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灰燼の神話 〜神殺しの副産物〜  作者: NN
三人の仲間

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51/62

封印区画

長老会への申し入れは、翌朝に出した。


書式があった。ドワーフの街には、なんでも書式がある。ヒルダが板に文字を焼き付けて、俺たちの名前を並べて、四段目の詰所に提出した。


返事は、昼までに来た。


『不可』


一語だった。


「早いですね」


「早いよ」ヒルダが言った。「この街は決めるのが早いんだ。……決めることが決まってるからね」


「理由は書いてないんですか」


「書いてない。書式に理由の欄がないから」


彼女は板を裏返して見せた。たしかに、裏も白かった。


  *


昼過ぎ、俺たちは五段目まで上がった。


長老会の建物は、五段目の中央にあった。他の建物と同じで、飾りが一つもない。看板すらない。ただ、扉だけが少し大きかった。


出てきたのは、老ドワーフが三人だった。


「オルムスンか」


真ん中の一人が言った。ガルドより頭ひとつぶん小さくて、髭が真っ白で、目だけがひどく鋭かった。


「トルグ」ガルドが言った。「まだ生きてたか」


「生きとる。……申し入れは見た」


「なんで駄目だ」


「掟だ」


「掟のどこに書いてある」


「『七段目の下、開くべからず』」


「理由は」


トルグは、答えなかった。彼はしばらくガルドを見ていた。それから、こう言った。


「……書いておらん」


「じゃあ、なんで守ってる」


「書いてあるからだ」


「理由が書いてねえのに、掟だけ書いてあるってのは、どういうことだ」


「知らん」


俺は、その場で背中が冷たくなった。これで、何度目だろう。


理由を知らないまま鱗を守る家。理由を知らないまま神の話をしない世界。理由を知らないまま三千年閉じている森。そして、理由を知らないまま千年閉じている区画。全部、同じ形だ。誰も理由を知らない。なのに、全員が正確に守っている。


「トルグさん」俺は前に出た。「一つ、聞いていいですか」


「なんだ、人間。聞くのは自由だ」


「その掟、誰が書いたんですか」


トルグの眉が、動いた。


「……知らん」


「筆跡は残っていますか」


「残っておる」


「それ、ドワーフの字ですか」


老ドワーフの顔が、そこで止まった。彼は俺を見た。両脇の二人も、俺を見た。三人とも、同じ止まり方をした。


「……なぜ、それを聞く」


「答えを聞いてないので。……ドワーフの字ですか」


「字は、ドワーフのものだ」トルグは言った。声が、少し低くなった。「だが、板が、うちの木じゃない」


  *


俺たちは、そこで引き下がった。


引き下がるしかなかった。長老会は不可と言った。理由は誰も知らない。掟を書いた板は、ドワーフの木でできていない。


それ以上、聞いても出てこない。


「どうする」フェンリスが言った。「もう一回頼むか」


「無駄よ」リーナが答えた。「書式に理由の欄がない組織は、理由で説得できないわ」


「じゃあどうすんだ」


「決まってるでしょ」


彼女は、記録を革筒に戻した。


「勝手にやるのよ」


  *


その夜、ヒルダが道具を貸してくれた。


工房の奥から、革の袋を出してきた。中に、細長い金具が何本も入っている。


「これ、なんですか」


「父さんの当たり道具だよ。石の噛み合わせを探るやつ」


「借りていいんですか」


「貸すとは言ってない」彼女は言った。「置いてったのを、あんたらが勝手に持ってっただけだ」


「……ありがとうございます」


「礼はいらない。あたしは寝る。何も見てない」


彼女は本当に奥へ引っ込んだ。ガルドが、その背中に何か言おうとして、やめた。


  *


七段目へは、階段で上がった。


昇降機は夜は止まる。石段を六段ぶん、俺たちは登った。上へ行くほど、灯りが減った。七段目には、灯りが一つもなかった。


そして、広場に出た。


広かった。街全体で、いちばん広い場所かもしれない。石畳が敷き詰めてあって、建物が一つもない。柵もない。ただ、平らな石の面が、そこにあった。


星が見えた。


四段目の熱と音が、ここまでは届かない。風だけが吹いていた。


「なにもねえな」フェンリスが言った。


「なにもない」ガルドが答えた。「千年、こうだ」


「祭りとかやらねえのか」


「やらねえ。誰も上がってこねえよ」


  *


俺は、灯りを灯した。指先の、蝋燭ほどの明かり。そして、足元を見た。


見えた。


「……あります」


「なにがだ」


「術式です」


ガルドが、俺を見た。


「なんだと」


「石畳に、刻んであります。……いや、刻んであるんじゃないです。石の下です」


俺はしゃがんだ。見えているのは、線だった。石畳の目地に沿って、細い線が走っている。それが広場全体を格子に区切って、格子の交点で結び目を作っている。


「……十六。いや、二十四。結び目です。広場全体で、二十四あります」


「待て」ガルドが言った。声が、変わっていた。「坊主。うちの街に、術式はねえ」


「はい」


「門の灯り二つだけだ。俺は九十二年ここで生きた。断言する」


「知ってます」


「じゃあ、それは何だ」


俺は、線をもう一度見た。色を見た。太さを見た。噛み合わせの角度を見た。四か月半、俺が見てきた術式は、どれも古かった。下水の石板も、森の石柱も、遺跡の扉も、番人の面も、千年ぶんの重さがあった。


これは、違う。


「新しいです」


「新しい?」


「たぶん、数十年前のものです。……下水と、森の結界と、同じ手つきです」


  *


  *


ガルドが、片膝をついた。彼は石畳に手をついた。指の欠けたほうの手で、石の面を撫でた。何度も、何度も。


「見えねえ。……見えねえぞ、坊主」


「はい。ドワーフには見えないと思います」


「ここは、うちの街だ」


「はい」


「うちの街の、いちばん上だ。九十二年、俺はここに上がった。子どものころに来た。ボルドとも来た。……そのときも、あったのか」


「たぶん」


「誰が入った」


彼の声は、静かだった。静かすぎた。


「誰が、俺の街に入って、俺の街の石に、こんなもんを刻んだ」


答えは、誰も持っていなかった。


俺は、指を石畳に当てた。


「解きます」


「二十四だろう。四つで頭が割れるんじゃなかったのか」


「一度に四つまでです。順番にやれば、いけます」


「何秒だ」


「二十四で、七十二秒」


「見張りは俺と犬っころだ。嬢ちゃんは記録。……嬢ちゃん?」


リーナは、すでに炭筆を出していた。


「言われなくても書くわよ」


  *


七十二秒は、思ったより長かった。


四つずつ、六回。一回終わるごとに、頭の後ろが鈍く痛んだ。三回目で耳鳴りがした。五回目で、視界の端が白くなった。


六回目のとき、レクスが俺の背中に手を当てた。


「まっすぐ」


「はい」


「倒れそう」


「大丈夫です」


「大丈夫じゃない」


彼女は、そのまま手を離さなかった。背中に、掌の熱がずっとあった。


  *


最後の一つが、落ちた。線が、消えた。


そして、その下から、別のものが現れた。


「……なんだ、これ」


石畳が、格子ではなくなっていた。いや、正確に言えば、石畳の一枚一枚が隣の石と噛み合っている構造が、いま初めて見えた。術式の線が消えたことで、その下にあったものが見えるようになったのだ。


石が、噛んでいる。四角い石が、四角く並んでいるのではなかった。一枚一枚の側面に、突起と窪みがある。それが隣の石と組み合わさっている。何百枚も、全部。


「ガルド」


「見える。……これは見える」彼は立ち上がった。「これは、うちのだ。うちの一族の組みだ」


「解けるか」


「解けます」俺は言った。「でも、これは術式じゃないです。組んであるだけです。……誰かが、離れている石を、くっつけておこうとしただけ」


俺は、指を突起の一つに当てた。はっきりと、あった。


「三百二十。……いや、三百二十四です」


「そんなにやったら死ぬぞ」


「順番があります」


俺は、目で追った。三百二十四の噛み合わせ。だが、そのうち三百二十は、他の四つに支えられている。四つを解けば、残りは自分の重さで外れる。


千年前、これを組んだ職人は、そういうふうに組んだのだ。——外せるように。


  *


四つを解くのに、十二秒かかった。


  *


音は、大きかった。


石が、順に落ちた。広場の中央から外側へ向かって、石畳が沈んでいく。一枚ずつ、噛み合わせが外れて、下へ。


砂埃が上がった。俺たちは後ろへ下がった。


音が止まったとき、広場の中央に、四角い穴が開いていた。


一辺、二十歩ほど。


その底まで、石の階段が続いていた。


  *


  *


俺は、灯りを掲げて、下を照らした。そして、そこで見たものを、しばらく理解できなかった。


武器だった。


剣。槍。斧。鎚。弓。名前を知らない形のものもあった。それが、積んであった。床から天井まで。壁から壁まで。穴の底に見えているのは、その山の、いちばん上だけだ。奥がどこまで続いているのか、灯りでは届かない。


数えようとして、やめた。数えるようなものではなかった。


「……何千あるの」リーナが呟いた。「何千じゃねえ」ガルドが言った。彼は穴の縁に立って、下を見下ろしていた。「見ろ。柄の巻き方が全部違う。刃の反りも違う。……これ、一人が作ったもんじゃねえ」


「じゃあ」


「何百人だ。何百人の鍛冶師が、それぞれの流儀で打ったもんが、ここに全部ある」


彼の声が、掠れた。


「……なんで、こんなもんが、うちの街の下にある」


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