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灰燼の神話 〜神殺しの副産物〜  作者: NN
三人の仲間

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29/52

布陣

「速度よ」


四日目の朝、リーナが叫んだ。彼女は徹夜していた。目の下が黒い。炭で汚れた指で、写しの一点を叩いている。


「この面、速度で判定してるの。見て、この節。『疾きものを退けよ』」


俺には読めないが、彼女がそう言うならそうなのだろう。


「疾きもの、というのは」


「速いもの。矢とか、鎚とか、爪とか」彼女は顔を上げた。「遅いものは、通るわ」


検証は、三十分で終わった。


まず、石を投げた。弾かれた。次に、木の枝を勢いよく突き入れた。弾かれた。最後に、長い枝の先をゆっくり、ゆっくり面に近づけた。


通った。抵抗がなかった。まるでそこに何もないみたいに、枝が面の内側へ入った。


「通ったわ!」


「どのくらいの速さまでですか」


「歩くより遅いくらいね。走ったら駄目」


俺は、自分の指のことを思い出した。三日前、俺は面に触れた。指は滑って、通らなかった。あのとき俺は走って近づいて、手を突き出していた。


速すぎたのか。


「あの、じゃあ、俺があのとき通れなかったのは」


「あなた、突っ込んだでしょ」


「突っ込みました」


「そういうことよ」


四か月ぶんの無力の一割くらいが、この瞬間に「そもそも手順を間違えていた」に変わった。複雑な気分だった。


  *


「じゃあ、話は単純だな」ガルドが言った。「坊主が、ゆっくり手を入れて、楔を解く。それだけだ」


「それだけって言いました?」


「言った」


「胸の高さは十五尺です」


「知ってる」


「番人は歩き回ってます」


「知ってる」


「腕が四本あって、全部刃物です」


「知ってる」


彼は、地面に枝で図を描き始めた。


作戦は、こうだった。一、番人を扉の近くまで誘い出す。二、四人がかりで番人を止める。転ばせるのがいちばんいい。三、俺が近づいて、胸の蓋にゆっくり手を入れる。四、四隅の楔を解く。


「解くのに、何秒だ」


「わかりません。見ないと」


「見立てでいい」


「……四つあるので、たぶん、一つ一秒として四秒。手を入れる時間を足すと、六秒くらいですか」


「六秒」ガルドが唸った。「あの図体を、六秒止めるのか」


問題は、戦力だった。ガルドは左肩が折れている。片手で鎚は振れるが、力は半分以下。リーナの矢は通らない。彼女にできるのは、番人の注意を引くことだけだ。フェンリスは動ける。だが一人だ。


そして。


「レクス」ガルドが言った。「あんたは牙を使うな。これは変えねえ」


彼女は頷いた。


「わかった」


「使えば、たぶんこの機構は斬れる。あの面ごと斬れる。……そういう手だと思ってる」


「うん」


「だが、使わせねえ」


「なんで」


初めて、彼女が聞き返した。


ガルドは少し黙って、それから片腕で自分の肩の添え木を叩いた。


「俺が骨を折ったからだ」


「?」


「あの日、俺は坊主を庇って折った。それはいい。俺の判断だ。……だがな、あんたに牙を使わせたら、俺は自分の骨を、あんたの寿命で埋めることになる」


「寿命」


「一日一回だろ。二回目から人から遠ざかる。それは、寿命を削るのと同じだ。……俺は九十二年生きた。あんたは、まだ十六だろうが」


レクスは、しばらく彼を見ていた。それから、こう言った。


「私は、十六だと数えたことがない」


「あ?」


「十六に、見えるだけ。何年生きたか、わからない」


沈黙が落ちた。


「……何歳から、変わってねえ」


「十歳のとき、牙が出た。それから、あまり変わらない」


「何年前だ、それは」


「わからない」彼女は、本当にわからないという顔をした。「数えてなかった」


  *


その日は、一日を訓練に使った。訓練といっても、俺のためのものだ。


ガルドが石を積んで、俺の背丈の三倍の高さを作った。そこに板を渡して、四隅に木の楔を打った。


「これを、下から解け」


「届きません」


「そこからだ」


方法は単純だった。フェンリスが俺を担ぐ。


「肩車だ」


「……肩車ですか」


「他にあるか」


「ないですね」


十五尺には届かない。だが、フェンリスの肩に乗れば、俺の手は十二尺くらいまで届く。残りは番人を転ばせて、傾けるしかない。


「転ばなかったら?」


「そのときは考える」


夕方まで、俺たちは同じことを繰り返した。フェンリスが俺を担いで走る。止まる。俺がゆっくり手を伸ばす。楔を解く。三十回やった。最初は十秒かかった。二十回目で七秒になった。三十回目で六秒。


「六秒だ」ガルドが言った。「これ以上は縮まねえか」


「縮まないと思います。ゆっくり動かないと通れないので」


「……六秒な」彼は空を見た。「長えな」


  *


その夜、俺は眠れなかった。


明日、俺は番人の胸に手を入れる。四か月前、Fランクの適性判定で「これは戦闘職じゃないな」と言われた男が、金貨十枚の特級依頼で、千年動き続けている機構の心臓に手を突っ込む。


冗談みたいな話だ。冗談みたいなのに、他に誰もできない。


火の向こうで、レクスが起きていた。彼女はいつもの位置に座って、両手を膝に置いている。俺は少し迷ってから、そちらへ歩いた。


「眠れませんか」


「眠らない」


「え」


「見張り。私がやる」


「順番は決まってますよ」


「私は、寝なくても平気」


「そういう問題じゃないです」


俺は、彼女の隣に座った。一人ぶんの距離を空けて。


しばらく、二人とも黙っていた。火が鳴った。


「セイン」


「はい」


「明日、私は、何をする」


「囮です。番人の注意を引いて、足を止めます」


「牙は」


「使いません」


「使えないと、弱い」


「はい」


「弱くていいのか」


俺は、答えを探した。火を見ながらしばらく探して、それから言った。


「よくないです」


「うん」


「よくないですけど」俺は自分の膝を見た。「五日前に、俺、みんなの前で言いましたよね。この隊にいる意味があるのか、って」


「言った」


「あれ、たぶん、間違った質問でした」


「?」


「意味があるかどうかって、自分では決められないんです。決めるのは、たいてい他人です。ギルドの札とか、報酬とか、そういうやつ。……だから、俺は自分で決められることだけ考えることにしました」


「なに」


「明日、あそこにいるかどうかです」


レクスは、しばらく黙っていた。それから、小さく言った。


「わからない」


「はい」


「でも、わかった」


「どっちですか」


「両方」彼女は膝を抱えた。「意味は、わからない。でも、明日、そこにいる。それは、わかった」


  *


翌朝、俺たちは扉をくぐった。


そこから先は、思っていたより速く進んだ。


リーナが矢を撃って番人の注意を引き、番人が振り向く。フェンリスが左から、レクスが右から挟んだ。二人とも攻撃していない。ただ、番人の視界——目はないが、たぶん視界に相当するもの——の左右に立って、動きを迷わせた。


ガルドが正面に立った。片腕で鎚を構えて、彼は動かない。番人が一歩踏み出す。ガルドが半歩下がる。また一歩。また半歩。誘っている。扉のほうへ、少しずつ。


「今だ!!」フェンリスが叫んだ。


俺は走った。フェンリスがしゃがみ、俺が肩に乗り、彼が立ち上がる。視界が上がった。


見えた。胸の、四角い蓋。四隅の楔。手を伸ばせば、届く。


「行きます!」


ゆっくり。ゆっくりだ。俺は右手を面のほうへ動かした。走った勢いを、腕には乗せない。息を止めて、指先から、そっと。


指が、面に触れた。沈んだ。


通った。面の内側に、俺の手が入っている。そのまま、蓋へ。あと一尺。一つ目の楔に、指が届く。


ここ。一秒。


そのとき、番人が動いた。上の長い腕が、二本同時に上がった。


「セイン!!」


フェンリスが跳んだ。俺を乗せたまま、横へ。腕が、さっきまで俺たちがいた空間を薙いだ。風が来て、頬が切れた。


着地する。俺の手は、面から抜けていた。一秒で、終わっていた。


「もう一回!」


「駄目だ!」ガルドが叫んだ。「一秒しか保たねえ! 六秒要るんだろうが!」


俺は番人を見上げた。四本の腕が、こちらを向いていた。


千年、二百四十歩を歩き続けてきた機構は、五人ぶんの都合など、当然、まったく考慮していなかった。


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