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灰燼の神話 〜神殺しの副産物〜  作者: NN
三人の仲間

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もう二度と聞きに来ない

長老会が招集されたのは、俺たちが里に入って二日目の朝だった。


会議の場に、俺たちは呼ばれなかった。呼ばれる資格がない、ということらしい。アイリスも行かなかった。彼女は家の炉で、湯を沸かしていた。


「行かなくていいんですか」


「行っても同じだよ」


「決まってるってことですか」


「決まってるね。……あいつらが決めるんじゃない。掟が決めるんだ。掟に書いてあることは、誰が集まっても同じ結論になる」


「なんて書いてあるんですか」


アイリスは、湯を椀に注ぎながら答えた。


「『外の者、三日を越えて留まるべからず』」


  *


三日。


俺たちが里に入ったのが一昨日の夕方だ。数え方によるが、明日の朝には出ることになる。


「短いですね」


「長いほうさ。……昔は一日だった」


「変えたんですか」


「変えたよ。八百年前にね」彼女は湯を差し出した。「一日じゃ、怪我人が歩けないだろう」


俺は椀を受け取った。


そのやり方が、この人らしいと思った。掟を撤廃しない。声も上げない。ただ、数字を一つ変える。三千年、外を見ないと決めた里の中で、彼女はそういうふうにやってきたのだろう。


  *


昼までに、ガルドの肩は動くようになった。


完全にではない。だが、鎚を担いで歩けるくらいには戻った。里の薬は、そういう効き方をした。


フェンリスの脇腹も塞がった。彼は自分の腹を叩いて「三日で治るなら、十六年前もここに来ればよかった」と言い、リーナに「入れるわけないでしょ」と返された。


レクスは、二日間ほとんど眠らなかった。


戸口のところに座って、外を見ている。里の中で、彼女は一度も屋根の下の奥へ入らなかった。夜も同じ場所にいた。


「眠れませんか」


「におい」


「まだしますか」


「する」


「なんの匂いですか」


彼女はしばらく考えて、こう言った。


「古い。あの人と、同じ」


俺は、その「あの人」がアイリスを指しているのだと理解するのに、少し時間がかかった。


  *


長老会の結論が伝えられたのは、夕方だった。


セランドが一人で来た。補佐も連れていない。彼は家の前に立ったまま、中に入らなかった。


「明朝、出立していただく」


「わかりました」俺は答えた。


「北の道を使え。西の街道には、人間の追手が残っている」


「追手の状況を、知ってるんですか」


「見ている」


彼は、それだけ言った。三千年、そうやって外を見てきたのだろう。関わらずに、正確に。


「セランド」アイリスが戸口から言った。「もう一つあるだろう」


セランドの背中が、少しだけ強張った。


「……リーナ・シルヴァレイン。今後、里への立ち入りを禁ずる。長老会の決定だ」


言われたのは、リーナだった。俺たちではない。俺たちは「外の者」だから、三日で出るだけだ。掟に従っただけで、罰ではない。彼女は違う。


「……理由は」


「依代を里に導いた」


「わたしが導いたんじゃないわ。追われて逃げ込んだのよ」


「結果は同じだ」


「結果?」リーナが立ち上がった。「ねえセランド。あなた、五年前も同じことを言ったわね。『結果として、里の掟を乱した』って」


「言った」


「その前は? 三十年前、わたしが里を出るときは?」


「……『結果として、外の目を里に向けさせた』と」


「そう。いつも結果よ」彼女は言った。「あなたたち、一度も理由を言わないのね」


  *


セランドは、答えなかった。


彼は、しばらく地面を見ていた。それから、顔を上げた。


「リーナ」


「なによ」


「わしは、お前が生まれた日を覚えている」


「……は?」


「八百七年生きて、里で子が生まれたのは、二十二回だ。お前は二十一番目だった」


彼は、そう言った。


「そのうち十九人が、里を出ずに死んだ。外を見ずに、昔を聞かずに、静かに生きて、静かに死んだ。……それが正しいと、わしは思っていた」


「思っていた?」


「いまも思っている」


セランドは、はっきり言った。


「思っているが、わしは、お前の名前を覚えている。里を出ずに死んだ十九人の名前は、半分も出てこない」


  *


彼は、背を向けた。


「明朝だ。日の出とともに」


そして、歩いていった。


リーナは、その背中を見送っていた。彼女は何も言わなかった。座り直して、革筒に手を置いて、しばらくそのままでいた。


  *


その夜、リーナは炉の前で記録をまとめていた。


三十年ぶんの巻物を全部広げて、順番を入れ替えている。何をしているのか聞くと、「整理よ」と言った。


「捨てるんですか」


「捨てないわ。分けてるの」


「何と何を」


「見たものと、聞いたもの」


彼女は手を止めずに言った。


「三十年、わたしは両方を同じ束に入れてた。遺跡で自分の目で見たことも、誰かに聞いた話も、全部『記録』として同じ扱いにしてた。……間違ってたわ」


「違うんですか」


「違うわよ。聞いた話は、誰かが選んで語ったものなの。語らなかった部分がある。語らなかった部分は、記録に残らない」


彼女は、巻物の一本を持ち上げた。


「わたしが読んだ八百年ぶんの書庫も、全部これよ。誰かが語ることにしたものだけが、そこにある」


  *


明け方、俺たちは荷をまとめた。


アイリスは、見送りに出てこなかった。家の中で、いつもの場所に座っていた。


リーナが、その前に立った。


俺たちは、少し離れて待った。フェンリスが「外に出るか」と言ったが、ガルドが首を振った。「聞かせるつもりだろ」


そのとおりだった。リーナは、俺たちに背を向けたまま、はっきりした声で言った。


「お祖母様。わたし、もう二度と、聞きに来ない」


炉が、鳴った。アイリスは、椀を持ったままだった。


「そうかい」


「立ち入りを禁じられたからじゃないわ。禁じられなくても、来ない」


「そうかい」


「三十年、わたしはずっと、あなたが答えてくれるのを待ってた。里に帰るたびに聞いて、断られて、腹を立てて出ていった。……五回よ。五回とも同じことをした」


彼女は、革筒を握り直した。


「もうやめる。答えを持ってる人に聞きに行くのは、やめる」


「じゃあ、どうするんだい」


「自分で調べる」


「聞くのと、どう違う」


アイリスが言った。意地の悪い聞き方ではなかった。本当に聞いている声だった。リーナは、少し考えた。


「聞いたら、あなたが選んだぶんしか手に入らない」


「そうだね」


「調べたら、わたしが選んだぶんが手に入る」


「それも、選んでるじゃないか」


「そうよ」彼女は言った。「でも、わたしが選んだなら、わたしが背負えるわ」


  *


  *


長い沈黙があった。


  *


俺は、アイリスの顔を見ていた。


千二百年生きた顔だ。二日間、俺はこの人の表情がほとんど動かないのを見てきた。ハルドや役所の連中とは違う。動かないのではなく、動かす必要がないのだと思っていた。


いま、動いた。


眉が下がった。口の端が、ほんの少しだけ上がった。目が細くなった。


笑ったのだ。


  *


「……ようやくかい」


  *


彼女は、そう言った。


リーナが、固まった。


「え」


「百二十七年だよ。長かったね」


「……なにが」


「お前が、聞くのをやめるまでだ」


  *


アイリスは、椀を置いた。


「わたしはね、リーナ。答えを持っていない子に、答えを渡したくなかったんじゃない。……答えをもらいに来る子に、渡したくなかったんだよ」


「同じことじゃない」


「まるで違うね」


彼女は言った。


「もらいに来た子は、もらったものを、また誰かにもらいに行く。自分で調べる子は、調べたものを、自分で書く。……お前は今日、書く側になった」


  *


リーナは、何も言わなかった。


言えなかったのだと思う。彼女の肩が、一度だけ大きく上下した。


俺は、目を逸らした。見ていていいものではない気がした。


  *


出るとき、アイリスが戸口まで来た。


「あんたら」


「はい」


「次は、どこへ行くんだい」


俺たちは、顔を見合わせた。決めていなかった。追手から逃げることしか考えていなかった。


アイリスは、それを見て、鼻を鳴らした。


「ドワーフに聞きな」


「え」


「あそこだけは、捨てなかったはずだ」


  *


  *


俺は、ガルドを見た。


彼は、俺たちの後ろにいた。荷を担いで、鎚を背負って、いつもの姿勢で立っている。その顔から、色が引いていた。


「ガルド?」


彼は答えなかった。代わりに、アイリスのほうを見た。老女は、彼を見返した。二人は、しばらく見合っていた。何かが通じているようにも、まったく通じていないようにも見えた。


「……婆さん」やがて、ガルドが言った。「あんた、うちの一族の何を知ってる」


「知らないよ」


「嘘だな」


「嘘じゃないさ。……ただ、覚えてるだけだ」


彼女は言った。


「灰が降った四十日のあと、いちばん最初に炉に火を入れたのが、どこの連中だったかをね」


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