↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰燼の神話 〜神殺しの副産物〜  作者: NN
三人の仲間

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/62

同じ質の力

それは、走らなかった。滑ってきた。床から浮いたまま、通路を、俺のほうへ。


速くはなかった。人が小走りするくらいだ。だが、通路の幅をほとんど塞いでいる。避ける場所がない。


「散れ!!」ガルドが叫んだ。「壁際だ!!」


俺たちは左右に分かれた。フェンリスが俺の襟を掴んで、右の壁際へ引きずった。武器の山に背中がぶつかって、積んであった剣が数本、俺の肩に落ちてきた。


それは、通り過ぎなかった。俺たちが右へ寄ったのを見て、そちらへ向きを変えた。壁ごと来るつもりだ。


「駄目だ!!」


ガルドが、間に入った。


彼は鎚を構えた。九十二年、彼が握ってきた鎚だ。柄は樫。頭は自分で打った鋼。俺が知り合ってから、この人はこれ以外の武器を持ったことがない。


彼は、それを横に構えた。受けるのではない。逸らすつもりだった。正面から受ければ死ぬ。角度をつけて、通路の反対側へ流す。番人のときと同じ判断だ。


鎚と、それが、接触した。


音が、しなかった。


俺は、それを覚えている。鉄と鉄がぶつかったら音がする。番人の面のときは鐘の音がした。飛竜の鱗のときは高い音がした。大角狼の骨は鈍い音を立てた。今回は、何もなかった。


ガルドの体が、後ろへ飛んだ。彼は受け身を取って、二回転して、武器の山に突っ込んだ。がしゃがしゃと派手な音を立てて、剣と槍が崩れた。


「ガルド!!」


「生きてる!!」


彼は起き上がった。無事だった。腕も脚も動いている。だが、手に持っているものが、変わっていた。


柄だけだった。


鎚の頭が、なかった。柄の先が、斜めに、なめらかに終わっている。俺は、その断面を見た。引きずった跡がない。刃こぼれの筋がない。焦げていない。爆ぜていない。


——ただ、切れている。


「……坊主」ガルドが言った。「あれ、俺の鎚をどこへやった」


俺は、床を見た。鎚の頭は、彼の足元に落ちていた。二つに分かれて。切断面は、鏡のように平らだった。


「弾いてない」俺は言った。「番人は弾きました。飛竜は滑らせました。あれは、断ってます」


「同じじゃねえのか」


「違います」俺は、自分の言葉を確かめながら言った。「弾くのは、こっちの力を返してるんです。強く打てば、強く返る。……断つのは、返してない。ただ、通ってるだけです」


「じゃあ、どうすりゃいい」


「触らないことです」


「触らねえで倒せるか」


「倒せません」


  *


フェンリスが、横から跳んだ。彼は爪を出していた。狙いは表面ではない。飲み込んだ武器の輪郭が浮いている、その隙間だ。


「そこは駄目だ!!」


遅かった。彼の爪が、触れた。


彼は即座に引いた。反射だ。獣人の反射神経が、頭より先に手を引かせた。それでも、間に合っていなかった。


「——っ」


右手の爪が、三本、途中でなくなっていた。血は出なかった。爪は毛や角と同じで、その先端に血は通っていない。それでも、フェンリスは自分の手を見て、しばらく動かなかった。


「……なあ。いま俺、指ごといってたか」


「いってました」


「そうか」


リーナが、矢を放った。三本。それは、避けなかった。避ける必要がなかった。


矢は、届いた瞬間に消えた。二つに分かれて落ちるのではない。当たった部分から、先が、なくなった。


「……これ、当てても無駄よ」


「わかってる!」


「触れたものが全部そうなるなら、どうやって——」


俺は、考えていた。考えながら、下がっていた。


それは俺を追ってくる。四人が何をしても、進路が変わらない。ガルドが柄で叩いても、フェンリスが横から爪を立てても、リーナが矢を撃っても、まっすぐ俺へ来る。


術式は、見えている。表面に、無数の線が走っていた。飲み込んだ武器の一本ずつが、それぞれ術式を持っている。三百本ぶんだ。それが、いま一つの塊の中で、互いに繋がっている。


繋がっている。その言葉が、頭の中で引っかかった。


「触れないと解けないのよね?」リーナが叫んだ。「触れないと解けません!」


「触れたら切られるわね!?」


「切られます!」


「詰んでるじゃない!!」


「詰んでます!」


  *


「セイン」


その声は、すぐ横からした。レクスだった。


彼女は、俺の隣に立っていた。いつの間にか、俺の三歩後ろではなく、真横にいた。


「一回目」


彼女は言った。俺は、彼女の顔を見た。表情はない。いつもどおりだ。だが、その一言の意味は、はっきりしていた。今日は、まだ使っていない。


「レクス。危ないです」


「知ってる」


「あれ、触れたものを全部切ります。ガルドの鎚も、フェンリスの爪も」


「知ってる」


「じゃあ」


「試す」


彼女は、それだけ言った。


止める言葉を、俺は探した。探して、見つからなかった。四人が全部試して、全部駄目だった。俺の解式は届かない。残っているのは、彼女の手だけだ。


「……一回だけです」


「うん」


「一回で駄目なら、逃げます」


「わかった」


彼女が、前に出た。手の甲の皮膚の下で、白いものが動いた。せり上がって、手首を覆って、指の外側を通って——前腕ほどの長さで、先が三日月に湾曲した白い刃になった。


一回目だ。俺の頭が、勝手に数えた。


それが、来た。レクスは、避けなかった。正面から、右の牙を上げた。


音が、した。


俺は、その音を聞いて、一瞬、何が起きたのかわからなかった。音がしたのだ。


ガルドの鎚のときは、しなかった。フェンリスの爪のときも、リーナの矢のときも、しなかった。触れたものは、音もなく終わった。今回は、鳴った。高い音だった。硬いものと硬いものが噛み合って、そこで止まった音だ。


俺は、見た。止まっていた。


牙が、断たれていなかった。そして——それも、断てていなかった。


白い刃の先が、塊の表面に、指の深さぶん食い込んでいた。そこから先へ進んでいない。塊の側も、牙を切れていない。二つが、そこで噛み合って、止まっていた。


「止まった!!」ガルドが叫んだ。


「押さえてる!!」フェンリスが叫んだ。


  *


俺は、レクスを見ていた。彼女の顔が、変わっていた。


四か月半、俺はこの人の表情がほとんど動かないのを見てきた。牙を出しても変わらない。血を浴びても変わらない。十一人を斬っても変わらなかった。


いま、動いていた。目が、開いていた。縦の瞳孔が、ほんの少しだけ丸くなっていた。口が、わずかに開いている。


その顔を、俺は知っていた。——夢の中で、俺がした顔だ。痛くはありませんか、と聞かれたときの。


「レクス」


彼女は、答えなかった。自分の牙を見ていた。塊に食い込んで、そこで止まっている、白い刃を。そして、噛み合っている場所を見た。


「……同じだ」


彼女は言った。小さい声だった。俺以外には、たぶん聞こえていない。


「同じだ。これと、私は」


その瞬間、彼女は手を引いた。自分から。


俺たちが押していたわけではない。危険が迫ったわけでもない。彼女は押さえられていた。あと少しで、そこに隙ができるところだった。なのに、引いた。


牙が抜けた。塊の表面に、指の深さの傷だけが残った。


「レクス!!」ガルドが叫んだ。「なんで引いた!!」


彼女は、答えなかった。数歩下がって、両手を胸のあたりまで上げて、自分の掌を見ていた。牙は、まだ出ていた。その手が、震えていた。


「レクス」俺は、彼女のところへ走った。「大丈夫ですか」


「……大丈夫」


「震えてます」


「大丈夫」


「大丈夫じゃないです」


彼女は、俺のほうを見なかった。塊を見ていた。四つの紋章が光っている、その下の、暗い場所を。


そして、こう言った。


「あれ、私で、斬れる」


「はい」


「斬れる。……たぶん、私だけが、斬れる」


「じゃあ、なんで」


彼女は、初めて俺のほうを向いた。


「斬ったら、証明する」


俺は、その言葉の意味を、そのときは取れなかった。取れないまま、彼女の顔を見ていた。


塊が、また動き出した。指の深さの傷が、飲み込んだ武器の表面を滑って、埋まっていく。そして、こちらへ向きを変えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。