おまけ2
夏休みが終わってから二ヶ月が経過したころのことである。
大和はアレクサンドロス学園の食堂で昼ご飯を食べていた。
学食で出るのは、当然この国の一般的な食事だ。
ドリュアデスが主食とする、日本語風に言えば『沼芋』と呼ばれる芋……のような根菜である。
レンコンのように沼に生える芋だと思えば大体あっている。
キャッサバのように毒性があるためそのまま食べれば死んでしまうこともあるが、それゆえに虫などの他の生物に食われにくいという特徴があった。
当然ながら、食堂で出るのは適切に処理された料理である。
毒のある部分を削ぎ、過食部だけ切り取って、さらに茹でて潰したものだ。
これがドリュアデスの主食である。
食堂の中では多くのドリュアデスがそれを食べている。
大和も同様に食べている……というか、ドリュアデス以外でそれを食べているのは彼だけであった。
毒があるとかないとか以前に、この料理はあんまりおいしくないのである。他の留学生は、食堂で用意されているそれぞれの故郷の料理を食べている。
流石に日本の料理はないが、マッシュした沼芋料理よりは美味しいだろう。
それでも彼は、黙々と食べていた。
そんな彼へ、一人の美少女が声をかける。
オルプネのようにモデル体型ではない。
豊満な体形の淑女。
赤い肌を特徴とする種族『オレイアデス』のエコーであった。
やはりオレイアデスの中ではかなり上位の生まれである彼女は、この学園に留学するにあたって、お家で雇っている料理人を連れてくるほどのグルメであった。
本来食堂に来ることもない彼女は、わざわざ大和に会いに来て話をしているのである。
「ねえ大和。貴方はヒューマン、日本人よね。日本人といえば我がオレイアデスと並ぶほど美食を愛する者と聞いていたわ。それなのになぜこの国の粗末な料理を食べていますの?」
「……食堂でそんなことを言うなよ。失礼だろ」
「おいしそうに食べていないあなたに言われたくありませんわ。そっちのほうが失礼でなくて?」
「それはまあ、そうだなぁ」
大和自身も、この料理をおいしいと思っているわけではない。
本当に栄養補給のための料理だと思っているし、そのバランスが最適だとも思っていない。
それでも彼は、信念をもってこの料理を食べていた。
「だけど俺はこの国に留学をしに来たんだ。それならこの国の文化になじむべきだ。そりゃこの国でも他の国の料理は食べられるだろうけど、それは贅沢というよりも無駄遣いだろ? その違いはわかってくれ」
「へえ……そういう考えもありますのね」
大和のこういう姿勢は、教師陣や同じクラスの生徒からも評価が高い。
エコーも自分と姿勢が違うことを認めたうえで、筋の通っている考えだとは思っていた。
しかしそれはそれとして、学友がおいしくなさそうに食事をしているところは見ていられなかった。
「留学先での体験を重んじる姿勢は尊重しましょう。ですが……そんな貴方だからこそ提案がありますわ。明日の昼ご飯。よろしければ、私と一緒に食べませんこと?」
「え、いいのか? エコーは故郷から料理人を連れてきていて、食材も輸送していて、とんでもなく手間暇をかけているんだろ。お代なんて払えないぞ」
「ここは奢りですわ。それに……オレイアデスの高級料理を食べるなんて、そうそう機会は無くてよ? これを逃していいのかしら」
「むむぅ……そういう事なら、ごちそうになります」
「ええ、期待してちょうだい!」
こうして、芦原大和はエコーにもてなしてもらうことにしたのだった。
※
アレクサンドロス学園の近くにある屋敷。
エコーが留学するに当たって建てられた新築の屋敷であった。
素材も大工もなにもかもオレイアデスの国から持ち込まれた、異国情緒あふれる家であった。
ドリュアデスの国に立っているため、とても目立っている。
その屋敷にワープした二人は、屋敷のリビングでランチを楽しむことになった。
「お、おお……」
真昼からコース料理が出されたことで、大和は思わずリアクションをしてしまった。
一皿の上に二つか三つの『一口サイズの料理』が乗せられていて、同じソースがかけられている。
日本でもステーキを食べるときに複数のソースを用意することがあるが、その逆であった。
一皿を作るのに、何倍もの手間がかかっている。
それをわかるからこそ、大和は反応してしまったのだ。
「うふふふ……」
大和が何に反応しているのかわかるからこそ、エコーも満足である。
この料理の手間暇を考えず少ないだの食いでがないだのと騒ぐようなら、がっかりするところだった。
「うんうん……美味しいです」
異世界で出会った学友に、その故郷の料理をごちそうしてもらっている。
ちゃんと食事のマナーを学び、活用して、味わっている。
これこそ贅沢、食事の体験。
大和は満面の笑みを浮かべながらできるだけ行儀よく食べていった。
「ふぅ……ごちそうさまでした。昨日ごちそうをしてもらえると聞いて、慌ててマナーの勉強をしたのだけど、難しい食べ方の料理を出されなくて助かったよ。気を使わせて悪いね」
「そんな悪役のような真似はしませんわ。楽しんでこそ食事でしょうに」
フォークやスプーンで口にもっていきやすく、かつ口の中では美味しくほぐれる火加減など。
手間暇がかかっていることがわかる料理だった。
大和は心の底から満足感を得ている。
エコーはうれしくなって、彼に紹介するべく、料理人を呼んだ。
「レアード。来てちょうだい」
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「大和は満足してくれたわ。挨拶を」
「ええ、それは光栄です」
現れた料理人は、やはりオレイアデスであり、男性であった。
エコーと同様に、赤、紅、朱を基本とする体の色をしている。
シェフらしく、手足は太く、腹も出ている。
そのうえでとても笑顔の男性であった。
それがレアードである。
「日本人をお呼びすると聞いて、とても緊張しましたよ。御口にあったようで何よりです」
「そんな……俺はそんなにいい生まれの人間じゃないですよ。こんなに手間暇をかけてくれた料理は、初めて食べたぐらいです」
「いえいえ。戻ってきた皿を見れば、貴方の育ちが良いことはわかります。ところで、失礼ですが、出身地はどこで?」
「東京都です」
「……23区ですか?」
「よくご存じですね!? え、ええ。23区内です」
「そ、そうでしたか……」
大和が23区出身と聞いて、レアードは今更のように冷や汗をかいていた。
その姿を見て、エコーは少し不快そうな顔をする。
「レアード。まさか貴方、その東京という街と比べて、良い料理が出せないというの? 私に恥をかかせる気?」
「そのようなことはありません。東京で一番のシェフが相手だろうと、勝負をすれば後れは取りません」
レアードは、少しプロレス的な演技を見せつつ、しかし自信をもって断言していた。
ここで『東京の料理人に比べれば私はカスです』と言おうものなら首であろう。
それを理解しつつも、それとは関係なく、自信をもって負けないと言い切っていた。
「私はオレイアデス全体でもトップ層の料理人です。同時に、私と勝負できるだけの腕を持った料理人は故郷にも多くいます。この世界でも、オレイアデスは美食に置いて並ぶもののない国と言っていいでしょう」
「当然ですわね!」
「はい。質に関してはそうです。しかし、それ以外の幅や層では東京の方がずっと上ですね。これに関しては議論の余地がありません」
レアードは純粋な実力ではオレイアデスが最高と言った。
だが他では負けていると素直に認めてしまった。
これにはエコーも大和も驚いている。
「私は若いときに日本の東京で修業をしていた時期がありました。その時に体験したのですが……あの街ではどんな国の料理も食べられます。この世界の料理は当然ながら、日本が存在していた地球中の料理がすべて楽しめるのです。それも平民ですら無理をすれば手が届くところにあります」
異世界において、最高の料理とは『最高級のレストラン』で食べるものではない。
王族や貴族のお抱えの料理人が、彼らのために作るものである。
平民はその存在を知っても、食べることはできない。
だが日本では、お金さえ貯めれば、誰でも世界中の最高級の料理を食べられるのである。
「日本人好みに作っている店もあれば、原典通りに作っている店もある。私にも味の好みがありますのでどの店に入っても満足という事はありません。しかし料理人の目線からすれば、『なるほど、こういうコンセプトの店か』と納得できるのです。少なくとも食べて後悔したことは一度もありませんでしたね。各国の引退したトップの料理人が集まる街でもありますので、これは私の私見ではなく事実です」
「幅は、幅はわかったわ。でも、層って何? どういう事なの?」
「今言ったことと少し被るのですが……あの街では、大衆向けの店に入ってもそれなりに美味しいものが食べられるんですよ」
当時を思い出したのか、うんうんと彼は頷いている。
「あの街で適当な店に入って、野菜や果物を買ったとしましょう。どれもグレードが存在し、最高級の物と安い物の間には明確に差があります。ですがどちらも値段相応の満足感が得られます。これらを使用している料理にも、同じような差があり、満足感がある。だからでしょうねえ……あの街の人々は、高級料理を無理に食べようという者が少ない。高級料理と大衆料理に区分けがあっても、美味いや不味いという差はないんです」
「それは、まあ、わかります」
大和自身も大衆料理は不味いという考えはない。高級料理もとんでもなく美味しいとかではなく、とんでもなく手間暇がかかっているという認識だった。
「修行している当時は、色々な店に入って、様々な料理を食べました。まったく知らない味や食感を学ぶ楽しさ。一生かかっても食べ尽くせない料理の数々の中から、今日食べるものを決める楽しみ。自分で再現することに成功した喜び……アレは充実していました」
(そういう考え方は、料理に限ったことじゃないのかもなあ……)
日本では大衆にもそれなりの余裕がある。
だからこそ食事も娯楽も楽しめるし、競争が発生する。
値段、量、質、種類。
それぞれが被れば競争が発生し、優れていなければ淘汰されてしまう。
だからこそ残っている物には、それなりの優れている点があるのだ。
「毎日食べても食べ尽くせない、新しい料理の数々……ですか」
自国こそ最も優れていると信じていたエコー。
彼女の中には『最高の料理』という価値観しかなかった。
それを肯定されたうえで『自分が知らないたくさんの料理』という価値観を知って、逆に考え込んでしまうのだった。
※
数日後。
エコーは教室内で黄昏ていた。
最高の料理を楽しむという価値観しか知らなかった彼女は、未知の味を知るという価値観を知った。
その上で『未知の美味しい料理』を知らないからこそ、どんな快感を得られるのかすらわからなかった。
恋を知らぬ少女が恋に恋をしている、恋に憧れるようなものだろう。
恋とはどんなものかしら。未知の味に触れるとはどんなものかしら。
そのような想像をしているところで、大和が声をかけてきた。
「少しいいか? オルプネが日本で買った荷物と一緒に、実家から日本の食料が届いたんだ。結構な量があるから、食べてみないか?」
「……あの、それ、船便ですわよね? 長期保存できる食材、保存食という認識で良くて?」
異世界にも保存食はある。
凍結魔法があるため、冷凍食品すら珍しくない。
だがそれらは冬や飢饉、遠征などの際に、飢えをしのぐためのものだ。味を度外視した、生命維持、栄養補給のためのものである。
そんなものをわざわざ送ってくるというのはどういうことかと彼女は首をかしげている。
「俺の故郷では、保存食もそれなりには美味しいんだよ。この間の返礼っていうには安上がりだけど、良かったら食べてみてくれないか?」
「そういう事でしたら……食べさせていただきますわ」
先日レアードから聞いていたこともあって、エコーは好奇心を持て余していた。
普段なら絶対に乗らなかっただろうが、ついつい乗ってしまう。
『レアード。大和が日本の保存食をごちそうしてくださるということで、今日の昼ご飯はそちらに行きませんわ』
『さようですか! それはそれは! 楽しんできてくださいね』
テレパシーで、今日の昼ご飯は大和の日本食を食べる、と伝えたうえで食堂へ向かうのだった。
※
その日。
オルプネは日本から船便で届いた大量のぬいぐるみを自室に運び、飾り、並べていた。
無理を言って授業をさぼるほどの熱狂ぶりであった。
そんな彼女を好きにさせつつ、大和は食堂にて、いくつかの『カップラーメン』や『カップそば』、『カップうどん』をテーブルの上に並べていた。
「先に言っておくけど……これは、その、なんだ。俺の国では最低グレードなんだ。ラーメンっていう種類の料理の中でも、長期保存が可能で、その分安く、大量に作っておける保存食なんだ。正直そんなに期待しないで食べてみてくれ」
「え、ええ……わかりましたわ」
お湯を注いで食べる保存食だという。
それを観ている時点で、彼女はなんとなく察していた。
確かに匂いはイイ。食欲をそそる匂いをしていた。
カップラーメンなる保存食は、それぞれに別々の、全く違う匂いを発している。
それらは食堂で満ちていき、周囲の生徒から注目を集めている。
「ではこれから……」
黄色いカップのラーメンを、フォークで食べてみる。
知らない匂い、知らない味。
それが脳に来ると察したうえで、彼女は食べてみた。
「コレは……!」
美食にこだわりがある彼女だからこそ、初めて食べた『コレ』が最高ではないとわかっていた。
スープはお湯の水質と合っているとは言いがたいし、麺もベストな状態ではなかった。
具だって一応入れているだけで、大きさは不十分。食べやすいとか見栄えがいいとかではない。
だが不快ではない味、知らない味が舌を通じて脳に叩き込まれてくる。
文句の付け所があるからこそ、その文句を一切排除した場合の『最高グレードの料理』や、この味を基本とする別の料理についても想像が及んでしまう。
「なんか、初めてアイスを食べた赤ちゃんみたいな顔をしているな……そんなに驚いたのか?」
「え、ええ……!」
彼女は慌ててカップラーメンを食べきった。
同じタイミングでお湯を注いだからこそ、他のラーメンも時を置けば良くなくなると察してしまったのだろう。
ここからは更に別の味、別の麺を食べていった。
知らない味、知っている味、そして想像できる味が脳内で駆け巡っていく。
オーバーリアクションはしなかった。
そんな余裕はなかった。
自分が知っていた『最高の完成品』ではなく、『未知の可能性』が自分の中で構築されていくことを感じていった。
美食の可能性が、脳内で果てしなく広がっていく。
その快感に、脳が揺さぶられていたのだ。
「ぷ、ふう……」
「ど、どうだった?」
「貴方のおっしゃる通り、最高とは言えない味でしたわ。ですがこれより良いものがある、という想像もできました」
「ああ。保存食でもレトルトでもない、専門店は東京だけじゃなくてどこにでもあるぞ。もちろん最高グレードの店もある」
「……他にもいろいろな種類の料理の、保存食や最高グレードがあるのね?」
「うん、まあ。こればっかりは、俺もほとんど知らないけど……」
「とりあえず、そうね……」
食べきった彼女の感想を、周囲の生徒たちも気にしていた。
最高ではない料理を食べた彼女は、どのような反応をするのか?
「次の長期休みでは、オルプネではなく私を連れて行ってちょうだい」
「それは、その、なんだ。オルプネが怒るぞ?」
「争ってでも、日本に行くわ!」
断固たる決意をもって、彼女は日本旅行を決めてしまうのだった。
短編版が好評であったので、ここまで書かせていただきました。
読んでくださりありがとうございます。




