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灰燼の神話 〜神殺しの副産物〜  作者: NN
三人の仲間

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43/62

三秒では届かない

「繋がれてる?」


リーナが聞き返した。


「首に、環がついてます。そこから線が伸びて、あの六人に繋がってます」


「線?」


「俺にしか見えないやつです」


彼女の顔が変わった。


「……隷属契約だわ」


「なんですか、それ」


「使い魔契約の、もっとひどいやつよ」彼女は早口になった。「使い魔契約は、双方の合意で結ぶの。術者が力を渡して、獣が力を貸す。対等じゃないけど、一応、取引にはなってる」


「隷属は」


「合意が要らないの。片方が縛って、片方が縛られる。それだけ」


彼女は飛竜を見上げた。


「昔の魔術書に書いてあったわ。『隷属を受けた獣は、まず名を失い、次に群れを忘れ、最後に飛び方を忘れる』」


「飛んでますけど」


「飛ばされてるのよ」


言われて、俺はもう一度六頭を見た。たしかに、六頭とも同じ飛び方をしていた。旋回の角度も、降下の速さも、翼を打つ間隔も。六頭が、まるで一頭のように動いている。


番人の二百四十歩と、同じだった。


  *


「セイン・ヴェルグ」


セリムの声が割り込んできた。彼は動いていない。十六騎の中央に立ったまま、こちらを見ている。


「それが、見えるのですか」


「はい」


「線が」


「はい」


彼は少し黙って、それから静かに言った。


「……興味深い」


その一言で、俺の背中が冷たくなった。この男はいま、俺を「危険」だと判断したのではない。「有用」だと判断した。そのほうが、ずっと恐ろしかった。


「傷つけぬように」セリムは六人の術者に言った。「手足は構いません。頭と、胸は避けるように」


「……あんた、人を運ぶみてえに言うな」とフェンリスが唸った。


「運びますので。そのために参りました」


  *


戦況は悪くなっていた。


飛竜は、こちらを殺しにきていない。それが逆に厄介だった。上空から降下しては翼で薙ぎ、体当たりで転ばせ、また上がる。殺す気なら、もっと早く終わっていたはずだ。彼らは、こちらを疲れさせにきていた。


「セイン」ガルドが荒い息の下で言った。「解けるか」


「試します」


「試せ。……それしかねえ」


一頭が上から来た。俺は避けなかった。避ける必要がなかったからだ。フェンリスが飛び込んで進路を逸らし、飛竜の胴が俺の頭上を通過した。風圧で膝が落ちる。


その一瞬、首の環が手の届く距離を通った。


俺は手を伸ばした。指が線に触れた。


ある。たしかに、そこに。


だが——沈まない。


指を押し込もうとした。錠のときは、指の腹が「ここ」を見つけた瞬間、そこに入る感覚があった。鎖も、縄も、楔も、術式も、そうだった。見つける、触れる、入る、逃がす。


この線は、触れた。触れたが、入らない。指が表面を滑る。もっと下に本体があって、俺が触っているのは水面に浮かんだ影のようなものだった。


「駄目です!! 届きません!」


「見えてんだろ!?」


「見えてます! でも、触れてるだけです!」


  *


俺は地面に膝をついて、考えた。考える時間などない。それでも考えた。


なぜ届かないのか。


術式には届いた。四か月半のあいだ一度も触れられなかったものが、遺跡のあと、届くようになった。なら、これは術式ではない。術式より——深い。


「リーナさん!!」


「なに!!」


「契約って、術式ですか!!」


「違うわ!!」彼女は答えながら矢を放った。「術式は書くもの! 契約は交わすもの!」


「どっちが深いですか!!」


「そんな比べ方したことない!!」


「じゃあ、いま考えてください!!」


「無茶言わないで!!」


それでも彼女は、一秒で答えた。


「契約!! 契約のほうが深いわ!! 術式は契約を書き留める道具なの!! 先にあるのは契約のほう!!」


  *


俺は、自分の指を見た。


四か月半かけて、俺は階段を一つ上がった。物から、術式へ。錠から、輪へ。


その上に、もう一段ある。


術式は、書かれたものだ。契約は、交わされたものだ。書く前に、交わす。だから、契約のほうが下にある。


俺はもう一度、線に指を伸ばした。今度は押し込むのをやめた。探す。


錠のときと同じだ。力ずくで開けようとすると開かない。噛んでいる場所を探す。指の腹で内側の構造をなぞって、見えないものを指で読む。


線の表面を、なぞって——あった。


深い。


錠は一秒だった。封鉛は二秒。縄と術式は三秒。番人の楔は、四つで六秒。


これは。


「……十秒」


俺は呟いた。


「十秒あれば、解けます」


  *


誰も、何も言わなかった。言えるわけがなかった。


三秒を作るのに、フェンリスが肩を抉られた。六秒を作るのに、四人がかりでガルドが骨を折って、俺は三十秒息をしていなかった。


十秒だ。


「無理だ」


ガルドが言った。彼は鎚を杖にしていた。肩の添え木は、さっきの一撃で砕けている。折れた側の腕が、また下がっていた。


「無理だ、坊主。……六頭いる」


「一頭ずつなら」


「一頭を十秒止めるあいだ、残り五頭はどうする」


そのとき、ガルドが崩れた。


膝からだった。音もなく、彼はそのまま前へ倒れた。


「ガルド!!」


俺は駆け寄った。彼は起きようとして、右手で地面を押した。押して、腕が滑った。


「……くそ」


「動かないでください」


「動かねえと死ぬ」


「動いても死にます!」


リーナが矢筒を逆さにした。何も落ちてこなかった。


「……ないわ。矢が、ない」


フェンリスはまだ動いていた。だが、右の脇腹から血が出ていた。いつやられたのか、俺は見ていなかった。それでも彼は前に立っていた。


飛竜が、六頭とも上空で旋回に入った。同時に降りてくる。それが、次だ。


  *


「セイン」


声がした。顔を上げると、レクスが俺の前に立っていた。


「十秒。十秒、いる?」


「……はい」


「じゃあ」


彼女は両手を、少し開いた。


「待ってください」俺は言った。「まだ、一回目です」


「うん」


「一日一回です」


「うん」


「使ったら——」


「知ってる」


彼女はこちらを見なかった。上を見ていた。


「セイン」


「はい」


「私は、あなたに、聞いてない」


抑揚のない声だった。いつもと、まったく同じ声だ。


「決めるのは、私」


手の甲の皮膚の下で、白いものが動いた。せり上がって、手首を覆って、指の外側を通って——前腕ほどの長さで、先が三日月に湾曲した白い刃になった。


一回目だ。


俺の頭が、勝手に数えた。


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