ホストファミリー
葦原大和はワープがないことを不便だと言っている。
実際その通りではある。
こと人間を送るという点では、陸路空路海路などとは比べ物にならない。
アレクサンドロス学園から新出島へ行くのは一瞬だったのに、新出島から関東の港へ到着するのは一日ほど必要とする。
そこからさらに電車などの交通機関を経由するため、船が昼についても大和が実家につくのは夕方になる予定だった。
これを煩わしく思うのは変ではないだろう。
ともあれ、定刻通りにフェリーは港に到着。
そこから大和は直行バスや電車、タクシーを使って芦原家に向かっていた。
夕食には間に合う予定であった。
その……東京、葦原家。19時ごろ。
子供を異世界に留学させるだけあって、かなり富裕層の家庭である。
東京二十三区内に一軒家を構え、ローンも返済を終えているのだから相当であろう。
両親は共働きで、双方が高給取り。
姉もすでに就職済みで、実家に生活費も入れている。
経済的に一切問題を抱えていない家族は、この度長男と異世界からやってくるお嬢様を迎える準備をしていた。
本当は港まで迎えに行きたかったのだが三人とも仕事が忙しかったため、夕方に家でもてなしの準備をするだけにしていた。
「ねえねえ。ラプパンデスの人って見たことある? 私は混血の人は見たことがあるけど、純血のラプパンデスの人は見たことないの!」
「混血とか純血って言い方は良くないんじゃないかしら。AIの翻訳次第では不愉快に思ってしまうかも……どう思う、お父さん?」
「AIの翻訳だからこそ、差別表現は修正されるから心配しなくていいんじゃないか?」
三人はたわいもない会話をしていたが、内心ではドキドキしていた。
大和からの電報では『そういう関係じゃないから』と書かれていたが、それは大和側の話であって、相手側はそう思っていないかもしれない。
国境や種族を越えた大恋愛を大和がしているかもしれない。
ありえないとは思うのだが、そういう想像が膨らんでしまうのだ。
一軒家のリビングに集まって、お客さんと息子用の椅子を用意している三人は、今か今かと待っていたのだった。
ほどなくして、外でタクシーが止まった音がする。
どたどたという足音がしたかと思ったら、鍵を開けて息子と寒色の少女が入ってきた。
ちがった。
大和が寝ている少女を背負ってドアから倒れ込んできた。
「マジで徹夜する奴がいるかよ……! 道中ほとんど寝腐りやがって……!」
両手で自分とオルプネの荷物を持ち、背中に長身の少女を背負って、芦原大和は実家に帰省したのであった。
(なんか面白いことになっているな……)
その姿を見た三人は、少し不謹慎な感想を抱くのだった。
※
このあと、大和の母親と姉は、寝落ちしているオルプネを客用の空き部屋に運び込んだ。
ベッドの上で寝かせ、更に彼女の荷物も運びこむ。
二人がリビングに戻れば、仕事から帰った母親が一生懸命作った料理を前にして、大和は父親に愚痴をぶちまけていた。
本来ならムッとするところであるが、二人ともオンナである。少年少女の青春は最高のごちそうであった。
四人は食卓を囲んでいたが、食事をそっちのけで話をしていた。
「オルプネはランパデスの、いいところのお嬢様でね。実家に帰るのが嫌だから、魔法が使えない日本に行きたいって言いだしたんだよ。それなら仕方ないって請け負って、一緒に日本に来たんだ。ただ……道中の船の中で『二進数携行女神』のシリーズを見せたらドはまりして……徹夜しやがったんだ。おかげで道中ずっと寝てた……ここまで運ぶ間、ずっと白い目で見られてたんだ……」
想像するだけでいいのなら中々愉快な絵面であった。
(絶対そこに居たくないけどね)
他人事なので、微笑ましかった。
青春とはそういうものである。
「俺が選んでおいてなんだけどさ……『二進数携行女神』の外伝映画をぶっ通しで観るとか、普通じゃないだろ。いやどのタイトルでもさあ、普通はそこまで見ないだろ?」
「そうだな、それはお前が正しい。悪くはない」
父親はチョイスを間違えたとは思わなかった。
日本のアニメは古い作品のアップデートを含めて、毎年生産され続けている。
それは地球からこの世界に転移したときと何も変わっていない。
著作権切れをしている元の世界の外国アニメもまた、サブスク世界には多くある。
その中で『二進数携行女神』の外伝映画を選んだのは無難だった。
膨大なアニメの中では比較的万人受けしやすい。
子供向けなので刺激が足りないということもあるが、だからこそ初心者向けでもある。
よって、チョイスは間違っていなかった。
他の誰かに見せたとしても、退屈と言われることこそあれ不愉快と思われることは無いだろう。
ただ彼女の急所に刺さってしまったというだけで。
「ただ……少なくとも彼女は、止め時を見失ったんだ。それはいいことでもあるだろうさ。漫画喫茶で適当に手に取った完結済みの長編マンガを、ついつい最後まで読んでしまうのと同じようにな」
「俺だって長編ネット小説をついつい読み耽ることはあるよ。だけどそれにも限度はあったよ」
「無い人も一定数いる。たまたま彼女はその一人だったってだけだ。それに……夏休み中だしな」
彼女に勧めた『二進数携行女神』シリーズは間違いなく名作である。
そうでなかったら何年も続くはずがない。
また、そのシリーズの中でも映画というのも大きいだろう。
テレビシリーズでは力を抜いている脚本や作画の時もある。
そこですんと熱が冷めるときもあるだろう。
だが映画の場合は話が違う。
一定以上の質は保障できる。
少なくともテレビシリーズよりは。
不意打ち気味に、ただ座っているだけで、膨大な名作が脳に届けられ続ける。
心が揺さぶられる感動に脳が焼かれる。一瞬どころか一日近く焼かれ続けたのだ。
食事と違って、情報では満腹にならない。
いくらでもあると知ってしまえば、いくらでも摂取したくなる。
全員がそうなるわけではないが、そうなってしまう者が出る。
パズルのようにきっちりハマって抜けられなくなる『ケース』が生じる。
それは娯楽の数が多ければ多いほど、質が高ければ高いほど生じやすくなる。
日本の『メジャータイトル』はそれをかなえ続けてきた看板だ。
であれば確率は高くなるだろう。
「……このままテレビシリーズにも没入したら、手が付けられなくなるぞ。アレ、30年分ぐらいなかったっけ?」
「等速再生だと、一か月ずっと見ていても終わらないな」
「やあねえ、お父さん。三倍速でも終わらないわよ」
「それもいいじゃん。若いんだし、日本に来たんだし。一か月ぐらいアニメ漬けになってもさ。それよりそろそろご飯にしようよ。それにさあ……一緒に旅行するぐらい仲がいいんだから、オルプネさんの普段のことも聞きたいなあ」
お客様であるオルプネを寝かせたままであるが、ホストファミリーはいよいよ夕食を始める。
少し冷めてしまったが、誰も文句は言わない。
この四人家族は、きわめて円満に再会を祝っていたのだった。
※
オルプネは長く眠っていた。
およそ19時に葦原家に到着したのだが、その前……昼頃にはもう寝ていた。
映画を観終えて興奮しつつ船を降りて、交通機関に乗った瞬間にはもう寝ていた。
丸々二日分の睡眠時間を経て、彼女は『臭いの無い部屋』で目を覚ました。
寝起きの頭で周囲を見る。
自分は船の中にいたはずだった。
意識が明白なのはそこだった。
周囲を見る、狭い部屋だ。
家具らしいものはベッドぐらいであり、印象としては船の中の個室と違いない。
しかし揺れはなかった。ここは陸であるらしい。
本来明晰な頭脳を持つ彼女は、状況を察していく。
頭をさわる。ごわっとしていた。
淑女にあるまじきことだが、シャワーやフロで髪のケアをしていないという事だ。
体もどこか湿っている。おそらく、臭いに違いない。
寒色の美少女はどんどん青ざめていった。
自分は今、とてもみっともない姿をしているのではないか?
彼女は慌ててベッドから降りる……の、手前。
降りようとして、止まった。
まるで燃え盛る家の中で、生存ルートを探るかのような気持ちで、部屋の中を見渡したのだ。
起き上がったので視野が高くなり、床に置かれている自分の荷物に目が届いた。
「よかったわ……!」
荷物が盗まれていなくてよかった、という意味ではない。
彼女の「よかったわ」という言葉は、大きなバッグに入っていた旅行用のセットについての言及であった。
彼女にとってマナの無い日本という国は、日本人風に言えばインフラの無い国への印象であった。
だからこそ彼女は、数回分ではあるが『マナや水がなくても使える衛生用品』というものを準備していた。
彼女は一旦、部屋のドアを確認する。
施錠はされていないようだ。少し問題がある。
いや、施錠されていたらそれはそれで問題がある気もする。
だがそれでも選択肢はなかった。
彼女は自らあられもない姿になると、使い捨ての衛生用品で体と髪を清めた。
数回分の衛生用品を全部使いきって、入念に『掃除』した。
もう大丈夫だろう。汚くなった衛生用品を観て、自分が汚れていたことと綺麗になったことを確認して嫌な気持ちになったが、それが解消されたことには安どできた。
そのタイミングで、彼女は気を抜く。
まだ着替えていないが、それでも安堵していた。
服を着ていないが、さっきよりは恥ずかしくなかった。
もう慌てていなかった。
荷物の中から着替えを取ると、旅行用の私服に着替えていく。
そのさなかで空腹を覚えた。
安心していたはずなのに、少しだけ羞恥心が湧く。
「よく考えたら、一日何も食べてないのよね……」
一昨日の昼……学園での少し早い昼食に何を食べたのか。彼女は覚えている。
それ以降何も食べていないことはよくわかっていた。
みっともない。
本当にみっともなかった。
「ん……あら? あ、ああ……そうそう、これがないと」
身だしなみを確認していたところ、壁際に『台座』に置かれた眼鏡と端末を発見した。
台座、充電器によって充電を終えていたため、彼女の視界と言語は翻訳されていた。
これがないと彼女は何もわからない国で意思疎通すらままならないだろう。
「え、あ~~~……ごほん! 行きましょう!」
正直に言ってめちゃくちゃ恥ずかしかった。
このまま数日引きこもりたいほどである。
だがそれでも部屋の外に出られる程度には、彼女は心が強かった。
※
朝の七時。
葦原家の四人はすでに食卓を囲んでいた。
朝食も結構豪華なものであり、お客さんを迎えるには十分な食事であった。
しかし誰も、お客様を迎えに行こうとしていなかった。
母と姉が止めた方がいいと言っていた。同性の二人がそういうのだから、父と弟は黙って待つだけである。
ほどなくして、リビングのドアが開いた。
現れた彼女を見て、笑顔で迎えようとしていた三人は硬直する。
恥じらった顔の、寒色の美少女……令嬢がそこにいた。
首都の一軒家という程度の格では不釣り合いな、お貴族様のご令嬢様が、リビングに入ってきてしまったのだ。
「アレクサンドロス学園で大和君と一緒に勉強をしています、ランパデスのオルプネと申します……この度は大変お恥ずかしいところをお見せして、赤面の至りでございます」
昨日、ぐーぐーと、大和の背中で幼児のように寝ていた女の子と同一人物とは思えなかった。
すさまじいギャップである。
「とりあえず座れよ。俺たちはともかく、姉さんも父さんも母さんも働いているから少しまいていこうぜ」
大和が着席を促すと、オルプネはこくりと控えめにうなづいて着席した。
「あらためて紹介するよ。この人は俺がアレクサンドロス学園でお世話になっている、ランパデスの国からの留学生、オルプネさんだ。手紙でも書いたように、ご実家さんと折り合いが悪くて、俺と一緒に日本に来たんだよ」
「ろくに挨拶もせずベッドで横になって……ほんとうにすみません」
「いいのよぉ。日本を楽しんでくれているようでよかったわあ」
「うんうん。気に入ったアニメや映画、漫画に夢中になって徹夜をする。若いうちにしかできないことだ」
「弟も異世界では迷惑をかけているんでしょ? お互い様よ~~!」
ここでオルプネは大和に視線を向ける。
年相応の少女らしく、照れ隠しのように文句をぶつけた。
「……ねえ、大和! 貴方言ったわよね! 日本には面白いことなんてなにもないって! 退屈だからアレクサンドロス学園に留学したんだって! あるじゃないの、面白いものが!」
「物体じゃないだろ。アレは想像の産物だ。どれだけ面白くたって、どこかの誰かが作ったものだ」
「それでも面白いものは面白かったわよ! あんなに小さくて可愛いクリーチャーたちが、一生懸命頑張って困難を乗り越えていく姿には感動したわ!」
目をキラキラ輝かせているオルプネを観て、大和は話が通じないことを悟った。
しかもこの場合、自分が絶対的に正しいとも言えないわけで。
しょうがないので黙ることにした。
少女相手に遠慮して、口げんかで負けている。
そんな大和を観て、大人たちはニヤニヤ笑っていた。
「積もる話はまた夕方にしましょう。その時はもう一度ちゃんと、歓迎パーティーをするからね。それまでの間、大和がエスコートしてあげなさいよ」
「分かってるよ……とはいってもさ、オルプネだって起きたばっかりで、何をしたいのかとか考えつかないだろ。とりあえず朝ご飯を食べようぜ」
「それなんだけど、実はもう、何をしたいのかは決めているの」
本当に恥ずかしそうに、彼女は今日の予定を話した。
「『二進数携行女神』の映画を、もう一周、全部見たいの」
「徹夜で観たばっかだろ!?」
「徹夜で観たからよ! 面白かったのははっきり覚えているけど、記憶がいろいろ交じってて、どういうストーリーだか思い出せないのよ!」
ーーー仮に、今までクラッシックに興味のなかった人が、誘われてコンサートに行って、大いに感動したとしよう。アンコールをするかもしれない。
素晴らしい演奏だったと記憶しているだろうが、詳しく内容を記憶できるだろうか。
ましてそれが徹夜であれば。
確かに無理がある。
「はあ!? じゃあ今日も一日アニメ漬け!?」
「いいじゃないの。ポップコーンとホットドッグを買って、一緒に見てあげなさいよ。若い時しかできない貴重な体験よ?」
「俺も!? 俺はそれを全然貴重だと思えないんだけど!?」
「ふぅ……分かってないわね。こんなキレイなお嬢さんが、物凄くキラキラした目でアニメを見る。それを間近で観察できるなんて、それこそ貴重な体験よ……これを逃したら、貴方は一生後悔するわ」
「そんな姉ちゃんの弟であることが一生の不覚だよ! 何から何までキモイよ! そんなにいいと思うんなら、俺のかわりに姉ちゃんが一緒に見てくれよ!」
「私仕事だもん」
「そうだった~~……大人は忙しいもんなあ……それを言い訳にしやがって……!」
本当に貴重な体験で、誰もが得られるものではないのかもしれない。
数年後には懐かしんで、アレはアレで本当によかったと思えるかもしれない。
だが現時点ではただ辛いだけであった。
彼はこの後本当に大量の映画を消化することになって、貴重な夏休みの二日目を潰すことになってしまったのだった。




