回り道する勇気
日本が誇るレジェンドアイドルは、まさに最高峰のエンターティナーであった。
帰りの道中で、クロリスは熱狂して語り続けていた。
彼らこそ現代の音楽の最高峰、人々を感動させるアイドルの頂点。
優秀なのは彼らだけではない、多くの才人が心血を注ぎ演出している。
ファンもまた熱狂の参加者であり、イベントを盛り上げていった。
素晴らしい体験だった、と。
音楽産業に夢があることを証明し続け、業界をけん引するシンボルだと。
『彼らが全世界ライブを開いてくれた時期もあったけど、私がまだまだ子供で連れて行ってもらえなかったのよね~~』
彼らはロボットとかアンドロイドとかではないので、異世界でも普通に音楽活動ができる。
ライブの機器も魔法などで代用可能だ。
よって異世界ライブツアーというのも催された。
現地人から熱烈な希望があった結果ではあったが……。
日本の熱狂的なファンが『ついていけないじゃないか!』と怒ったり、ライブに行ける層が少なかったり、アイドルたちを含めてスタッフが強制的にデジタルデトックスすることになったり。
中々ハードルが高いため、頻繁には行わないようになっていた。
これもまた日本でしか味わえない音楽体験であろう。
※
その素敵な体験の翌朝である。
ヒュヘルムネーはオルプネが寝泊まりしていた部屋で起床していた。
室内はオルプネが断腸の思いでおいていったグッズが大量に並んでいる。
その部屋の中で起きた彼女は、ふと隣を見た。
すでに起床しているクロリスが、ヘッドホンで音楽を聴いている。
「ああ~~……ライブを聞いた後だと、デジタル音源も感想が違う~~……熱狂がよみがえる~~!」
彼女自身をして手の届かない最強のアイドルを摂取した翌日に相応しい姿であった。
普段なら少しあきれるところだが、ヒュヘルムネーは布団から体を起こしたまま話しかけた。
『ねえ、クロリス……私さ、大和君のことが好きなんだ。だからその、今回の旅行で距離を縮めたいと思ってたんだけど……』
『……翻訳機使って。何を言っているのか理解できています。ドリュアデス語、難しいです』
『あ、ごめんごめん』「これでいいかな?」
「そうそう、それで? 持ち込んだ下着を見るに、勝負を仕掛けるべく、部屋に押し掛けるかなとか思ってたけど……」
「そんなことしないよ! この狭い家で、ご家族もクロリスもいる状態で、そんなことできないよ! それに失敗したら帰れって言われるじゃん!」
「それはそう。その場合私も大変な思いをするから、止めてほしいわ……はあ。それで?」
「結構いい空気にはなってるのに、どうしても距離を詰められないの!」
「いい雰囲気になったことあった?」
「……いい空気になってないかもしれない」
クロリスの歯に布着せぬ言葉は、ヒュヘルムネーの認識を改めさせた。
少なくとも大和は、ヒュヘルムネーを異性だと認識していないわけで……。
特別な親しい友人というわけでもない。
まあ、特別な親しい友人というわけでもない異性を自宅に泊まらせているのは、それはそれでどうかと思う。
大和の倫理観も壊れている気がする。
「どうしたらいいんだろう」
「そのまえに、どうなりたいの?」
「それはまあ、ほら。仲良くなってさ、ときどきドキっとしてもらったりしてさ、向こうから告白されたいなって」
「んん、ああ、えっとね。うん。はい。無理だから第二志望ある?」
「……私から告白します」
「成功するとは思えないわね」
「ですよね!」
こう言っては何だが、そもそも芦原大和が特定の女子に好意を抱いて恋人関係になる、という構図が想像しにくい。
悪い意味でも変な意味でもないのだ。
誰とでも仲良くするし真摯に接するからこそ、異性と特別な関係になった姿が想像できない。
「そもそも私は音楽関係はともかく恋愛関係はド素人だから、アドバイスを求める相手を間違っている。大和の家族に聞いたら?」
「そんな恥ずかしいことできないよっ! ここは、こう、音楽関係の悩みを聞いているつもりで、恋愛関係にアドバイスしてよっ……!」
「そう? それじゃあ……甘えんな!」
アドバイスを求めたら罵声を浴びせられて、ヒュヘルムネーはめちゃくちゃびっくりしていた。
たとえるのなら、物凄く強そうな大人のライオンに舐められている猫、のような顔であった。
「音楽で大事なのは基礎練習! それができないなら、できるようになるまで基礎練習しろ! それができないならプロを諦めろ! 客を舐めるな! 誰がお前なんかに金払うんだボケ!」
「あ、あ、あ、……あの、ごめんなさい。私がバカでした。音楽関係のことは忘れてください」
「あ、そう?」
「無理言ってすみませんでした……」
ーーークロリスがヒュヘルムネーや大和に対して『柔い』対応をしているのは、音楽と関係のない人だからである。
大和が有名な音楽の題名を知らないことも、作者を知らないことも、気にしていないのは彼が純粋に消費者だからである。
ヒュヘルムネーに対してそれなりに甘い対応をしているのも、音楽と関係のない話題だからである。
音楽関係の同期や後輩には、むしろ厳しい対応をしている。
なぜなら彼女は『音楽の先生』を目指しているわけではないし、『部活のリーダー』を目指しているわけでもないからだ。
プロを目指していながら、実力不足を自覚し、かつ努力が不足している生徒には『努力しろよ、さもなくば諦めろよ』としか言わない。
相手にどのような影響を及ぼすか、相手がどんな反応をするか考えていない。正しいと思ったことをそのまま伝えている。
その一方で、最初の段階で大和へどう話をすればいいのかはわからなかった。なぜなら彼女の中に正解がなかったから。
彼女はコミュニケーション能力が低いのだ。
だが彼女は馬鹿ではないのだ。
「……いや、でもさっきのアドバイスが正解だね。もっと努力しろ、さもなくば諦めろ」
「ええ!? この場合の努力って何!?」
「現状とほぼ一緒」
「それじゃあ足りないんじゃないかな!?」
「私から見ても、ヒュヘルムネーが変なことをしていると思わないもの」
ヒュヘルムネーはコミュニケーション能力が低くない。
行動に移す前に、最悪の事態を想像できる子だ。
都合のいい妄想だけを考えて、相手の都合を考えず距離を詰める子ではないのだ。
つまり……相手に自分を好きになってほしいと思うことは、決して変なことではないのだ。
「このまま大和のそばにいて、迷惑にならない程度に話をして、お互いのことを知っていって、思い出を積み重ねていけばいいんじゃないの?」
「そ、そうかなあ? 焦りすぎてたかなあ?」
「知らない。恋愛は素人だし」
「……うう~~ん」
「大和は嫌なことがあったら嫌そうな顔をするから、その時は引っ込めばいいんじゃない?」
「そ、それも、そうかあ……」
期待していた劇的なアドバイスはもらえなかった。
割と地道な努力を、今後も推奨されたのだった。
※
そのままの流れで、朝食の時間である。
芦原一家とヒュヘルムネー、クロリスは朝食をとっていた。
テレビをつけており、会話と沈黙が交互に繰り返される時間であった。
その時である。
テレビで昨日のライブが報道された。
『~~の東京ライブが執り行われました。満員御礼、大盛況で終わりました。ファンの皆さんも大いに喜んでいたようです』
ここだ、とヒュヘルムネーは踏み込んだ。
「き、昨日は、このライブを見に行ったんですよ、ね! ね、大和君!」
「ああ。このライブだよ。正直舐めてたなあ、思った以上に感動した」
「わ、私も楽しかったよ! 昔から聞いている曲だったけど、生で聞くと違うなあって……それで、クロリスが誘ってくれた意味が分かったよ! とっても良かった!」
大和は気づかないが、彼の家族は察していた。
普通のコミュニケーションだが、普段より腰が入っている。
声を大きくするとかはっきりしゃべっているとかその程度だが、だからこそ努力がうかがえた。
「く、クロリスなんてね、私が目を覚ました時にはもうあの曲を聴いていたんだよ!」
「へえ、やっぱり。演奏もしてたか?」
「してた、してた! で、でもさ、でもさ……あ、え~~……私もさ、データとかで聞くよりも、クロリスに演奏してもらったり歌ってほしいなって! そっちの方がいいかなって思うんだ!」
「ん~~……確かにそれは俺も聞きたいな。でもクロリスはそれでいいのか? なんかめっちゃ尊敬している感じだったけど」
「確かに尊敬している……超尊敬している……あのライブを聞いた後で、あのライブで流れた曲を演奏することに抵抗は感じる……でも友人に聞かせるぐらいだったら問題なし!」
「んじゃあ今日はカラオケにでも行こうか。俺もちょっと歌ってみたいし、ヒュヘルムネーもどうだ? って、ああ……カラオケって言うのは、歌を歌うための施設なんだ。そんなに高くないから、気楽でいいよ」
「そ、それじゃあ一緒に行きたいな~~!」
大和は気づいていない。ヒュヘルムネーはあきらかに積極性を増していた。
共通の話題ならとにかく話しまくって、他の誰と一緒でもいいから時間を共有しまくる。
これがラブコメなら負け確だが、現実はこれが正解。
いきなり告白されても喜ぶのはフィクションだけだ。
(にちゃにちゃにちゃにちゃ……)
大和とヒュヘルムネーをおかずにして、一家は楽しく朝食を食べていた。
今日もつらい労働が待っているけど、きっと頑張れるだろう。
だって帰ってきたら、またこれが見れるんだから。




