三人だからできること
いよいよ日本本土に到着した三人。
それぞれが旅行用のカバンを持ち、港町を歩いている。
この点、人が己の荷物を持って歩かなければならない、という点に関しては異世界の方が勝っている。
どう言いつくろっても、『荷物』は慣用句同様に『荷物』だ。煩わしい。
スマホ一つにどれだけ機能を詰め込んでも、服などの『データにできない物』は手で運ぶしかない。これが科学文明の限界であった。
魔法文明ならば筋力強化やら使い魔やら縮小化やらで対応できる。
その不便さを、ヒュヘルムネーは味わっていた。
だがそれ以上に彼女の心を押しつぶしていたのは、日本という国の文明度であった。
曰く。
日本は山と森が国土の多くを占める島国だという。
一部の人口過密地帯以外は山森ばかりだという。
加えて建造物は人工石や鉄、木を用いているとも。
それらの写真は見たことがあった。
だが実物を見たのは初めてだった。
「す……ごい」
見渡す限り。
一軒たりとも、『住めればいい』という妥協でできた家が見えない。
どうやって建てたのかわからないほど高いビルは奇抜な構造をしており、ガラスが多くの壁を占めている。
無数の看板が道行く人に情報を訴えている。中には動画の看板、風船に釣られて浮遊している看板すら見える。
車も建造物同様だ。
荷物を載せて動けばいいというだけではない。
どう考えても不必要、それを通り越して不合理な構造をしている車……一般道を走るスーパーカーなども見えた。
異様なほどの無駄、華美、過多だった。
まさに文明の極致。飢餓と貧困が駆逐され、余剰分があふれて、必要分以上に世界を埋めている。
道行く人も同様だ。
誰もが日本人なのだが、来ている服は一様ではない。
誰一人として、全く同じ服を着ている者がいない。
地雷系やゴスロリ、新旧のコスプレ、かつて流行ったギャル、和服や学生服。
さまざまな『冬服』を着て歩く彼ら彼女らは、道を行くだけで自己表現を行っていた。
ヒュヘルムネーは自分の服を見た。
ドリュアデスの民族衣装である。
巨大な葉っぱを縫い合わせており、構造としては繊維を織って生地にしたというよりも、原始的な皮の服を思わせる。
小柄な妖精が葉っぱに穴を空けて着ているものを、少し複雑化させたようなものであろう。
これは一張羅であった。
彼女の祖母が今回の旅行に合わせて自分のために作ってくれたものだ。『授かってきな!』と激励しつつ渡してくれた、大切な晴れ着だ。
彼女はそれをうれしく思っていたが、今は恥ずかしく思ってしまう。
「ねえ、大和君。私、この服、変じゃないかな? 一緒に歩いていて、恥ずかしくない?」
「ん?」
重ねて言うが、大和は模範的な留学生である。
留学先の伝統的な民族服を侮辱するなどありえなかった。
「そんなことないぞ、とても似合ってる」
「そ、そうかな? お世辞じゃなくて? この国で新しい服とか買った方がいいんじゃないかな?」
「服を買いたいなら付き合うよ。だけど恥ずかしいと思っているのなら、それは気のせいだ。この国の人はバカじゃない。ドリュアデスの国から来たドリュアデスの人がドリュアデスの民族衣装を着ていても、誰も変だとは思わないよ」
「そ、そっかあ~~……」
大和は下心なく本音を伝えていた。
それがうれしくて、ヒュヘルムネーは顔を隠してしまう。
(ああ~~、好き!)
大和にメロメロなヒュヘルムネーは一気に調子を取り戻していた。
だがこの話はもう終わってしまった。
まだまだ話したいのに、これ以上の伸ばしようがない。
二人なら話はここで終わらせるのがベスト。
ベストでもこんなもの。
しかしここにはもう一人いる!
「そ、そっかあ! よかったあ。変じゃなくて安心したよお」
いったん話を閉じる。
その上で、クロリスに話を振った。
「ねえクロリス、多目的室ではどんな音楽を演奏したの?」
「極東シリーズの名曲! 『最後に真犯人は自白した』よ! あああああああああ! あの、消費者をひたすら不安にさせ、音楽関係者には『コレ、本当に曲になるの?』という不安を与え、それを笑って飛んでいく、たぐいまれなるセンスの成せる神技! デジタル楽器で演奏して初めて正解と言える、神業……音楽界の偉人! 偉人の代表作の一つ! 味わえて、演奏できてよかった! あの名曲にして難曲を演奏できる力があってよかった!」
「そ、そっかあ。多目的室で楽しく演奏できたんだねえ」
「惜しむらくは誰も聞いてくれなかったこと……ま、あの早朝の時間しか予約が空いていなかったから、仕方ないのだけどね。その時間に起こすのは悪いし」
「クロリスは意外と常識あるよね」
「私を何だと思ってるんだよ」
ヒュヘルムネーがクロリスに話題を振れば。
「いやいや。俺も正直、思ったよりまともで安心しているとこだよ」
大和も乗ってくれた。
「実は同じ時間の甲板で、ナパイアイの女子たちが演奏を初めてさ。警備の人に止められていたんだよ。クロリスも同じようなことをするんじゃないかって、ちょっと警戒していたんだ」
「ん~~……」
クロリスは少し考えた。
冬の海の朝、船の甲板、それなりに人もいる。
そこで鮮烈な印象を受けたばかりの音楽を演奏すれば、どれだけ楽しいだろう。
「やりたいけどやらないわよ。やったらいけないと書いてあるでしょ? それをやったら最悪強制送還かもしれないじゃない。だからやらないわよ。でも、ゲームをクリアしたら絶対、全力で演奏したくなるとは思っていたわ。我慢できる自信もなかった。だからあらかじめ予約しておいたの」
「ちゃんと考えているんだな」
「考えている、というか……マナーでしょう。演奏は自己表現だけど、TPOを考えなかったら他人へ強制的に自己表現するってことよ? どうせなら……誰かの自己表現を聞いてくれる気の人たちに自己表現したいじゃない?」
向かっていた電車の駅、その中にある小さな喫茶店。
大和たちが向かう進路の、その少しの寄り道であった。
※
港町にあるコンセプト喫茶。
駅構内で木製を基本とする内装が施された、落ち着いた雰囲気の喫茶店であった。
特筆すべきは、店内にある楽器の数々。
事前に予約し追加料金を払えば、客でも演奏をすることができるのである。
クロリスは『ゴールデントライアングルのメインテーマ』のジャズアレンジ版を、店内のピアノで演奏し始めた。
この店についても事前に調べ、予約をしていたようである。
もちろん大和について『コレはあくまでも寄り道だから! この後は貴方の家に直行だから!』と強く訴えたうえで、予約していた30分間、彼女はこの喫茶店で休憩することをお願いしたのである。
大和とヒュヘルムネーは店内でコーヒーやホットミルクを飲みつつ、彼女の演奏に耳を傾けていた。
「す、すごく大人な雰囲気のお店だね! 大和君はこういうお店にもよく来るの?」
「こういう喫茶店があるのは知っていたけど、入ったのは初めてだよ。っていうか、チェーン店じゃない喫茶店に入ったのが初めて、かな。でもいい雰囲気のお店だから、誘ってくれたクロリスに感謝してるよ」
「うん! わ、私も、いいと思う!」
少しお高いホットミルクを飲みながら、ヒュヘルムネーは顔を赤くしていた。
改めて思う。
クロリスと一緒に日本へ来たのは正解だったと。
大和と二人だけでは、こんな店に入れなかった。
(二人っきりだったら話が続かなかったし、どこに行きたいって具体的に言えなかった。クロリスと一緒でよかったな~~)
店内にはナパイアイの客も多くいる。
彼らも順番を待っているか、あるいはすでに演奏を終えた後なのだろう。
少し厳しい目をしながらも、 クロリスの演奏をしっかりと観察していた。
そんなことを気にすることなく、ヒュヘルムネーは新しい曲に変わったことを話題にして、大和に話しかける。
「全然違う曲に変わったね……これはなに?」
「これも有名な曲だな。たしか……あ、ええ……うん『規則的な情熱』だね。これも歴史に残る名曲だよ。これもプレイする気なのかな……コレ、大作だった気がする」
「また何時間もゲームするのかな?」
「まあそれはそれでいいさ。委員長の時みたいに、あっちこっちへ新幹線やら飛行機やらに乗るよりは全然いい」
「ええ? 私はそういうのも体験したいなあ。大和君と一緒に」
「軽く言うなよ。アレは本当に大変だったんだぜ?」
大人な雰囲気の喫茶店で、若人三人は楽しく、雰囲気を崩さず楽しんでいた。
演奏するクロリスもまた満悦。
これからも続くであろう日本での音楽体験への期待を込めて、厳かに演奏を続けていた。




