別れ
かくて、エコー一家三人と、大和とヒュヘルムネー、クロリスの一行は新出島へワープを果たした。
大和にしてみれば何度も来ている場所であるし、ヒュヘルムネーにしてもここは目的地ではない。
だがクロリスにとっては感動的であるらしく、持ってきていたオカリナで熱の入った演奏を始めている。
(多分上手なんだろうけども……正直うっとうしい。落ち着きがなさすぎるよ……)
ノリノリで芸術家肌が発揮されているのだが、一般人肌には合わなかった。
素敵な演奏ができるというのは自己表現ができていいと思うが、自己表現には場を考えてほしいもんである。
そしてもっとどうかと思うのが、一緒にいるエコー一家だ。
彼らは偉ぶっているわけではないが、ものすごい存在感がある。
このまま一緒の便に乗ろうものなら、一晩緊張し続ける。
ただでさえクロリスという『余計な者』がいるのに、それより輪をかけて迷惑であった。
かといって、別の便で行ってくださいだとか言える相手ではない。
違う船に乗ることを祈るしかなかった。
(別の船に乗ってくれますように……!)
一方で大和は少し驚いていた。
彼の鼻には懐かしい匂いが届いていたのである。
「……まだ異世界側なのに、なんでこの匂いがするんだ?」
首をかしげながらワープ駅を出ると、新出島の港には屋台が多く並んでいた。
日本語の表記がされている屋台からは香ばしいソースの焼ける匂いが漂っている。
使われている調理器はガスを熱源とするシンプルなものばかりで、異世界側でも問題なく使用できていた。
計算機だけは魔力によるものであったが、日本の屋台と言って差し支えない。
「定期的に開催される新出島のイベントとして、こちら側で屋台を開いているんだ。君も知っているように、こちら側からあちら側へ渡るのは存外手間だし、魔法が使えない場所に行くことを不満に思う者もいる。なによりあちら側に余計なスペースはほぼない。だからこうして港が休みの日に、アンテナショップとしてイベントを開いているのだよ……今日はその日という事さ」
「このイベントはね、私たちも大好きなのよ。B級グルメだけじゃなくて、デパ地下グルメと呼ばれる料理も多く出品されているのよ……」
「この匂い、音、雰囲気……ああ、たまらないわ……」
途中までは理性的に話をしていたオレイアデスの一家三人だが、ゆっくりと正気を失っていき、さまようように屋台へ歩いていく。
それぞれの屋台にはすでに多くの客が並んでおり、彼らも思い思いの店の最後列に立っていた。
一家三人でここに来たのに、全員バラバラの店へ、己の食欲の赴くままに向かっていったのである。
(行儀はいいのに、目だけはマジだ……)
(こわ……)
三人とも微妙にそわそわしつつ、行儀よく並んでいる。
だが顔、特に目が怖かった。
言い方は悪いが、普段は食べられないごちそうを前にお座りをしている飼い犬のような目をしている。
ふとアンテナショップの近く、簡易の机やベンチをみれば、オレイアデスたちがアンテナショップの食べ物を味わっている。
それらの所作はとても洗練されているが、目だけはやはり『御馳走を食べている時の犬』に近かった。
もっと怖いのは、誰もしゃべっていないことである。
家族や恋人と一緒に来ているであろうオレイアデスもいるであろうに、誰もが食事に熱中していた。
(異世界に日本が来た時のエピソードを思い出すな……)
大和は歴史の授業で学んだことを思い返していた。
※
日本そのものが異世界に転移するという物語は多くある。
そのほとんどのスタートが『さっさと輸出入をなんとかしないと詰む!』という焦りから国交を結びまくるというものだった。
この世界もそれをなぞった。
当時の時点で核融合炉が完成していたのでエネルギー問題はだいぶ解決していたが、それにも限度はあるし、何より迂闊に攻め込まれたらそれだけでも詰む。
ドライアード王朝と早期接触できた後は、他の種族とも積極的に友好関係を構築しようと頑張っていた。
その中に当時のオレイアデスもいた。
日本政府はドライアード王朝に対して『彼らへの文化的タブーはなんでも教えてくれ!』と聞いていた。
SFにおいて異種族との接触ネタは多くあり、その多くで文化的タブーへの無知からくる衝突が発生していた。
これは単なる思考実験ではない。地球の中のホモ・サピエンスですら、文化が違うので衝突が起きていたのだ。異世界の異種族なら起きない方が変である。
これに対してドライアード王朝は答えた。
あの連中は、食事にはうるさいぞ。
諸外国と衝突するのは、大抵食事についてだという。
食事中に食事以外の話をしてはいけない。
食事中に食事以外をしてはならない。
料理は食べきれるだけ出す。
満腹になる量はダメ、腹八分が美徳。
などなど。
日本人にとっても納得の倫理観であるし、あっさり受け入れたのだが……。
実際に食事会を開くために毒見を兼ねた試食をお願いしたところ、それどころではなかったという。
『外国使節団の皆様へ口に合わない料理を出すわけにはいきませんので、護衛の皆様には試食をしていただきたいのです』
『我が国で現在出せる料理を可能な限りご用意しました』
『皆様の御国の文化は存じていますが、これはあくまでも試食……毒見ととらえて構いません。なので残しても構いませんよ』
日本政府は外交使節団の護衛たちを招き、ビュッフェスタイルの試食会を催した。
日本、東京の料理人の総力を結集し、とにかくたくさんの種類の料理を出したのである。
何が好みかわからないので、最高グレードだけではなく比較的グレードが低い料理も出した。
それぞれの量は大したことがなかったが、何分種類が多いので総量は相当であった。
完食を前提としない量を、あくまでも試食のために出したのである。
外交使節団の護衛たち……武力に秀でたオレイアデスたちは目の色を変えて食事をし、体形が変わるほど食べ続け、全ての料理を完食したという。
周囲の日本人が止めても威嚇するほどであり、結局止められなかったそうだ。
体調を崩すほど食べ過ぎた彼らは、ベッドで横になりながら護衛対象である外交使節団へこう伝えた。出された料理は、全部旨かった、と。
この後外交使節団は『我等にも同じ量を、同じ種類を用意しろ』と要求してきた。
日本側は『護衛の皆さんですらああなのに、皆さんが同じだけ食べたらとんでもないことになりますよ!?』と難色を示したが、それでも彼らは目を見開いて、魔法が使えないのに『焼き殺すぞ』と威嚇したそうな。
日本側は苦肉の策として、満漢全席方式……数日かけて食べるプログラムを組み、納得してもらった。
使節団は日本の料理を満腹になるまで食べ続け、それを何日も繰り返したという。
※
ドライアード王朝の情報は正しかった。だがオレイアデスの外交使節団は自分たちの文化的タブーを率先して破った。
もちろん、彼らにとっても故郷の味こそが最高である。日本の料理こそが最高とは誰も言わない。質に関してはオレイアデスの国こそ最高だと胸を張る。
だから、どれだけ高品質であっても、どれだけたくさん用意されても、ここまでおかしなことはしない。
だが……膨大な種類が、外れなく、食べられるところに並べられていれば、食への好奇心がマナーだとか美意識をぶっ壊してしまう。
それは今の時代も変わらない。
アンテナショップを訪れているオレイアデスたちは、食事の作法を完璧に守りつつ、物凄い集中力で食べ続けていた。
食べ終わるとまた別の店に並ぶか、あるいは好みの店でお代わりをもらおうとしている。
他の種族も大勢いるのだが、彼らは大いに目立っていた。
その中には、エコーやその家族も交じっている。
「ねえ、早く日本へ行こう!」
大和とヒュヘルムネーはその光景に圧倒されていたのだが、クロリスは彼らの袖を引っ張る。
彼女にも強い熱意があったので、この光景も特に気にならなかったらしい。
「それもそうだな……一緒に行動しているわけじゃないし、さっさと橋を渡ろう」
「うん……」
よくよく考えたら、オレイアデスたちは飯屋で飯を食っているだけではないか。
他人の食事を奇異の眼で見ている自分たちの方がおかしい。
促されるままに、バベルの橋へ向かっていく。
「ああ、そうそう。知っていると思うけど、オルプネの時は結構面倒なことになったからここで伝えておくよ。これからバベルの橋を渡るけど、日本側へ近づくとマナが薄くなって魔法が発動しなくなる。日本側で翻訳用の端末をもらうまで言葉が通じなくなるから……それまでは俺の手を握って、一緒に行動してね」
「え……うん!」
「ふたりとも」
「……うん」
そっか、大和君と合法的に、手をつないで歩けるんだ~~。
と、舞い上がっていたヒュヘルムネーだったが、クロリスも一緒であることを思い出してしなんでいた。
二人っきりだったら良かったのにと、今更嘆いている。
「いきなり言葉が通じなくなるのは怖いだろうけど、すぐ解決するからさ」
「……? あ、ああ。そういえば言ってなかったね。私は日本語話せるわよ。ドリュアデス語も少しはイケるわ」
そういえば伝えていなかったとばかりに、クロリスは自分が日本語を話せると言い出した。
彼女は自分にかかっていた翻訳魔法を解いて、日本語とドリュアデス語を話し始める。
彼女の唇の動きと自分たちの耳に届く言葉が一致しているので、彼女が翻訳魔法ではなく普通のバイリンガル……あるいはそれ以上であるとわかった。
「すごいな!? ドリュアデスの方はわかんないけど、日本語はネイティブ並みだぞ!」
「日本語がわかんないと、日本の歌の魂がわからないじゃない。だからちっちゃいころから必死で勉強したのよ」
「大昔のアニメオタクみたいなことを言うなあ。でもすごいと思うよ」
(あれ、これ、ヤバい?)
勉強量の差を見せつけられて、ヒュヘルムネーは慌てていた。
大和にとって自国の言葉を勉強している、というのはポイントが高いかもしれない。
少なくとも彼女の家族は、大和がドリュアデスの礼儀に則って振舞うことにポイントを感じていた。
「ね、ねえ……もしかして私も、日本語の勉強とかした方がいいかな?」
「そんなに気にしなくていいって。俺だってドリュアデス語は挨拶ぐらいしかできないし、君にも注文は付けないよ。それに俺の故郷の言葉は物凄く面倒なんだ。翻訳端末を頼ってくれ」
「うん……そっかあ」
大和は節度をもって接してくれたので、彼女的にはやはりポイントが高かった。
とはいえこのままだと自分が『芦原大和のにわかファン』みたいなので、日本語を覚えようかなと考える。
なお、後日故郷で日本語初心者向けの本を読んだところ、漢字やカタカナ、ひらがなにアルファベッドなどを見て、速攻で挫折したという。




