三秒では届かない
「繋がれてる?」
リーナが聞き返した。
「首に、環がついてます。そこから線が伸びて、あの六人に繋がってます」
「線?」
「俺にしか見えないやつです」
彼女の顔が変わった。
「……隷属契約だわ」
「なんですか、それ」
「使い魔契約の、もっとひどいやつよ」彼女は早口になった。「使い魔契約は、双方の合意で結ぶの。術者が力を渡して、獣が力を貸す。対等じゃないけど、一応、取引にはなってる」
「隷属は」
「合意が要らないの。片方が縛って、片方が縛られる。それだけ」
彼女は飛竜を見上げた。
「昔の魔術書に書いてあったわ。『隷属を受けた獣は、まず名を失い、次に群れを忘れ、最後に飛び方を忘れる』」
「飛んでますけど」
「飛ばされてるのよ」
言われて、俺はもう一度六頭を見た。たしかに、六頭とも同じ飛び方をしていた。旋回の角度も、降下の速さも、翼を打つ間隔も。六頭が、まるで一頭のように動いている。
番人の二百四十歩と、同じだった。
*
「セイン・ヴェルグ」
セリムの声が割り込んできた。彼は動いていない。十六騎の中央に立ったまま、こちらを見ている。
「それが、見えるのですか」
「はい」
「線が」
「はい」
彼は少し黙って、それから静かに言った。
「……興味深い」
その一言で、俺の背中が冷たくなった。この男はいま、俺を「危険」だと判断したのではない。「有用」だと判断した。そのほうが、ずっと恐ろしかった。
「傷つけぬように」セリムは六人の術者に言った。「手足は構いません。頭と、胸は避けるように」
「……あんた、人を運ぶみてえに言うな」とフェンリスが唸った。
「運びますので。そのために参りました」
*
戦況は悪くなっていた。
飛竜は、こちらを殺しにきていない。それが逆に厄介だった。上空から降下しては翼で薙ぎ、体当たりで転ばせ、また上がる。殺す気なら、もっと早く終わっていたはずだ。彼らは、こちらを疲れさせにきていた。
「セイン」ガルドが荒い息の下で言った。「解けるか」
「試します」
「試せ。……それしかねえ」
一頭が上から来た。俺は避けなかった。避ける必要がなかったからだ。フェンリスが飛び込んで進路を逸らし、飛竜の胴が俺の頭上を通過した。風圧で膝が落ちる。
その一瞬、首の環が手の届く距離を通った。
俺は手を伸ばした。指が線に触れた。
ある。たしかに、そこに。
だが——沈まない。
指を押し込もうとした。錠のときは、指の腹が「ここ」を見つけた瞬間、そこに入る感覚があった。鎖も、縄も、楔も、術式も、そうだった。見つける、触れる、入る、逃がす。
この線は、触れた。触れたが、入らない。指が表面を滑る。もっと下に本体があって、俺が触っているのは水面に浮かんだ影のようなものだった。
「駄目です!! 届きません!」
「見えてんだろ!?」
「見えてます! でも、触れてるだけです!」
*
俺は地面に膝をついて、考えた。考える時間などない。それでも考えた。
なぜ届かないのか。
術式には届いた。四か月半のあいだ一度も触れられなかったものが、遺跡のあと、届くようになった。なら、これは術式ではない。術式より——深い。
「リーナさん!!」
「なに!!」
「契約って、術式ですか!!」
「違うわ!!」彼女は答えながら矢を放った。「術式は書くもの! 契約は交わすもの!」
「どっちが深いですか!!」
「そんな比べ方したことない!!」
「じゃあ、いま考えてください!!」
「無茶言わないで!!」
それでも彼女は、一秒で答えた。
「契約!! 契約のほうが深いわ!! 術式は契約を書き留める道具なの!! 先にあるのは契約のほう!!」
*
俺は、自分の指を見た。
四か月半かけて、俺は階段を一つ上がった。物から、術式へ。錠から、輪へ。
その上に、もう一段ある。
術式は、書かれたものだ。契約は、交わされたものだ。書く前に、交わす。だから、契約のほうが下にある。
俺はもう一度、線に指を伸ばした。今度は押し込むのをやめた。探す。
錠のときと同じだ。力ずくで開けようとすると開かない。噛んでいる場所を探す。指の腹で内側の構造をなぞって、見えないものを指で読む。
線の表面を、なぞって——あった。
深い。
錠は一秒だった。封鉛は二秒。縄と術式は三秒。番人の楔は、四つで六秒。
これは。
「……十秒」
俺は呟いた。
「十秒あれば、解けます」
*
誰も、何も言わなかった。言えるわけがなかった。
三秒を作るのに、フェンリスが肩を抉られた。六秒を作るのに、四人がかりでガルドが骨を折って、俺は三十秒息をしていなかった。
十秒だ。
「無理だ」
ガルドが言った。彼は鎚を杖にしていた。肩の添え木は、さっきの一撃で砕けている。折れた側の腕が、また下がっていた。
「無理だ、坊主。……六頭いる」
「一頭ずつなら」
「一頭を十秒止めるあいだ、残り五頭はどうする」
そのとき、ガルドが崩れた。
膝からだった。音もなく、彼はそのまま前へ倒れた。
「ガルド!!」
俺は駆け寄った。彼は起きようとして、右手で地面を押した。押して、腕が滑った。
「……くそ」
「動かないでください」
「動かねえと死ぬ」
「動いても死にます!」
リーナが矢筒を逆さにした。何も落ちてこなかった。
「……ないわ。矢が、ない」
フェンリスはまだ動いていた。だが、右の脇腹から血が出ていた。いつやられたのか、俺は見ていなかった。それでも彼は前に立っていた。
飛竜が、六頭とも上空で旋回に入った。同時に降りてくる。それが、次だ。
*
「セイン」
声がした。顔を上げると、レクスが俺の前に立っていた。
「十秒。十秒、いる?」
「……はい」
「じゃあ」
彼女は両手を、少し開いた。
「待ってください」俺は言った。「まだ、一回目です」
「うん」
「一日一回です」
「うん」
「使ったら——」
「知ってる」
彼女はこちらを見なかった。上を見ていた。
「セイン」
「はい」
「私は、あなたに、聞いてない」
抑揚のない声だった。いつもと、まったく同じ声だ。
「決めるのは、私」
手の甲の皮膚の下で、白いものが動いた。せり上がって、手首を覆って、指の外側を通って——前腕ほどの長さで、先が三日月に湾曲した白い刃になった。
一回目だ。
俺の頭が、勝手に数えた。




