第25話 晴れ男
「ふふっ、今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
あぁ、とうとう、この日が来てしまった...。
そう。俺、柳楽 雄大と高崎アナとの二人旅ロケの日が。
正直、雨天延期になることも期待をしてしまっていた俺だが、今日の天気は雲一つない快晴。絶好の旅行日和。
そして、俺のコンディションはと言うと、そんな空模様とは正反対で曇りまくりの寝不足気味だ。
昨夜も、小泉マネージャーが作成した小説のような台本をずっと読んでいたところ。
他の俳優などのロケ動画も参考に目を通したりと、対策をしてきたところではあるし、箱根に着いてからはもちろん、カメラマンの方たちも合流しての撮影となるが、ここから現地までの車の中は、定点カメラを設置しての本当の二人きり。
運転に関しては何の問題もないが、やはり初ロケ、そして隣の助手席にいるのが、彼女ということもあり、どうしても緊張はしてしまう。
なんせ、俺が今まで仕事で車の助手席に乗せると言えば、もちろん本物ではないが、赤い血が頭から滴る死体とか...睡眠薬で眠らせた人とか...喋らない人。
少なくとも、こんな、水色のワンピースの似合う、好きな女性アナウンサーランキングで三年連続1位になるようなキラキラとした透明感が溢れる女性は、当たりまでだが乗せたことがない。
「それじゃあ、カメラ設置しますねー」
まあ、今のところ、二人きりになっても愛想よくしてくれていることについては唯一の救い。
ただ、現に今もそう言って、二人の席のちょうど間ぐらいに番組側から渡された小型のカメラを設置する彼女だが...。
さっきから...かなり近い。そう。距離がかなり近い。
いや、近いどころか、今に関してはもう色々と当たっている...。しかも、肩が出たタイプのワンピースだから、尚更...。
「あれ、つかないですね。ふふっ、柳楽さん。すみません。付け方、わかったりしますか?」
そして、めちゃくちゃ至近距離からのこの上目遣い...控えめに言ってもヤバいな。破壊力が。
演技を仕事とするこの俺が、表情を普段のままに保つだけで精一杯ときた。心臓がここまでドクドクと鼓動をしてしまっているのはいつぶりだろうか。それに、この人、めちゃくちゃ目をじーっと見ながら話してくるタイプの人だ。ヤバイな。これは本当に。
おかげで、言い意味で目は完全に覚めてしまった。
「ははは、柳楽さんって、手を上げて返事するタイプですか?可愛い...」
そして、そのまま俺の顔の真隣でその綺麗な右手を口元にあてて、もの凄く笑っている高崎アナ。
可愛い...。いや、その言葉はそっくりそのまま五倍にして返すわ...。
今、俺の目に映っている人物は天使だろうか?
「......」
でも、そうか。思わず、この高崎さんとの距離感の近さに、俺は小泉マネージャーと取り決めをした、困った時の合図である右手を無意識に上げてしまったようだ。
ただ、そもそも視界に彼がいない今は全く意味がないこと。イヤホンもつけてないしな。
「......」
一体、初っ端から俺は何をしているのだろうか。
そんなことを考えながら、流れで小型カメラを車に取り付ける俺。
「あ、スイッチ入れる前に。一応、連絡先だけ交換しておきませんか。ほら、何かあった時のために」
「え、あ、はい」
隣に座る彼女からの唐突なその想定外の提案に少し驚きはするが、別に断る理由はない。
「あはは、また手を挙げてる」
そして、そう言って俺の肩を優しく叩いてくる高崎アナ。
そして、昨日、シュミレーションをしすぎたせいか、もう想定外のことが起きたら手をあげるように脳がインプットされてしまっている色々とヤバめの俺...。
「やった。柳楽さんの連絡先、ゲット!」
そして、俺の連絡先一つでここまで嬉しそうな表情ができるとは。間違いなく彼女は女優に向いている。演技派だ。
さすが、出勤間近のテレビの前のパパさん達をその美貌と笑顔で番組に釘付けにしてしまうことから、オヤジキラーと呼ばれているだけはある。
あれ?でも、確か、小泉マネの情報で見た彼女の連絡先のアイコンとは違うな...。
そうか。あぁ、ダミー用か。それはそうだわな。俺に本物の連絡先を教えるわけがない。
「......」
ふぅ、危なかった。もう少しで俺まで彼女に堕ちてしまいそうだった。助かった。魔法が解けた。
もしかすると、これでまたドッキリをしかけられる可能性もあるからな。事前に知っていて本当に良かった。
ありがとう。小泉さん...。
そして、今日は期待しているぞ。本当に。
「それではそろそろカメラの電源をONにして、出発しましょうか。ふふ、でも何だかロケとは言え、デートみたいで緊張しますね」
ふん、何を言われたとしても、俺はもう魔法にはかからんぞ。運転は得意だし、あとは現地までの約一時間、無難に一直線だ。
そして、車のアクセルを踏むと同時に物凄い音のエンジン音が耳には聞こえてくる。
「フフッ、柳楽さん。ギアがパーキングに入ったままですよ。」
「......」
ま、まあ、こういう撮れ高は必要だからな。問題ない。想定どおり。
クールに行こう。クールにな。
「......」
―――そして、自分では表情管理が完璧にできていると思っている、この柳楽 雄大だが、実際は色んな意味で既に誰が見てもわかるレベルで真っ赤である...。ド真っ赤である...。
あと、彼は今回は全くドッキリなどは仕掛けられてはいない。ただただ彼が疑心暗鬼になっている。それだけである...。




