異世界日本ロス
芦原大和は商品に飽きた。
他の人と感動を共有できると言えば聞こえがいいが、どこかの誰かが大勢に向かって娯楽を販売しているだけだ。
名作ゲームによる感動も、クリアしたプレイヤー全員が同じように得ている。
主人公になったつもりでも、少しも特別ではない。
だから白けて腐し、冷笑し、日本から離れた。
それは彼本人が、自分の進路の選択をした結果である。
準備段階で努力したことも含めて、なんら恥じることではない。
だがそれを言い出せば、留学とて商品である。
学校自体が筋書きを生徒にサービスとして提供しているし、施設の利用もまた同義。
他国での文化体験や自然遺産もまた、観光資源として現地で販売されている商品と言える。
好みの差はあってもいいが、優劣をつけるべきではあるまい。
大げさに喜ぶこと、大げさに嘆くこと、それらを伝えることを含めて娯楽なのだ。
※
オルプネの部屋。
芦原家で使われていなかった部屋に、彼女はすでに長く滞在していた。
彼女がこの部屋で暮らしているという生活感もあふれており、私物も順調に増えていた。
『二進数携行女神』のグッズが整然と並び、小物類や服もおかれている。
そのような部屋に、彼女は大和を招いていた。
「どうしたんだ、神妙な顔をして」
「実は、大事なお願いがあるの……AI端末にも確認をしたんだけど、どうにもならないみたいで……」
とてもまじめな顔をしている彼女は、自分のつけているグラスを指さした。
「18禁設定と著作権違反設定って、どうやったら解除できるの!?」
「できねえよ! っていうか……そうか、いよいよ二次創作にまで手を伸ばしたな!?」
彼女の要求を聞いて、何が目的なのかすぐに分かった。
日本では魔法が使えないので、翻訳魔法ではなくAIと骨伝導スピーカー付きグラスによって異種族向けの翻訳が行われている。
これのいいところは、差別的な発言や宗教的タブーなどが翻訳の段階で修正されることだ。
異文化コミュニケーションの摩擦をある程度軽減できるのである。
これは倫理規定にも応用される。
18歳未満であると設定すれば、年齢制限のあるコンテンツを視覚的にも聴覚的にも遮断できるのである。
仮に18禁のサイトや絵を見れば、グラスに警告メッセージが現れたり、モザイクがかかってしまうのだ。
もちろんグラスを外せば視界はクリアだが、翻訳されないので文章などは全く読めなくなる。
「18禁設定は、オルプネが18歳以上になれば外せるよ。だけど著作権違反設定はムリだ。二次創作の絵はモザイクがかかるし、文章は翻訳できない」
「それは、私自身が日本語を覚えるしかないってことよね?」
「なぜそこまでする……」
「面白い二次創作がたくさんあるって、ネットでは話題になってるの! 私もそこに飛び込みたいわ!」
多くの種類の『仲間』を編成するタイプのゲームは、『自分だけの冒険』という色が濃い。
他の人とまったく同じになるということは無く、それゆえに苦労をしたり、仲間たちとどのような関係を作っているのか想像の余地が生まれる。
その想像を形にするものが二次創作だ。
メジャーであればあるほど母数も増え、才能が集まりやすくなる。
メジャータイトルである『二進数携行女神』の二次創作は非常に多い。
だが二次創作はグレーゾーン。政府が作成するAIでは許容できない。
よって、日本人はほぼフリーで楽しめるが、観光客は楽しめないのが現状である。
「ま、まあ、自力で日本語を覚えようって言うのは、いいと思うよ。だけど時間がなさすぎるだろ」
「私、勉強はできるもの。それに元々、他の種族の言葉も教えられていたから、日本語だってすんなり覚えられる自信があるわ!」
「いや、さすがにムリだろ」
大和は少しあきれた口調で、オルプネを諭した。
「もうすぐ夏休みが終わるから、明日には日本を離れるんだぞ?」
「は……え?」
ここでオルプネはカレンダーを確認する。
キャラ物のカレンダーであったが、当然日付も確認できる。
「や、やあねえ! 学校が始まるのは明後日なんだから、まだ一日あるじゃない!」
「忘れたのか? 日本ではワープが使えないから、一日は移動に当てないといけないんだよ。明日の昼には船に乗らないとダメなんだ」
「……」
「……」
オルプネはここで『自分の部屋』を見渡した。
ゲーム機、大画面パソコン、グッズ。
一か月にも満たない期間で集めた、彼女の宝物だ。
その宝物だけを彼女は見ていない。
この部屋を埋めていくであろうまだ見ぬ宝物。
宝物を集めるべく、多くの素敵な店を巡った時間。
それらが彼女を突き動かす、まだ冷めていない現役の熱だった。
「いやあああああ! 絶対、絶対帰りたくない! むしろこのままこの国で住みたい! ゲーム会社に就職したいぃ!」
「観光ビザだから、そういうのは無理だぞ。とにかく明日帰るんだから、荷物をまとめろ。まず異世界に持って帰れるのと置いていくのを分けて、次は自分で持って帰るのと船便で送るのを分けるんだ」
オルプネは涙を流しながらゲーム機にしがみついた。
「いやあ~~! そんなのいやあ! だって、まず、このゲーム機を置いていくんでしょ!? そんなの、絶対に耐えられない!」
「電子機器はマナがある環境に耐えられないんだけども……」
「何か方法があるはずよ、みんなで一緒に考えれば活路が開けるわ!」
「それは多くの人が検証して、無理でしたという結論に達しているんだが……」
「AIに相談しましょうよ! きっといい答えをくれるはずだわ!」
「AIに物理法則をアップデートさせる機能なんてないんだよ」
「それならやっぱり残る~~~!」
部屋の中で倒れ、じたばたとのたうち回るオルプネ。
その姿に品位や礼儀作法はなかった。
「大昔の日本を推す系の動画に出てくる外国人みたいなことをしないでくれよ。夏休みは終わるんだ」
「不法滞在してみせる! お金はまだまだあるんだもの、粘れるわ!」
「滞在期間を超過したら、その端末は停止する。そのうえGPS機能もあるから、速攻で入国管理局が逮捕しに来るぞ」
「そんな機能いらないわよ~~!」
「だから必要なんだけどなあ……」
泣きじゃくるオルプネに気を使って、大和は部屋を出た。
「……大丈夫だよな? オルプネがいくらゲームにはまっていても、何かの動画とか大昔の海外あるある話みたいに、日本から出たくないとか本気で抵抗したりしないよな?」
自国のことを腐すのは辞めようと思った大和であったが、それでも真に受けないままでいようと思っていたものがある。
日本凄い系のエンタメだ。
日本はすごくいい国なので、一度体験したら母国に帰りたくなくなるとか、絶対残りたいと抵抗する系の話だ。
アレに関しては今でもネタだと思っている。
大和は日本人だからこそ、日本がユートピアではないと知っている。
日本にだって不便や不都合はあるし、不幸になっている人はたくさんいる。
まして彼女はランパデスだ。他人種の国ゆえの息苦しさや満たされない苦しみはあるはず。
自分たちホストファミリーには気を使っていえないだけで、日々にちょっとした不満が積もっていて、心のどこかで帰れることことに喜びも感じているはずだ。
自分だって少しはそう思っていたのだから、彼女もそうに違いない。
しかし……本当にそうだったらどうしよう。
※
翌朝……。
全力で抵抗するオルプネを抱えて、大和はアレクサンドロス学園に連れて帰った。
幼児が帰りたくないから掴んで帰る、とは重量比が違いすぎた。
特に新出島の異世界側へ移動する際には、本当に大暴れをして大変だったという。
※
出発日、朝。芦原家前。
「ほら行くぞ! もう時間が押しているんだ!」
「いやあ! せめて何かもって行かせて~~!」
「それを選ぶ時間をお前は潰したんだよ! いいからタクシーに乗れ~~!」
そんな二人を、家族は見送った。
「おもしれ~女だったわね」
「ああ、おもしれ~女だな」
「おもしれ~女の子の相手って大変ねえ」
※
新出島行きの港にて。
「なんでコンビニでそんなにパン買ってるんだよ! さすがに三食分より多いだろ!?」
「だって、コラボ商品だし……シールついてるし……」
「もったいないことするなよ! わかった、俺も食べるから、とにかく船に乗るぞ!」
「それならあと倍買っていい?」
「ダメだ!」
※
船から降りる際。
「ほら個室から出て来い! 船員さんも困ってるだろ!」
「あとちょっと、あとちょっとで見終わるから~~!」
「ダメだ、でて来い! ああもう、この部屋のブレーカー落としてください!」
「いや~~~!」
※
バベルの橋を渡る際。
「新出島の日本側で何か買っていい?」
「降りるときにめっちゃぐずったから駄目だ! それにそもそも時間がねえ!」
「すぐ買うから~~!」
「絶対時間かかるから駄目~~!」
※
※
※
夏の長期休みが終わった後。
アレクサンドロス学園の教室では、多くの生徒たちが友人との再会を喜び合い、話の花を咲かせていた。
どこで何をしていたのか、互いに話をしていたのである。
異世界でも変わらない、夏休み後のたわいもない話。
しかしそれは、学園中に響き渡る騒音によってかき消される。
ランパデスのオルプネが、魔法を使って全力の意思表示を大和にぶつけていたのである。
「日本でお迎えしたコたちがまだ届いてないってどういう事よ!」
「テレパシー魔法を使ってまで、全力で訴えてくるなよ! 耳にも脳にも響くだろ! それで荷物が届いてないのは、船便だからだよ! 日本を出航した船が新出島に着くのは一日かからないけど、そこからまた船便でこのアレクサンドロス学園まで運ぶんだぞ? そりゃ数カ月かかっても不思議じゃない」
「ワープで送ればいいじゃない!」
「それは制度的に無理なんだよ! 歴史を調べたけど、それを実行したら新出島のワープ駅がパンクしたらしいんだ! だから今は物だけのワープは禁止されているんだよ!」
「それなら私が今から新出島までワープして、そこからまた船で日本に行って、そこで買って、船に乗って、ワープで戻って……」
「もう夏休み終わってるから! 冷静になれ!」
「それなら冬休み! 冬休みを前借して……」
「そんな制度はない! とにかく席に戻れ! 俺を解放しろ!」
オルプネと言えば、ランパデスの中でも高貴な生まれであった。
その彼女が恥も外聞もなく、一緒に旅行をしていた男子にしがみつき、泣きじゃくっている。
周囲の目は彼女に集中していた。
「匿名掲示板もサブスクもテーマパークもショップもゲーム機もない生活なんて、もういや~~!」
「俺はお前が、もういや〜〜だよ!」
そんなことに気付くこともなく、二人は全力で言い争っていたのだった。




