村長の頭
翌日、目覚めるとダンを怪訝な表情をしながら見た。
(ダン、ルルを愛でるのはいいけど……一晩中は場所を変えてちょうだい)
(今が重要な時期じゃ。たっぷり栄養と愛がいる)
一晩中、オッサンヴォイスで愛の囁きを聞くこちらの身にもなってほしい。
ルルを見れば、確かに昨晩よりも元気になったような気がする。ダンの植物への愛情の注ぎ方を見ていたら、なぜかミレーヌセ先生を思い出した。落ち着いたら手紙を書こう。
アントンとマイルズは一足早く村へ向かい、私の到着を知らせると置手紙が残されていた。
ティアと子供たちは旅の疲れが出たようで、完全に眠りについていた。
ディーネの水で顔を洗う。水場はあるけど、王都のように水道はないようだ。
(ディーネ、どこかに井戸があった?)
(家の裏にあるよ! 水が汚かったからディーネがキレイキレイにしたよ!)
(ディーネすごい! ありがとう!)
ディーネが両手を腰に当て、鼻を高くする。昨日はダンの活躍ばかりで拗ねていたけど、大げさに褒めたことで調子を取り戻してくれたようだ。
台所の確認をする。ストーブは薪を使用するものだ。薪は旅路用の物しかない。自分で調達できるまでは、領民から分けてもらうか。
カルが眠そうに目を擦りながら台所に入ってくる。
「もう起きていたのか? 早いな」
「うん。必要な物を確認したかったから。食べ物ってあとどれくらいあるの?」
「旅用とは別にかなり詰め込んだから、食い扶持が増えたとしても二か月分くらいは残っているんじゃないか?」
「少し出してくれる? 朝食を作るから」
「え? オリビアが作るのか? できるのか?」
旅路は、貴族だからと料理をあまりさせてくれなかった。だが、美香時代の記憶からそれなりに料理はできるつもりだ。
野菜とソーセージ入りのパン粥にしようと思う。パンは結構購入したけど、それがなくなれば自分たちで作るか領民から買うかしなければならない。
塩コショウ、それからハーブと羊乳で煮込んだ野菜とソーセージにパンを入れて味見をする。
「悪くないけど、コンソメが欲しいわね」
「コンソメってなんだ?」
「旨みが凝縮した粉?」
もしかしてこれはディーネに手伝ってもらえばすぐにできることかもしれない。落ち着いたら試してみよう。
匂いに釣られたのか子供たちが起きてくる。
私が朝食を作る姿にティアが謝罪をする。
「オリビア様、申し訳ございません」
「やだなぁ、ティア。もうここは王との煩わしい貴族の作法はないのよ? これからは私もできることはやっていくつもりだから。見て、パン粥作ったの。おいしそうでしょう? みんなで食べましょう」
「はい!」
パン粥は全員に大変好評だった。これにコンソメとかチーズを入れたらもっと最高になる。チーズはチーズ屋専門店での購入が主流だけど、羊乳でフェタチーズなら一般的なレンネットが必要なチーズよりもハードル低く作れそう。やっぱり羊は必要ね。
朝食を済ませると、アントンとマイルズがローゲンハイムの村長と共に戻ってきた。
村長は六十代くらいだろうか。酷くやつれた印象だ。
村長は私を見るなり、土下座しながら震える。
「申し訳ございません! いらっしゃることを知らなかったのです! 責任は私にあります!」
「え?」
急に玄関先でやつれた老人に土下座されるって、悪役令嬢に逆戻りじゃない!
アントンたちに説明を求めるように視線を移す。
「村長、子爵様はそういう方ではないって説明しただろ」
「いや、しかし……」
村長が怯えたように顔を上げたが、目が合うとすぐにひれ伏しながら震え始めた。
私の後ろで見ていた子供たちが怯え始めたので、屈みながら村長の肩に手を置く。
「村長、子供たちが怖がっていますので立ってください。話は中で聞きますから」
「ヒィ」
普通に笑顔を向けたつもりだったけど、なんだか余計に怖がらせたみたいだ。
村長を家の中に招くと、当たりをキョロキョロ見渡しながら目を丸くしていた。幽霊屋敷が一日で様変わりしたのだ。それは驚くか。
ティアに子供たちを外に連れて行ってもらう。まだ家具とか何も設置していなかったので、カルの収納から椅子を出してもらう。
「座ってください」
「いえ、畏れ多い」
「座らないと話が進まないので、座りなさい」
「は、はい」
命令口調で言えば、村長はすぐに座った。座った後も少し息切れをしていたので、コップに水を入れて差し出す。
「丘を急いで上ってきたの? これを飲んで落ち着きましょうか」
「あ、ありがとうございます?」
水を飲み、息を整えた村長に尋ねる。
「それで、あの土下座はいったいなんだったの?」
「新しい領主がこのように早く来るのを聞いておらず、何もできておりませんでした。ルーズ様からは領主の館を初夏までに整えろと言われておりましたので」
ルーズ? 誰だそれ。代官の名前はアンソニー・ボーズだ。
「ルーズ様は、ルーズ・ボーズ、代官殿の子息です」
アントンが私の疑問に答える。子息が父親の仕事を受け持つのは珍しいことではないので、これもそういう話なのだろう。
「整えるように言われたのはいつなの?」
「先週でございます」
思わず笑う。初夏まであと一か月もない。何、その無理ゲー。村長が再び頭を下げる。
聞けば、領主邸は一年前に落雷にあっていたそうだ。誰も住まないから、そこからは放置されていたのかもしれない。落雷の件、報告すらされていないのは疑問に感じた。




