この隊にいる意味
灰喰いの討伐は、成功として処理された。
ギルドの掲示板に、討伐隊三十人の名前が貼り出された。マルクの名前もあった。
俺たちの受けた依頼——街道被害状況の記録・生存者捜索——は、報酬が支払われて、それで終わりだった。生存者はゼロ。記録は十七枚。
道で十三人を斬った件は、報告しなかった。正当防衛だが、説明すると誰が斬ったかを説明しなければならない。俺たちはまた黙った。二度目である。
「わたしたち、隠しごとが増えたわね」
「増えましたね」
「エルフの里の連中を笑えないわ」
*
レクスは、宿に泊まれなかった。登録証がない。身元を証明するものが何もない。名前と、白金の髪と、縦の瞳だけがある。
「種族を聞かれたら、どうする」ガルドが言った。
「答えないわ」
「答えねえ客を泊める宿はねえ」
「じゃあ、どうするのよ」
結局、ガルドが町外れに借りている仮の工房——というより、ほとんど納屋だ——の隅に、彼女を置くことになった。藁を積んで、毛布を敷いただけの場所だ。
俺は申し訳なくなって謝った。レクスは、首をかしげた。
「屋根がある」
「はい」
「屋根がある。じゅうぶん」
彼女は本当にそう思っているようだった。それが、いちばんこたえた。
*
その工房に、俺たちは毎日集まるようになった。飯を作るのはガルドだ。人数が一人増えても、彼の鍋は動じなかった。
俺は、そこであることに気づいた。レクスは、必ず最後に椀を取る。
四人が取ってから、鍋に残っているぶんを、自分の椀に入れる。少ない日は少ないまま食べる。多い日でも、自分から多く取ることをしない。
三日続けて同じだったので、俺は聞いてみた。
「レクス。先に取ってもいいんですよ」
「だめ」
「なんでですか」
「足りなくなる」
「足りなくなったら、どうなるんですか」
彼女は、少し考えた。
「わたしが、いる意味がなくなる」
その言い方が、しばらく耳に残った。
たぶん彼女は、深い意味で言っていない。ただ、そういうふうに教わったか、そういうふうにしないと生きられない場所にいたのだと思う。でも、俺の頭は、その言葉を勝手に自分の側へ引き取った。
いる意味。
*
その夜、俺は宿の部屋で、紙を広げた。三か月前に実験の記録を書いた紙だ。裏が余っている。俺は、そこに書いた。
『四か月でやったこと』
一、水路を開けた。(鎖と封鉛。報酬銀貨二枚。功績は役所のもの)
二、結界の留め具を解いた。(三秒。フェンリスが作った三秒)
三、縄を張った。(跨がれた)
書き終えて、俺はしばらくそれを見ていた。三行だった。
竜人族の記録と同じ行数である。向こうは千年で三行だ。俺は四か月で三行。頻度で言えば俺の勝ちだが、勝ってどうする。
二行目に、指を置いた。大角狼。あれは、俺がやったと言っていい。留め具を見つけたのは俺だ。三秒を持ちこたえたのも俺だ。
でも、と思う。あれは、条件が揃っていた。結界があった。留め具があった。留め具は、誰かが結んだものだった。
灰喰いのときは、何もなかった。盗賊は、何も借りていなかった。鎧は着ていたが、鎧は結ばれてはいない。剣は持っていたが、剣は鍛えられただけだ。誰も、何も、「離れているものをくっつけておこう」とはしていなかった。俺の手が触れられるものが、あの戦場にはひとつもなかった。
つまり——俺は、紙に書いた。
『解式は、誰かが結んだものしか解けない』
『盗賊は、何も結んでいない』
『だから俺は、無力だ』
書いてみると、ずいぶん整っていた。整いすぎていて、反論の余地がなかった。
*
翌日、俺は工房で、ガルドに聞いてみた。三行の紙を見せて、正直に。
彼はしばらくそれを読んで、鼻を鳴らした。
「三行目が間違ってる」
「どこがですか」
「『だから俺は無力だ』は、結論じゃねえ。愚痴だ」
「……」
「一行目と二行目からは、そんな結論は出ねえよ。出るのはこうだ」
彼は炭で、その下に書き足した。
『解式は、格上に効く』
「格上?」
「そうだ」ガルドは炭を置いた。「考えてみろ。盗賊は何も持ってねえ。鉄と、腕と、度胸だけだ。だからお前が効かねえ。だがな、坊主。強え奴ってのは、たいてい何かを借りてる」
「借りてる」
「魔術師は術式を借りてる。神官は加護を借りてる。貴族は権威を借りてる。強い獣は縄張りを借りてる。あの大角狼は、結界を借りてた」彼は俺の紙を指で叩いた。「借り物が多いほど、お前は効く。何も借りてねえ雑魚には効かねえ。……坊主、それは弱さじゃねえ。相性だ」
俺は、その紙を見た。『解式は、格上に効く』。たしかに、そう読める。読めるが。
「でも、目の前の雑魚に殺されたら、格上に会う前に終わりますよね」
ガルドは、大きな声で笑った。
「そりゃそうだ」
「笑いごとじゃないんですけど」
「笑いごとだよ。生きてるうちは」
そのあと、彼は少し声を落とした。
「……そういう力を持つ奴を、俺は昔、知ってる」
俺は顔を上げた。
「誰ですか」
「言えねえ」
「またそれですか」
「またそれだ」彼は炉に炭を足した。「ただな、坊主。その連中も、みんな同じことを言ってた」
「なんて」
「『俺は雑魚に弱い』ってな」
*
その夜、俺たちは工房で飯を食った。ガルドの豆の粥。フェンリスが獲ってきた兎。リーナが買ってきた黒パン。
いつもどおりだった。いつもどおりのはずだった。
会話が途切れたとき、俺は、自分でも思っていなかったことを言った。
「俺、この隊にいる意味、あるんですかね」
静かになった。自分で言っておいて、俺は焦った。
言うつもりはなかった。愚痴を言うのは、俺の一番嫌いなやり方だ。前世でも今世でも、俺は誰かに何かを求めたことがない。求めないから、断られない。断られないから、傷つかない。なのに、口が滑った。
「あ、いえ、すみません。今のは」
「あるに決まってるでしょ」リーナが即答した。「あなたがいなかったら、大角狼で全滅してたわ」
「そうですね。あのときは」
「あのときは?」
「灰喰いのときは、何もできませんでした」
「それは相手が悪かっただけよ」
「はい」
「……ちょっと、なんで納得しないのよ」
「納得はしてます」俺は言った。「頭では、完全に納得してます。ガルドの言うとおり、たぶん相性です。理屈は通ってます」
「じゃあ何が不満なの」
「不満じゃないんです」俺は椀を置いた。「ただ——理屈が通ってるのに、腹の底が納得しないんです。あの日、俺は縄を張って、跨がれて、それで終わりでした。理屈でどう説明しても、あの十秒間、俺はそこにいる必要がなかった」
フェンリスが、何か言いかけた。言いかけて、やめた。たぶん彼は、嘘のつけない人だから、ここで気休めを言えなかったのだと思う。ガルドも黙っていた。リーナが、困った顔で俺を見ていた。
*
「……私も」
声がした。全員が、振り返った。
火の向こう。いつもの位置で、いつものように最後に椀を取った少女が、そこに座っていた。
レクスは、椀を膝に置いたまま、俺のほうを見ていなかった。いつもと同じだ。彼女は誰の顔も見ない。なのに、言葉だけが、まっすぐこちらに来た。
「……私も、同じことを、考える」
誰も、口をきかなかった。
「あなたは、弱い」彼女は続けた。言葉が、ゆっくりだった。一つずつ、確かめるように出てきた。「弱いから、意味がないと思ってる」
「……はい」
「私は、強い」
「はい」
「強いから、意味がある。そう言われて、ここにいる」彼女は、椀の中を見ていた。「でも、同じことを考える。ずっと、考えてる」
火が、爆ぜた。
「強くても、弱くても、同じ」レクスは言った。「わからない。どうしたら、いていいのか」
*
俺は、椀を持ったまま動けなかった。
四か月で三行しか書けなかった男と、千年で三行しか残されなかった種族の子どもが、まったく同じ場所で立ち止まっている。強さの問題ではなかった。
ああ。そうか。
そう思ったが、その先が言葉にならなかった。言葉にならないまま、俺は、椀の底に残った粥を見ていた。
彼女の椀の中身は、今日も、いちばん少なかった。




