↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰燼の神話 〜神殺しの副産物〜  作者: NN
三人の仲間

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/62

従属竜

境界の光が、濃くなった。


目に見えて、はっきりとだ。森の縁に沿って並んでいた輪が一斉に締まり、糸を引かれるように内側へ寄って、厚みを持った。


「閉じたわ」


リーナはそう言って、振り返らなかった。


俺は振り返った。境界の内側に、セランドが立っていた。その後ろに見張りが二人。さらに奥に、いつのまにか十数人のエルフが集まっていた。老いた者も、若い者もいる。全員がこちらを見ていた。


弓を持っている者もいた。だが、番えてはいない。彼らはただ、見ていた。


  *


蹄の音が止まり、灰白の外套が草地に並んだ。数えると十六騎あった。その中央に、セリム・ドラーグがいた。


「ご足労いただき、恐縮です」


彼は馬から降りながら、そう言った。


「追ってきたのはそっちですよね」


「はい。ですので、恐縮しております」


会話が成立しているようで、まったくしていない。この男と話していると、いつもこうなる。


「エルフの結界ですね」セリムは俺たちの背後を見た。「三千年の結界と伺っております。……我々には、触れられません」


「入れないんですか」


「入りません」


彼は訂正した。


「入る必要が、ありませんので。……あなた方が、そこから出てくるまで待てばよい話です」


  *


「セイン・ヴェルグ。重ねて申し上げます。ご同行ください」


「断ります」


「では」


彼が片手を上げた。


十六人のうち六人が前へ出て、それぞれ懐から何かを取り出した。金属の輪だ。腕輪くらいの大きさで、表面に細かい線が刻んである。六人は、同時にそれを地面に置いた。


「伏せろ!!」


ガルドが叫んだのと、輪から光が上がったのが同時だった。光は柱になって上へ伸び、その中から、それが出てきた。


竜だった。六頭。


大きくはなかった。馬より一回り大きい程度だ。俺が想像していた「竜」——山ほどの背丈で天を覆う何か——とは、まるで違った。


だが、翼があった。鱗があった。首が長く、付け根から胸にかけて黒に近い緑の鱗が並んでいる。そして、目が縦に割れていた。


レクスの目と、同じだった。


  *


「……なんだ、あれ」


「竜種よ」リーナの声が固かった。「小型の飛竜。でも、こんな数、どうやって」


「飼っているのです」


セリムが答えた。淡々と、在庫の数を読み上げるように。


「王国が七頭。うち六頭を、本日連れて参りました」


「野生のを捕まえたってことか」とフェンリスが言った。


「いえ。代々、繋いでおります」


彼は言った。


「これらは、かつて竜と呼ばれたものの、なれの果てです」


俺は、そのときレクスを見た。彼女は飛竜を見上げていた。表情はいつもどおり何もない。ただ、その手が少しだけ開いて、指がわずかに伸びていた。


「レクス」


「うん」


「まだです」


「……うん」


彼女は、手を握った。


  *


戦闘は、上から始まった。


一頭が翼を畳んで落ちてきた。速い。獣の速度ではなかった。落下と羽ばたきを組み合わせて、加速している。狙いはリーナだった。


ガルドが割り込んで、鎚を下から跳ね上げるように振った。音がして、そして弾かれた。鎚が鱗を叩いて跳ね返り、飛竜は姿勢を崩しもしない。


「硬え!!」ガルドが吼えた。「番人の面とは違うのか!?」


「面はねえ!」彼は自分で答えた。「面じゃねえ、ただ硬えんだ! こいつら、鱗そのものが鉄より硬え!」


リーナの矢が三本飛んだ。首、胸、翼の付け根。全部当たって、全部滑った。


「通らないわ!」


「関節は!?」


「動きが速すぎて狙えない!」


フェンリスが跳んで、一頭の背に取りついた。爪を立て、鱗の隙間を探して指を差し込む。飛竜が身を捻り、翼が地面を叩いた。砂が上がって、彼の体が振り落とされる。空中で一回転して、片膝で着地した。


「くそ! 空のは無理だ!」


「どうにかしろ!」


「どうにかならねえから言ってんだよ!!」


  *


俺は、後ろへ下がっていた。


四か月半、変わらないことがある。戦闘が始まると、俺は下がる。それが最適だからだ。


ただ、今回は下がりながら、違うことをしていた。見ていたのだ。


飛竜の首に、輪があった。金属の環が、付け根にきっちりと嵌まっている。鱗と鱗のあいだに埋まりかけていて、遠目にはただの模様に見えた。六頭とも、同じものをつけていた。


そして、その環から、線が伸びていた。


俺の目にしか見えない類の、細い線だ。一頭ごとに一本ずつ。それが空中を渡り、地上へ降りて、輪を置いたあの六人のところへ繋がっている。


そこで、俺はもうひとつ気づいた。線の張り方が、変だった。


俺が四か月半で見てきた結び目は、全部、二つのものを「くっつけておく」形をしていた。錠は扉と枠を、鎖は石板と床を、縄は石柱と杭を、命令は機構と命じた者を。どれも対等ではない。それでも、繋がってはいた。


これは、違う。


片方が、もう片方を、引っ張っているだけだった。


「セイン!!」


叫び声で我に返った。一頭が、俺のほうへ降下していた。避けられない。


  *


白いものが、間に入った。


レクスだった。彼女は飛竜の顎を、素手で受け止めていた。両手で。牙は出していない。


足が地面に沈んでいた。踵から膝まで、土が捲れ上がっている。それでも、彼女は止めていた。


「……レクス」


「大丈夫」


「大丈夫じゃないです」


「大丈夫」


飛竜が首を振った。彼女の体が横に飛んで、草地を三回跳ねて止まった。


「レクス!!」


彼女はすぐに起き上がった。口の端から血が垂れていた。そして、両手を上げた。


牙を、出そうとしている。


「待ってください!!」


俺は叫んでいた。


「まだです!! 待ってください!!」


「でも」


「あれ——」


俺は六頭を指さした。


「あれ、縛られてます」


  *


戦場が、一瞬だけ静かになった。


「……なんだって?」ガルドが荒い息の下で聞き返した。


「あの竜、縛られてます」


「そりゃ、飼われてるんだから——」


「そうじゃないです」


俺は、自分の掌を見た。四か月半、この手が触ってきたものを順に思い出す。錠。鎖。封鉛。縄。楔。術式。命令。


全部、「結び」だった。


でも、あれは違う。


「あれは、結ばれてるんじゃありません」


俺は言った。


「——繋がれてるんです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。