第14話 CMの打ち合わせ 当日
「いやー、ぜひ柳楽さんにはグミだけではなく、今後はうちの会社のチョコレートやアイスクリームのCMもお願いしたいものです。いや、お世辞ではなく本当ですよ!」
「いえいえ、そんな。ありがたいお話ですが、いかんせん甘いものが私はそんなに得意ではなくてですね...」
「フフッ」
「ハハハ、またまたご冗談を」
いや、ご冗談ではないんだけど。いや、実際は大好きだからご冗談なのかもしれないが、俺、俳優の柳楽 雄大としては、やはり甘いものは苦手。これが公式設定だ。
「.....」
そして、何だろう。
ここ、果汁グミやチョコレートなどを製造販売する大手食品会社の本社、それも割と厳格でフォーマルな会議室にて、俺は今、果汁グミのCMの打ち合わせの真っ最中なのだが...。
「さあさあ、ほら、机の上のチョコレート。まだ販売前のうちの新作なのでぜひ召し上がってください」
「え、ああ。いや...」
「さあさあ、遠慮はいりませんから。ほら、この苺ミルクと一緒にお食べください。絶対に合いますから」
「で、では少しだけ...」
本当に何だろう。
さっきから俺はずっと思っていることがある。本当にずっと。
そう。いや、これ、いつになったら俺...
《《ドッキリ》》の《《ネタバラシ》》をされるの???
いや、本当に。
だって、かれこれ、もう一時間ぐらいは実態もないCMの打ち合わせを意味もなくしているよな。
それに、普通に俺のすぐ隣には、ドッキリだから何だかんだで現れないと思っていた、みやび坂56のアイドル、花村 凛が座っている状態...だし。
「どうですか、柳楽さん。うちの新商品、BIG板チョコレートのお味はいかがでしょう」
「いや、まあ...美味しいと思います」
いや、こんなの、口にしておいて『何度も言いますが、私は甘いものは苦手です』なんて言える雰囲気では絶対にない。どう頑張っても言えないだろうが。
それに、実際に美味しいし、いつもよく食べているこの会社のチョコレートが単純に大きくなっただけの商品なんだから、美味しいに決まっているだろうが。
そんなことを考えながら、右手で大きな板チョコレートを持っている俺は、ごく自然にその左手で苺ミルクのストローを口に含む。
うん。美味い。当たり前だ...じゃないだろ。
何を自然に飲んでいるんだよ、俺。
「あ、柳楽さん。ストップ。その体勢でストップいいですか?」
「え、あ。はい」
いや、何だ。目の前のこの会社の社長がスーツのズボンから自らのスマホを取り出して俺に向ける。
「柳楽さん。すみません。数枚だけ写真いいですか?」
「え、あ...はい」
いや、どんな状況であれ、本物の社長にそんなことを言われてしまうと「はい」としか言えないだろ...。
と言うか、普通、ドッキリに本物の社長呼ぶか?有名な社長だし、明らかに本物が、案内された部屋に座っていてびっくりしたからな。こんな茶番に付き合うとか、ちょっと社長さんフットワーク軽すぎるだろ...。
「おー、いいですね。柳楽さん、その右手の大きな板チョコ。豪快に齧ってみましょうか。ほら、ガジっとわんぱくに。そう。で、味わって食べてみましょう。モグモグと。そう。いいですねー。本当に柳楽さんは美味しそうな表情でうちの商品を食べてくださる」
いや、何だこれ。本当に何だこれ。何を俺は、パシャパシャと社長から写真を撮られている...。
あと、何だ。美味しそうな表情?
いや、美味しいけど、自分ではそんな表情をしているつもりは全くない...。
え?俺、今そんな表情してしまっている?いや、していないよな...?
「.....」
そして、さっきからそっちは何だ...。
そう。今も隣に座っている人気アイドルの花村凛さんが、片手で口を隠しながら顔を真っ赤にして笑っている?
いや、花村さんって、確か...
その美貌やスタイルもさることながら、神秘的でミステリアスな雰囲気が売り。そして常に沈着冷静でダンススキルも世界レベルといった、みやび坂56のクールビューティー担当の完璧なアイドル様と言われている、グループランキングNo.2の花村 凛だよな...。
いや、俺もテレビを通してなら何度も拝見はしたことがあるが...
こ、こんなに表情豊かに笑う人だったのか...。知らなかった。
「ゴホッ、ゴホ..ッッ、フフッ、ゴホッ」
今日も、見ている限りでは基本的にはずっと表情を緩ませているというか、今も何と言うか、顔を隠しながら、咽るほど笑っている...。
いや、その口元を隠す手の傍から見える、クシャっとした笑顔が、可愛いか可愛くないかで言えば、めちゃくちゃ可愛いし、いつものクールで、大人な表情とのギャップが半端ない気はするけれど、何を大爆笑してんだ...おい。見せもんじゃないぞ...。笑いすぎだろ...。
「いいねー。じゃあ、凛ちゃんも一緒に写ろっか。両方とも社長からOKもらってるから、そこは気にしないでねー。よし。じゃあ凛ちゃんは柳楽さんから苺ミルク受け取って、彼に顔も近づけてねー」
うおっ、躊躇なく俺の顔の隣にアイドルの顔が近づいてきた...。
いや、向こうがいいならいいけど、さすがプロだな。
「おー、いいねー。最高だよ、最高。はい、二人とも笑顔ー。渾身の笑顔ちょうだいー。おお、いいね。本当に最高。これはもう次のバレンタインの時期に流すチョコレートのCMはこの二人に決定!!!本当に決定!!!」
え?バレンタインのCMが決定?って、いや、違う。
そう。これはドッキリだった。ドッキリだからいくらでも社長は都合のいいこと言える。だからセーフ。これは確実に嘘だ。
って、うお。花村さん。
さっきまで、俺が飲んでたストローを普通にその口に含んで写真を...
え、アイドルと間接キス...?
って、いやいやいやいや、おい。バカか俺。
脳内が思春期の中学生かよ。30歳のいい歳した男が、それもこれから悪役俳優としてトップをとる男が、キモすぎるぞ
いやいや、俺もプロだから。全く動揺なんてしてないから。って、ちょっと待て。本当にいつになったらドッキリのネタバラシがされるんだよ。いつになったらこの部屋にカメラと看板をもった人が入ってくるんだよ。
「はい。二人とも本当にありがとう。では、グミのCMもよろしくお願いしますね。柳楽さんのダンス、期待していますよ!」
「あ...はぁ」
いや、ダンスなんて踊らないから...。
このCM自体がドッキリで嘘だって俺は知っているし、現に練習なんて一切していないから。
「フフッ」
って、花村さん。また楽しそうに笑っているし...。
この人、やっぱり素ではこんな感じなのか?
いや、まぁ、それはこれがドッキリだと彼女も知っているからかもしれないがな...。
「......」
でも、そうか。これ。最後の最後にネタバラシをするパターンの番組か...。
まぁ、もう社長もアイドルも関係ない。
そう。俺の怒りのスイッチを入れる準備は万全も万全だ。
花村さんに関しても大変申し訳ないが、これだけ散々、俺のことを楽しそうに笑ってくれたのだ。めちゃくちゃ可愛くはあったが、今度は俺のターン。
カメラマンが入ってきたと同時に、俺はズボンのこの右ポケットに仕込んでおいた、ダミーの精巧につくられた画面の割れたオモチャのスマホを思いっきり床に投げつける。
それを合図に俺、悪役俳優である柳楽 雄大の極悪ショーの始まりだ。
「本日は本当にありがとうございました。それでは皆様、私が駐車場までご案内させていただきますので、どうぞ」
「......」
そして、社長の秘書的な人に案内されるがままに会議室の出入り口をくぐる俺。
当然、今、隣には同じく一緒の会議室にいたマネージャーの桐谷さんが歩いているが、何だ?あれか?廊下を歩いている後ろから看板を持った人とカメラマンが追いかけてくるタイプのドッキリか?
「ん?後ろなんて気にしてどうかしましたか、柳楽さん。何か忘れ物でもしました?」
「え、あ、いや...別に」
いや、忘れ物しているのはそっちだろうが。まだか?まだなのか?
あれか?駐車場で車に乗る直前に突然走ってくるパターンのやつか?
そんなことを考えながら、桐谷さんとエレベータに乗り込む俺。
そして、エレベータが駐車場の地下に到着。
一応、そこで一緒に乗っていた花村さんとそのマネージャーにも笑顔で挨拶をして解散...したけど、いいのか?え、本当に解散でいいのか?
まあ、そのままとりあえず、自分の車に歩いて行って、もう俺はドアノブの前でロックを解除。
今日はこのまま一度事務所に戻る予定だから、桐谷さんを助手席に乗せる。
「.....」
いや、何だ。なぜ誰も来ない...。
何かのミスでも発生しているのか?
「え?柳楽さん、何でエンジンをかけないんですか?」
「え?」
「え?本当にどうしました?」
「え?」
「いや、え?」
「え?」
「「......」」
え?どういうこと?
何でそっちが首をかしげているの?
く、首をかしげるのは普通はこっち...
「.....」
あ、え、う?おあ、ういおあえいたやまはまなかまらはういおあえいたやまはまなかまらはああ、えあえ?
―――――そして、その夜、この大手食品会社の社長は、自社の公式SNSにて、今日撮った二人のツーショット写真などを数枚ほど投稿。
すぐにコメントやインプレッション数がものすごい数に...。
そう。完璧アイドルである花村 凛の、普段は見せない、くしゃっとした素の笑顔が写っていることに対しての『やばい!可愛すぎる!』的なコメントが多かったことは言うまでもないことだが...。
悪役俳優である柳楽 雄大(30歳)の...
いい歳してアイドルとの間接キスに顔を真っ赤にしながら動揺し、チョコをわんぱく齧りして美味しそうな表情をしている姿が写っているカオスな投稿写真に、『えぐい!可愛すぎる!』的なコメントが、彼女以上についたことを、当然本人は知らない...。
現に今も彼は、悪役俳優としての代表作になる予定のリキッドマンの撮影に向けて、健気に綺麗な夜の星空の下、ランニングをして自分を追い込んでいるところだ。
そう。『これ、走り終わって自宅に戻ったら、もしかするとCMドッキリのカメラマンが待ち構えているパターンのやつか?』なんて、疑心暗鬼なことを考えながら、色々と追い込まれた頭でランニングをしているところだ...。




