従属竜
境界の光が、濃くなった。
目に見えて、はっきりとだ。森の縁に沿って並んでいた輪が一斉に締まり、糸を引かれるように内側へ寄って、厚みを持った。
「閉じたわ」
リーナはそう言って、振り返らなかった。
俺は振り返った。境界の内側に、セランドが立っていた。その後ろに見張りが二人。さらに奥に、いつのまにか十数人のエルフが集まっていた。老いた者も、若い者もいる。全員がこちらを見ていた。
弓を持っている者もいた。だが、番えてはいない。彼らはただ、見ていた。
*
蹄の音が止まり、灰白の外套が草地に並んだ。数えると十六騎あった。その中央に、セリム・ドラーグがいた。
「ご足労いただき、恐縮です」
彼は馬から降りながら、そう言った。
「追ってきたのはそっちですよね」
「はい。ですので、恐縮しております」
会話が成立しているようで、まったくしていない。この男と話していると、いつもこうなる。
「エルフの結界ですね」セリムは俺たちの背後を見た。「三千年の結界と伺っております。……我々には、触れられません」
「入れないんですか」
「入りません」
彼は訂正した。
「入る必要が、ありませんので。……あなた方が、そこから出てくるまで待てばよい話です」
*
「セイン・ヴェルグ。重ねて申し上げます。ご同行ください」
「断ります」
「では」
彼が片手を上げた。
十六人のうち六人が前へ出て、それぞれ懐から何かを取り出した。金属の輪だ。腕輪くらいの大きさで、表面に細かい線が刻んである。六人は、同時にそれを地面に置いた。
「伏せろ!!」
ガルドが叫んだのと、輪から光が上がったのが同時だった。光は柱になって上へ伸び、その中から、それが出てきた。
竜だった。六頭。
大きくはなかった。馬より一回り大きい程度だ。俺が想像していた「竜」——山ほどの背丈で天を覆う何か——とは、まるで違った。
だが、翼があった。鱗があった。首が長く、付け根から胸にかけて黒に近い緑の鱗が並んでいる。そして、目が縦に割れていた。
レクスの目と、同じだった。
*
「……なんだ、あれ」
「竜種よ」リーナの声が固かった。「小型の飛竜。でも、こんな数、どうやって」
「飼っているのです」
セリムが答えた。淡々と、在庫の数を読み上げるように。
「王国が七頭。うち六頭を、本日連れて参りました」
「野生のを捕まえたってことか」とフェンリスが言った。
「いえ。代々、繋いでおります」
彼は言った。
「これらは、かつて竜と呼ばれたものの、なれの果てです」
俺は、そのときレクスを見た。彼女は飛竜を見上げていた。表情はいつもどおり何もない。ただ、その手が少しだけ開いて、指がわずかに伸びていた。
「レクス」
「うん」
「まだです」
「……うん」
彼女は、手を握った。
*
戦闘は、上から始まった。
一頭が翼を畳んで落ちてきた。速い。獣の速度ではなかった。落下と羽ばたきを組み合わせて、加速している。狙いはリーナだった。
ガルドが割り込んで、鎚を下から跳ね上げるように振った。音がして、そして弾かれた。鎚が鱗を叩いて跳ね返り、飛竜は姿勢を崩しもしない。
「硬え!!」ガルドが吼えた。「番人の面とは違うのか!?」
「面はねえ!」彼は自分で答えた。「面じゃねえ、ただ硬えんだ! こいつら、鱗そのものが鉄より硬え!」
リーナの矢が三本飛んだ。首、胸、翼の付け根。全部当たって、全部滑った。
「通らないわ!」
「関節は!?」
「動きが速すぎて狙えない!」
フェンリスが跳んで、一頭の背に取りついた。爪を立て、鱗の隙間を探して指を差し込む。飛竜が身を捻り、翼が地面を叩いた。砂が上がって、彼の体が振り落とされる。空中で一回転して、片膝で着地した。
「くそ! 空のは無理だ!」
「どうにかしろ!」
「どうにかならねえから言ってんだよ!!」
*
俺は、後ろへ下がっていた。
四か月半、変わらないことがある。戦闘が始まると、俺は下がる。それが最適だからだ。
ただ、今回は下がりながら、違うことをしていた。見ていたのだ。
飛竜の首に、輪があった。金属の環が、付け根にきっちりと嵌まっている。鱗と鱗のあいだに埋まりかけていて、遠目にはただの模様に見えた。六頭とも、同じものをつけていた。
そして、その環から、線が伸びていた。
俺の目にしか見えない類の、細い線だ。一頭ごとに一本ずつ。それが空中を渡り、地上へ降りて、輪を置いたあの六人のところへ繋がっている。
そこで、俺はもうひとつ気づいた。線の張り方が、変だった。
俺が四か月半で見てきた結び目は、全部、二つのものを「くっつけておく」形をしていた。錠は扉と枠を、鎖は石板と床を、縄は石柱と杭を、命令は機構と命じた者を。どれも対等ではない。それでも、繋がってはいた。
これは、違う。
片方が、もう片方を、引っ張っているだけだった。
「セイン!!」
叫び声で我に返った。一頭が、俺のほうへ降下していた。避けられない。
*
白いものが、間に入った。
レクスだった。彼女は飛竜の顎を、素手で受け止めていた。両手で。牙は出していない。
足が地面に沈んでいた。踵から膝まで、土が捲れ上がっている。それでも、彼女は止めていた。
「……レクス」
「大丈夫」
「大丈夫じゃないです」
「大丈夫」
飛竜が首を振った。彼女の体が横に飛んで、草地を三回跳ねて止まった。
「レクス!!」
彼女はすぐに起き上がった。口の端から血が垂れていた。そして、両手を上げた。
牙を、出そうとしている。
「待ってください!!」
俺は叫んでいた。
「まだです!! 待ってください!!」
「でも」
「あれ——」
俺は六頭を指さした。
「あれ、縛られてます」
*
戦場が、一瞬だけ静かになった。
「……なんだって?」ガルドが荒い息の下で聞き返した。
「あの竜、縛られてます」
「そりゃ、飼われてるんだから——」
「そうじゃないです」
俺は、自分の掌を見た。四か月半、この手が触ってきたものを順に思い出す。錠。鎖。封鉛。縄。楔。術式。命令。
全部、「結び」だった。
でも、あれは違う。
「あれは、結ばれてるんじゃありません」
俺は言った。
「——繋がれてるんです」




