第4話:便乗増税ポエムと、すれ違う後輩ヒロイン
翌日の午前中。
俺と葵、そしてノアの三人は、薄暗い編集室のモニター前に並んで座っていた。
昼の情報番組で放送するため、今朝行われた国会中継――『対・宇宙船緊急予算委員会』のVTR素材をチェックしていたのだが……。
モニターに映し出された映像を見て、俺の眉間には深いシワが刻まれていた。
画面に映っているのは、元総理大臣の息子であり、端正なルックスで次期総理候補ともてはやされている若手の『宇宙共生担当大臣』――大泉新太郎議員だった。
大泉大臣は、カメラに向かってキリッとした眉毛を動かし、両手で「ろくろ」を回すようなジェスチャーをしながら、実に深みのある声で語り始めた。
『えー、月の横に宇宙船が現れてから、一ヶ月が経過しました。彼らが今日まで完全な沈黙を守っているということは……まだ、何も喋っていないということです』
「……先輩。この人、当たり前のことをすごく頭良さそうに言ってますね」
葵の冷静なツッコミが編集室に響く。
だが、大泉大臣のポエム演説は止まらない。
『宇宙人が無言である今、我々人類も、今のままではいけないと思います。だからこそ私は、今のままではいけないと思っているんです』
『そこで政府としては、宇宙人の脅威から国民の皆様の暮らしと安心を守り抜くため、断じて「増税」はいたしません。……その代わり、来月より『宇宙防衛・あんしん社会保険料』を新設し、皆様の毎月の給与から天引きされる社会保険料を五パーセント引き上げることをお約束いたします』
「「はあぁぁ!? 社会保険料の引き上げ!?」」
俺と葵の声がハモった。
記者団から「なぜ宇宙人が何も要求していないのに負担を増やすのですか!? それは実質的な増税ではないのですか!?」と質問が飛ぶと、大泉大臣は爽やかな笑顔で頷いた。
『いい質問ですね。なぜこれが増税ではないのか。……それは、名称が「税金」ではなく「社会保険料」だからです。税ではありませんので、国民の皆様には実質的な負担増には当たらないと確信しております』
『最新のステルス増税じゃねえか!! 言葉遊びで給料から抜くんじゃねえよ!!』
俺が頭を抱えていると、葵が「で、でも先輩! 続いて質問に立つのは、いつも『庶民の暮らしを守る!』って叫んでる野党第一党の党首ですよ! きっとガツンと論破してくれますって!」とモニターを指差した。
画面が切り替わり、野党第一党『生活立憲党』のベテラン党首――かつて政権交代を果たした際、なぜか自ら消費税増税を決めて政権を自爆させた実績を持つ、小田代表が厳しい表情で立ち上がった。
『議長! ただいまの大泉大臣の『社会保険料引き上げ』など、小手先の誤魔化しであり断じて容認できません!』
「おおっ、さすが野党!」と葵が身を乗り出す。
しかし次の瞬間、小田代表はマイクを握りしめ、ドヤ顔でこう吠えたのだ。
『社会保険料などという曖昧な形では、財源の議論がまったく不十分で生ぬるい! 我々、生活立憲党であれば、宇宙人との対話インフラを整え、かつ国家の財政規律を断固として守り抜くため――正面から消費税を十八パーセントへ引き上げる『宇宙連帯・責任増税』を断行する覚悟があります!』
『『与党の上を行く増税マウント取ってんじゃねえよォォォ!!』』
俺と葵は、編集室の椅子から揃ってずっこけた。
「な、なんなんですかこれ!? 与党も野党も、宇宙人に便乗して国民からお金をむしり取りたいだけじゃないですか!」
葵がぷりぷりと怒り狂う横で、俺は隣に座るノアの様子を窺い、ヒッと息を呑んだ。
ノアはモニターの政治家たちをジッと見つめながら、すでにバッグから「黒い石板」を半分抜き出していたのだ。
「……ふむ。地球の指導者層は、私たちが無言でいる間に、言葉遊びを用いて自国民から通貨を搾取するシステムを構築しているのですね。知性のバグが深刻ですので、マイナス5点……」
『待て待て待て!! 五点引かれたら三十六点になって、即座に地球更地化プログラムが発動しちゃうだろうが!!』
「あーっ! ノアちゃん、ちょっと喉が渇いたよな!? 給湯室でお茶でも淹れようか、ほら行くぞ!」
俺はノアの石板を無理やりバッグに押し戻し、彼女の華奢な肩を抱くようにして編集室から連れ出した。
***
「さ、佐伯さん? 急にどうしたのですか?」
誰もいない給湯室に駆け込むなり、俺はポケットに隠し持っていた『切り札』を取り出した。
今朝、出社前にコンビニで買っておいた新作スイーツ――『極上・濃厚窯出しとろけるプリン』である。
「いいかノア、よく聞け! ああいうおかしな政治家は一部の例外だ! それより、日本の庶民がどれほど高度な知性と技術を持っているか、このコンビニスイーツで調査してくれ!」
「むっ……! こ、これは地球のコンビニエンスな店舗でしか入手できないという、伝説の卵黄加工物質……!」
ノアの瞳から、先ほどまでの冷たい光が消え、キラキラとした輝きが戻った。
俺がフタを開けてスプーンを渡すと、ノアは黄金色のプリンをすくい上げ、ぱくりと口に運んだ。
「んん〜〜っ!! な、なんですかこの滑らかな質量は!? 舌の上で重力制御が失われたかのようにとろけて、ほろ苦いカラメルソースと融合していきます! 地球の酪農と化学の勝利ですぅ……!」
ピロリン♪
ノアのバッグの中で軽快な音が鳴り、減点が見送られただけでなく、ちゃっかり1点加算された気配がした。
『ふぅ……危ねえ。大泉大臣と小田代表のせいで滅びかけた地球を、二百八十円のコンビニプリンが救ったぞ……』
俺が胸を撫で下ろしていると、ノアは空になったプリンの容器を綺麗に洗いながら、「あっ、せっかくですから、このプリンの素晴らしさを母船の上司にも定期報告しておきますね!」と明るく言った。
「え? 定期報告?」
「はい! ちょうどここに、通信波長を増幅させるのにピッタリな地球の機械がありますので!」
なんとノアは、給湯室の棚に置かれていた『業務用の電子レンジ』の扉をパカッと開けると、その中に自分の頭をズボッと突っ込んだのである。
『おいバカやめろ!! 電子レンジに頭を突っ込むな!!』
ピー、ガガガ、ピロロロロ……!
ノアの頭頂部あたりから怪電波が発せられ、コンセントも回していないのに電子レンジの庫内が青白く発光し始めた。
しかもそのタイミングで、廊下の向こうからコツコツと足音が近づいてきたのだ。
『やばい、誰か来る!! 美少女が電子レンジに頭を突っ込んで発光してる現場なんか見られたら、どう言い訳しても無理があるだろ!!』
俺はパニックになりながら、とっさにノアの背後へと回り込んだ。
そして、彼女の華奢な身体を後ろからすっぽりと抱きかかえるような体勢で覆い隠し、自分の背中で電子レンジの扉をブロックしたのである。
「お、おーいノアちゃん! 早く頭を出せ! そこは温める場所であって交信する場所じゃないぞー!」
「ふぁい〜、もうちょっとで送信完了でふ〜」
電子レンジの中でモゴモゴと答えるノアと、彼女に背後から密着して必死に隠す俺。
――まさに、その決定的な瞬間だった。
「あのー、先輩。編集が終わったんですけど、いつまでお茶を……」
給湯室の入り口にひょっこりと顔を出した葵と、俺の目が、バッチリと合った。
「…………あっ」
葵の手から、持っていたバインダーがパタリと床に落ちた。
ちょうどそのタイミングで交信を終えたノアが、電子レンジからひょいっと頭を抜き、俺の腕の中から振り返って無邪気に微笑んだ。
「あ、アオイ先輩! 今、佐伯さんから『神の物質』を貢いでいただいて、とっても気持ちよくなっていたところです!」
『言い方ァァァ!! 誤解を招くにも程がある表現をするなァァァ!!』
「では、私はデスクに戻りますね! ごちそうさまでした、佐伯さん!」
ぺこりと頭を下げて、爽やかに給湯室を出ていくノア。
残されたのは、気まずい体勢で固まっている俺と――みるみるうちに笑顔が氷点下へと変わっていく後輩・水瀬葵の二人だけだった。
「……へえー」
葵が、見たこともないようなジト目で、ゆっくりと俺に歩み寄ってきた。
「先輩、ノアちゃんにはずいぶんと優しいんですね。お仕事をサボって給湯室でイチャイチャして、自腹で新作の高級プリンまで差し入れしちゃって」
「ち、違うんだ葵! 聞いてくれ! これはだな、政治家の社会保険料引き上げのせいで地球が更地にされそうだったから、俺がプリンで人類の平和と存続を守っていただけで……!」
「……私が入社したばかりの時は、『ADはまず足で稼げ!』って怒ってばっかりで、差し入れしてくれたのなんて百十円のブラックコーヒーの缶だけだったのに」
葵がぷくっと頬を膨らませ、拗ねたような声で言った。
「はいはい、どうせ美少女の新人さんは、そこにいるだけで世界を救いますもんねー! ごゆっくりどうぞーだ!」
バタン! と音を立てて給湯室を出ていってしまう葵。
残された俺は、誰もいない給湯室で一人、天を仰いだ。
『違うんだよ葵ィィィ!! あいつが宇宙人だって説明しても、お前の脳みそは信じてくれないだろうがァァァ!!』
結局その日の午後、俺は近所のコンビニへと全力疾走し、葵の機嫌を取るための『限定プレミアム苺ショートケーキ』と、ノアのスコア維持用の『こだわり卵のシュークリーム』を自腹で買ってくる羽目になったのだった。




