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ダゲレオタイプ、あるブルジョワジー夫妻の奇妙な真実  作者: RiePnyoNaro


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ダゲレオタイプ、あるブルジョワジー夫妻の奇妙な真実 その2~転落事故の目撃情報が食い違う~

オリエンタルな漆黒の短い髪と、漆黒の瞳を輝かせたフランツ・バウアーは川の水面を眺めていた。


旧市街を取り囲む壁を背にして、ドナウ運河を望む堤防に立ち。


ドナウ運河の岸壁は船が接岸できるよう木と石組で補強されていた。


また、運河を通る船によって運ばれてきた荷物を馬車に積載するため、水際まで降りられるようになだらかな傾斜路や、船乗りたちが上り下りするための石造りの階段が各所にあった。


水際の川岸にはごつごつした石が敷き詰められていて、もし階段を転がり落ち、そこに頭を打ち付ければ、命の危険さえあることはすぐに理解できた。


フランツは父を介して、父の友人のアロイス・ヤーコプ・ヴィーナーベルガーに依頼されて、アロイスの妻が階段から転落した事故の原因を突き止めるためにここに来ていた。


両親と市民舞踏会(ビュルガーバル)(Bürgerball)に同行した際、フランツはアロイスと挨拶を交わしていたので、顔見知りだった。


水際にいくための石階段を降りながら、フランツは友人・レオポルトに話しかけた。


「君と合流する前に、すでにヴィーナーベルガー夫人の小間使(こまづか)いに話を聞いた。

事件当時、彼女は奥様の十歩ほど後ろを歩いていた。

堤防の歩道の石畳は一列だけ色が違う白い石が使われているだろ?

それを見ながらなんとなくうつむいて歩いてると、奥様の『きゃっ!』という小さい叫び声が聞こえた。

顔を上げると、奥様が階段から転げ落ちている最中だったそうだ。」


話しかけられたレオポルト・アントン・フォン・グリュンタールはフランツと同じく、トップハット(シルクハットのこと)をかぶり、高い(えり)つきのシャツの首元にはクラバット(スカーフ)を巻き付け、ウエストコート(ベストのこと)にフロックコート、白いトラウザーにヘッセンブーツを合わせた品格のある外出着の装いだった。


ウィーン大学の学生で、無造作に整えられたライトブラウンの髪が目を覆い隠すほど伸びた、物憂げな青年・レオポルトは堤防の上で、7月の明るい午後の陽射しにまぶしそうに目を細めた。


レオポルトは堤防の上から、下の運河の川岸で川面を眺めているフランツに大声で


小間使(こまづか)いは奥様の近くに不審者を見ていないのか?」


フランツは手にした杖でパチャパチャ水面をたたいて、小魚を驚かせる悪戯(いたずら)をしながら


「ええっと、奥様が転げ落ちる姿にショックを受けてそのほかのことに気が回らなかったらしいから見てないんじゃないかな?

あっ!

レオポルト!

あそこに荷揚げをしてる船員がいるから、話を聞いてみるよ!」


川岸に、長さ20メートルほどの木造平底船(ツィレ)が着岸し、数人の船員たちが建築資材と思われる煉瓦(れんが)の荷揚げを始めていた。


船の甲板、足場、岸壁へと並び、煉瓦(れんが)を次々と手渡ししていく労働者たちにフランツが話しかけた。


「忙しいところ申し訳ありません。

7月x日に、あの階段からご婦人が転落した事故について調べてる者です。

誰か目撃した方はいらっしゃいませんか?」


労働者たちは手を止めず、お互い顔を見合わせてためらっていたが、船と川岸にかけられた足場で作業していた作業員が煉瓦(れんが)を受け渡しながら


「ああ、それならオレは見てないが、事故を見たヤツから話は聞いたよ。」


フランツがパッ!と顔を輝かせ


「どういう状況で転落したんですか?」


クタクタのキャスケット帽をかぶり、灰色に汚れたリネンシャツの袖をまくり、汗だくになったその作業員が


「ええっとオレが聞いたのは、


『堤防の上にいた上流階級の女がきゃっ!と叫び声をあげ階段から転げ落ちた。

階段を降りようとしていた女がドレスの膨らみで階段が見えず、足を踏み外したんじゃないか?』


だったな。」


煉瓦(れんが)を堤防の上で待つ馬車に運び終えて戻ってきた作業員が会話に加わり


「オレが聞いた話では


『パン!という銃声が聞こえたと思ったら、ご婦人が胸を押さえて階段を転がり落ちてきた』


だったが、どっちが正しいんだ?」


いつの間にかフランツの後ろに立っていたレオポルトが


「転落事故を目撃した作業員に会うことはできますか?」


作業員はシャツの腕でこめかみに(したた)る汗をぬぐいながら


「さぁ?

毎日ここに通えば会えるかもな。

オレたちは日雇いで、どこの川岸で働くかはその日に決まる。」


レオポルトが顎に指を添え


煉瓦(れんが)工場の経営者が荷揚げに立ち会うことはありますか?」


作業員は肩をすくめ


「ああ。

毎日じゃないがな、たまに抜き打ちでオレたちがサボってないか確認のために来ることはあるな。」


レオポルトが顎に指を添え、考え込んだまま背を向け、歩き出したのを見て慌てたフランツが


「ありがとう!話を聞かせてくれて!」


作業員たちに礼を言い、レオポルトを追いかけた。


堤防の階段をのぼり、歩道を歩き始めたレオポルトにフランツが


「次はどうする?」


レオポルトは歩道を点検したのち、顔を上げ周囲を眺めた。


車道の端には煉瓦(れんが)を建築現場に運ぶための大型馬車がとまってて、そこに忙しそうに煉瓦(れんが)を積む人々や、二人と同じような服装で歩道を歩く急ぎ足の紳士や、労働階級の子供たちが集まって遊んでるのを眺めながら


「夫人の小間使(こまづか)いに話を聞きたいな。できるかい?」


フランツは頷きながら


「ヴィーナーベルガーさんの住所は知ってる。建設ラッシュのグラシ(*1)沿()いにある賃貸宮殿(ミートパラスト)だよ。」

(その3へつづく)

(*1:ウィーンのグラシは、1529年から1858年まで、ウィーンの都市城壁(市壁)の外側に広がり、旧市街とフォアシュタット新市街(Vorstadt)の中間に存在した野外空間。元来の設置目的は、町を包囲する外敵に対して遮蔽物のある空間を与えず、ウィーン守備隊による城壁からの火砲に対して敵を無防備に晒す役目を担う軍事上の理由だったが、時代が下ると市民にも開放された。)

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