最高の時間
都内でライブを見に行くと言われても、ヒュヘルムネーはもとより大和もイマイチ実感が湧かなかった。
なにせ本当に音楽が好きでもないと行かない場所である。調べることもないだろう。
なので都内のライブ会場と言われても想像すらできなかった。
なんかステージがあって客席があって~~、ぐらいの適当な想像しかできなかった。
いざ目的地に向かうにつれて『あれ、なんか人通りが多いぞ?』となって、ライブ会場(笑)が思ったよりも大きくて……。
そして入り口が『関係者専用』であったことで、思ったよりもヤバい情況だと理解せざるを得なかった。
「……あのさ、ここは大丈夫なところ?」
「本当に俺たちが入って大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。私の実家が、今回のライブのスポンサーってだけだから。だから気にしないで」
(気にするよ……)
クロリス的には『家族が行けなくなった分のチケットを友達に融通した』という認識なのだろう。
実際その通りなのだろうが、VIP席に案内されるのは気が気でなかった。
(VIP席に行くんだったら、ヒュヘルムネーの服を変える必要なかったんじゃ?)
(正装の方がよかったような気がしてきた……)
ある意味当たり前だが、VIP用の席に案内されるとはいえ、通路のすべてが高級ホテルのようにキレイになっているとか、そういうことはなかった。
座席が広く、ステージに近いが、その程度であった。
入口などが違うだけで、基本的には『お高い席』ぐらいのものかもしれない。
だが周囲にいるのはエコーやオルプネの両親のような、大物たちなわけで……。
革ジャンとデニムだと居心地が悪いかな~~と思っていた。
思っていたら、他のVIPも同じような服装だった。
古い言い回しだが、ちょい悪親父のようにラフな格好をしている。
その一方で顔は純粋に音楽を楽しみに来ている顔をしている者ばかりであった。
そうでもなかったら、出資しているとしても現場で直接観ようとは思わないはずなので、自然なことかもしれない。
(大和君、私怖い……)
(大丈夫だ。周りの人だって、別に俺たちを品評しようっていうわけじゃない。ライブを聴きに来ただけなんだから、黙ってれば終わるって……とはいえなあ)
大和は少し恨めし気にクロリスを睨んだ。
「こういうところに連れてくるっていうんなら、先に言ってくれ」
「何言ってるの? 変なところに行ったら、それこそ何が起きるかわからないじゃない」
「……おっしゃる通りでございます」
クロリスの言葉に大和は全面的に同意する。
いくら日本とはいえ、不安全な時間帯や場所は存在している。
生の音楽を聴く場所ともなれば、普段よりも興奮している状態の者が多い。
トラブルも通常より起きやすいだろう。
(電車の中でさえアレだったんだ、ライブ会場に行けばクロリスやヒュヘルムネーはどうしても目立つ。それならこのチョイスは賢明だなあ……)
仮に『パッとしないマイナーバンドのライブ』にクロリスとヒュヘルムネーが向かったとしよう。
ヒュヘルムネーは楽しめないだろうし、クロリスはバンド側から『コイツは俺より音楽が上手なんだよな……!』と不快感を覚えられるかもしれない。
だがこれだけの会場でライブを開くバンドなら、そういう事は起きないだろう。
そう思っていた時である。
ドームほどの大きさがある会場内の照明が一気にパワーダウンした。
無明ではないが、一部の非常灯以外は一気に消えたのである。
少し不安に思ったヒュヘルムネーは、ついつい大和の袖をつかむ。
大和は不安に思う彼女の手を、掴まれている腕の反対側の手で握ってやった。
(大丈夫、ライブが始まるってだけだから……)
(はわわ……よ、よし!)
ほどなくして、スポットライトと共に『アイドル』が現れる。
数名の男性を見て、大和とヒュヘルムネーは納得した。
『みんな~~~! 今日は来てくれてありがと~~!』
メジャーデビューしてから20年以上現役。
三人が生まれる前からアイドル活動を続けている、正真正銘の本物、大ベテラン。
町中を歩けば彼らの写った広告を見ない日はなく、彼らの存在を知らない者はいない。
ヒュヘルムネーですら知っている、全世界に名を轟かせている現役のレジェンドであった。
(あ~~~)
大和にとって、彼らがライブを開くのは普通のことであった。
テレビやネットでは、『彼らがライブを開いて、大勢のお客さんが盛り上がりました』というニュースを頻繁に見る。
その一つに自分が来ただけだった。
これから彼らは自分の良く知っている曲を歌っていき、トークショーもして、最後には物販をして、解散となるのだろう。
ああよかった。
全然趣味じゃない曲を聴いて苦笑いしながら時間が過ぎることを待つ、なんてことは無かったのだ。
ヒュヘルムネーもまた同じような認識である。
新しい音楽に触れることはなく、定番となった音楽を聴いて楽しく過ごすのだろう。
そう思っていた。
※
ーーー世の中には、アイドルなんて歌って踊ってトークして握手していればいい楽な職業。そう思う者がいる。
あながち間違いではないのかもしれない。
だが逆に言えば『それだけ』で多くの人々を熱狂させ、魅了させ……それを持続させなければならない。
あまたの競争相手が現れ続ける消費社会で、それを堅持し続けられる大ベテラン。
その力を二人は甘く見ていた。
※
アイドルが踊る、歌う、弾く。
火薬がはじける、閃光が走る。
観客たちが熱狂し、歓声を上げ、ライトを振り回す。
一時代の覇者という言葉すら不適当な時を超える偶像たちが生命を全力で盛り上げていく。
大和もクロリスも、ヒュヘルムネーも、周囲の大人たちも、その熱狂の渦に飲み込まれ、その一部、渦の一滴となっていた。
誰もが熱狂している。統率された熱狂であり、大騒ぎであった。
CD音源でもレコード音源でも、ネットの高音質であっても再現不可能な生の歌。
大観衆の地響きよりも強く、彼らの歌の衝撃が大和たちを揺さぶり続ける。
脳を焼くどころではない、全身が震えるどころではない、魂に刻まれる。
純度百%、濁りなし。隣に誰がいるのかも忘れる音楽体験。
最後には剛腕なことにマイクすら使わないアカペラのラブソングを熱唱し、それをもってカーテンコールとなった。
観客たちは大満足し、隣にいる友人や仲間と語り合いながら退出していく。
それぞれが帰っていき、自宅で眠りについていく。
ヒュヘルムネーも大和もクロリスもライブの楽しさを語り合いながら芦原家に帰り、その感想を家族に語って、部屋に入って、心地よい疲労に身を委ねて眠りにつく。
(……あっ、何も進展してない!)
ヒュヘルムネーは寝る間際に正気に戻るのだった。




