おまけ1
夏休みが終わってから一週間後のことである。
元々クラスでは人気者だったオルプネは、日本で体験したことを教室のクラスメイトへ自慢げに話していた。
「大和は自分の国は退屈だって言っていたけど、そんなことはなかったわ。確かに魔法は使えなかったし、安眠魔法やワープの代用品なんかもなかったけど、言語に関しては電子機器で何とかしてもらえたの。町も清潔で安全。楽しく暮らせたわ」
「それに日本には娯楽が満ちていたの! 私は特に『二進数携行女神』っていうIPが好きになったわ!」
「一度行ったら帰りたくなくなるぐらい、楽しい時間を過ごせたの!」
オルプネ本人の人柄もあって、周囲の生徒たちも楽しそうに聞いている。
魔法が使えない不便な国という元々のイメージが塗り替えられつつあった。
一方で当の日本人である大和はそれを見て不快そうにしている。
これではまるで、この国や他の国が面白いものがないかのようではないか。
「出羽守になってやがる……」
自分が彼女を自国の広告塔として洗脳したかのようで、正直気分が良くなかった。
だが、そんな彼よりもさらに強い視線を送る生徒がいた。
腕に羽毛の生えた種族『ナパイアイ』の少女、クロリスであった。
もはや憎悪に近い感情をにじませながら、日本について語っているオルプネを凝視している。
「そうそう、テーマパークではね、氷上でミュージカルもやっていたの! スケートで踊りながら歌まで歌っていて、荘厳な音楽やライトアップも相まってとんでもなく感動したわ!」
そして、オルプネのその発言が引き金だった。
もう我慢できないとばかりに立ち上がり、教室を出ていったのである。
これには周囲の生徒も心配したが、何も言えずに見送ることしかできなかった。
※
クロリスは学生寮の自室に入っていった。
学生寮と一言で言っても、グレードというものはある。
大金を『寄付』すれば、相応に大きい部屋にすることもでき、ある程度だが改造も許されている。
彼女の部屋はかなり大きく、防音設備がしっかりしていた。
世の大抵の『拡張された防音設備』が外の音を遮断するためではなく中の音を遮断するためであるように、彼女の部屋の防音設備は部屋の中の音楽を外に漏らさないためである。
秘匿というよりも、外から『うるさい』という苦情をいただかないためだ。
「はあ、はあ、はあ……!」
鳥類のような腕を持つ種族ナパイアイは、魔法によって飛行能力を獲得できることが特徴である。
同時に文化面で、音楽や舞踊を好む風潮がある。
彼女もその例にもれず、大変に音楽を愛していた。
彼女の部屋の中にはレコードプレイヤーと大量のレコードが置かれていたのである。
これらは当然、日本製の輸入品であった。
レコード。かの発明王エジソンが発明した原初の記録媒体であり、音楽や音声を記録し再生できる代物であった。
何度も使用すると質が下がるなどの弱点もあるのだが、この場合の最たる利点は再生に電子機器が必要ないという事だ。
電気を一切使わない機械式蓄音機さえあれば、異世界でも日本のあらゆる音楽を楽しめるのである。
技術そのものは非常に古いが、最新技術で作られているため音質や再生可能回数もある程度は改善している。
フィルム映写機と合わせて、日本の輸出品の一つであった。
そして、見るものが見ればわかるだろう。
彼女の持つレコードの多くは、この異世界では使えない電子楽器やレトロゲーム機音源の音楽を収録した物であった。
彼女はそれを触ろうともしない。
音楽室めいた自室のベッドに身を投げる彼女は、じたばたともがいていた。
「私も行きたいって言えばよかった……!」
ランパデスの中でオルプネがいいところのお嬢さんであるように、ナパイアイの中でクロリスはかなりいいところのお嬢さんであった。
時々オーケストラを聞きに行くどころではない。
彼女の実家では音楽隊を雇用しており、メイドや執事のように連れ歩いて、自分たちのために演奏させているのである。
そして彼女の両親は日本がもたらした『地球の音楽』の大ファンであった。
洗練された楽器と、淘汰と錬磨の末に生き残った名曲。そしてそれを奏でる演奏者たち。
幼少期からそれに囲まれてきた彼女は、自然と日本の音楽を愛するようになっていた。
演奏者……日本人や日本で修業してきた同族らは、彼女にとってヒーローであった。
彼らは語る。
日本での修業は有意義だったと。
エンターテイメントが発展しているため、音楽は主役にも脇役にもなっている。
ライブやMVは音楽を主役としながらも多くの脇役によってより刺激的なものとなり、ゲームやアニメのBGMは他の要素を主役としつつも思い出のトリガーとして心に残り続ける。
レコードや演奏者がただ奏でるだけでは得られない音楽体験を、日本では大量に摂取できる。
彼女はそれに憧れていたが、まだ体験したことがなかったのだ。
「アイススケートのダンス、光による演出、そこに音楽……私も行きたかった……! 体験したかった……!」
夏休みが始まる前の一幕、オルプネが大和に話しかけた時、彼女は傍で聞いていた。
本当は自分も行きたかった。日本でさまざまな音楽体験をしたかった。
だが遠慮を知る彼女は、どうしても一歩を踏み出せなかったのである。
後悔先に立たず。少なくとも当分は、このもやもやを抱えたまま生きていかねばならない。
「次の機会があったら、絶対に私もお願いしよう……!」
それでも自分から積極的に言えないあたり、彼女はだいぶ慎ましかった。
慎ましいからこそうっ憤を身の内にため込み、煮えたぎらせてしまうのである。




