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灰燼の神話 〜神殺しの副産物〜  作者: NN
三人の仲間

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12/26

鍛冶師ガルド

「二人じゃ無理よ」


翌朝、ギルドの隅の卓で、リーナはそう言った。


俺も同意見だった。


彼女は弓が使えるらしい。俺は使えない。俺の戦力を正確に記述すると「荷を担げる」「走って逃げられる」「箱を開けられる」の三つで、このうち戦闘に関係するのは二つ目だけだ。しかも味方を残していく方向にしか働かない。


「前衛が要るわ。丘を三つ越えるあいだに、野犬も出るし、運が悪ければ大角猪も出る」


「そうですね」


「あと、扉の向こうが問題。何がいるかわからないもの」


「はい」


「というわけで、人を集めましょう」


  *


集まらなかった。


午前中いっぱいかけて、リーナは十一人に声をかけた。俺は隣で頭を下げる係だった。


断り文句には、いくつか型があった。


「地図に載ってない遺跡? やめとけ、記録がないってことは誰かが消したってことだ」


「エルフの自費調査? 金にならんだろ」


「Fランクと組むのは、ちょっとな」


最後のは仕方がない。俺が逆の立場でも同じことを言う。


十一人目に断られたところで、リーナはギルドの壁に額を押しつけた。


「……なんで誰も来ないの」


「報酬が安いからでは」


「安いのは事実だけど!」


「あと、たぶん、こわいからだと思います」


「こわい?」


「地図に載ってない遺跡って、こわいですよ」


リーナは顔を上げて、俺を見た。


「あなたはこわくないの」


「こわいです」


「じゃあなんで来るのよ」


俺は少し考えた。


「……こわいまま行っても、たぶん、そんなに変わらないので」


前世の三十二年で学んだことがあるとすれば、それだ。こわいから行かない、を続けた結果がどうなるかを、俺は知っている。こわいまま行くほうが、まだ何か起きる。


リーナは、しばらく俺を見ていた。


それから、少し違う顔で言った。


「変な子ね、あなた」


  *


昼過ぎ、俺たちは酒場にいた。


ギルドで人が見つからないなら酒場だ、というのがリーナの理屈だった。理屈としてはわかるが、昼から酒場にいる冒険者というのは、だいたい仕事がないから昼から酒場にいるのだ。そこは考慮に入れないらしい。


そして、その中に一人だけ、明らかに毛色の違うのがいた。


ドワーフだった。


背は俺の胸くらいまで。ただし横幅は俺の倍ある。赤銅色の髭を三本の三つ編みにして、金具で留めている。卓の上には木のジョッキが四つ並んでいて、そのうち三つが空だった。まだ昼である。


そして、その足元に、布に巻かれた長いものが立てかけてあった。


剣だ、と思った。形でわかる。ただ、布の巻き方が妙に丁寧で、まるで武器というより、割れ物を扱うような包み方だった。


「あの人、鍛冶師よ」


リーナが小声で言った。


「知ってるんですか」


「三日前に武器を打ってもらおうとして、断られたわ」


「断られた」


「『気に入った奴にしか打たねえ』ですって。腹が立ったから覚えてる」


  *


俺たちは、その卓に近づいた。


「ちょっといい?」


リーナが切り出した瞬間、ドワーフは顔も上げずに言った。


「断る」


「まだ何も言ってないわ」


「エルフの嬢ちゃんが二度も来る用事なんざ、ひとつしかねえだろうが」


「今日は武器の話じゃないの」


「じゃあなんだ」


「護衛の依頼」


ドワーフは、ようやく顔を上げた。


赤ら顔に、灰色の目。年季の入った顔だった。ドワーフの年齢はよくわからないが、少なくとも若くはない。


「俺は鍛冶師だ」


「戦えるでしょう」


「戦えるのと戦うのは違う」


「報酬は銀貨三枚」


「話にならん」


会話が二十秒で終わった。


リーナが唸った。俺は横で、なんとなく卓の上のジョッキを数えていた。四つのうち三つが空。四つ目も半分。この時間で。


「あの」


俺は言った。


「肝臓、大丈夫ですか」


酒場が、一瞬静かになった。


ドワーフが、ゆっくりと俺のほうを向いた。


「……なんだって?」


「いえ、その、昼から四杯目だったので」


リーナが俺の袖を全力で引いた。目が「なぜ喧嘩を売るの」と言っている。売ったつもりはない。前世の記憶が勝手に喋った。あの世界では、あれくらいの飲み方をしていると本当に人が死ぬ。


ドワーフは、俺をしばらく睨んでいた。


それから、鼻を鳴らした。


「ドワーフの肝は樽でできてる」


「そうなんですか」


「そうなんだよ」


彼はジョッキを空けた。四杯目である。


  *


「その代わり、うちの種族は他がひでえ」


ドワーフは、なぜか話を続けた。


「膝は五十で終わる。目は百で終わる。指は——」


言いかけて、彼は左手をひらひらと振った。


俺は、そこで気づいた。


指が、二本ない。


薬指と小指の付け根から先が、きれいになくなっていた。古い傷だ。断面は白く盛り上がって、もう何十年も経っているのがわかる。


「これは自業自得だ」


視線に気づいたのだろう、彼はあっさりと言った。


「炉で失敗した。焦った俺が悪い」


「そうですか」


俺はそれ以上聞かなかった。


聞かないのはいつもの癖だが、このときは少し違った。聞いてはいけない話だ、というのが、なんとなくわかった。彼の言い方は軽かったが、軽くする練習を何十年もした人間の軽さだった。


「ガルド・オルムスンだ」


ドワーフは言った。


「聞いてねえのに名乗るのも妙だがな。嬢ちゃんが三日前から俺の名前を知らんまま怒ってるのが、だんだん気の毒になってきた」


「知ってたわよ!」


「なら呼べ」


「……ガルド」


「おう」


  *


「で」


ガルドは、俺のほうを向いた。


「坊主、名前は」


「セイン・ヴェルグです」


「装備は」


「短剣が一本です」


「見せてみろ」


俺は腰から鞘ごと外して、卓に置いた。


母がくれた短剣だ。鞘は使い込まれ、握りの革は所々すり切れている。祖父のものだったという。


ガルドは無造作にそれを取って、鞘を払った。


刃を灯りにかざす。指の腹で峰をなぞる。刃元を親指で押す。一連の動作が、驚くほど速かった。気に入った相手にしか打たねえと言っていた男の手つきは、武器を前にすると正直だった。


「悪くねえ」


彼は言った。


「三十年は経ってるな。打ったのは腕のいい奴だ。人間にしては——」


そこで、言葉が止まった。


柄頭のところで、彼の親指が動かなくなった。


小さな刻印がある。


ヴェルグの家紋だ。三つの丘と、その上に置かれた一枚の楯。子どものころから見慣れた紋だから、俺には特別なものに見えない。辺境の、痩せた土地の、小さな家の印だ。


ガルドは、その紋を見ていた。


長い時間だった。


酒場の喧騒が、遠くなった気がした。


「……ヴェルグ」


彼は言った。


さっきまでの声と、明らかに違っていた。


「東の辺境の、ヴェルグか」


「はい」


「竜の鱗を守ってる家だな」


俺の背中が、ひやりとした。


家宝のことは、領内では知られている。だが、それは領内の話だ。ハルグの町ですら、灰鱗の名前を出しても通じたためしがない。三百年、痩せた土地で、誰にも顧みられずに守られてきたものだ。


なのに、この鍛冶師は知っていた。


「知ってるんですか」


「知ってる」


「なんで」


ガルドは答えなかった。


短剣を鞘に納めて、俺のほうへ押し戻す。


それから、卓の下に手を伸ばして、布に巻かれた長いものを引き寄せた。まるで、それを人目から隠すみたいに。


「嬢ちゃん」


「なによ」


「その遺跡は、東の丘の向こうだったな」


「そうだけど」


「三つ目の丘か」


リーナが、目を細めた。


「……なんで知ってるの」


「行く」


ガルドは立ち上がった。


「え」


「護衛の話だろうが。受けると言ってる」


「い、いま断ったわよね!?」


「気が変わった」


「三十秒前に!?」


「ドワーフは決断が早いんだ」


そう言って、彼は布包みを肩に担いだ。


  *


酒場を出るとき、俺は横に並んで聞いた。


「ガルドさん」


「ガルドでいい」


「……ガルド。なんで、受けてくれたんですか」


彼は前を向いたまま、少し歩いた。


石畳を鳴らす靴音が、俺の倍くらい重い。


「坊主」


「はい」


「俺は嘘が下手だ。だから、言えねえことは言わねえことにしてる」


「はあ」


「今日は、そういう日だ」


それきり、彼は何も言わなかった。


三歩後ろで、リーナが小声で毒づいているのが聞こえた。「ドワーフはこれだから」だの「筋が通ってない」だの。


俺は、自分の腰の短剣に手を触れた。


母がくれたもの。祖父のもの。柄頭に小さく彫られた、三つの丘と一枚の楯。


——竜の鱗を守ってる家だな。


十五年間、一度も特別だと思ったことのない紋章が、その日、少しだけ重くなった。


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