騎士たちは無言で頷くと、イリアーゼを囲むように動いた。俺は一人で前に出て、慣れた手つきで片付けていく。
手早く片をつけると、俺は剣を鞘に収め、イリアーゼのもとへ戻った。
「レオン、二人で決めるって約束、もう忘れてんじゃん」
イリアーゼが、腕を組んで言った。
「忘れたわけじゃないけど。宿に着くまでは、俺に任せてくれよ」
「……まあ、いいけど」
不満げな顔をしながらも、それ以上は言わなかった。
「さっきの魔物、ひどい匂いだったな」
「ああいうのに限って、そんなに強くないんだよね。臭いだけは一人前」
イリアーゼが、すぐ隣を歩きながら呑気に言った。護衛の騎士たちが、微妙な顔でそれを聞いていた。
「……考えてみれば、こうやって並んで歩けるのも、今のうちだけなんだな」
剣を預けている間だけの、束の間の距離だった。
「あ……確かに」
イリアーゼは、一瞬きょとんとしてから、剣を持つ騎士の方をちらりと見た。
「宿に着いたら、また剣、レオンに戻るんだもんね」
「だな」
「じゃ、名残惜しいから、もうちょっとくっついて歩こうかな」
そう言って、悪びれもせず、俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「そういうもんか」
「そう。……でさあ、宿に着いたら水浴びした方がいいよ」
「ん、なんで?」
「さっきの魔物の匂い、しっかり移ってる」
軽口を叩き合いながら歩いた。拍子抜けするくらい、あとは平和な道のりだった。




