無駄に優秀な奴ら
大和が二人の女子を連れて帰ってきて、その翌日、早朝である。
芦原大和の母は、朝食の準備をしていた。
彼女は母親ではあるが、主婦ではないので、朝食を作るのが仕事というわけではない。
普段は決まった時間に集まって、それぞれが炊いたコメとインスタントみそ汁、そして前日の残り物をレンジでチンして食べている。
お世辞にも凝っていないが、家族がそろって食べているのだから十分暖かい朝食であろう。
だが彼女は凝った朝食の準備をしていた。
インスタントに頼らずみそ汁を準備し、魚まで焼くつもりであった。
なにせ今日はお客さんが来ている。
食事に興味がないとしても、普段通りというのは心苦しい。また、彼女自身の気が乗っていることもあった。
(うふふふ……あのドリュアデス、ヒュヘルムネーちゃんは、どう見ても大和にホの字よねえ。あのままくっつけば、今後も面白そうよねえ)
芦原家は安定しているが、だからこそ毎日が退屈である。
いいことなのだが、なにがしかのイベントが欲しいと思っている。
もちろんいいイベントであるに越したことは無い。
(こうやって私が料理をしていたら、ヒュヘルムネーちゃんは私のところに来て、手伝います、とか言ってくるかも……だといいわねえ)
味噌や出汁の準備をしていると、後ろから足音が聞こえてきた。
おお、と期待しつつ振り返ってみれば……。
「大和のお母様! 私も朝食づくりをお手伝いさせていただきます!」
「あ、あら、クロリスちゃん……貴方なのね」
羽毛に覆われた音楽家クロリスがやる気をみなぎらせつつエントリーしてきた。
思った相手と違うので、ついつい戸惑ってしまう。
「えっと……日本の朝食つくりに興味がある、とかじゃないわよね?」
「はい! そっちの興味はありません! 私はただ、お母様の手伝いをして、気に入られたいだけです!」
母が求めていない理由でのお手伝い参加であった。
「大昔には日本の民間でも、ホームステイという文化がありました。ですがナパイアイを含めた異世界側からの留学生の一部が舐めた態度を取った結果、ホストファミリーになりたがる家庭や斡旋する業者も減っていき、ついには法規制されたとか……一部のバカのせいで、多くの者が迷惑をしているのです。同じ過ちを私がするわけにはいきません!」
(ホームステイとかホストファミリーとか、ちゃんとカタカナ英語でしゃべっているわね。すごいわ……いろんな意味ですごいわ)
クロリスは一般的な観光客と違って、翻訳用のグラスとAI端末を持っていない。
旧時代のように、自力で日本語を学んで、自分でしゃべっている。
もちろん文字や文章も読める。
あらためて、すさまじい努力家であった。
ならばこの熱意も無下にはできない。
「まあそういうことなら、どうぞ……」
「ありがとうございます! ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
(やっぱりこの子、面接の指南書とかを参考にしているわね)
息子のことを好きでも何でもない他所の娘さんと並んで料理をすることに少し戸惑いつつ、母は料理を再開しようとした。
『あああああ~~~! クロリス、そこ替わって!』
そこでどたどたと足音を立てつつ、ヒュヘルムネーが走ってきた。
身支度にそれなりの時間をかけていたのだが、途中でそれを放り出して走ってきたと思われる。
『大和君のお母さんと一緒に料理をするのは、私なの! 私がやりたいの! お願い、替わって!』
よほど慌てていたのか、翻訳用のセットをつけていない。
そのため彼女が何を言っているのか、母にはわからなかった。
『だめ』
なお、クロリスはある程度聞き取れている模様。
彼女はたどたどしいドリュアデス語で断っていた。
『何でよ~~! いいじゃん、替ってよ~~~!』
『だめ』
『理由を教えてよ~~!』
『これは旅行に行く前のことです。私はクラスメイトから言われました。ヒュヘルムネーは大和が好きだから、邪魔しないようにして。私は了承しました』
『じゃあ替ってよ!』
『私にとって大事なこと。貴方は大事。ですが大和のお母様、もっと大事。請け負ったのに放り出すと心象悪くなる。ダメ』
『うぐぐぐ……凄いまとも……!』
『分かっていただけて幸いです』
『クロリスはさあ! もっとこう、自分の特技を生かしてさあ、私と競合しないように振舞ってよ! 歌とか演奏とかで機嫌を取ろうとしてよ!』
『バカ。朝食の準備をしている後ろで音楽。TPO。逆に嫌われる』
『確かに……』
言い争う、というかやり込められたヒュヘルムネーがぐぬぬぬと黙っている。
(何を言っているかだいたいわかるわ……脳内再生余裕ね……)
母は何を言っているのかわからないが、英語で吹き替えられた日本アニメを見ている気分であった。
とはいえ、このままでは朝食が作れない。
彼女はこの後出社しなければならないのだ。
できるだけ早く、穏便に話を終わらせたい。
(どっちも引かなそうね……どうすればいいかしら)
悩んでいるところで、もう一人が台所へ歩いてきた。
「何か騒いでいるみたいだけど、どうしたんだ?」
芦原大和であった。
※
大和が来たことで、ヒュヘルムネーはさらに慌てて、翻訳用セットを身に着けてきた。
その間に大和はクロリスからある程度話を聞いて、状況を理解した様子である。
「ああ、そういうことか」
(どこまで話したんだろう……)
「そういう事なら俺が母さんを手伝うよ。お客さんに飯を作らせるのは気分が悪いしな」
(どういう話を聞いてたの!?)
ずれ切った結論を聞いて、ヒュヘルムネーはずっこけかけた。
「なんでそうなるのよ……」
「いや、普通にダメじゃないか? お客さんにメシを作らせるような躾、俺はされてないぞ」
「そうだけども……クロリスちゃんもヒュヘルムネーちゃんも、納得しないわよ」
「だけどさあ、二人が料理をしているのに、俺が何もしないってのは嫌だぜ」
「くう、教育が成功していて損をするなんて……」
男子厨房に入らずなどという古い風習を持ち出してサボりたがる男子も多い中、大和は積極的に家事へ参加しようとしていた。
そのせいで余計に話がややこしくなっている。
「いい、大和……ぶっちゃけて言うわ! 今更あなたと一緒に料理をしても私は楽しくないの! ヒュヘルムネーちゃんを弄りながら一緒に料理をしたいの!」
「それを聞いた俺としては、ヒュヘルムネーと母さんを一緒にしたくないんだが……」
本音をぶつければ事態が一気に改善するかと思いきや、そんなことは無かった。
むしろ大和の態度は強固になっていた。
これにはむしろヒュヘルムネーが困ってしまう。
「あのね、大和君。私の実家だと、お父さんもお兄さんも厨房に入らないよ。どかっと机の前に座って、堂々としているよ。それでも私も姉さんも母さんもおばあちゃんも文句を言わないよ! それでいいって言ってるよ。そんな私の家は変かな? 変じゃないよね? だから大和君にもどかっと座っててほしいな」
「ヒュヘルムネーのお父さんとお兄さんはめちゃくちゃ大変な農作業を頑張っているじゃないか。そんな二人と俺を同じように扱わないでくれ」
「うぐぐ……凄くいい返し……」
誠実に返事をされると、ヒュヘルムネーはメロメロしつつ困ってしまった。
「……そうだ、大和! アンタはヒュヘルムネーちゃんと一緒にコンビニへ買い物に行きなさい!」
ここで母親は妙案を思いついた。
これならクロリスの要望を聞きつつ、ヒュヘルムネーのためにもなる。
「今から? 何を買って来いっていうんだよ」
「そこは、ほら……アレよ。ゼリーとかプリンとか、クロリスちゃんやヒュヘルムネーちゃんが食べそうなやつ!」
「それなら昨日のうちにもう買ってあるよ。冷蔵庫に入ってるだろ?」
「じゃあ唐揚げを買ってきなさい! お父さんとアンタが食べるでしょ!」
「それなら冷凍庫に冷食であっただろ?」
「なんでちゃんとチェックしてるのよ! それなら缶コーヒー買ってきなさい! ヒュヘルムネーちゃんとクロリスちゃんの分!」
「ヒュヘルムネーはホットミルク派だし、クロリスは紅茶だぞ。それはもう家にあるだろ」
「じゃあ、オルプネちゃんへのお土産で、シール付きのパンとかおまけ付きのお菓子とか買ってきなさい!」
「それももう買ってあって、異世界に持ち帰れる分と分別してあるぞ」
「面倒くさい! ヒュヘルムネーちゃんをコンビニに連れて行って、案内して、なんか買ってきなさい~~!」
留学しているだけにめちゃくちゃ優秀な息子。
しかし本当に優秀なのか疑わしくなるほど空気を読まなかった。
面倒になった彼女は、ヒュヘルムネーと大和の背を押して、ムリヤリ外へ出したのだった。




