無限の猿理論
朝食を食べ終え、大和の家族は出社しにいった。
学生が冬休みであっても、社会人は仕事をしているのである。
申し訳なくも思うが、大和は学友二人と共に実家で過ごしていた。
早朝が終わり朝の時間帯である。
何をしているのかと言えば、クロリスがデジタルデータとして購入した名作ゲーム『テッカメン5外伝』をプレイしているので、ヒュヘルムネーと共に観ていたのだ。
観光客モードであるためストーリーは爆速で進行し、もうすでにラスボス戦であった。
『正義の味方の役柄を演じるテッカメンよ。ヒーロースーツで身を包み、我等が救った者たち……スケルトンを倒してきたが、お前たちは本当にそれがしたかったのか?』
『お前たちの力は『誰もが求める正義の味方』を演じることで、強大な力を得た。だがそれに何の意味がある? お前たちはスケルトンを倒してきたが、それが本当にやりたかったことか?』
『お前たちが守った者、救った者……大衆、愚民、衆愚は本当に救う価値があったか? 全員が善良だったか? 自業自得だと思ったんじゃないか? 嫌々救っていたんじゃないか?』
『強大な力を得ても、義務を負わされ、自分の思うように戦えないことに不満があったんじゃないか? お前たちも本当はスケルトンになりたかったんじゃないか? 最強になれなくていい。他人より強くなって、主張して、暴れたかったんじゃないか?』
『私の力で、君たちの本音を暴いてあげよう。さあ、剥き出しの気持ちを吐き出したまえ……私が君たちをスケルトンにしてあげよう!』
『俺たちは、いや、俺は……まずお前を殺したいね!』
『もうこの際スケルトンでもスーツアクターでもどっちでもいいから、まずお前を殺してすっきりしたい!』
『それが俺の本音だ! さあ、願いをかなえてもらおうか!』
『あ、いや……ちょっと待ってくれ……あれ、私は本当に、お前たちの本音を暴いているはず。なのになぜ、お前たちは私を殺したいと思っている? お前たちが私と戦ってきたのは、義務感からではなかったのか?』
『能動的に私を殺したい? 待て……おかしいだろう! 私は恨まれる覚えなどない!』
『ふざけんなボケ! 街でさんざんスケルトンを暴れさせたのはお前だろうが! ぶっ殺したいと思って当たり前だ!』
『スケルトンのせいで、俺たちが迷惑をこうむったんだよ! 市民がどうとかじゃない、俺たちがムカついたから倒したんだ!』
『ヒーロースーツを着ている時にしゃべっているのはキレイゴトだが、とっとと倒したいと思ったのは俺たちの本音だ!』
『それともなにか? お前はまさか……俺たちの本音を否定するのか? 今までさんざん他人へ『我慢しなくていい、本当にやりたいことをやれ』と言ってきたお前が……俺たちに我慢しろっていうのか!?』
『あ、いや、だが……私は、私を……待て、待て、想定外だ……』
『お前たちは本当に私を殺したい。建前だけではなく、本音で?』
『では私が今お前たちをスケルトンにした場合、君たちは私に襲い掛かってくる……』
『それは、困る……死ぬだろう……それは、イヤ、だな……』
『その、なんだ……ああ、そ、そうだ! 『我慢しなくていい、本当にやりたいことをやれ』と言ってきたが……他人に迷惑をかけるのは、ダメだろう?』
『脅したり、傷つけたり、壊したり、暴れたり……まして殺すなんて、やりたくても我慢するべきだと思わないか?』
『お前が言うな!』
ラストバトルが始まった。
さんざん扇動してきたラスボスが、欺瞞やダブルスタンダードを暴かれた。
プレイヤーに溜まっていた言いたいことが同調しており、ぶち殺してやろう、という気分は最高潮であった。
軽快且つ攻撃的なBGMはその気分を盛り上げ、クロリスが操作するコントローラーへの圧も高まっていく。
そのプレイを観ているヒュヘルムネーは、冷笑も失笑もできなかった。
「あんなことを言いだす人、いないよね……って言いたかったよ。今はいそうだなって思う」
「俺もだ。自己表現の自由をとか宣うのに、別の人間が騒音を鳴らしたら『近所迷惑を考えろ』っていう奴」
ナパイアイの迷惑行為を想うと、彼のような悪党がいないとは言えない。
あるいは先ほど迷惑行為を行っていたナパイアイたちは、自分たちこそが被害者だと思っているかも知れなかった。
「……お、おお、おおおお! クリア~~!」
観光客用モードであったためか、クロリスはあっさりとラスボスを倒してゲームクリアしていた。
スタッフロールも流れていく中、BGMは日常への回帰と一切の問題が終わったことを現す穏やかな音楽であった。
それに聞き入るクロリスは、ふうと息を吐き『総合電子楽器タブレット』を操作して演奏を開始する。
電子ピアノと同様に、様々な楽器の音を出すことが可能なタブレットを手早く操作すると、自分用にヘッドホンをつけて『静か』に演奏していく。
周囲は聞くことはできないが、さぞ上手に違いない。
まあ、聞くことができないので、観ているこちらは面白くないのだが。
「……なんか、テレビでも見る?」
「うん、おねがい」
今までクロリスが占領していたテレビを通常の放送視聴に切り替える。
年末年始なのでトーク番組なども多いのだが、さすがにそれは日本初心者には面白くないので変えていくと『教育番組』に切り替わっていた。
博士型のキャラとマスコットが、歴史や世界地図と一緒に話をしている。
『大昔に、日本は地球という遠い星にあったんじゃよ。じゃがある日なぜかこの世界へ来てしまったのじゃ』
『へえ、そうなんだあ』
『日本は他の国と平和的に接触し、国交を結んだんじゃよ』
『戦争っていう悲しいことは起きなかったんだね』
『うむ。そして日本はこの世界でいい方向に変化を与えていったんじゃ』
日本に訪れた異世界の重鎮たちが科学文明に驚き、感動していく当時の映像が流れていく。
以前の大和はこういうのが嫌いだったのだが、今は嫌いではなくなっているらしい。
そのきっかけがオルプネというのは残念だが、ヒュヘルムネーにとってもイイことだった。
誰かの悪口を言うところを見るのは、正直嫌なものである。
「ん……」
だが大和の顔は曇っていた。
「え、どうしたの、大和君! またこういう番組が嫌いになっちゃったの!?」
「嫌なんて言うか……これさあ、ヒュヘルムネーやクロリスにとって、あんまりいい気分ならないんじゃないか?」
番組内では当時の日本が世界に与えた影響をこれでもかと語っている。
その内容におそらく嘘はないだろう。
だが日本をほめすぎていて……蛮地に文明をもたらした文明人、であるかのような言い回しにも聞こえてきた。
近くにヒュヘルムネーやクロリスがいる状況だと、正直申し訳なく思ってしまう。
「そんなこと気にしなくていいよ! だってこれ、日本の番組でしょ? 日本をほめるなんて普通じゃん!」
「いやまあそうだけどさあ、当時の日本が食うに困って、必死で国交樹立を目指したこととか、こう……そういう情けない話をしていないだろ? 偏向というか、美化というか……」
「だから気にしすぎだって! 私はそんなことを怒ってないよ! 番組の内容だって、別にドリュアデスの国を貶めているわけじゃないし……」
『ドリュアデスの国には大きな図書館があったのじゃが、戦争によって多くの本が失われてしまったのじゃよ』
『それは悲しいね、戦争はやっぱり駄目だね』
『うむ。そこで日本はドライアード王朝から送られた本を写して、アレクサンドロス学園の図書館に寄贈したのじゃよ。アレクサンドロス学園の本は、ほぼすべてが日本から送られたものなのじゃ』
「ええ!? そうだったの!?」
(俺も最初は、こういう番組で知ったんだったな……)
隠されていた真実を知って驚愕するヒュヘルムネー。
内容的に『戦争はおろかなことだね』と言っているのだが、自国ではなく他国に対して言っているので、侮辱していると取られかねなかった。
そうでなくとも、不愉快にしてしまいかねなかった。
『日本は当時から音楽文化も盛んでな。多くの国の人が音楽に触れて『日本の音楽は最高だな』とほれ込み、沢山のレコードや楽譜を購入してくれたのじゃよ』
『あれ? ナパイアイは音楽が得意なんじゃなかったの?』
『ナパイアイは音楽が得意なのじゃが、作詞作曲は苦手で、一般受けする音楽を作れなかったのじゃよ』
「やっぱ番組変えよう……」
「もう消すぞ」
ものすごく空気が悪くなってしまったので、大和はテレビの電源を落とした。
部屋の空気が悪くなったのを感じたのか、クロリスは演奏を止めてヘッドホンを外した。
「どうしたの?」
「あ、いやな……日本スゲー系の番組で、ナパイアイの国や文化をサゲる話があったんだよ。正直、聞いているこっちが申し訳なくなってきたんだ……」
「うん、クロリスにとっては不快だよね……」
日本が好きだとしても、自国を腐されては面白くないだろう。
二人は事情を説明しつつ、へこんでいた。
「ああ。日本がいなかったら世界に音楽は普及していなかったとか、そういう話? 事実だから気にしてない。そういう勉強もしているしね」
クロリスはあまり気にしていない様子であった。
たとえるのならサッカーに興味がない人が『お前の国サッカー弱いよな』と言われた程度の反応であった。
彼女は音楽を愛しているが、自国へのこだわりはそんなにない様子である。
あるいは、事実だから受け入れているのかもしれない。
「だいたい、事実を言っているだけなんだから、怒ったり反論するのはダサいよ。自国の音楽分野を発展させてから『この通りだが?』って証明して初めて言い返せるでしょ」
「おお……」
大和は思わず拍手を送る。
実に格好いい。
これを言えるのは、彼女の強さだろう。
「というか……ナパイアイって音楽が得意なのに、作詞作曲が苦手なの?」
「数字的にそのとおり。高名な音楽家がたまに現れるけど、日本のようにヒットソングがたくさん出たりしないぞ」
タブレットを叩き、クロリスは説明する。
「日本ならこういう安い電子楽器も買えるけど、異世界側だと高い普通の楽器しか使えないでしょ? 当然その手の楽器に触れる層は限られるから、母数が違う。その上発表するのも、聞くのも、ネットでどうとでもなる。才能が発見されやすいし、評価を受けやすいのよね。こういうところは科学文明の強みってところ」
「ふうん」
「だけど、それだけじゃない。そう、それだけじゃないんだよねえ」
クロリスは音楽史、文化史を学んだ。
なぜ日本には多くの文化が花開いているのか?
科学文明だから、作成や発表のハードルが低いから、生活に余裕のある層が多いから、買う人が多いから。
それは確かに前提条件である。
だがそれを満たした『国』が必ずしもそうとは限らない。
「音楽に限らず文化を実らせようと、努力する時代はあったらしい。資金や人材を多く投入するとか、沢山広告を出すとか、外国から教師を招くとか、そういう話は『地球』にはいっぱいあったらしい。だけど十分な成果が得られることは少なかった。なんの成果も得られない、ってわけじゃないけどね、それでも必ず成功するわけじゃなかった。それも事実」
「……一応言うけど、日本だってやることなすこと全部大成功ってわけじゃないぞ?」
「それも知ってる。いい話だよねえ……」
ーーーたとえば漫画。
大昔から『宣伝が良ければつまらなくても売れる』とか『大御所が描けばつまらなくても売れる』とか、他ならぬ漫画家が描くことはしばしばであった。
彼らがなぜそのような作品を発表するのかはわからないが、そういう説があったことは事実である。
だがそのような話は間違っていると、多くの反例によって否定された。
宣伝しても、画が上手でも、大御所が制作を担当しても、大会社が発表しても。
必ずしも売れるとは限らなかった。多くのリソースを尽くしても名作が出来上がるとは限らなかったのだ。
「それのどこがいい話なの?」
「成功の仕方がわからないことのどこがいいんだ?」
「名作の作り方なんて、無い方がいいに決まってる!」
クロリスは力説する。
「私が感動した音楽が! その作り方の秘訣が! 金をじゃぶじゃぶぶち込んで、人材を雑に投入しまくって、それで大量生産されたものなのだとしたら、がっかりだ! 誰でもそのやり方をなぞれば作れる必勝法があったら……ぞっとする! 大量の猿に延々とタイプライターを叩かせてれば素晴らしい曲ができますよなんて……イヤに決まってるじゃん!」
自分が好きになった音楽は『研鑽を積んだ才人が苦心苦悩の果てに生み出した音楽』であってほしい。
絶対に上手く行く方法がなくても、それでも諦めない人。
それが彼女が夢に描くレジェンドたちなのだ。
そうであってほしいのだ。
「……ナパイアイにも作詞作曲ができるようになりたいって思って、日本へ留学した人はたくさんいたらしいんだよ。だけどたくさんの名曲に触れて、挫折する、諦める。すでに大量にある名曲に触れれば触れるほど、これらに負けない名曲を生み出せると思えなくなる。なんなら、これから先、現状の名曲リストに追加分が生まれると信じられないってね」
音楽のセンスに優れるからこそ、既存の名曲に押しつぶされる。
バカが『あれぐらい俺でも作れる』と言うのの逆だ。
自分でできるはずがないと諦めてしまう。
何をしても過去作の類似品、模造品、劣化品にしかならないと諦める。
「だけど日本人は諦めない。だから今も名曲が生まれ続ける! 凄いよねえ……その情熱に触れたいよねえ!」
日本人はできると信じて打ち込む。その多くが脱落する中で、輝く者が抜きんでてくるのだ。
それを彼女は尊いと思うのだ。
(……やっぱりクロリスは、委員長やオルプネ、エコーとは違うなあ。こう、夢に向かって邁進している感じがある、尊敬できる)
(あれ、大和君、またクロリスに感動している!?)
そんな彼女を日本に連れてきてよかったと大和は思い、ヒュヘルムネーは危機感を覚えるのだった。
「ということで! お昼ご飯を食べたら、みんなでライブを見に行こう!」




