再発見
この日はちょうど平日であった。
如何に日本が夏休みシーズンとはいえ、人の数は休日よりは少ない。
それでもテーマパークでは多くの人があふれていた。
対象年齢が相対的に低めということもあって、異種族の親子連れも良く見られる。
とはいえ、二人が到着したのは昼を過ぎてのこと。
開園時とはちがって、入り口に入ってく人の数は少なかった。
だからこそ、入り口、門の部分がちゃんと見えていた。
「おおおおおおおおおお! お城みたい!」
「オルプネがお城みたいっていうことは、本当に実物のお城みたいなんだな」
「あ、いや、違うかも。こんなに門が大きくないわ。ここの門は本当に開放的で、いざってときの備えとかないもの」
「それも……そうか。門って城を守るためのものだしな」
「それに! こんなに可愛いくないわ! 凄い! 思った以上にクリーチャーがたくさん! 私がお迎えしたコたちが全部いるかも!」
「……写真でも撮ろうか?」
「お願い!」
大和はその場で現像できるタイプのカメラを持ってきていた。
電子機器になじみがなく、また異世界に帰る観光客には、その場で現像できるカメラが人気である。
カメラそのものは電子機器を内蔵するため異世界に持ち帰れないが、現像した写真は持ち帰れるのである。
かしゃっと、門の前で一枚。笑顔のオルプネを撮影する。
ほどなくして写真が現像され、オルプネの手に渡った。
「はあ~~! 凄いわ! 私、こんな素敵な場所にいるのね!」
「……ああ」
「入場しましょう! 中でもたくさん思い出を作りたいの!」
「おう」
ものすごく大げさに喜ぶオルプネを見て、大和の心に少しの変化が訪れていた。
※
予算のあるテーマパークであるため、園内の内装も凝っていた。
道路、柱、建物。どれをとっても、ゲーム内の風景を再現している。
園内にはゲームをコンセプトにした商品が多く並んでおり、それらもまた入場者の気分を大いに盛り上げている。
ぬいぐるみを着ている者を含めた従業員たちは全員笑顔で接客し、お客たちもまた笑顔で園内を歩いている。
お客たちもまた園の雰囲気を作る一要素となっていた。
その中にオルプネも交じっている。
「ねえねえ! また写真を撮って! この帽子を良く映えるようにしてね!」
「おう……」
園内で販売されている、クリーチャーの耳がついたカチューシャ。
パーティーグッズのようなそれを彼女は自慢げに取り付けており、大和は彼女の要求にこたえる形で撮影する。
彼女はその写真の現像を待つこともなく、次の目的地を探し始めた。
「ねえねえ! どこに行ったらいいの!? どこも楽しそうで。順番を決められないわ!」
「ん……『ジムナジウム』のステージギミックを再現しているところがあるぞ。そこに行ってみないか?」
「ほんとう!? あんなものを本当に作っているの!? 凄いわ! すぐに行きましょう!」
ゲームを盛り上げるために作られた、動く床や見えない壁、忍者屋敷のように隠されたドア。シーソーのような通路、落下する可能性のある丸太の橋。
本来は別々のジムナジウムのギミックなのだが、一つにまとめられて室内で遊べるようになっている。
ゲームをクリアしたばかりでゲーム熱が最高潮の彼女は、ゲームの内容を思い出しながらアスレチックに挑戦している。
上手く行かなければ地団太を踏んで悔しがり、成功すれば両手を掲げて大喜びをしている。
完全にクリアしたときは飛び上がっていたほどだ。
その姿もまた、大和によって撮影される。
「よかったな。それじゃあ次は……」
「もう一回やるわ! 今度はノーミス、ノーコンテニューでクリアして見せる!」
「お、おう……」
彼女の異様な熱気に当てられそうになるが、周囲を見れば違うとわかる。
彼女だけではない。日本人も異種族も、誰もが楽しそうにしているではないか。
彼女は異様ではない。このテーマパークの一員だった。
「コマーシャルの役者さんみたいに笑ってるなあ……アレ、演技じゃなかったんだな……」
アトラクションは室内だけではなかった。
テーマパーク内にはレンタル水着を貸しているプールもある。
そこでは大規模なウォータースライダーや滝、波の出るプールを使ったバナナボートなどもあった。
そのいずれもがゲームのイベントやキャラクターをモチーフにしており、来園者を大いに熱狂させていた。
「アレ、私もやりたい! 大和も一緒に乗ってくれるでしょ!?」
「それだと写真が取れないけど、いいのか?」
「それよりも一緒に乗って遊びましょうよ! 貴方を待たせていたら、私は楽しめないわ!」
愛嬌たっぷりに、無邪気に笑うオルプネに誘われて、大和は自らも水着に着替えてプールを楽しむ。
カメラは持ち込めないため、彼女の水着姿は撮影できなかったが、それでも彼に後悔はなかった。
※
テーマパークの中にあるのはアトラクションだけではない。食事も立派なイベントである。
パーク内にはいくつものレストランがあり、そこではキャラクターをあしらった食器を使った料理が出てくる。
またパーク内には屋台のような移動調理車両もある。そこでもランチボックスなどの軽食が売られていた。
それらには持ち帰るお土産にも適したコースターなどのグッズも使われている。
「レストランではカレー、屋台ではサンドイッチとかのランチボックスが売られているらしいぞ。どっちにする?」
「両方!」
「そういうと思ったよ……まあ、こういう店のは量自体はそんなにたくさんじゃないから、両方食べても大丈夫だろ」
「何言っているのよ! 他にもレストランはあるし、屋台もあるんでしょ? 全部回るわ!」
「それはさすがに無理な気が……」
「あと、食べる前に料理の写真も撮ってね! 私が食べるところも! 貴方が食べるところも撮るから!」
「わかったよ……」
※
パーク内にはぬいぐるみなどの限定グッズのショップも充実している。
頭にクリーチャーの耳がついたカチューシャなどの軽めのものだけではなく、かなり大型のぬいぐるみも販売されている。
一般家庭の親ならば、置き場所や値段などを考えてブレーキを踏むところだが、そうでもない者はいる。
だから売られているのだ。
「全種買うわ」
「言うと思ったよ。だけどダメだ」
「なんでよ! お金は払うわよ!? 非売品じゃないんでしょ!? それならなんで買っちゃダメなの!? 差別!?」
「……」
「差別じゃないって言わないってことは、本当に差別なの!?」
「差別じゃない、差別じゃない。本当に、差別じゃないんだ。ただ……」
多くのクリーチャーのぬいぐるみが並ぶショップにて、今までになく大和は言葉を濁していた。
「オルプネもこの国に滞在したからわかるだろうが、ウチの国はゴミ捨てにうるさいんだ」
「それがいま何の関係があるの!?」
「ここにあるぬいぐるみの多くは化学繊維が使われていて、ごみとして処理するときに特別な手順を踏む必要があるんだ。仮に普通のぬいぐるみのように燃やしたり埋めたりしたら、環境問題になるんだ。だから国外に持ち出すことは禁止されている。今ここで買っても、異世界に持って帰れないんだよ」
「なによそれ! 絶対に捨てないわよ! 何があってもずっと一緒よ!」
「とにかくまあ、買っても持って帰れないんだよ。それは嫌だろ? だから、あっちの『異世界持ち出し可』のコーナーの中から選んでくれ」
大和が指定した先には『異世界持ち出し可』と書かれた自然由来の素材しか使用していないぬいぐるみのコーナーがある。
少々割高で、バリエーションも少ない。それでも一般の店より多くの種類がそろっていた。
「……どうしてもお迎えしたいコが、一人だけいないわ。それだけなら、貴方の実家に置いていい?」
「……まあ、一個だけなら」
「じゃあ一番大きいのを……」
「それは止めろ。マジでデカいんだからな、それ。マジで捨てられるぞ」
※
パーク内にはアイススケートでのショーも催されている。
荘厳な音楽と共に、氷上でミュージカルが行われ、フリフリのドレスを着たスケーターや、ぬいぐるみを着こんだまま滑る凄腕もいた。
彼らはライトに照らされながら優雅に舞い踊り、人々を幻想の世界へいざなっていく。
その観客の中に、大和とオルプネもいた。
大和本人はショーに熱中していない。
元々、ミュージカルが好きというわけではなく、どうしても熱中しきれなかったのだ。
そんな彼は、ショー中ゆえの暗い観客席で、隣に座るオルプネを観ていた。
彼女は本当に楽しそうに集中していて、大和が自分を見つめていることに気付くそぶりもない。
あるいは隣に大和がいることすら忘れているだろう。
(父さんや母さん、姉ちゃんの言った通りだったな。俺は斜に構えすぎていたのかもしれない)
オルプネは日本に来てから、日本でしかできないことを心の底から楽しんでいる。
もちろんマナーやルールだって守っていた。
彼女は模範的な観光客だ。これ以上何を求めるというのか。そして彼女の熱中していることをバカにする権利が誰にあるというのか。
大和が日本の文化への熱を失ったことは本人の気持ちだ。それはいい。
だが他の人が楽しんでいることを腐すことや、その文化そのものを冷笑するのは良くないことだ。
家族はそれをわかっていて、大和はわかっていなかった。
(熱中しすぎているのはどうかと思うけど、楽しんでくれているのならそれが一番じゃないか。つまらないとか帰りたいとか連呼されるよりずっといい)
彼女が楽しんでいることを応援しよう。
このまま彼女に素敵な思い出をたくさん作ろう。
その内、この熱も冷めるだろう。
だが熱狂して充実していた時間は、若いうちにしか得られないものだ。
感情が冷めたとしても、思い出は暖かいままなのだから。
(そうだ、俺だって……このゲームが好きだったっていう思い出だけは、暖かいままじゃないか。だから彼女にも安心して勧めたんだ)
観光客に案内をして初めて、自国や自分のことを省みることもできる。
大和はこのひと夏で確かに成長していた。
※
アイスショーを見終わった後、オルプネたちは会場を出た。
すでに空は暗くなっており、園内はLEDの光で照らされている。
オルプネは実に満ち足りた顔をしていた。
「上質なミュージカルだったわ……ゲームを抜きにしても楽しめた。すごいクオリティだったわね、アンケートやレヴューで絶賛しておくわ」
「そうしてくれたら、みんな喜ぶだろうな」
満ち足りたとは、満腹という意味ではない。
むしろ次のイベントに胸を膨らませていた。
周囲を見ればもう帰り始めている親子連れも多い。
だがまだまだ多くの来園者が次の催しへ移動している。
「最後にナイトパレードがあるらしい。派手に光る山車が園内を練り歩くそうだ。見てから帰るか?」
「もちろんよ! 写真も撮りまくってね!」
「ああ、付き合うよ」
この時の大和の顔は、テーマパークの来園者としてふさわしい笑顔であった。




