第2話:街頭インタビューと、勝手に狂っていく人々
翌日の午前十時。
俺と葵、そして研修を兼ねたノアの三人は、カメラマンを連れて都内の繁華街へと繰り出していた。
情報番組の特集コーナー『無言の宇宙船から一ヶ月、あなたはどう思う?』の街頭インタビューを収録するためだ。
「わあ……地球の都市部には、たくさんの個体が生息しているのですね!」
ロケハンをしながら、ノアがキラキラとした瞳で周囲を見回している。
「ふふ、ノアちゃんったら、また面白い言い方をして。東京は人が多いから、はぐれないように気をつけてね」
葵がお姉さんぶって微笑んでいるが、その直後、交差点の歩行者用信号がチカチカと点滅して『赤』に変わった。
「あっ、アオイ先輩、佐伯さん! 伏せてください!」
ノアが突然、緊迫した声で俺たちの腕を引っ張った。
「えっ? な、なに?」
「前方の発光装置が『赤色』に切り替わりました! あれは光学兵器の照射準備の合図です! 遮蔽物に隠れないと蒸発します!」
『ただの赤信号だよ!! 都会の交差点のど真ん中で塹壕を探そうとするな!!』
俺が心の中で絶叫しながら「あー、ノアちゃん、あれは『止まれ』っていう交通ルールだからな。レーザーは出ないから安心しろ」と肩を叩くと、ノアは「あ、そういうシステムでしたか! てっきり迎撃されるかと……」と胸を撫で下ろした。
葵はそれを見てもなお、「青森には信号機が少なかったのかな? 可愛いなあ」とニコニコしている。
『……ダメだ。葵のフィルターは今日も強固すぎる』
俺は額の汗を拭いながら、街頭インタビューを開始することにした。
***
まず一人目に声をかけたのは、表参道を歩いていたキラキラ系の若い女性――なんでもSNSのインフルエンサーをやっているらしい彼女だった。
「えー、宇宙人ですかぁ? 私は絶対『ウェルカム派』でーす!」
マイクを向けられた彼女は、迷いなく満面の笑みを浮かべた。
「だって、核ミサイルだけを塩に変えて何も言わないのって、『野蛮な争いをやめて従順になれば、超技術で養ってあげるよ』っていう宇宙人様からの愛のテストじゃないですかぁ?」
『いや、なんでそうなるんだよ。向こうはまだ一言も喋ってないんだぞ』
俺が呆れていると、彼女はさらに自慢げに胸を張った。
「私、宇宙人様が地球に降りてきた時に『あ、この個体、毛並みが良くて知性がありそうだから側近にしよう』って選んでもらえるように、先週からパーソナルジムと小顔矯正に通ってるんです! あと、月額三万円の『宇宙標準マナーサロン』にも入会しましたぁ!」
「……はあ。ちなみにそのサロンでは、どんなマナーを?」
「宇宙人様に敵意がないことを示すための、正しいお辞儀の角度と、テレパシーを受信しやすいデトックスウォーターの飲み方でーす!」
『自分からペット枠を狙いに行ってる上に、ゴリゴリの詐欺サロンに引っかかってるじゃねえか……!』
礼を言って彼女と別れた後、俺たちは場所を新橋の駅前へと移した。
次にインタビューに応じてくれたのは、いかにも昭和気質なスーツ姿の中年サラリーマンだった。
「ああん? 宇宙人だと? ふざけるな、男なら『徹底抗戦』に決まってるだろうが!」
おじさんはカメラに向かって、鼻息荒く吠え立てた。
「核を奪ったのは侵略の第一歩だ! 今ここで気概を見せなきゃ、人類は連中にナメられて終わりだぞ!」
「なるほど、徹底抗戦ですね。では、具体的に何か宇宙人への対抗策をされているんですか?」
俺がマイクを向けると、おじさんは「当たり前だ!」とドヤ顔で親指を立てた。
「いいか、俺は宇宙人の謎の電磁波に負けないように、先週から会社のエレベーターを使わずに八階まで階段で出社してるんだ!」
『……え?』
「さらに、マンションのベランダでプチトマトの栽培も始めたぞ! 宇宙人の施しなんか受けずに自給自足で生き抜く、人類の不屈の闘志を空に見せつけてやるんだよ!」
『ただ健康と園芸に目覚めただけのおじさんじゃねえか!! 階段ダッシュとプチトマトでどうやって超文明と戦う気だよ!!』
しかもそのおじさんの背後――交差点の向こう側で、さらなる珍事が起きた。
「宇宙人様ー! 僕は敵意のない従順なイヌでーす! どうか拾ってくださーい!」
なんと、全裸に革の首輪だけをつけた若い男が、スマホの自撮り棒をくわえながら四つん這いで走ってきたのだ。
『うわ、出た! ネットで噂になってた過激派ユーチューバーだ!』
だが、彼が交差点を渡り切ることはなかった。
わずか三秒後、目の前の交番から普通に出てきた二人の警察官――もちろん腰には拳銃も警棒もいつも通り装備されている――が、手慣れた様子で男に毛布をバサッとかけたのである。
「はい、公然わいせつね〜。宇宙人ネタの再生数稼ぎも大概にしなさい」
「あっ、すいません! チャンネル登録お願いしまーす!」
毛布でぐるぐる巻きにされた全裸男が、あっという間にパトカーの後部座席へと放り込まれていく。
道行く人々も「うわ、また承認欲求モンスターが捕まってるよ」と冷ややかに一瞥しただけで、誰一人として足を止めない。
カメラを止めた後、葵が遠い目をしてため息をついた。
「……なんか、宇宙人がまだ一言も喋ってないのに、勝手に深読みして小顔矯正に通ったり、階段を登ったり、全裸で逮捕されたり……人間って、切羽詰まるとロクなことしないですね」
「まったくだよな。向こうからしたら、勝手に盛り上がって何やってんだって話だぜ」
俺が苦笑いを浮かべながら、隣で黙り込んでいるノアを振り返った、その時だった。
「私、ちょっとお手洗いに行ってきますね! 先輩、ノアちゃんと先に座っててください!」
ロケの休憩に入ったオープンカフェのテラス席で、葵がぱたぱたと店内のトイレへと走っていく。
テラス席に残されたのは、俺とノアの二人だけ。
するとノアは、周囲に誰もいないことを確認するようにキョロキョロと見回し――なぜか真横に座っている俺のことは完全に空気扱いして――バッグから「黒い石板」を取り出したのだ。
ピッ。
ノアが石板の表面をタップすると、何もない空中に、青白い立体ホログラムのウィンドウが浮かび上がった。
『おいおいおい!! 白昼堂々、カフェのテラス席でオーバーテクノロジーを展開するな!!』
俺が周囲の目を気にして冷や汗をかく横で、ホログラム画面に奇妙な文字列が浮かび上がる。
どういう原理か分からないが、その文字は俺の目にはハッキリと『日本語』として読めた。
そして、そこに書かれていた内容に、俺の心臓がヒュッと凍りついた。
【地球文明・存続適性スコア:現在42点】
【※注:スコアが40点未満となった場合、『知性なき害虫』とみなし、惑星表面の更地化プログラムを発動します】
『……は? 更地化プログラム?』
俺が息を呑んで固まっていると、ノアは先ほどのインタビューのメモを見返しながら、とても美しい声でブツブツと独り言を呟き始めた。
「うーん……私たちがまだ一言も要求していないのに、勝手に妄想を膨らませて小顔矯正にお金を払ったり、プチトマトを育てて戦った気になったり……地球人の知性の使い方は、かなりバグっていますね」
ノアの白く細い指が、ホログラム画面の『減点』というアイコンへと伸びる。
「先ほどの二名と、交番の前で捕獲されていた全裸の個体により、マイナス3点っと」
ピロリン♪
まるでスマホのパズルゲームのような軽快な電子音が鳴り響き、空中の数字が書き換わった。
【現在スコア:39点(赤点・害虫駆除検討ライン)】
ビコン、ビコン、とホログラム画面が警告色である『真っ赤な光』で点滅し始める。
『ちょ、待てコラァァァッ!!』
俺は危うく椅子ごと後ろにひっくり返るところだった。
『今、赤点になったぞ!? 小顔矯正の女とプチトマトのおじさんと全裸ユーチューバーのせいで、人類が害虫駆除されるのかよ!?』
たまらず俺が「おい、星野!」と立ち上がって止めようとした、まさにその瞬間だった。
「お待たせしましたー!」
店内から、葵が元気よくテラス席へと戻ってきたのだ。
「あっ」
ノアが慌てて石板をタップし、ホログラム画面を消去する。
だが、赤い警告表示の残像が、一瞬だけ空中にキラキラと残ってしまった。
『やばい、葵に見られたか!?』
俺がゴクリと唾を飲み込むと、葵が目を丸くしてノアの手元を覗き込んだ。
そして――無邪気に声を弾ませたのである。
「あれっ、ノアちゃんも今流行ってる『宇宙人襲来シミュレーター』のスマホゲームやってるんだ! すごい、画面が飛び出て見える3Dフィルムでも貼ってるの? なんだか本物みたいだったよ!」
「えっ? あ、はい! そ、そうなんです、地球で流行のゲーム、とっても楽しいです〜!」
「いいなあ、今度私にもフレンドコード教えてね!」
キャッキャと笑顔で盛り上がる女子二人。
そのすぐ隣で、地球の残りライフが赤点(駆除ライン)を割り込んだことをただ一人知ってしまった俺だけが、冷めきったアイスコーヒーのグラスを握りしめ、顔面蒼白で震えていた。
『……誰か、今すぐ俺に胃薬をくれ……!!』




