ダゲレオタイプ、あるブルジョワジー夫妻の奇妙な真実 その3~夫人の小間使いに話を聞く~
アロイスの住居である賃貸宮殿に到着すると、全体が重厚な石積みでできており、建物外観は石の柱を組み合わせて立体的な空間が作られ、ステンドグラスの入った大きな窓や黒い木製の見るからに重そうな玄関扉がある。
窓枠や柱上部や扉全体には植物や天使をかたどった細かく優美な装飾、屋根には聖人像が等間隔に配置されている。
レオポルトとフランツがアーチ型の大門に近づくと、その脇の部屋から門番が出てきて、二人の服装を点検するように見て
「主人は不在ですが、お約束はありますか?」
レオポルトが
「ヴィーナーベルガーさんの夫人付きの小間使いに会いたいんだ」
門番は『身分の高い貴族のドラ息子が道楽で小間使いを冷やかしに来た』と勘違いしたのか呆れたようにため息をつき
「裏口に回って裏階段から入ってください。
キッチンや使用人の部屋があります。」
言われた通り裏に回ると、質素な木製の扉があり、そこから中に入ると、正面の大理石造りの壁とは似ても似つかない、煉瓦を漆喰で固めた壁と、奥にはざらざらした石の表面がむき出しの階段が続いていた。
階段の手前の脇にはキッチンがあり、使用人の女性が山のように積み上げたジャガイモをナイフで剥く作業をしてた。
フランツがトップハットの端をつまみ挨拶し
「失礼。
ヴィーナーベルガーさんから頼まれて夫人の転落事故の原因を調べてるんだ。
夫人付きの小間使いに会いたいんだが、今どこにいるのかわかるかい?
直接、部屋を訪ねてもかまわないかな?」
女性使用人はジャガイモとナイフを置き、黙ったまま立ち上がってエプロンで手を拭い
「こちらでお待ちください。呼んできます。」
そう言い残して、奥の階段を上がっていった。
しばらくすると、女性使用人は若い女性を引き連れて戻ってきた。
若い女性を手で示し
「彼女が夫人付きの小間使いリーダです。」
小柄で、そばかすが特徴的なリーダがぺこりと頭を下げ
「奥様の事故の原因を調べてらっしゃると聞きました。
犯人に心当たりがあります。
犯人の住処に案内しますわ!」
首元までボタンで閉じた濃紺のコットンワンピースにフリルのついたシルクの飾りエプロン、麦わら素材の帽子は顎の下でリボンを結んでいて、すでに外出の準備を整えていた。
フランツが軽くうなずき
「お願いします。」
と感謝を示した。
リーダとフランツが並んで歩き、レオポルトがその後ろに続いた。
旧市街を取り囲む壁の跡地である草原や建設途中のリングシュトラーゼを歩き、しばらくすると、中心から外側へ向かって、つまり新市街方向へ続く路に入った。
賃貸集合住宅が立ち並び、馬車の行きかう石畳の路を歩きながらリーダは静かだが興奮した口調で
「奥様は最近、怪しい占い師にはまってるんです!
彼が転落事故を引き起こしたんだわ!
絶対そうよ!
今から案内するのは、奥様が通い詰めてたその占い師の住処です!」
フランツが興味を引かれたように瞳を輝かせ、
「新市街にあるということは、男爵令嬢で今は裕福な中産階級のご婦人が通い詰めるよな場所じゃないね?
どういうきっかけでその占い師にはまったんだい?」
リーダが険しい表情で
「奥様はドナウ運河の堤防を散歩するのが日課になってるんです。
ひと月ほど前、そこに突然、三十半ばぐらいの中年男が現れ、奥様に声をかけたんです。
帽子を被った、くたびれたシャツとズボンの、陰気な感じの男でした。
私は十歩ほど後ろを歩いていますから、会話の内容は聞き取れませんでしたが、二三言会話を交わすと奥様はその中年男についていきました。」
考え込むようにリーダは少し間を取り、
「今思えば、私が知らないだけで、奥様とは以前からの知り合いだったのかもしれません。
だって、奥様はあまりにも簡単に信用して、その男についていったんです!
もちろん私もおともしました。
そして今から案内するその男の住処で、奥様はその男に、水晶玉で占いをしてもらったんです。
それから何度も通うようになりました。
あっ!でもっ!私はいつも警戒してました!
見知らぬ男と奥様を二人きりにはできませんから、私はいつも部屋の隅で占いの様子を見てました。
会話は小さい声だったので途切れ途切れにしか聞こえませんでしたけど。
あっ!ここです!」
リーダが立ち止まり指さした先は、ファサードはバロック様式の大理石を積んで造られたアーチ型の門や石柱が立ち並んでいるように見える立派な賃貸集合住宅だった。
石膏でできた植物柄の装飾が漆喰で張り付けられ、塗装により重厚なオーク材のように見える扉を押して中に入ると、玄関ホールは広く、大理石を敷き詰めた床と、手すりが豪華に装飾された幅広い階段に、赤い絨毯が敷いてあった。
リーダが階段をのぼりながら
「グランドフロアはお店が入ってるので玄関ホールは豪華なんです。
二階はお医者さんや弁護士やお役人といったお堅い職業の人たちの住居です。
占い師の部屋は三階にあるので、労働者階級の人たちと同じぐらいの収入ってことだと思います。」
二階までは吹き抜けで、大理石風塗装の手すりのある豪華な階段だったが、そこから上の階に行くためにのぼるのは漆喰を塗り固めた壁に囲まれた、木製の階段だった。
ギシギシと音を立てて階段を上り、三階に到着すると、リーダが占い師の部屋へと案内し、扉をノックした。
何度ノックしても音沙汰が無いので、リーダがため息をつき
「外出中かもしれないわ!どうします?」
フランツは肩をすくめ振り返り話しかけた。
「しばらくここで待つ?それとも出直す?」
レオポルトがドアに近づき、ドアノブに触れ軽く引くと、ドアが開いた。
(その4へつづく)




