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灰燼の神話 〜神殺しの副産物〜  作者: NN
三人の仲間

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21/24

痛くは、ありませんか

討伐隊が到着したのは、それから一時間後だった。


三十人が丘を越えてきて、野営地を見て、止まった。


「……なんだ、これ」


隊長らしい男が言った。説明する役は、なぜか俺になった。リーナは記録係だから前に出ない、ガルドは口を開かない、フェンリスは獣人だから前に出ると話がややこしくなる。消去法である。


「到着したときには、こうなっていました」


「討伐隊は俺たちだぞ。他に誰が入った」


「わかりません」


嘘だった。自分でも驚くほど滑らかに出た。


嘘をつく、と決めたのは、追跡の前だった。四人で三十秒だけ話し合った。


「あの子のこと、言う?」リーナが聞いた。


「言えば、どうなる」ガルドが返した。


「ギルドは、たぶん、探すわ」


「探して、どうする」


「……わからない。褒賞を出すか、危険人物として記録するか」


「後者だな」ガルドは即答した。「武器なしで二十人を斬った子どもだ。俺がギルドの上役なら、褒賞は出さねえ。目録に載せる」


フェンリスが鼻を鳴らした。


「目録ってのは、狩る側が作るもんだ」


それで決まった。


  *


隊長は、しばらく現場を見て回っていた。そして、こう結論した。


「内輪揉めだな」


「え」


「盗賊の分け前争いだ。よくある」


俺は、斜めに断たれた男の遺体を見た。それから、隊長を見た。彼は本気で言っていた。


見えているのに、見ていない。役所の連中と同じだ。上水路を塞ぐのに、あんな術式が要りますかと聞いたときの、あの顔と同じだった。人は、自分の知っている引き出しに入らないものを見ると、いちばん近い引き出しに押し込む。


「セイン!」マルクが駆け寄ってきた。「無事か?」


「はい」


「よかった……いや、よくねえけど。俺たち、何しに来たんだろうな」


彼は途方に暮れた顔をしていた。Dランクに上がって、間に合った、と喜んで、丘を越えたら全部終わっていた。彼のせいではない。


「マルクさん。間に合わなくて、よかったんじゃないですか」


「……そうか?」


「二十人斬った何かと、鉢合わせしなかったので」


マルクは、しばらく黙ってから、笑った。


「お前、変な慰め方するな」


「よく言われます」


  *


俺たちが野営地を離れたのは、日が傾き始めたころだった。街道を町の方向へ進んで、丘をひとつ越えたところで、俺は足を止めた。


「あの……追いたいんですけど」


説明を求められた。当然だ。俺は自分でも説明できないことをやろうとしている。


「傷を、負ってました」


「左腕ね」


「はい。深そうでした。放っておいたら、たぶん悪くなります」


リーナが眉を寄せた。


「二十人斬った子よ」


「はい」


「わたしたちのことも斬れるわ」


「はい」


「なのに、行くの」


俺は、少し考えた。考えて、正直に言うことにした。


「あの子、俺たちを数えてました。四つある、って確認しただけの目でした。人を見る目じゃなかった」


フェンリスが、低く言った。


「数えるってのは、逃げるか殺すかを決めるときの数え方だ」


「はい。……たぶん、そうです」俺は続けた。「あれ、ずっとそうやって生きてきた目です。人を見たら、まず数える。数えて、逃げるか、殺すか決める。それ以外の選択肢を、知らない」


言いながら、自分の声が少し変だと思った。


「……たぶん、あの子、誰にも見られてないんです。ずっと」


沈黙が落ちた。ガルドが、鼻から息を吐いた。


「坊主」


「はい」


「お前、時々おっかねえこと言うな」


「すみません」


「褒めてる」彼は鎚を担ぎ直した。「行くぞ。犬っころ、匂いは追えるか」


「一里先でも追える」


「なら決まりだ」


「え、いいんですか」


「四人で決めたことだろうが」


リーナが横で肩をすくめた。


「わたしは反対しないわよ。記録が取れるもの」


この人は、本当にぶれない。


  *


見つけたのは、二時間後だった。丘を三つ越えた先の、細い沢のそばだった。


彼女は、水際にしゃがんでいた。背中を丸めて、左腕を水に浸している。血が薄く流れ出して、下流に向かって尾を引いていた。


俺たちに気づいていた。たぶん、かなり前から。近づく前に、彼女は立ち上がって、こちらを向いていた。


十歩の距離で、俺たちは止まった。


「動かねえほうがいい」フェンリスが囁いた。「威嚇してる」


「してますか?」


「してる。重心が後ろだ。跳ぶ準備だ」


俺は、その姿を見た。小さい。昨日と同じ感想だった。血を洗い落としたぶん、余計に小さく見える。白金の髪が、濡れて額に張りついていた。角の萌芽が、はっきり見えた。指の第一関節ほどの、白い突起。左右に一つずつ。


「わたしが行くわ」リーナが薬袋を持って一歩出た。少女の重心が、さらに下がった。


「駄目だ」フェンリスが止めた。「エルフは駄目だ。弓を持ってる」


「じゃあ、あなたが」


「俺はもっと駄目だろ。爪だ」


「ガルドは?」


「鎚だ」


三人が、同時に俺を見た。


「……俺ですか」


「お前が一番弱い」ガルドが真顔で言った。「三人の中で、じゃねえ。この場で一番弱い。あいつにもそれがわかる」


「なるほど」


「傷つけたか?」


「いえ、事実なので」


俺は短剣を鞘ごと外して、地面に置いた。それから、薬袋と布をリーナから受け取って、歩き出した。


  *


五歩。彼女の目が、俺を捉えた。縦の瞳孔が、少しだけ細くなった。


三歩。俺はしゃがんだ。そのまま、地面に膝をついた。


理屈があったわけではない。ただ、立ったまま近づくのは、たぶん違うと思った。前世で、猫を撫でようとして三回引っ掻かれた経験が、四十七年越しに役に立った。


一歩ぶんの距離を残して、俺は止まった。彼女は、動かなかった。


何を言えばいいのか、わからなかった。「手当てをさせてください」は、違う気がした。「怖くないですよ」も、嘘くさい。実際、俺は怖い。「あなたは誰ですか」も、たぶん、いま聞くことじゃない。


俺は、薬袋を膝の横に置いた。そして、口を開いた。出てきたのは、自分でも予想していない言葉だった。


「痛くは、ありませんか」


  *


彼女の瞳孔が、開いた。縦に細かったものが、ほんの一瞬、丸くなった。


これは。俺は、その顔を知っていた。夢の中で、俺がした顔だ。


一か月半前の夜。誰もいない闇の中で、銀髪の少女に同じことを聞かれたとき、俺は「痛いです」と答えた。どこが、と聞かれなかったから答えられた。そのときの俺の顔を、いま、目の前で見ている気がした。


少女の唇が、動いた。音が出るまでに、しばらくかかった。


「……わ、」


「はい」


「わ……かった」


わかった。それが、彼女の答えだった。


俺は一瞬、意味を取り損ねた。何がわかったのか。俺の質問への答えになっていない。でも、彼女は左腕を、俺のほうへ差し出していた。


ああ。「わかった」は、承諾なのだ。


  *


傷は、深かった。二の腕の外側。長さは指四本ぶん。肉まで届いている。斧か、鉈か、そういうもので受けた傷だ。


俺は水で洗い、リーナに教わったとおりに薬草を貼り、布を巻いた。その間、彼女はまったく動かなかった。痛いはずだった。薬草がしみる。布を締めるときは、なおさら痛い。なのに、彼女は眉ひとつ動かさなかった。


「痛かったら、言ってください」


「……わかった」


「いえ、その、言ってくださいという意味で」


「わかった」


会話が、成立しない。


巻き終わって、俺は手を離した。


「終わりました」


彼女は、巻かれた腕をじっと見ていた。しばらく見てから、指でそっと布に触れた。押した。締まり具合を確かめている——のではなさそうだった。もっと単純に、そこに何かが巻かれていること自体を、確かめている手つきだった。


そして、俺を見た。


「……わかった」


「はい」


たぶん今度のは、ありがとう、だった。たぶん、というのは、彼女の顔がまったく変わらなかったからだ。


  *


俺は立ち上がって、下がろうとした。袖を、掴まれた。


振り返る。彼女が、俺の袖を握っていた。強い力ではない。指二本で、布の端をつまんでいるだけだった。


「え——と」


彼女は、口を開いた。さっきより、少しだけ早く言葉が出た。


「私は、強い」


「はい?」


「あなたたちは、弱い」


「……はい」


事実なので、頷くしかない。


「だから」


彼女は、そこで言葉に詰まった。十秒くらい、詰まっていた。言いたいことがあって、それを言うための言葉を、持っていない顔だった。


やがて、彼女は、いちばん短い形を選んだ。


「一緒に、行く」


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