プレイ
再三言うが、芦原大和は模範的な留学生である。
ヒュヘルムネーの実家である沼芋農家での体験収穫にも参加しているし、きちんとレポートとして提出したりしている。
そしてヒュヘルムネーはクラスメイトだけではなく家族にも『大和君の実家に連れて行ってもらうね』と伝えている。
だからこそ、クラスメイトや家族も彼女を応援していた。
このチャンスを逃すな、勝負をかけろ。とはっぱをかける者がいた。
この旅でちゃんと見極めなさい。と慎重論を唱える者がいた。
クロリスには釘を刺しておいたから、伸び伸びやりなさい。と自分に気を使ってくれたクラスメイトもいた。
何より彼女自身、やるぞ、と意気込んでいた。
もしもに備えて、色々と気を回してもいた。
勝負の備えは肌身離さず身に着けている。
彼女は観光をするというよりも、勝負をするつもりであった。
だが、日本側の新出島に到着したとき、彼女はすでにすっかり『青ざめて』いた。
手足が震え、血色が悪くなっていた。
大和の手を握るどころか、密着するように縋り付いていた。
他意はない。純粋に恐怖からである。
日本に行くと魔法が使えなくなる。翻訳魔法が使えなくなるから言葉も通じず、文字も読めなくなる。
その事前知識はあった。だが実際に言葉が通じず、文字も読めない土地に踏み込んだ時。
彼女は恐怖で体がすくんでいたのである。
周囲の人々の多くは、大和と同じヒューマン、日本人である。
ドリュアデスもちらほら見かけるが、たいていが日本の服を着ている。
彼女は今まで意識したことがない『常識』の外側に立っていた。
そのことで、恐怖に震えていたのである。
「ん~~……オルプネの時よりも怖がってるなあ」
「仕方ないじゃない。さっさと翻訳機をもらいに行きましょうよ。どのみち入国管理棟に行かないと何もできないんだから、このまま引っ張りましょうよ」
「……ホントにネイティブ並みに日本語が上手だな」
「だから、必死で勉強したのよ。そうじゃないと、意訳である翻訳魔法でも歌の魂がわからないじゃない。同じことを考えるから、ナパイアイではそこまで珍しくないことよ。なんなら英会話教室だってあるんだから。ちなみに私はそっちも習得しているわ」
「マジで!? 日本ですら漢文並みに『教養』扱いだぞ!?」
「仕方ないじゃない。地球の歌の多くは英語なんだから。私はそっち系も好きよ」
クロリスは足踏みをしてから拍手をして、そのセットを繰り返した。
その後流暢な英語で歌い始め、キリのいいところで歌うのをやめた。
「レジェンドよねえ……私もそのライブに参加したかったわ」
「俺ですら知っている名曲だな。なるほど、そっちも好きなら納得かあ……」
「それより、早く入国しましょうよ。私もお預けを食らってて、正直イライラしてきたんだけど」
「そうだよなあ」
クロリスと大和は、ヒュヘルムネーを伴って歩き始める。
二人が親しげに話しをしていても、ヒュヘルムネーは気にする余裕もなかった。
一方で大和は彼女の体に密着していることで、その怯えを感じ取っていた。
「なあ。クロリスもヒュヘルムネーへ話しかけて、安心させてくれないか? 俺はドリュアデス語だと簡単な挨拶ぐらいしかできないんだ」
「別に大丈夫でしょ。この子は大和のことが好きらしいから、私が下手に手を出すより大和の手を取ってた方が安心するんじゃない?」
「え、そうなの!? じゃあこの密着も他意が!? いや、普通に怯えているだけに見えるけども……」
「知らないわよ。でも他のクラスメイトから『ヒュヘルムネーは大和が好きだから邪魔すんなよ』って言われたの」
「……そうは見えないけどなあ」
ーーー異世界側の新出島でイベントが催されているため、入国管理棟で入国手続きをする者も多くいた。
そのため並ぶ時間も普段より長くなり、結果としてヒュヘルムネーが長く怯え続けることになってしまうのだった。
※
入国手続きを終えた一行は、いよいよ日本行のフェリーへ乗り込む。
当然だが三人とも別々の個室をとっており、寝るときはそれぞれの部屋に入ることになっていた。
大和からすれば三度目の引率なので慣れたものである。
一方でヒュヘルムネーはすこし気まずそうであった。
(さっきのラッキーな体勢は、本気で怖がってたから、ラッキーとも思えなかった……いや、あれは、あれで、いい。だってガチ怯えだったもん。それはわかってたと思うもん。もしも私がよこしまな気持ちでアレをやっていると思われたら、それこそ恥ずかしくて死んじゃうし……)
(やっぱさっきのアレは、ガチ怯えだったよな。俺が好きであんなことしてたわけじゃないよな。それなら俺のことが好きって言うのは違うよなあ? クロリスにいろいろ言ってたクラスメイトは、邪推しただけなんじゃねえの?)
「ねえ大和! この部屋にもパソコンがあるんだから、ゲームができるのよね!? オンライン購入ができるよね!? デジタルデータで購入できるよね!? デジタルゲームがしたい! する! それをしにきたようなもの!」
大和はヒュヘルムネーを気遣っていたが、クロリスはいよいよギアが上がっていた。
日本人は意識しないが、日本でしかできないことと言えばデジタルゲームである。
パソコンがオンライン状態なら、この船の上であっても遊ぶことが可能であった。
「ん~~……そうだな。それじゃあ何がーー」 「『ゴールデントライアングル 空を飛ぶ鯨の悪夢』をやりたい!」 「ーー食い気味だな。いやまあ、もう決めてくれてるのはありがたいけどさあ」
ヒュヘルムネーの要望は、大和も知っている名作タイトルであった。
これもまたデジタルゲームの最初期から何度もリメイクされた名作である。
最初期の作品であるため、元々のボリュームが少ない。
大作に手を出して沼になるよりはマシだろう。
オルプネのことを思い出しながら、大和はクロリスの部屋でパソコンの操作を始めた。
これについてはヒュヘルムネーもクロリスも何が何だかわからないので手が出せない。
だがボリュームが少なく、名作で、しかも有名会社のタイトルであったため、早々にダウンロードができていた。
「これで遊べるぞ」
ゲームが始まった段階で、大和はパソコンの前の椅子から下がった。
だがクロリスはなかなか椅子に座らない。
ゲームの開始画面を見つつ、BGMに聞き入っていた。
「あああああああああああああああああああ」
ちいさい声を漏らしながら、ひたすら感極まっていた。
BGMが一周するまで聞き入るつもりのようである。
一方でヒュヘルムネーは少し拍子抜けしていた。
「知ってる曲だね。それにこっちの方が使ってる音が少ない気がする。これならデジタルゲームで聞く必要あるの?」
「言いたいことはわかるけど、作曲という観点からするとこっちの方が凄いのよ。……あ、いや、それどころじゃないわね。時間は限られているんだから、もうプレイしないと!」
彼女は事前の準備通りに、キーボードでゲームを操作。
オプション画面で難易度を変える。
「難易度は『観光客』で……」
「え、どういう意味?」
「観光客がシナリオ優先で遊ぶためのモード。切り抜き動画並みにめちゃくちゃ短縮されるモード。本で例えたら要点だけ切り抜いて一冊にまとめた感じ」
「本当はノーマルでやりたいけども、さすがにそれは、時間がないから……!」
断腸の思いでクロリスはゲームを始める。
ヒュヘルムネーからすれば、どこかで聞いたような音楽と、比較的丸く見やすい映像が続いている。
やがて本格的なプレイが始まり……。
※
羽毛の生えている種族、ナパイアイ。峡谷で暮らす彼らは、魔法を用いれば鳥のように飛ぶこともできる。
彼らは歌や音楽を愛する種でもあり、その能力はヒューマンを含めた他の種族よりも傑出して高い。
平均でもそうなのだから、ナパイアイの中でも上澄みに位置する者たちはなお凄い。
一般の音楽家なら毎日練習しないと腕が保てないが、ナパイアイの音楽家たちは初めて触る楽器でも数度練習しただけでプロ級に達する。
その上複数の楽器を操ることもざらであり、自分の気持ちをあらゆる楽器で表現できるという。
そのような種族がいると知り、ヒューマンの音楽家たちは自信を喪失したらしい。
だが絶望はしなかった。
ナパイアイも自分たち同様に、地球の音楽に感動してくれたのだから。
日本音楽、地球音楽と邂逅するまで、異世界の音楽は雅楽のような儀礼的なものか、民謡や童謡のように庶民の定番の曲か、あるいは詩のように即興で奏でるものであった。
ナパイアイの音楽もまた、音楽的教養の高い者、音楽を良く知る者以外は聞いても『上手だな』と思うだけのものであった。
だが地球や日本の音楽は違った。音楽に興味がない者であってもひきつけ、記憶させる強さがあった。
今まで音楽にさほど興味がなかった諸外国も魅了されたのだが、ナパイアイは特に魅了された。
音楽を主役とするエンタメもさることながら、脇役とするエンタメにもハマってしまった。
電子楽器以外のあらゆる楽器やアナログレコードを購入し、故郷に持ち帰ったのである。
その文化的爆発力はすさまじく、以前の楽曲はイベントごと以外では奏でられなくなってしまうほどであった。
※
船に入った時刻、まだ出発する前から始めたゲームプレイ。
日が傾くころには佳境に入り、夕暮れには本格的なエンディングへと突入する。
ゲームの辞め時を見失うどころではない。
ものすごい没入感によって、クロリスは涙を流すことも忘れてゲームをクリアしていた。
一方で大和と共にゲームプレイを観ていたヒュヘルムネーは感動の涙を流している。
「この、恋が、報われて、欲しかった……!」
大和はストーリーを大筋知っていたので泣くことは無いが、それでも彼女が感動している姿に胸を打たれて、ほろりとしていた。
「悲しくも寂しい情景から、前向きで力強いテーマへの移行……素晴らしい、素晴らしいわ……想像していた以上に、素晴らしい作品であり……そのための音楽だった!」
スタッフロールを終えてゲーム画面を閉じたクロリスは、ヒュヘルムネーや大和に向き直り、オカリナを吹いた。
防音が行き届いている個室で、控えめの音量で作中で使用されたBGMが演奏される。
それは大和とヒュヘルムネーが何度も聞いてきた定番の曲であったが、今はゲームの情景が浮かんでいた。
「この素晴らしいゲームにとって、この音楽はあくまでも脇役……でもそれは、音楽の価値を下げるものじゃない! そして音楽を聴くことで、ゲームの情景がよみがえる……これが、パワー! 音楽の、パワー!」
ヒュヘルムネーは音楽を聴くぞ、というスタンスではなかった。
先日の演奏会もそうだったが、彼女は音楽がそこまで好きではないようだ。
その彼女すら、この音楽は記憶に残った。
ゲームと紐づいて、一生心に残るだろう。
今後この音楽を聴くたびに、今この瞬間のことを思い出す。
クロリスがプレイしていたこと、自分が大和と一緒に眺めていたこと、船の揺れまで。
何もかもが記憶に焼き付いた。
これが叶うのは、何もかもが名作として完成しているからに他ならない。
「ゲームってすごいんだね、大和君……」
「コレは特に名作だからな」
図らずも、名作恋愛映画を観たかのような雰囲気になっていた。
ヒュヘルムネーと大和は、なんとなくいい空気になっていた。
「大和! 次は『極東事件簿』シリーズをやる! ダウンロード、お願い!」
クロリスはその余韻をぶっ壊していた。
「は、はあ!? 今から!? あのシューティングゲームを!?」
大和が慌てたのも無理はない。
極東事件簿シリーズと言えば、素晴らしい音楽や世界観もさることながら、難易度が高いシューティングゲームとしても有名だったのだ。
ゴールデントライアングルシリーズとは、クリアの難易度が違いすぎる。
「最低難易度でやるから!」
「それでも無茶だ! それに最高難易度じゃないと出現しない裏ボスとかもいるんだぞ!」
「うぐ……でも、やりたいの! 故郷の人たちもおススメしていたの!」
「……いや、そりゃ、まあ。確かに名曲ぞろいだけども」
「そう! あのゲームの曲は、凄いのよ! だからプレイしたいの!」
「……わかった。でもアレはメジャー……いや、インディーか? とにかく、サイトにあるかどうか……」
(もしかして、タイミングを逃した?)
パソコンの前に座る大和を見て、少し寂しくなるヒュヘルムネーであった。
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