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灰燼の神話 〜神殺しの副産物〜  作者: NN
三人の仲間

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軛外し

「一頭でいい?」


レクスが聞いた。俺が意味を取りかねていると、彼女は上を指した。


「十秒、一頭ぶん」


「……はい。たぶん、一本切れれば、他も緩みます」


「わかった」


彼女は真上を見上げて、六頭のうちいちばん低いところを旋回していた一頭に狙いを定めた。そして、助走もなしに跳んだ。


高さは二十尺あった。俺の三倍以上ある。それを彼女は、一息で越えた。飛竜が気づいて翼を打ったが、遅かった。


レクスの牙が、翼の付け根に入った。


音は聞こえなかった。抵抗がないからだ。鉄より硬いとガルドが言った鱗を、あの白い刃は水面をくぐるように通り抜けた。


飛竜が悲鳴を上げた。


俺が初めて聞く声だった。獣の咆哮ではない。もっと細くて、もっと若い声だった。


  *


飛竜は、地面に叩きつけられた。


砂が上がる。レクスはその背に乗ったまま、右の牙を首の付け根に当てていた。刺してはいない。当てているだけだ。飛竜が暴れるたびに彼女の体が跳ねたが、それでも落ちなかった。


「セイン!!」


俺は走った。


「十秒だ!!」


ガルドの声が、地面から聞こえた。彼はまだ立てていなかった。倒れたまま、右手で鎚の柄を握って、地面を叩いている。どん、どん、どん、と単調な音が続いた。飛竜の注意を引くためだ。それ以外に、いまの彼にできることはなかった。


「作るぞ!!」


  *


一秒目。俺は飛竜の首に取りついた。


近くで見ると、環はもっとひどかった。鱗と鱗のあいだに金属が食い込んでいて、周りの鱗が外へ向かって捲れている。長い年月をかけて、成長する体に、輪だけが同じ大きさで残った跡だった。


俺は指を線に当てた。ある。そして、深い。


二秒目。上から二頭が来た。


「こっちだ!!」


フェンリスが両手を広げて、まっすぐ草地の中央へ走り出した。何もない、遮るもののない場所へ。囮になるつもりだ。二頭が彼を追っていった。


三秒目。俺の指は、線の「奥」を探していた。


表面ではない。もっと下だ。錠のときは指の腹で構造をなぞった。術式のときは輪の噛み合いを見た。これは、そのどちらとも違う。井戸の底に落ちたものを、腕いっぱいに伸ばして探すような感覚だった。


四秒目。三頭目が、俺のほうへ降りてきた。


「させないわ!!」


リーナだった。彼女は弓を捨て、矢筒を投げ出して、両手を地面についていた。


「——シルヴァレインの名において」


声が変わった。風もないのに、草地全体が一斉に彼女のほうへ倒れ、そこから緑の光が上がった。


「精霊魔法!?」


「三十年ぶりよ!! 里の結界のそばだから使えるの! 外じゃこんなの出ないわ!」


光が蔓になった。地面から生えた草が絡み合って太い縄になり、三頭目の脚を掴む。飛竜の降下が逸れた。


  *


五秒目。俺の指が、何かに触れた。


深いところに、それはあった。環でもない。線でもない。もっと単純で、もっと古い形をしていた。


輪だ。


一本の紐を輪にして、首にかけて、締めただけの形。結び目は、たった一つ。


——こんなに、単純なのか。


千年の技術も、王国の術式も、六人がかりの召喚も、その全部の底にあるのは、紐を一本、輪にして締めたものだった。


六秒目。「まだか!!」とガルドが吼え、「まだです!!」と俺は返した。指はもう結び目に触れている。触れているのに、そこから先が長い。錠なら一秒で落ちる距離を、この結びは六秒かけてもまだ手前にいた。深いというのは、こういうことらしい。


七秒目。四頭目がレクスを狙って、真上から落ちてきた。彼女は飛竜の背から動かなかった。動けば俺が落ちる。だから彼女は左の牙を上げて、上から来る顎を下から受けた。骨の鳴る音がしたが、それが飛竜のものか彼女のものかは、俺にはわからなかった。


八秒目。衝撃で俺の体が浮いた。指が離れかけた。


「離すな!!」


離さなかった。


九秒目。輪の結び目に、指がかかった。


十秒目。


逃がす。


かちり、と音がした。いつもと同じ音だった。


  *


六本が、同時に切れた。


俺の目の前で線が消えた。一本ではない。飛竜の首から術者へ伸びていた線が、六本とも同時にだ。


一本を解いたら、残り五本が自分から切れた。同じ術式を六人が並列で張っていたからだ。一つが崩れれば、全部が支えを失う。支点は、最初から一つしかなかった。


首の環が外れて、金属の輪が六つ、地面に落ちた。じゃらん、と間の抜けた音がした。


俺は飛竜の背から滑り落ちて、草の上に転がり、空を見上げた。


そのとき俺の頭にあったのは、たぶん、ずいぶんきれいな絵だった。縛られていた竜が自由になる。首の輪が外れて、空へ帰っていく。助けた俺たちに一度だけ振り返って、それから飛び去る——そういう絵だ。


四か月半、俺は「解く」ことしかできなかった。その手が、初めて生き物を解いた。


  *


飛竜は、空へ帰らなかった。


最初に襲われたのは、六人の術者だった。声を上げる暇もなかった。輪を置いた男の一人が上から来た顎に掴まれ、持ち上げられて、落とされた。二人目が逃げて、追いつかれた。三人目が術式を張ろうとしたが、線はもう繋がらなかった。


「退け!!」


セリムの声が、初めて大きくなった。


「全員、退け!! 押さえられん!!」


十六騎が崩れた。馬が暴れ、外套が散り、何人かが振り落とされてそのまま草地を転がっていく。飛竜は、それを追った。千年、代々繋いできたものが、繋いでいた側を追い回していた。


その混乱のなかで、一度だけ、セリムがこちらを見た。


馬の首を返しながら、彼は俺を見ていた。怒っているのでも、憎んでいるのでもない。腹の底が冷えるほど、いつもと同じ顔だった。彼は口を動かした。距離があって声は届かなかったが、形はわかった。


——また、参ります。


それだけ言って、彼は砂煙の向こうへ消えた。


そして、一頭がこちらを向いた。


俺は動けなかった。


「セイン!!」


フェンリスが俺の襟を掴んで、引きずり倒した。頭上を翼が通り過ぎ、土が捲れた。いま俺が座っていた場所に、深い溝ができていた。


「なんでだ!!」


彼が叫んだ。


「助けたんだろ!? なんで襲ってくる!?」


俺は答えられなかった。


答えは、たぶん、リーナがさっき言っていた。隷属を受けた獣は、まず名を失い、次に群れを忘れ、最後に飛び方を忘れる——輪を外しても、忘れたものは戻ってこない。


  *


俺は草の上に転がったまま、空を見上げていた。


六頭が、めちゃくちゃに飛んでいた。高く上がっては急に落ち、また上がる。旋回もしない。編隊も組まない。さっきまで一頭のように動いていた六頭が、いまは六方向ばらばらに、ただ暴れている。


一頭が、木にぶつかった。


そのとき、俺はようやく理解した。


解くのは、簡単だ。十秒あれば解ける。


でも、解いたあとのことを、俺は何ひとつ考えていなかった。


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