飯テロ的展開
年末の日本。
年末特有の、職場の忙しさ。
あるいは年末商戦。
それらの盛り上がりは確かにあるのだが、住宅地は普段通りである。
東京都23区内にある芦原家も毎年の場合は普段とさほど変わりはないのだが、今日は特別なイベントがあった。
一家のリビングには多くのごちそうが並んでおり、大和を待つ家族たちはニマニマと笑っている。
そんな中、ピンポンという音と共に足音が聞こえてきた。
「ただいま~~!」
二人の異世界美少女を侍らせて、大和が帰宅したのである。
おかえり~~、と迎える三人の顔はいろんな意味を込めた笑顔であった。
羽毛を持つ種族ナパイアイのクロリス、光合成を行う深緑の種族ドリュアデスのヒュヘルムネー。
二人の美少女は、それぞれの民族衣装をまとって現れていた。
「紹介するよ、この二人は俺のクラスメイト。クロリスとヒュヘルムネーだ」
「ご紹介にあずかりました! ナパイアイのクロリスです! この度は滞在中お泊りさせてくださり、ありがとうございます!」
ヒュヘルムネーが反応するよりずっと早く、クロリスが練習しまくった就活生のごとき『作法』であいさつを始めていた。
「……短い間ですが、お世話になります! こちら、少ないですが、どうぞ!」
彼女は作法通りに、一定の間を取った後で『封筒』を渡した。
その中には紙幣がわりとぎっしり詰まっている。
つまり異世界の住人向けの高級貨幣ではなく、一般的な紙幣ということだった。
「ど、どうも、ありがとう……? ご丁寧に……?」
「あ、ああ。そんなに堅くなくていいんだよ?」
「そうそう、もっとこう、ソフトな感じがいいんだけど……」
想定していた状況と異なる第一声に、大和の家族は困惑していた。
だがクロリスは動じない。この状況も想定の範囲内だ。
(やっぱりビジネスライクは外れたか……でも良し。困ってるだけで、怒ってはいないし、あきれてもいない! 今すぐ帰れ以外は問題なし! よって成功!)
彼女は日本流の礼儀作法は学んでいたが、個人同士の作法に正解がないことも知っていた。
今の対応が正解になることもあるだろうし、状況によっては大和の家族もこの対応を好んでいただろう。
結果として好意的には受け止めてもらえなかった。
だがそれでいい。
この挨拶ならどんな相手でも『帰れ!』とは言ってこない。
堅いとは思われても、失礼だとは思われない。
そう想定したからこそ、彼女はそのように挨拶をしていた。
「あ、あの……私は、ドリュアデスの国から、来た……ヒュヘルムネーと、申します……っ!」
ここでヒュヘルムネーが、おっかなびっくり挨拶を始めていた。
「大和君のクラスメイトで、いつもお世話になっていて……大和君は、私の実家の父や祖母とも、その、交流……? が、あって……」
「ああ、そうなんだ。ヒュヘルムネーのご実家は農家でね。俺はそこで農業体験させてもらったり、昔あった戦争についての話を聞かせてもらってるんだ」
「そうなんです! わ、私の、家族も、大和君を気に入っていて……私も……」
大和は家族の方を向いているが、ヒュヘルムネーは大和に視線を向けていた。
大和の父母姉は、それを見て口角を釣り上げた。
そうそう、これこれ。こういうのがいいんだよ。
期待していた挨拶を見て、三人は一気に盛り上がっていた。
「そんなに堅くならなくていいんだよ。さあさあ、ごちそうを用意しているから食べようじゃないか!」
「ねえ大和! この子とどんな関係なのか詳しく教えてちょうだいね!」
「惜しいな~~! 貴方が成人ならお酒飲ませちゃうんだけどな~~! 惜しいな~~!」
湿り気のある少女をリビングに案内する、ねちゃねちゃしている家族。
こういうのを期待して大和を異世界に送り出して居るまであるので、大いに盛り上がりつつ迎え入れていた。
「ねえ大和君……私、変な子に思われてない?」
「大丈夫大丈夫。普通に好意的に受け入れてもらってるよ。それに、変なことがあったら俺がフォローするからさ」
「そ、そっかあ……と、ところでさ。クロリスが変な顔で観られてたけど、アレは?」
「アレも、思ったより堅くてびっくりしたぐらいだから、注意するほどじゃないから」
日本語を覚えるほどの猛者である。
この程度の事前準備は万端であった。
※
さて、歓待の食事が始まった。
オルプネの時は彼女が寝ていて最初は食事どころではなかったし、アトランティエに至ってはこの家に来ることもなかった。
今回は滞りなく歓待ができており、大和も一安心である。
「改めて思うけどさあ。オルプネと委員長は最悪だったよなあ。我ながら、良く投げ出さなかったもんだよ、マジで。これが普通だってのに、物凄く新鮮だもん」
「こら、大和。そういう陰口は言わない方がいいわよ? 目の前の女の子の好感度が下がるわよ?」
「そうそう。せっかくなんだから、もっと好感度の上がる話題をしなさい」
「なんで母さんと姉ちゃんが俺と二人の好感度を気にしているんだよ……」
ごちそうを食べながら、あらためてオルプネとアトランティエがダメだったのか語る大和。
母と姉はそんな大和を真顔で諫めるが、顔には『盛り下がること言うんじゃねえよ』という圧もあった。
「ヒュヘルムネーちゃんも、大和の口から別の子の話なんて聞きたくないわよねえ?」
「まして悪口なんて、幻滅しちゃうわよね?」
「こうやってはっきり言ってくれるのは、や、大和君のいいところでもあると思うんです。だから、その……あ、でも、やっぱり、あんまり、言わないで欲しいような気も……」
一方で父親は黙っていた。
(年上の男である俺が口を挟むのは悪手……何があるかわからない。よってここは静観が正解……見て楽しむだけに徹する……!)
にこやかに笑いながら、楽しそうな家族を眺めていた。
(幸いにして、ヒュヘルムネーがいじられている……注目が集まっている。良し……実に良し。私はこのままニコニコ笑って、話を振られた時に応えればいい。答える内容も準備している。よって何の問題も無し……現状維持こそ最適解)
なおクロリスも同じようなことを考えていた模様。
自分を気に入ってくれなくてもいい。
場が盛り上がっているのならそれでいい。
彼女は冷静に場を観ていた。
礼儀正しくて印象が薄い子、と思われてもそれでいい。
むしろそれが最適。
相手だってそこまで望んでいないだろう。
そのように、大和と女子三人の話が和やかに続く中。
リビングのテレビで『日本スゲー系』が始まっていた。
異世界各国のセレブ達が来日してきたことを報道している。
彼らはレポーターに対して……。
『日本は最高の国だ』『去年訪れて楽しかったので、また来た』『一度訪れたら、その魅力に取りつかれてしまったよ』
などと、メディア受けのいいコメントをしていた。
それを見て、大和以外の芦原家三人の空気が変わった。
ヒュヘルムネーやクロリスも同様である。
以前の芦原大和は、こういう『日本スゲー』を毛嫌いしていたのだ。
今は変わっているとわかっていても、ついつい緊張してしまうのだろう。
「へえ、もうこんな時期か。それじゃあエコーやその親御さんもテレビに映るかもな」
大和は普通だった。彼の成長が垣間見えた。
他の人が盛り上がっていることに不快感を覚えるという無駄な潔癖が解除されていたのだ。
ほっと一息つく。
彼がここで不機嫌になったら、せっかくの歓待が台無しになるところであった。
「エコー……その子もクラスメイトなの? アンタ女たらしねえ、女子とばっかり友達になってるじゃないの」
「馬鹿言うなよ。俺は男子とも仲いいよ。ただエコーって子は、両親と一緒に日本に来るって言ってたからさ。結構なセレブだし、取材されているかもと思ってね」
「それじゃあ見てましょうか」
エコーはオレイアデスの中でも上流階級、上の上側である。
日本に来ていれば、取材を受けても不思議ではない。
期待しながら待っていると、番組の一コーナーが始まった。
新出島とつながっている港の街の店で、食事している異世界の人々を映し始めたのである。
大雑把に言えば『スシ、テンプラ!』とか言ってリアクションしてくれている外国人を見て日本人がニヤニヤする、そんなコーナーであった。
『さあ、立ち食いソバ屋に入ってみましょう……! おお、異世界の方が来店なさっていますね!』
狭い店内で、オレイアデスの一家が必死でソバをすすっていた。
様々なトッピングが乗っている豪華なソバに全神経を集中し、家族同士ですらなんのコミュもせず夢中で食事をしていた。
その中に、エコーとその両親もいた。
『ずずず、ぞぞぞ、ずずず、ぞぞぞ!』
一周回って食欲がなくなりそうなほど、オレイアデスのエコーたちは食事に没頭している。
コメンテーターはそれを見て楽しそうにしていたが、クラスメイトである三人は少し引いていた。
「……え、エコーは楽しそうだな。楽しそうで何よりだ。きっとこの後は、本格派のテンプラ料理店とかに行くんだろうな。そこではもうちょっと落ち着いて食べる、よな?」
「そ、そうだよね! いまはちょっとお腹がすいている時だったんだよね! ほらこう、港のイベントでたくさん食べちゃって、船の中でも食べられなくて、だからタイミングがずれちゃった、みたいな!」
(一緒に行動しなくてよかったぜ……)
他の種族にカメラが向けば、そこでは常識の範疇で楽しそうに食事をしている家族もいた。
日本を楽しんでくれているのはいいのだが、もうちょっと肩の力を抜いてほしいと思わずにいられないのだった。




