自分ができないことをできる人
今回は短いです。
申し訳ありません。
着替えを済ませたヒュヘルムネーと共に、一行は都心へ向かっていった。
夕方ごろから始まるライブに向けて、電車で移動していたのである。
当然ながらかなりの人が乗車しており、椅子に座ることができず、立つことになっていた。
それでもヒュヘルムネーは上機嫌であり、時折トンネルを通りすぎるときに鏡となるガラスに自分と隣に立つ大和を写してご満悦であった。
一方でクロリスも音楽を聴きながらノリノリでリズムを取っていた。
今までは聞いていても罪悪感を抱えていた『ゲームのBGM』を、正しく聞いて楽しめていたのである。
そんな二人のそばに立つ大和であるが、奇妙な視線を感じて周囲を見回していた。
明らかな苛立ちの眼が、クロリスに集中していたのである。
それも一人や二人ではない、もっと大勢の視線が彼女に集まっていた。
全員ではない。
しかし一定の数が、彼女に敵意を向けているのだ。
(この辺りを通るってことは、音楽関係のヒトか、それを志望していた人も多いってことか……)
大和は『日本人の闇』を知っているからこそ、視線の根源に気付いていた。
ーーー純然たる事実として、ナパイアイはヒューマンよりも音楽面で優れている。
楽器の演奏など最たる例だ。ヒューマンでは何年も練習をしなければまともな演奏ができないが、ナパイアイはほんの数回練習するだけでマスターできる。
それも一つの楽器が得意とかではない。複数の楽器をあっさりと使いこなせるのだ。
国交を結んだ当時、日本人の多くは驚いた一方で受け入れた。
なにせ見るからに種族が違うのである。それぐらいの差異があっても何もおかしくない。
だが音楽関係……の仕事に就こうと思って就けなかった人たちにとっては度し難いことであった。
自分たちがどれだけ努力しても到達できなかった場所に、彼らはあっさりと到達する。
自分たちがどうあがいても勝てなかった『現役の音楽家』を軽々と越えていく。
種族が違うんだから、レギュレーションが違う。そもそも競争相手として不適当だ。
そもそも飛べる事の方が凄いだろ。
だいたいお前たちは日本人同士の競争で負けたじゃないか。
などなどの正論は彼らに届かない。
自分が頑張ってもできなかったことをあっさりできる者がいる、というだけで憎悪の対象になる。
(SNSで何もしていない異種族を叩くバカがいるけども、まさか自分がされる側に立つとはな……)
故郷を腐すことは辞めた大和であるが、こういう明らかに悪い点を見て見ぬふりはできなかった。
気持ちがわからないわけではない。
自分の場合だったら受け入れられるか、という事だ。
自分には留学という夢があった。
自分の場合はなんだかんだ言って留学ができている。
だがそれが様々な理由で叶わなかったら?
それをあっさりと、何の努力もなく達成している誰かがいたら?
憎悪を抱かずにいられるだろうか。
それは難しいとわかる。
だからそこまでは許容する、観て見ぬふりをする。
そもそも一々突っかかっていたら、かえって良くないだろう。
だからこそ大和は冷静に対応する。
「クロリス、少しいいか?」
大和はクロリスのヘッドホンをずらして、耳元で声をかける。
「ん、どした?」
「お前のことを撮影しようとしている奴がいる。対処するから少し我慢してくれ」
「ああ~~、晒すって、やつ? 私は気にしないよ」
「俺が嫌なんだよ。お前が悪いことをしていたんなら、通報するとか注意するとかも仕方ない。だけど今のお前はマナーを守って乗車しているだけだ。そんな友達が晒されるのは気分が悪い」
「……大和は私を口説く気なの? 女子向け漫画の男子気取り?」
「過激なことはしないって」
なお、二人の内緒話をそばで観ていたヒュヘルムネーは大いに慌てていた。
「え、え、急接近!?」
だが彼女はさらに慌てることになる。
何と大和はクロリスの肩を抱くように手を置いた。
もう片方の手でスマホを手にして、周囲へカメラを向けたのである。
大和は動画も静画も撮影していない。
ただポーズを取っただけだ。
だが彼女へ敵意を向けていた者たち……やましいことを実行しようとしていた者たちは、慌てて視線を逸らした。
ナパイアイと親し気な男子が、『晒し』をしようとしていた自分たちを撮影しようとしている。
万が一のことがあれば、自分たちが逆に晒されかねない。
その想像が彼らを現実に戻した。
ナパイアイを叩くという行為を『自分』がしたと知れ渡れば、世間は自分たちをこそ悪と断じる。
そうなれば自分たちはどうなるか。
彼らは憎悪をひっこめていた。
知らぬ存ぜぬを突き通そうとしていた。
これでいい。
大和はそれで終わりにした。
それこそ女子向け漫画じゃあるまいし、一々大事にして暴力沙汰にまで発展するなど正気ではない。
さっぱり忘れて、ライブに行くべきだ。
「や、大和君……わ、私もいいかな?」
「ん? もしかしてカメラを向けられてるのか? 気づかなくて悪いな……」
「そ、そ、そ……そうじゃないけどさあ、私の肩にも、こう、守る感じで抱き寄せてほしいかなって……」
ちょうどそのタイミングで電車が減速を始めていた。
そろそろ駅に到着しそうである。
「ここで降りるから、話は後にしようぜ」
「そうだね。それじゃあ離れないで降りようか」
「そ、そ、そっかあ……」
自分が頑張っても達成できていないことをあっさり達成したクロリスを、ヒュヘルムネーは羨ましそうに睨むのだった。




