守られる
「一秒しか保たねえなら」
ガルドが、荒い息の下で言った。
「保たせる必要がねえようにすりゃいい」
「どういう意味ですか」
「あの面は、外から入るのを止める。中に入っちまえば、関係ねえだろ」
俺は番人の胸を見上げた。四角い蓋。四隅の楔。中に入る——面の内側へ、体ごと。
「取りつけってことですか」
「そうだ」
「振り落とされます」
「落ちねえように、しがみつけ」
「暴れますよ」
「暴れる」ガルドははっきり頷いた。「暴れるが、あいつの腕は自分の胸には届かねえ。四本とも、外向きに付いてる。胸の真ん中にしがみつかれたら、剥がせねえ」
俺は、その理屈を三秒で理解した。理解して、それから体が冷たくなった。
「……誰が、俺をあそこまで運ぶんですか」
「俺は片腕だ」
「フェンリスは?」
「俺は投げるより担ぐほうだ。十五尺は無理だ」
二人の視線が、同じ方向へ動いた。俺もそちらを見た。
レクスが、俺を見ていた。
「投げる」
「え」
「あなたを、投げる」
「あの、届きますか」
「届く」
「距離、けっこう——」
「届く」彼女は繰り返した。「私は、強い」
*
「行くぞ!!」
ガルドが吼えた。
リーナの矢が、番人の顔のない頭に当たって弾かれた。もう一本、もう一本。番人が彼女のほうを向く。その瞬間、フェンリスが左から飛び込んだ。
「こっちだ!!」
彼が爪を上の腕に叩きつける。弾かれる。だが番人の腕がそちらへ動いた。ガルドが正面から、片腕で鎚を振り上げる。
「おらぁ!!」
三本目の腕が、それを受けに来た。三本。残り一本。
「セイン」
背後でレクスが言った。振り返ると、彼女は膝を落として両手を組んでいた。
「乗って」
「はい」
「痛いかも」
「大丈夫です」
「わかった」
俺は組まれた手の上に足を乗せた。そして次の瞬間、視界が消えた。
*
体が、上に飛んでいた。
飛んでいるという認識が追いつくまでに、俺はもう十尺の高さにいた。速い。あまりにも速い。風が耳のそばで鳴っている。前世を含めて四十七年、俺は自分の体がこんな速さで移動した経験がない。
——面!
思い出した。速いものは、弾かれる。
弾かれなかった。俺の体は、面のあった場所をそのまま通り抜けた。
なんで、と考える暇はなかった。目の前に黒い装甲が迫っていた。
肩から激突した。骨が鳴った。落ちる、と思った瞬間、指が装甲の継ぎ目を探し当てていた。俺は四角い蓋の縁に両手の指をかけて、そのままぶら下がった。
番人が、暴れた。
体が大きく揺れる。前へ、後ろへ。足が宙で振り回されて、歯が鳴った。指の付け根が、いまにも外れそうだった。
「しがみつけ!!」
下から声がした。しがみついている。これ以上ないくらい。
番人が四本の腕を動かした。上の二本が頭の上を通って背中側へ回る。届かない。下の二本が下から上がってくる。届かない。
ガルドの言ったとおりだった。四本とも外側へ向けて生えている。胸の中心という一点だけが、この機構にとって死角だった。千年、誰もそこに取りつかなかったのだろう。取りつく前に、全員が面で弾かれるからだ。
「六秒だ!!」ガルドの声。「作ってやる!!」
*
一秒目。番人が体をひねって、俺の体が横に振られた。左手が離れかけたその瞬間、動きがほんの一拍止まった。
下を見ると、ガルドが鎚を番人の膝の裏に打ち込んでいた。片腕で。骨の折れた側は、だらりと下がったまま。膝が、わずかに折れた。
俺は右手を蓋のほうへ動かした。ゆっくり。面はもう関係ない。それでもゆっくり。急ぐと指が滑る。一つ目。
二秒目。番人が壁に向かって走った。俺を挟み潰す気だ、と気づいた。
「馬鹿!!」
フェンリスが跳んだ。彼は番人の脚に爪を突き立て、そのまま体重をかけた。番人の進路がわずかに逸れて、壁を掠めた。俺の背中が石をこすり、皮が持っていかれた。悲鳴を上げた気がするが、覚えていない。指は離さなかった。二つ目。
三秒目。番人が上の腕を振り上げた。胸に届かないなら、下にいる連中を潰す。機構にしては、ずいぶん人間らしい判断だと思った。
その腕に、矢が刺さった。
刺さっていた。面が、そこだけ出ていない。
「腕を動かしてるあいだは、面が薄くなるの!!」リーナが叫んでいた。「三日間ずっと見てた!!」
四秒目。矢が二本、三本。腕の関節に集中していく。番人の動きが鈍くなる。
俺の指が三つ目の楔にかかった。だが遠い。蓋の対角だ。腕を伸ばしきっても、爪の先が届くかどうか。
俺は、左手を離した。
落ちた——と思った。落ちなかった。
俺の足が、何かに乗っていた。見下ろすと、白金の髪があった。
レクスが、番人にしがみついていた。装甲の凹凸に指をかけて、垂直の面を登ってきていた。俺の真下まで来て、彼女は自分の肩を差し出していた。
「乗って」
「……はい」
彼女の肩に足を乗せると、体が安定した。両手が、自由になった。
五秒目。三つ目の楔が落ちた。番人が大きく仰け反って、レクスの手が装甲から離れかける。
「レクス!!」
「大丈夫」彼女は言った。「牙は、使ってない」
六秒目。四つ目の楔に、指をかけた。
ここだ。錠と同じだ。鎖と同じだ。縄と同じだ。四か月前、下水の暗がりで見つけたのと、同じ「ここ」がある。
千年前、誰かが、この機構に命じた。守れ、と。そして、その命令が消えないように蓋をして、楔を打った。
誰かが、そうしようと思って、結んだものだ。だから——
俺は、指を、逃がした。
*
かちり。
音は小さかった。四か月間、何十回も聞いた音だった。倉庫の錆びた錠。下水の封鉛。森の縄。遺跡の扉。そのどれとも、同じ音だった。
四つ目の楔が落ちて、蓋が外れた。
中に、何かが見えた。金属の板だ。表面に細かい文字がびっしりと刻まれている。読めない文字だった。その文字が、上から一行ずつ、順に消えていった。
番人の動きが止まった。腕が下がる。関節から漏れていた青白い光が、ゆっくりと弱くなっていく。膝が、折れた。
「落ちる!!」
誰かが叫んだ。俺はレクスの肩から放り出され、宙で体が回った。
ああ、これは。受け身も何もない。頭から落ちる。
落ちなかった。体が、何かに受け止められた。灰褐色の毛と、赤銅色の髭と、緑金の髪が、視界の中でごちゃごちゃになった。三人が、下にいた。三人とも、俺を受け止めるために番人の真下に走り込んでいた。
俺たちは、四人まとめて床に転がった。ガルドが呻き、「肩が」と俺が言い、「詫びるな、生きてる」と彼が言った。フェンリスが咳き込み、リーナが俺の背中の傷を見て悲鳴を上げた。少し離れたところに、レクスが着地した。彼女だけが、綺麗に立っていた。
*
番人は、動かなくなっていた。
膝をついた姿勢のまま、両腕を垂らして、顔のない頭を少しだけ下げて。光はもう漏れていない。
静かだった。千年ぶんの静けさが、その神殿に降りた。
俺は床に転がったまま、それを見上げていた。指が痛い。肩も、背中も、腹も痛い。息が上がっている。
止まった。俺が、止めた。
いや、違う。四人が六秒を作って、俺が、そこに手を伸ばした。
その静寂の中で、音がした。
かちり、という音だった。番人の胸の、外れた蓋の奥から。俺の錠が落ちるのと、同じ音。
そして。
『——よく来た』
声が、した。




