本土に行く前から沼に沈む
ワープ。
RPGではよくある概念であり、この『異世界』にも存在はしている。
しかしRPGのように個人が詠唱して好きな場所へ一瞬で移動できる、というものではない。
まず法的に考えて。
それこそ一般車両とおなじ理屈であるが、ワープが特定の個人の技術ではなく一般的なものだからこそ問題が発生する。
歩いている人間の目の前にいきなり瞬間移動で誰かが現れれば普通に衝突事故になるだろう。多くの人間が使用すれば、その事件の発生する可能性は増大する。
また魔法的に考えて。
より大きい物、重い物、沢山の物を移動させるとなれば、その分だけ消費される魔力は増える。
それだけの魔力を個人が持っているとは限らない。
加えて、一度も行ったことのない場所には行けない、というのも不便な話だ。
むしろ簡単に行けない場所こそ、ワープの需要はある。
そのような事情があるため、結果としてワープは公共交通機関となった。
ワープ駅、あるいは港と呼ばれる場所に行き、一日に何度かある『便』のチケットを購入する。
駅で働いている職員が魔法を使って、目的地へ利用者をワープさせる……という仕組みになっている。
チケットの値段は、それこそ航空機と基本的に同じだ。
遠くであればあるほど、重い荷物を持っているほど、人数が多いほど。
値段設定は高くなる。
星の裏側だろうと一瞬で移動できるのは事実だが、夢があるかというと微妙なところであった。
そのようなワープ駅は、アレクサンドロス学園の敷地内にも存在している。
普段はあまり使用されることもないが、長期休暇や入学式や卒業式、来賓を招く際には使用される。
専用の大きな棟……一階建てながらも吹き抜けで三階ほどの高さがあり、相応に大きな門がある建物だ。
中央にはワープ装置である大きな魔法陣が設置されており、利用者はその上に立って待機する。
定刻になると係員が魔力を注ぎ込み、魔法陣の上に立っている利用者を転移させるのだ。
一度に転送できる人数には限界があるため、何度かに分けて転移させるケースもある。
人気の送り先は他からも送られる人数が多い関係もあって、日を開けて別の日に転送するというケースも多い。
一方で『日本行きの便』を利用する者は二人しかいなかった。
そのため予約を入れたらあっさりと許可され、他の駅へのアクセスがない隙間時間に突っ込んで、順調に二人は転移することとなった。
周囲には多くのワープ待ちの生徒がいて、二人だけで移動する大和とオルプネを奇異の眼で見ている。
校外に出るということで、大和もオルプネも普段の制服ではなく私服に着替えていた。
大和はデニムにジャケットという比較的お洒落な男子の服装であり、オルプネはランパデスの富裕層らしい高級な民族衣装であった。
寒色を基本としており、レースやフリルなどの薄手の高級な生地を使用している。
二人とも普段とは違う服装であるが、他の生徒も同じようなものだ。
彼らが目だっているのは、オルプネが名家のご令嬢であるということと、大和と一緒に日本行きのワープをしようとしているからだろう。
「あのひと、オルプネ様だよね。なんでヒューマンと一緒に移動するんだ?」
「オルプネ様の実家には専用の駅ぐらいあるだろ。一緒に連れていくんじゃないか?」
「いや……行き先は日本だって。あの人間の里帰りに付き合うとか……いやそもそも、オルプネ様の実家の関係で日本に行く必要があって、それで案内を任せたんじゃないか」
オルプネが有名人ということもあって、誰もが意見を交わしている。
だが口を挟むこともない。
「日本、新出島駅行きのワープの便を使用される二人は前へ……」
「はい!」
「お願いします」
二人は周囲の視線など気にすることもなく、案内された通りにワープの魔法陣の上に立った。
周囲の係員が速やかに魔力を注ぎ込み、一瞬でワープさせる。
瞬間移動なのでなんの感慨もなく、二人の周囲の景色が一瞬で切り替わった。
建物そのものはさほど変化はない。
それまでは周囲に多くの生徒がいたのに、今は要人らしき人物が少数いるだけの棟になっていた。
「さあ、お忘れ物がないように、速やかに出てくださいね」
新出島駅の係員が速やかに退出を促してくる。
「それじゃあ行きましょうか」
(何の感慨もないな……それだけは残念だ)
二人は床に置いていた旅行用のカバンを持ち上げると、魔法陣の外に出ていく。
入れ替わりで日本駅から別の駅へ向かう客が入っていき、ほどなくして消えていった。
やはり公共交通機関。誰も何も感慨がなかった。
二人は旅行用の荷物をもって駅の棟から出る。
海の香りがある、風の強い場所だった。空からの日差しを遮る木の影もない。
先ほどまでは内陸部の風のない土地であったため、瞬間移動をしたということを実感させられる。
「日本についたからには、もう実家から追手が来ても安心ね」
「……いや何言ってるんだよ。ここはまだ魔法使えるだろ? そもそもここに来たのが魔法じゃないか。俺たちの翻訳魔法も普通に効いているだろ」
「それもそうね。じゃあここは日本じゃないの?」
「新出島駅は日本にないんだよ、その手前にあるんだ」
オルプネは改めて周囲をみる。
現在地点は、新出島駅なるワープ駅の棟以外には大きな港があるだけの、小さな人工島であった。
異世界と日本を安全に渡れる唯一の通路、新出島。
ここはただワープ駅があるだけではない。
普通の、海運用の港もある。
大きな荷物を輸出入するとなれば、瞬間移動よりも船で輸送する方が安上がりであるため、この『島』にも港があるのだ。
そしてこの港では、輸送などで普通に魔法が使われている。
さらにいえば、海上輸送用の船も魔法で動く動力船であった。
「日本はあの橋を渡った先で、さらに船を乗り継いでいくんだよ」
ーーーなぜ日本と『異世界』で戦争が起きなかったのか。
それは日本周辺にマナがないという事が大きかった。
まず、日本は地球と同じように、どの国とも地続きになることはなく、外洋上に存在している。
よって他の国と行き来をするには空路か海路しかないのだが、まずこれが難しかったのだ。
どういうわけだかわからないのだが、この世界にあって当然のマナが、転移してきた日本周辺には存在しなかった。
どれだけ時間が経過しても、日本にマナが届くことはなく、また逆に異世界側のマナが減ることもなかった。
それは日本周辺で魔法が使えないというだけではない。
電子機器が異世界側で使えないという事だった。
細かい原理はまだ判明していないのだが、マナがある異世界では電子機器が故障してしまい、まともに動かなくなってしまう。
よって電子機器が使われた道具や兵器は、異世界ではガラクタ同然なのだ。
電子機器を全く使わない簡単な道具ならその限りではないが、電子機器を使わない道具や兵器など高が知れている。
少なくとも異世界の魔法と戦えるほどではない。ムリヤリ征服するとしても多大な労力が生じてしまうだろう。
そこまで苦労して日本側が異世界を侵略することに成功しても、得られるのは電子機器の使えない土地。
異世界側も日本を征服したところで魔法が使えない土地を得るだけ。
よって相互的に侵略のしようがなく、また征服してもいいことがないため、結果平和になっていたのだ。
互いに武力衝突できないという意味では、この問題はプラスに働く。
だが相互に交易をするとなれば、マイナスにしか働かない。
魔法も電子機器も使わない蒸気船や帆船なら航行は可能だが、実益を出すとなれば現実的ではない。
よって『魔法が使える限界点』と『電子機器が使える限界点』の海域にそれぞれが人工島を建設。
双方の間に『普通の橋』を架けることで諸問題を解決したのだ。
その普通の橋を、日本は『バベルの橋』と呼んでいる。
「アレが新出島名物、バベルの橋だ。あの橋がある空間じゃあ魔法も電子機器も使えないから、馬車で移動することになっている」
「馬車なんて観光地でしか乗ったことがないわね。日本じゃあ現役なの?」
「いや、日本も同じようなもんさ。馬車が現役なのはこの橋だけだ」
魔法も電子機器も使わないで外洋で橋をかけるのは大変だったそうだが、一旦橋をかけてしまえば電子機器も魔法も必要ない。
さほど距離があるわけでもないので、馬車どころか徒歩でもわたることができる。
とはいえ二人とも荷物を持っていることや、バベルの橋が構造的にアップダウンが激しいため、素直に橋渡しの馬車の駅へ向かう。
荷物を運ぶ馬車は四頭引きであったが、人を運ぶ馬車は二頭引きであった。
観光地の骨とう品馬車ではなく、現役の馬車であるためとてもきれいであった。
アレクサンドロス学園へ向かう際に一度乗った大和は当然ながら、いい生まれであるオルプネも抵抗なく乗れた。
御者の手綱さばきによって馬は歩き出し、ゆったりと橋を渡っていく。
オルプネがふと馬車の外を見ると、二車線の橋をたくさんの馬車が行き来している。
渋滞にはなっていないが、その手前のような状況であった。
(アレは全部荷物なのよね? 思ったよりも貿易が盛んなのねえ……。『こっち側』から日本へはいろいろと輸出できるものがあるでしょうけど、日本側からこっち側へは何を輸入しているのかしら?)
思えば、さきほどの『こっち側の新出島』の港では、多くの船が荷下ろしや荷揚げをしていた。
貿易が盛んなのはいいことだが、こっち側が何を買っているのか想像もつかなかった。
「橋を大分進んでいるけど、もうすぐ魔法が使えなくなるの?」
「ああ、そろそろだ」
『あ……本当に、マナが薄くなっていく!!』
「……悪い、何を言っているのかもうわからない」
『本当に翻訳魔法が使えなくなっているのね……って! どうするの!? これから日本で一か月ぐらい生活するんだけど!』
マナが薄くなっていくため、魔法がまともに発動しなくなる。
しかしある程度はマナがあるため、電子機器は使えない。
魔法も電子機器も使えない、グラデーションの断絶空域。それがバベルの橋の架かっている場所だった。
「だから何を言っているのかわからないって……」
『貴方が何を言っているのかわからないわよ!』
翻訳魔法が使えなくなって焦るオルプネ。
彼女はしばらく馬車の中で騒いでいたが、御者も慣れたものなのか動揺しない。
やがて橋を渡り切り、電子機器が使える日本側に着くと、大和は荷物を下ろしながらもオルプネの手を引いて『受付』へ向かっていった。
「ほら、荷物は持ったか? それじゃあこっちに行こうか」
『ちょ、ちょっと! 本当に大丈夫なの!? 今更だけど、日本に行かない方がいいような気がしてきたわ……今なら簡単に戻れるし、戻っていい?』
「あそこで手続きをするんだよ」
日本側の新出島にある入国管理棟。
かなり大きな建物の一階には多くの人々が入国審査を受けていた。
入国その受付で、大和は日本人の受付に話をする。
「本日入国する予定だった葦原大和と、ランパデスのオルプネです。事前の申請通り、入国用のAI端末をお願いします」
「はい、こちらをどうぞ」
そこで受け取った『小さめの端末』を、ネックレスのようにオルプネの首へ下げた。
さらに『眼鏡』のようなものも彼女にかけてやる。
「ほら、これで話ができるだろ」
「え!? そんなわけ……話せるわね」
奇妙なことだが、眼鏡のレンズ越しに見る彼女の視界では、日本語が彼女の母国の言葉に翻訳されていた。
さらに眼鏡のツルを通してくる骨伝導では、外からの音声が母国語に翻訳されている。
「異世界人用のAI搭載の携帯端末だよ。それ一つで翻訳から身分証明までできる優れものだ。本当は他にも機能を付けられるんだけど、初心者用で余計な機能を削いでいるんだとさ」
「……なんか、貴方が頼もしいわね。貴方の故郷に来たって感じだわ」
なんともハイテクな産物であったが、翻訳魔法を知っている彼女からすれば驚きはそこまででもなかった。
むしろ機器が必要な分、翻訳魔法の劣化版だとすら思っている。
それでも不便さはだいぶ改善されていたため、故郷に帰ろうという気持ちはなくなっていた。
「頼もしく思ってくれるところ悪いけど、さっさと外貨両替所に行こうぜ。船の時間が間に合わなくなっちまうよ」
「両替所もここにあるのねえ……」
棟内には両替所もあった。
やはり日本人の職員がおり、電子掲示板には為替レートが書かれている。
二人ともドリュアデスの通貨しかもっていないため、ここで日本円に換金する必要があったのだ。
ココで換金しないと、本土まで何も買えなくなってしまう。
「私の手持ちはコレね。全部日本の通貨に変えてちょうだい」
「……めっちゃ金持ちだな!」
じゃらっと、大量のコインを財布から出すオルプネ。大和も財布の中身を全部出しているが、その量も質も大きく違っている。
その金額がわかるだけに、大和は大げさに驚く。
両替所の職員にとっては見慣れた光景であるらしく、まったく動揺はなかった。
「両替の形態は如何しますか?」
「俺は一時帰国用の電子マネーで。こっちは異世界旅行客用の貨幣で両替をお願いします」
「承知しました、少々お待ちください」
職員はしばらく手続きを行うと、大和に電子マネーカードを渡す。
オルプネの方には、かなり大きな金属の貨幣を渡していく。
「換金手数料を引いたものです。こちらレシートとなりますので、ご確認を」
「……ねえ、貴方はその板を受け取ってどうするの?」
「ん、ああ……俺はこれで買い物ができるんだ。気にしないでくれ」
日本人の感覚からすれば、大和が電子マネーカードを受け取ったことは不自然ではなく、むしろオルプネの方が変に思えるだろう。
なにせ彼女が受け取った貨幣は『十万円玉』とか『百万円玉』などである。
なにかの記念コインではなく、日本でも一般に使える『異世界人用のコイン』であった。
なぜこんなものがあるのか。
その存在意義は、オルプネの反応が物語っている。
まず異世界には電子マネーやクレジットカードどころか、紙幣という概念すらない。
そんな人の『この山もりの金貨を両替してくれ』に対して『はいどうぞ』と言って、電子マネーカードを一枚渡せばどう思うだろうか?
詐欺じゃないか、と怒り出すに違いない。
実際そのような詐欺が横行する可能性もあったので、異世界でも高級なコインに使われる特殊な金属で高価な硬貨を作成し、旅行客に両替所で渡している。
もちろん異世界にしかない特殊な金属なのでもったいないと言えなくもないが、異世界の人からもったいないと思われること自体が目的なので、ある意味正しい使い方と言えなくもない。(そもそも貨幣ってそういうもんだし)
「今度は日本本土へ行く船に乗る手続きをしないと」
「翻訳魔法の代わりはあるのに、ワープの代わりはないの?」
「ない」
「やっぱり魔法の方が便利なのね」
「ああ、俺もそう思う。日本は退屈だよ」
手続きを終えた二人は入国管理棟を出る。
さっきまでのパニックが収まったオルプネは、あらためて日本側の人工島を見渡した。
異世界側の人工島に比べて明らかに大きく、設備や建物も大きいようだった。
土地が大きいだけならまだしも、設備や建物が多いことには疑問を感じているようである。
「なんでこっちの島はこんなに建物が多いの? 魔法が無いから?」
「それもある。太陽光発電とか潮力発電とか蓄電施設を設置しているからな。だけど一番大きいのは、島の主な施設がこっち側に集中しているから、だそうだ。異世界側の島で働いている人たちも、こっちの島の寮で寝泊まりしたり、買い物をするらしい。あっち側は本当に仕事をする設備しかないんだと」
ここで再び、オルプネはさきほどの『こっち側の新出島』を思い出す。
あそこには港関連の施設はあったが、人々が暮らすための施設はなかった。
ワープがあるから逐一人工島を出ている、という事はあり得ない。
いくら一瞬で帰れるとは言え、カネがかかりすぎる。
であれば新出島の日本側にある施設で寝泊まりしているのだろう。
「なんで? 魔法がないと不便でしょ? みんなであっちの方に住めばいいじゃない」
「ん~~……細かいことは俺にもわからないなあ」
「それもそうね……」
オルプネは比較的大きい建物……スーパーマーケットを見た。
多くの異世界種族や日本人が入り、買い物を手にして出ていく。
おそらく港の利用者ではなく、港や駅の職員だろう。
それらの荷物は重そうで、手で持つだけだと負担がありそうだった。
中には台車、手押し車に乗せて運ぶ人もいる。
(不便そうね……)
魔法があれば軽くしたり小さくできたりするし、自分の筋力を上げることもできるし、魔法生物に運ばせることもできる。
それができないのは不便そうねえ、と思っていた。
それに魔法がないのなら食品の保存や調理も大変だろう。
オルプネにはその不便を想像してしまう。彼らが不便を受け入れている理由がわからなかった。
「でもまあ、そこまで生活を悪く思ってないってことじゃないか?」
「……ちょっと不便なだけってことね。それならまあ、納得かも」
オルプネは自分の持っている荷物の重さを強く感じながら歩いた。
今回はワープで移動する関係上荷物は軽く、小さくまとめている。
だから自分の素の力でも持ち運びができるが、それでも少しだけ不便は思う。
大声を出して文句を言うほどではなかった。
旅先の貴重な経験と思いつつ、日本側の港、その建物へ入っていく。
人が行き来するための港の待合室ということで清潔な空間であった。
室内はLEDの照明で照らされおり、オルプネは初めて見るものであったが、彼女は特に反応することなく人を観ている。
「日本人が結構多いわね。貴方以外の日本人を見たのは初めてだわ。日本では日本人はもっと多いのよね?」
「ああ。でも異世界の種族や混血は結構見かけるよ。日本人と結婚して帰化、骨を埋めた人も結構いるらしい」
「それは、すごい覚悟があったんでしょうね」
「同感だ」
オルプネは物凄く真剣に言っているが、大和はそこまで真剣ではない。
オルプネからすればインフラの無い未開の地で生きていく覚悟という意味であり、大和からすれば文化の違うところで生きていく覚悟という意味であった。
もちろんどちらも敬意を持っているが、温度差は著しかった。
その時である。
この港に日本本土から船が到着したとアナウンスがあった。
当然ながら多くの乗客が降りてくるのだが、その中に異世界種族の家族が混じっていたのである。
親の仕事で子供が一緒だったか、あるいは純粋な観光か。
いずれにせよ、親と子供が一緒に降りてきたのだが……なかなか騒がしかった。
「いやあああああ! もっといる、もっといる~~!」
「ほら、行くよ。ワープの時刻が迫っているんだ。おとなしくしなさい」
「そういう悪い子にはお土産を買うお小遣いを上げませんよ!」
「やだ~~~!」
濃い体毛、猿のような尻尾を持つ種族。
アルセイデスの一家であった。
幼児が泣き叫んで暴れていて、若い父親はそんな幼児を抱えて運んで、若い母親が注意をしている。
その一家だけが騒がしいのかと思ったが、他にもたくさんの家族が同じように騒ぐ子供を連れてあわただしくしている。
また他の客……淡い青色の肌を持つナーイアデスの若いカップルは、土産物店で言い争いをしていた。
「ワープで持ち込める大きさと重量がこれだから……持って帰れるお土産は……食べ物は……瓶詰、缶詰……。お湯で戻すタイプはいいけど、お湯で温める系のは持ち帰れないの? プラスチックはゴミの投棄が問題になるから? そんなあ……でも、それでもたくさん種類があるから迷うわねえ……」
「なあ、急いで向こう側に行かないか? そろそろ時間が危ないよ」
「あ、そうだ! 貴方の持ち帰る分の重量を削って、私の分を増やしてちょうだい!」
「これはご近所さんや職場に配る分だから必要なんだよ!」
「じゃあ着替えとかを持ち帰る分を捨てていきましょうよ!」
「それなら君が持ち帰る分を削ればいいじゃないか!」
「私のはお気に入りなの!」
「僕もだ!」
このカップルだけではない。他にも観光帰りであろう富裕層の人々が大騒ぎをしている。
そこまではまあ、何をやっているのかは分かった。
だがまったく見当がつかないことをしているものまでいた。
手に羽毛の生えている種族、ナパイアイの女性が端末のレンズに向かって涙目で訴えている。
「もう日本から帰らないといけないの。ビザの許可が下りなくて、私はもう母国に帰らないといけません……帰りたくない、帰りたくないの! 本当よ、だからお願い。だからなんとかして!」
動画配信をしているのだろうが、その文化や文明を知らないオルプネは思わず大和に問う。
「ねえ、あの人たちはなんであんなに大騒ぎをしているの? そしてなんで誰も気にしないの?」
「よくあることだからじゃないか?」
大和はあっさり答えた。
「小さい子が騒ぐなんてよくあることだし、買い物で白熱するのも良くあるし、旅行先が楽しくて帰りたくないって不満を言うのも良くあるだろう?」
「まあそうだけど、少し異常じゃないかしら」
「そんなことないって」
大和は昔を思い出して恥じ入りつつ説明した。
「そりゃ俺だって昔は、日本はとても素晴らしい国だって思ってたよ。海外の種族の人はめちゃくちゃ日本を気に入ってくれるし、帰りたくないって騒ぐし、日本人と結婚してでも永住したがるって。でもそれはまあ、誇大表現だって気づいたら冷めた。日本が最高だって思っていたことを恥じたぐらいだよ」
留学することを選んだ者らしい、ある種先進的な考えであった。
「何度も言うけど、日本は理想郷でも楽園でもないよ。どこにでもある普通の国さ。魔法がない分、不便まである。君だって一か月も暮らせば飽きて、さっさとアレクサンドロス学園に帰りたいって思うさ」
「そ、そうかしら……」
「それとも、俺から『日本は最高の国だ』『一度入ったら二度と国外に出たくなくなる』とか言ってほしいの? ドン引きだろ」
「ま、まあ、ええ……」
大和の言葉はもっともだった。彼本人に変な偏りはなさそうである。
そもそも、よくよく観察してみれば……子供を説得している親もそうだが、ワープの時間を気にしている男性など、帰国する側ながらも普通の振る舞いをしている者が大勢いる。
悪目立ちしているだけで、騒いでいる人は少数であった。
※
新出島の港から出向する船……外洋用のフェリーは、荷物を運ぶ船であり、客船でもあった。
新出島から日本の本土へ向かうには日本各地へ向かっていくフェリーのうちどれかに乗るしかない。
その内の一便、関東地方へ向かう船に乗った二人は、さっそく個室に入っていた。
「この船は豪華客船とかじゃないから、食堂とか売店、トイレ以外には施設はないんだ。どうせ一日だけだし、のんびり個室で過ごそうぜ」
「一応聞くけど、私と貴方は別の個室なのよね?」
「当たり前だろ……仮に手続きミスで二人部屋になったら、俺が食堂とかで寝るよ。普通にめちゃくちゃ嫌だよ。緊急事態でもないのに、なんで異性の同級生と一緒に一日船旅しないといけないんだよ」
「そこまで嫌がらなくてもいいじゃない……」
オルプネが確認を取ると、大和は非常に嫌な顔をして怒りをあらわにした。
双方共に変なことを言っていないが、これにはオルプネも傷ついていた。
大和の価値観からするとセクハラされたようなもの、あるいは冤罪を吹っ掛けられたようなものなので、怒るのも無理はないのだが。
「余計な誤解を招かないために、基本的にそれぞれの部屋を出入りしないようにしようぜ。どうせ一日の船旅なんだ、寝てればすぐ終わる」
(聖職者か何かなのかしら……凄く潔癖ね)
「ただ設備に関して説明するから、最初だけは入らせてくれ。そのあとは可及的速やかに退室する」
(宗教の戒律かしら?)
「シャワーとトイレの使い方……あとはパソコンで映画だな。軽く使い方を教えておくよ」
フェリーの個室にクラスなどはない。
基本的に一律で、どの部屋もとても狭く、ベッドのほかにはシャワー室とトイレ、それから大画面パソコンぐらいしかない。
それでも異世界の船の大部屋に比べれば、極楽のようなグレードであろう。
そんな部屋でも船の旅が退屈というのは彼の経験則である。
これから異世界に行く船に乗るとワクワクしていたのは最初の数時間。
その内飽きて、船内で売っていた数学パズルの本を購入してクリアするほどであった。
普通ならスマートフォンを使っていろいろと時間を潰すのだろうが、異世界では電子機器が壊れるので、行きにしろ帰りにしろ乗客はスマートフォンを持っていない。
例外と言えば、新出島で働く職員ぐらいだろう。
そのため船の個室の中には、漫画喫茶のようにサブスク契約している大画面パソコンが設置されている。
異世界の種族側にとってパソコンを使用するのは難しい。
そのため比較的簡単な操作で利用できるモードもあった。
とはいえ本当に予備知識ゼロだと何もわからないので、大和がパソコンを操作し、映画の連続再生を準備していく。
「おっ……『二進数携行女神』の外伝映画があった! このシリーズの連続再生にしよう。子供向けだけど、政治的な風刺とか一切ないから安心して楽しんでくれ」
「タイトルが不穏なんだけど、大丈夫?」
「嫌なら他のにするからさ。とりあえずコレを観てくれよ。このリモコンの赤いボタンを押せば消えるからさ」
何も操作しなければ、発表された順序で長期シリーズの映画が放送され続ける。
そのような設定にした大和は、オルプネの部屋を出ていく。
「映画一本が一時間半として、あのシリーズは十本……ぶっ続けで観ても深夜まで続く。眠くなるまで持てば十分だろ」
大和はオルプネのすぐ隣にある自分の個室に入った。
荷物を下ろして、一息つく。
「今更だけども、異性の同級生を連れて帰省ってプレッシャーがきついな。そもそも同行がキツい……」
ーーーオルプネはランパデスの中では名家の生まれらしい。
さすがにお姫様とかではないが、お貴族様ではあるそうだ。
まあ一定以上の富裕層でなければ、そもそも留学生になれないので、アレクサンドロス学園に通う留学生は全員そうなのだが、その中でも彼女は上澄み側である。
そんな彼女と問題や不穏なうわさが立てば、それこそ彼の留学人生は終わる。
日本に飽きて異世界に留学した彼にとって、留学できなくなるというのは夢の終わりだった。
それでも請け負ったのは……。
「まあ、実家が煩わしいっていう気持ちはわからんでもないんだよなあ」
オルプネが実家を疎んじる気持ちがわかってしまうからだろう。
彼女はきっと、自分よりもずっと強く、故郷を毛嫌いしている。
そう思ったら、手を貸さずにいられなかったのだ。
※
外洋を行くフェリー。
新出島からゆっくりと時間をかけて、荒い波を力強く越えていく様はまさに人類の英知。
深夜になっても船は泰然と進み続けていた。
船員は交代を挟みながら船をつつがなく進めさせていたが、客室通路などはすでに消灯済み。
最低限の常夜灯や避難誘導灯だけが通路を淡く照らしていた。
客室、個室では今も点灯している部屋はいくつかあるが、多くは消灯。すでに眠っていた。
葦原大和もまた夏休みの宿題をやったあと、ベッドで眠っていた。
フェリーの航行は順調。
大きな船が大きな波で緩やかに揺れ続けるからこそ、逆に眠りを誘っていた。
オルプネが別室ということもあって、すっかりリラックスして熟睡していたのだが……。
彼の個室のドアで、ブザーが何度も鳴らされた。
起き上がった大和は最初こそ怒っていたが、オルプネのことを思い出して冷静になる。
「なんかあったのか……」
自分が異世界側に行って、いろいろな不都合にぶつかった時のことを思い出す。
学友や先生がいろいろと気を使って、自分に配慮をしてくれたのだ。
今回は自分が彼女をおもてなししなければならない。
そう思えばこそ、大和は起きてドアに向かった。
「オルプネか、どうしたんだ」
「続き」
そこにいたのは、ホラーのように目を血走らせたオルプネであった。
「映画、おわっちゃったの。続き、続きは?」
「映画……お前、今までずっと、見続けてたのか!? 寝ろよ!」
「続き……続き……」
普段の彼女ではなかった。
陽気で大胆ながらも、上品さと余裕のある女性。
そんな雰囲気がぶっ壊れていた。
なにか新しい世界に飛び出してしまっている。
「お願い、続き……見たいの。あるんでしょ?」
「いやまあ……あと五つぐらいはあったけども……徹夜で観るのか?」
「終わるまで寝ない……」
「そ、そうか……うん、わかったよ」
大和もたたき起こされたばかりで、頭がまわっていなかった。
如何に呼び出されたとはいえ、同学年の異性の個室に入るなど、正気ではない。
それでも彼はオルプネの部屋に入ると、続きを観れるように設定して、速やかに自室へ戻った。
眠いので寝たいのだが、どうしても頭から先ほどのオルプネが離れない。
「寝落ちするよな……絶対寝るよな?」
まさか本当に徹夜で観るはずがない。
彼は幼少期にあの映画シリーズを観たことがある。
面白くて何度か見た。
だが徹夜で、シリーズぶっ続けで観たことは無い。
そこまで見たら逆に嫌になるだろうと想像もできる。
だが、それをする人がいることも知っていた。
「……寝るよな?」
彼女の急所に何かを刺してしまったかもしれない。
そう思うと、なかなか寝付けないのであった。
異世界と日本の通信について。
異世界側から日本側へ連絡をする場合。
異世界では長距離テレパシーが可能であるため、新出島の異世界側に配置されている『受信魔法使い』が受信する。
その魔法使いが内容を紙にしたためて、日本側にバベルの橋を通じて送る。
新出島でも日本側では電子機器が使えるので、紙の内容をメールや電報などで本土に送るというプロセスを踏む。
日本から異世界へ送信する場合は、その逆をやっている。




