ガリバー旅行記には空飛ぶ島が登場します
日本、年末年始、冬の早朝。
まだ本格的な出勤時間ではないのだが、住宅地だからか、ちらほらと出社している人が見える。
そのような中で、大和はヒュヘルムネーと共に歩いていた。
その表情は沈痛なものである。
「あ、あのさあ、大和君……もしかしてなんだけどさ、私と一緒に買い物……イヤだった?」
先ほどの母親との問答を聞いていれば、ヒュヘルムネーが不安になるのも無理はない。
あれだけ嫌がっていれば、自分と買い物をするのが嫌なのでは、と思ってしまうだろう。
彼女は大和と少し距離を取って質問をしていた。
「ん~~……いや、そういうのはないんだ」
大和はふと、小さなスペースを見る。
住宅地の隙間にある、小さな公園。
遊具らしいものがほぼない、公園と呼ぶことにも問題がありそうなスペース。
大和はそれを見て、中学時代を思い出していた。
中学の時、彼はここで筋トレをしていた。
そんなことを思い出して、話そうかと思って、そんなことを言われても面白くはないだろうと考える。
この辺りは住宅地だ。
ここで暮らしている人は相対的に上流なのだろうが、だからといって面白いものがあるわけではない。
彼女にとってここは、何の意味もない土地だ。
ここを案内することに意味を見いだせなかった。
「まずさあ、俺は父さんと母さん、それから姉ちゃんを大事に思ってるんだよ。なにせ留学させてくれてるからね」
(クロリスと同じようなことを言ってる……)
「その三人はもう少ししたら仕事に行くんだよ。一緒に朝メシを食べるんなら、買い物をするって言ってもそんなに時間は取れないんだ。買う必要がないってのに、大慌てでコンビニに行くのは申し訳なくてさあ……」
「あ、ああ! そっか、そうだよね! 私の実家も仕事に行く父さんと兄さんが基準だもんね! まだ早くても一緒にご飯食べてたよ! そうだよねえ、働きものさんが偉いもんねえ!」
道中面白いものはなく、コンビニでの買い物も時間制限あり。
大和は気が引けていた。
これなら誘わない方がよかっただろうに。
「と、と、と……ところでさ! 私がホットミルクが好きなこと、良く覚えててくれたね!」
「昨日ジャズ喫茶で飲んだばかりだから覚えてたんだよ、大したことじゃないさ。それとも一々見てて気色悪かったか?」
「ぜんぜん、気にしてないよ……!」
ヒュヘルムネーは小走りで距離を詰めつつ、大和と話し始めていた。
だがいきなり話題が尽きてしまった。
とても話したいことを言ったら、あとが続かなかった。
数秒の沈黙。
悪い意味での沈黙だった。
何か話さなければ、と焦るたびに、言葉が詰まる。
話しかけてくれれば、と大和の方を見る。
彼は無言で、しかしヒュヘルムネーの方を頻繁に観ながら歩いていた。
彼は異国に来たばかりの自分のことを気にしていて、しかし話しかけすぎていやな思いをさせないようにしていて、そして離れすぎないようにしていた。
きっと、これから行くコンビニという小売店でのことを考えているのだろう。
多くの商品が売っている中で、自分が決めあぐねたときにどうするか考えているだろう。
場合によっては何も買わずに帰り、かつ、どう伝えれば自分が傷つかないのかも考えているはずだ。
そういう彼だからこそ、自分のためにゼリーやらプリンやらを昨日のうちに買ってくれたのだ。
ミルクや紅茶の在庫も観てくれたのだ。
彼は問題を先送りにせず、速やかに取り組んでくれる。
本当にすごい人だと思う。
(よく考えてみれば、コレって素敵だよね)
好きな人と一緒に道を歩いている。
それだけで十分素敵ではないか。
クロリスがいない、二人っきりの時間。
自分の殻に閉じこもっていてはもったいない。
彼のそばに近づいて、周囲を見よう。
またいつか、ここに来た時。
ここをあるいている時に、この瞬間を思い出せるように。
その思い出が幸せであるように。
そうして周囲へ気を配っていると、変なものを見た。
ナパイアイの少年が、道に何かをばらまいている。
鳩が飛んできて食べているあたり、おそらく鳥の餌と思われる。
多くの鳩が集まったところで、ナパイアイの少年は『トランペット』を取り出していた。
何を想ったのか、その道でトランペットを吹き始めたのである。
多くの鳩が飛んでいく中で、彼は満足げに演奏を続けていた。
「うわあ……」
大和は呆れた顔でナパイアイの少年を観ていた。
とても上手に演奏しているのだが、その眼は冷たい。
「え、え、なに?」
「アレはとんでもなく有名な映画のワンシーンのマネなんだよ……」
「じょ、上手だね……」
「いくら上手でも、町中で鳩にエサをばらまいて、朝っぱらからトランペットを吹かないでほしいよ。普通に迷惑だって」
案の定、周辺の住宅から通報されたのだろう。
警察の方が走ってきて、その少年に注意をしていた。
鳥にエサをやらない。町中で演奏しない。
看板にあらゆる言語で書いてある注意事項を指さしながら注意していた。
そうしていると、彼の保護者であろう大人のナパイアイが走ってきた。
彼の気持ちとしては飛びたいのだろうが、マナがないので走っている。
「お前は! 何を、やってるんだ~~~! パスポートが失効したら……私が来日できなくなったらどうするんだ~~!」
「だって~~……」
「だってじゃない~~~!」
ものすごく切実に訴える親。
警察にもめちゃくちゃ謝っていた。
「ん……今確認したら、昨日の夜に放送されてたんだな。だから真似したくなったんだな……こりゃ、他のナパイアイもやってるかもな」
大和がそう口にした時である。
様々な方向から、大きなトランペットの音が聴こえてきた。
全員が調子を合わせているわけではないので、もはやノイズであった。
一人一人は上手でも、大勢が思い思いに演奏したら、ただのノイズであった。
一人がルールを破ればみんながルールを破る。
世間は厳しくないとダメなのだ。
「……いそいでコンビニに入ろうぜ」
「うん」
ナパイアイのクロリスは言った。
音楽にはパワーがあると。
であれば今聞いている曲を、実際の映画のワンシーンで聞いたら、今の情景が浮かんでしまうのではないか。
まさにノイズとして、脳にしっかりと刻まれてしまったかもしれない。
(大和君と二人っきりで歩くたびにこの状況を思い出したら嫌だな……)
四方八方から耳に入ってくる迷惑な騒音に顔をしかめつつ、彼女は走るのだった。




