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灰燼の神話 〜神殺しの副産物〜  作者: NN
三人の仲間

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47/62

わたしが語ると、あんたらが背負う

エルフの里は、思っていたものと違っていた。


俺が想像していたのは、木の上の家だった。学問所の本にそう描いてあった。細い橋が枝から枝へ渡っていて、白い服の連中が弓を持って歩いている、そういう絵だ。


実際は、地面にあった。


木と木のあいだに、低い建物が点在している。屋根は苔と落ち葉で覆われていて、上から見たら森の一部にしか見えないだろう。壁は板ではなく、編んだ蔓に土を詰めたものだった。


道はない。だが、人が繰り返し通った跡が地面に残っている。三千年ぶんの、道になりきらなかった跡だ。


人はいた。俺たちが通ると、全員が立ち止まった。誰も声をかけてこない。誰も目を逸らさない。ただ、見ていた。


「歓迎はされてないわね」リーナが小声で言った。


「されると思ってましたか」


「思ってないわ。……でも、五年前より視線が冷たい」


  *


アイリスの家は、里の外れにあった。


いちばん小さかった。他の建物の半分もない。中は一部屋きりで、寝床と炉と、壁一面の棚だけがある。棚には、木の箱がぎっしり並んでいた。


「入りな。狭いよ」


狭かった。五人と老女で、床が埋まった。


ガルドは横になるしかなく、フェンリスは壁に背を預け、レクスは戸口のところに座った。彼女は屋根の下に入っても、外が見える位置から動かなかった。


アイリスが薬を出してきた。里の薬草だという。効きは、町のものと比べ物にならなかった。ガルドの肩に貼った布が、半刻で温かくなった。


「うちの一族の骨接ぎより効くな」と彼は言った。


「三千年、外に出ないでいると、これくらいは進むよ」


「皮肉かい」


「事実だよ」


  *


日が落ちてから、アイリスは炉に火を入れた。


小さな火だった。煙が屋根の隙間から抜けていく。里の他の家からも、同じ細さの煙が上がっていた。


彼女は、湯を沸かして、五つの椀に注いだ。茶ではない。ただの湯だ。


「話をしようか」


彼女は言った。


リーナの手が、革筒に伸びた。炭筆を出して、巻物を開く。三十年、彼女が何百回もやってきた動作だ。


アイリスは、それを見た。止めなかった。


「書くのかい」


「書くわ」


「そうかい」


  *


「まず、いちばん短いことから言うよ」


彼女は椀を両手で包んだ。皺の多い手だった。それでも指は細くて、まっすぐだった。


「あんたらが習った大戦の話。あれは、嘘だ」


俺は息を止めた。リーナの炭筆が動いた。


「どこがですか」


「全部だね。……いや、そうでもないか。日付は合ってる。千年前だ。場所も、まあ合ってる」


「じゃあ、何が違うんですか」


アイリスは少し黙って、それから指を一本立てた。


「一つ。神々は、争っていない。……あれは、神同士の戦じゃなかった」


炉が、ぱちりと鳴った。


「学問所では、そう習いました」俺は言った。「神々が争って、世界が荒れて、それで——」


「人間が調停した、だろ」


「はい」


彼女は、指をもう一本立てた。


「二つ。調停者なんて、いなかったよ」


リーナの手が止まった。


「……お祖母様。それ、どういう意味」


「そのままの意味だ。誰も仲裁していない。誰も止めていない。……終わったのは、終わったからだ」


「終わったからって」


「終わるべきものが、終わったんだよ」


俺は、その言い方が引っかかった。終わるべきもの。戦ではない。戦は「終わるべき」とは言わない。「終わらせるべき」と言う。彼女は、何か別のものの話をしている。


「アイリスさん。あなたは、そのとき何歳でしたか」


アイリスの目が、俺のほうを向いた。


「二百だ。千二百のうち、二百年目だね。……人間で言えば、十五かそこらの感覚かい」


「どこにいたんですか」


「この森だよ。ここから動いていない」


「じゃあ、戦は見ていない」


「見ていないね」彼女は、あっさりと認めた。「わたしが見たのは、そのあとだ」


「そのあと、何があったんですか」


アイリスは、答えなかった。椀の中を見ていた。湯気が、もう出ていない。冷めたのだ。


俺は待った。誰も口を挟まなかった。炉の音だけがしていた。


やがて、彼女は言った。


「灰が、降ったよ」


  *


  *


俺の指が、椀を落としかけた。


「セイン?」リーナが顔を上げた。


「……いま、灰が降った、って言いましたか」


「言ったね」


俺は、遺跡の円の部屋を思い出していた。床に刻まれた円。その中心の、灰色の鱗。触れた瞬間に見たもの。


泣いている大勢。顔の見えない声。そして——空から落ちてくる、灰色のもの。雪ではない。もっと大きくて、もっと重い。何万枚も、ゆっくりと。地面に落ちて、砕けずに積もる。


「どのくらい」俺は聞いた。「何日ですか。灰が降ったのは」


アイリスの手が、止まった。


彼女は、俺を見た。さっき草地で見たのと同じ目だった。頭の中を、目玉越しに覗き込む見方だ。


「……なんで、それを聞く」


「見たので」


「見た?」


「遺跡で。……鱗に触ったときに、そういうものが見えました」


「積もったかい」


「積もりました。砕けずに」


炉の火が、細くなった。


アイリスは、長いあいだ動かなかった。その顔から、表情が抜けていた。ハルドがそうだった。ガルドとフェンリスが丘の上でそうだった。役所の連中がそうだった。千二百年生きた人間も、同じ止まり方をするのだと、俺はそのとき知った。


「……四十日だ」彼女は、やっと言った。「四十日、降った。森が白くなった。鳥が全部死んだよ。あんなことは、後にも先にも一度きりだ」


「あれは、何だったんですか」


  *


  *


「そこまでだ」


彼女は、椀を置いた。木の椀が板の床に当たる、乾いた音がした。それだけの音が、狭い部屋にやけに大きく響いた。


「お祖母様」リーナが言った。


「そこまでだよ」


「まだ何も——」


「三つ話しただろう。争っていない。調停者はいない。灰が降った」彼女は言った。「百二十七年で、三つだ。上出来じゃないかい」


狭い部屋で、リーナが立ち上がった。頭が屋根の梁に当たりそうだった。


「上出来?」


「そうだね」


「上出来ですって?」


彼女の声が、震えていた。怒りではなかった。もっと別の、体の奥から出る震えだった。


「わたしが五歳のとき、あなたは『まだ早い』と言ったわ。十歳のときも言った。五十歳のときも言った。百歳のときも」


「言ったね」


「その百二十七年で、わたしは何をしたと思う?」


「知ってるよ」


「知らないでしょ!!」


リーナが、革筒を床に叩きつけた。三十年ぶんの記録が、板の床に転がった。


「里を出たわ! 遺跡を回ったわ! 人間の町で寝て、ドワーフに笑われて、獣人に石を投げられて、金がなくて三日食べなかったこともある! 全部、あなたが答えないからよ!!」


アイリスは、動かなかった。


「四回よ! 東の遺跡に四回行ったわ! 四回とも入れなかった! 五回目にやっと入って、そこで見たものが何だったか、あなたに聞きたくてここまで来たのよ!!」


「聞いたじゃないか」


「三つだけ!!」


「三つだ」


アイリスが言った。低い声だった。怒鳴り返してはいない。ただ、その声には、千二百年ぶんの何かがあった。リーナが、口を閉じた。


  *


「リーナ」


「……なによ」


「わたしが語ると、あんたらが背負う」


「知りたいと言うのは、簡単だよ」アイリスは言った。「知ったあと、どうするかを決められる者だけが、知っていい。……お前は、決められるかい」


「決めるわよ」


「何を」


「え」


「知ったあと、何をするか。もう決めてあるのかい」


リーナは、答えられなかった。


「決めてないだろう。知ってから決めると思ってる。……だがね、そうはいかないんだよ。知ってしまったら、決める前に、もう背負ってる」


彼女は、床に転がった革筒を見た。


「三十年、よく歩いたね。褒めてるよ。……だが、まだ足りない」


  *


その夜、俺たちは狭い床で雑魚寝した。


リーナは、俺たちに背を向けて丸くなっていた。泣いてはいなかった。少なくとも、音はしなかった。


俺は眠れずにいた。


四十日、灰が降った。鳥が全部死んだ。そのことを知っている人間が、この部屋にいる。


聞けば、答えるかもしれない。彼女は俺には三つ話した。リーナが百二十七年かけて引き出せなかった三つを、会って半日で。


でも、俺は聞かなかった。


聞かなかったのは、癖のせいではない。彼女の言ったことが、たぶん正しいからだ。


  *


夜明け前だった。


厠に立とうとして起き上がったとき、戸口のところに人影があった。


アイリスだった。彼女は外を見ていた。


俺が横を通ろうとすると、彼女は振り返らずに、小さく言った。


「あんた。ヴェルグと言ったね」


「はい」


「東の辺境の、灰鱗の家かい」


俺は、立ち止まった。


「……知ってるんですか」


彼女は、答えなかった。代わりに、俺のほうへ顔を向けた。老女の目が、暗がりの中で、まだはっきりしていた。


そして、俺にだけ聞こえる声で、こう言った。


「灰鱗の家の子か」


「……可哀想に」


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