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灰燼の神話 〜神殺しの副産物〜  作者: NN
三人の仲間

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19/26

灰喰い

金貨二枚というのは、Fランクの十五歳が持つ額ではない。


俺は三日ほど、それをどう扱うべきかで悩んだ。


宿を良いところに移すか。装備を買うか。貯めるか。前世で二枚の金貨に相当する額を手にしたことがあるのは、退職金のときだけだ。あれは三日で消えた。


結局、俺は革の胸当てと、丈夫な靴と、太めの縄を三十尺買った。


「縄?」


リーナが呆れた。


「あなた、金貨二枚で最初に買うのが縄?」


「一番使うので」


「否定できないのが腹立つわ」


残りは宿の主人に預けた。この町には銀行のようなものがないが、宿の主人が金を預かる慣習はあるらしい。手数料を取られるが、財布ごと盗まれるよりましだ。


  *


フェンリスの傷は、二週間で塞がった。


獣人の治りは早い、とリーナが言っていたが、それにしても早かった。十七針が十日で抜けた。


「痕は残るわね」


「勲章だ」


「あなた、勲章多すぎない?」


「多いな」


彼は笑っていた。


この二週間で、俺はフェンリスという男が、思っていたよりずっとよく笑うことを知った。追放者だとか、部族を出ただとか、そういう肩書きから想像していた人物像と、実物はかなり違う。


隠さない人なのだ。


痛ければ痛いと言い、腹が立てば怒鳴り、面白ければ笑う。そのせいで町では嫌われるし、十六年前は部族を追われた。


俺の正反対にいる人だ、と思った。


  *


ガルドとフェンリスは、ギルドに登録した。


「いまさらか」


「いまさらだ」


ガルドは登録証を首から下げると、露骨に嫌そうな顔をした。


「札を下げて歩くってのは、性に合わん」


「じゃあなんで登録したんですか」


「嬢ちゃんの遺跡に、もう一回行くならな。四人で受けられる依頼のほうが動きやすい」


リーナが顔を上げた。


「……もう一回、行くの?」


「行かねえのか」


「行くわ」


彼女は即答した。


「行くけど、あなたが行くとは思ってなかった」


「言っただろ。俺は嘘が下手だ」


ガルドはそれ以上説明しなかった。


  *


二人の判定は、あっさりDが出た。


ドワーフの鍛冶師と、獣人の戦士。石板は正直だった。


俺は隣で自分の登録証を見ていた。


『セイン・ヴェルグ F』


四か月、F。


大角狼を倒した件は報告していないので、当然といえば当然である。自分たちで決めたことだ。文句を言う筋合いはない。


ないのだが、Dの札を二枚見せられると、少し無言になる。


「坊主」


「はい」


「顔に出てるぞ」


「出てますか」


「出てる」


ガルドは自分の登録証を指で弾いた。


「札は、お前の中身と関係ねえよ」


「そうですかね」


「そうだ。俺の札にも『鎚が振れる』としか書いてねえ。『相棒を殺した』とは書いてねえ」


言って、彼はさっさと歩いていった。


俺はその背中を、しばらく見送っていた。


——いま、この人、何を言った?


  *


灰喰いの話が、いよいよ大きくなったのは、その翌週だった。


被害が、月に三件から、週に三件になった。


街道の商隊が襲われ、荷が奪われ、人が殺された。殺され方が問題だった。金だけ取って逃げるなら、まだ商人も諦めがつく。灰喰いは、殺していく。


「なんで殺すんだ」


酒場でフェンリスが言った。


「殺しゃ追われるだろ。割に合わねえ」


「見せしめでしょ」ミラだった。彼女は相変わらず一人でやっている。「怖がらせれば、次の商隊は抵抗しなくなる」


「合理的ね」リーナが吐き捨てた。


「合理的な連中よ。だから厄介なの」


  *


ギルドが討伐依頼を出したのは、三日後だった。


『灰喰い討伐 Dランク以上 参加者募集』


掲示板の前は、朝から人だかりだった。


報酬がいい。名も上がる。D以上という条件が、逆に「選ばれた側」という感じを出していて、若い連中が浮き足立っている。


「セイン!」


マルクだった。


「俺、出るぜ」


「そうですか」


「Dになっててよかった。間に合った」


彼は本当に嬉しそうだった。二か月前、俺の肩を叩いて「そのうち上がるって」と言った顔と同じだ。


「気をつけてくださいね」


「おう。……あのさ」


彼は少し口ごもった。


「お前も、その、そのうちさ」


「はい」


「うん」


会話が終わった。


マルクは悪くない。悪くないのに、この二か月で、俺たちの間には言葉が減った。差がついた相手にかける言葉というのは、思っている以上に難しい。


  *


俺たちが受けたのは、別の依頼だった。


『街道被害状況の記録・生存者捜索 Eランク以上 二名以上での受注』


討伐隊の後方支援だ。討伐隊が先行して叩き、俺たちは後から現場を回って、被害を記録し、生存者を探し、遺体を町へ運ぶ。


「地味ね」


リーナが言った。


「地味ですね」


「でも、記録が取れるわ」


彼女の目は輝いていた。この人は、記録が取れるならだいたい何でもやる。


ガルドが眉を寄せた。


「危なくねえか。討伐隊が取りこぼした連中と鉢合わせる可能性がある」


「そのときは逃げましょう」


「お前が言うと説得力がねえんだよ、嬢ちゃん」


  *


出発は翌朝だった。


東の街道を、三日かけて南下する。討伐隊は一日先を行っている。


一日目は、何もなかった。


二日目の昼過ぎに、最初の現場に着いた。


  *


焼けた荷車が、三台。


道の脇に、横倒しになっていた。荷は残っていない。奪われたのだろう。焼けたのは、たぶん、逃げられないようにするためだ。


遺体は五つあった。


俺は、そのうちの二つを運んだ。


書くことはあまりない。前世でも今世でも、俺は人の遺体をまともに見たことがなかった。想像していたのとは、いろいろ違った。重さも、匂いも、硬さも。


リーナは記録を取り続けていた。手が震えていたが、止めなかった。


フェンリスは何も言わずに穴を掘った。


ガルドは、焼けた荷車の車軸を見て、「いい仕事だ」と言った。それが誰への手向けなのか、俺にはわからなかった。


  *


三日目の朝、二つ目の現場に向かった。


途中で、討伐隊とすれ違うはずだった。


すれ違わなかった。


「おかしいわ」


リーナが地図を睨んだ。


「予定なら、昨日の夕方にはこの辺で会うはずなの」


「進軍が速いんじゃねえか」


「三十人よ。三十人が予定より速く進むことなんて、まずないわ」


フェンリスが、鼻を上げた。


「……焦げ臭え」


  *


丘をひとつ越えた。


道の先に、それがあった。


野営地だった。


灰喰いのものだ。天幕が五つ。荷車が七台。奪った品が積み上げられ、火が焚かれた跡がある。かなりの規模だ。三十人の討伐隊が編成された理由がわかった。


その野営地が、壊れていた。


  *


俺たちは、ゆっくりと近づいた。


天幕は、四つが引き裂かれていた。荷車は三台がひっくり返っている。


そして、人が倒れていた。


数えた。


十九。


全員、灰喰いの装備をしていた。討伐隊の装備をした者は、一人もいなかった。


「討伐隊は、まだ来てない」


リーナが囁いた。


「じゃあ、誰が」


  *


ガルドが、一つの遺体の前でしゃがんだ。


彼は、しばらく動かなかった。


「ガルド?」


「……坊主。来い」


俺は近づいた。


そして、見た。


その男は、右肩から左の脇腹まで、斜めに断たれていた。


断面が——


「……なんですか、これ」


「わからん」


ガルドの声が、少し掠れていた。


「刃物じゃねえ」


「刃物じゃない?」


「刃物なら、こうならん。剣ってのは押し切るもんだ。だから断面には必ず引きずった跡が残る。刃こぼれの筋も残る」


彼は、断面を指した。


「これは、ねえ」


「爪じゃないの?」フェンリスが横から覗き込んだ。「獣人の爪でも、こうは——いや」


彼は言葉を切った。


「無理だな。俺の爪でも、こうはならねえ。骨まで一息だ。抵抗がなかったみてえに切れてる」


「魔法かしら」


「熱の跡がねえ」ガルドが首を振った。「炎でも雷でも、焦げるか爆ぜるかする。これは——ただ、切れてる」


  *


フェンリスが、立ち上がった。


彼は野営地の中央へ歩いていって、そこで顎を引いた。


空気を吸う。


一度。


二度。


そして、動きが止まった。


「……なんだ、これ」


「なにか匂いますか」


「匂う」


彼の毛が、ゆっくりと逆立っていった。


丘の上で、守護神の話が出たときと同じ立ち方だった。


「知らねえ匂いだ」


彼は言った。


「俺は、十六年、外を歩いてる。人間も、エルフも、ドワーフも、魔物も、竜種のなり損ないも嗅いだ。……こんな匂いは、知らねえ」


「危険なの?」


「わからねえ。それが一番こええ」


彼は、ゆっくりと東を向いた。


天幕の向こう。倒れた荷車の陰。まだ煙の上がっている火の跡の、そのさらに奥。


「——まだ、いる」


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