まあよし
ネタが思いついたので更新を再開します。
芦原大和。
ヒューマンの国、日本からの留学生である。
だが大抵のクラスメイトにとって、彼の出自はさほど重要ではない。
模範的な留学生。誰とでも仲良くなろうとしている。他国の文化や文明に敬意を払い、積極的に学ぼうとしている。
そして金に卑しくない、まじめな好青年。
仮に、自分たちの家族……妹や姉が彼を実家に連れてきて『この人と結婚するの』と言い出したとしよう。
親戚はクラスメイトである自分たちに『彼は信頼できるのか』と聞くに違いない。
迷うことなく『大丈夫だよ。彼はいい奴だ』と答えるだろう。
まあ、そういう相手だった。
どこの誰が彼を好きになっても、逆に彼が誰を愛しても不思議ではなかった。
誰からも好かれる男とはそういうものだ。
彼はきっと幸せで充実した人生を送るだろう。
だがそれは、彼に懸想している者からすればたまったものではなかった。
※
アレクサンドロス学園の教室にて。
ドリュアデスの少女、ヒュヘルムネーは自分の机でうなだれていた。
周囲のクラスメイトは彼女の姿を見ても、近づこうとしない。
彼女の抱えている事情を理解しており、なおかつどうしようもなかったからだ。
どうしてこうなったのだろうか。
自分はただ、いい雰囲気を作って、彼と親密になりたかっただけなのに。
普通に考えて……。気になっている男子生徒をアイドルのライブとかに誘ったとして。
その男子生徒がアイドルと仲良くなることを想像するだろうか?
どんなルートをたどればそうなるかわからない。
ルートの問題ではない。前提条件の問題だった。
アイドル、つまりナパイアイのクロリスは、元々大和と親密になりたかった。
だからこそ先日の接触を起点として、クロリスから積極的に話しかけていったのだ。
それは、まあ、わかった。
なにもおかしくはない。
だがこれでは自分はお膳立てをしただけではないか。
「ぐぎぎぎ……」
状況は絶望的か? それは否だ。
彼女の視点からしても、クロリスは女として動いているわけではない。
ランパデスのオルプネ、オレイアデスのエコー、同種のアトランティエと同様に、日本人としての面しか見ていない。
だがそれでも、とても楽しそうに話をしている。
ここからいい空気になっても不思議ではなかった。
そしてそうならなかったとしても、自分と大和の関係が前進しているわけではない。
「私だって、私だって、関係を前進させたかったのに……!」
ここで、彼女に向かって『もう告白しちゃえよ』と言う者もいるだろう。
彼女自身、この思いを伝えたくないわけではない。
だが断られる可能性が大いにあった。
というか、彼女は失敗すると思っていた。
なぜなら彼は、がっついてないから。
それこそ猿のようになっている男子なら、女子に告白されたというだけで舞い上がって、告白にオッケーの返事をするだろう。
だが大和はそうではない。大して親密ではない女子から告白をされても困るだろう。
いくら頼み込んでも、むしろ真剣に頼み込むからこそ、温度差ゆえに断られてしまうはずだ。
「私が大和君を好きでなかったとして、男子から本気で告白されたら……うれしいとか思わない、ただただ引く……断る! むしろ断ってほしい……!」
実際にどうだかはともかく……芦原大和という男子が、特別に親しいというわけではない女子から告白されて、バカのように大喜びでオッケーする、という展開は嫌だった。
たとえその相手が自分だったとしても、このタイミングで告白してオッケーをもらえたら、逆に幻滅するだろう。
自分でも酷い話だと思うが、それが乙女心というものだ。
「そして、仮に、今! 大和君から告白されても、私は断る……そういう空気じゃないもん……」
(わかる)
かなり大きな独り言を言っている彼女へ聞き耳を立てているクラスメイト達は、内心で納得していた。
自分がひそかに慕っていて、でも親しくない相手が、ある日いきなり唐突に、自分に対してものすごい熱量で告白してきたら。
温度差で逆に冷めそうである。
せめて仲良くなってからにしてほしいのだ。
そう、まずはステップである。
お互いのためにも、一足飛びをするのではなく階段を一歩一歩登っていきたいのだ。
だがそれも、一種のレース。オスの奪い合いである。
ちんたらしているわけにはいかない。
「ぐぬぬぬ……」
「なあヒュヘルムネー、少しいいか?」
「……かひゅ!」
うなっていると、大和が話しかけてきた。
自分でも独り言を漏らしていた自覚はあるので、とても慌てていた。
「大和君! 私の独り言を聞いてた!? 何時から!?」
「? うなっているなあとは思ってたけど……機嫌が悪かったのか?」
「そんなことないよ! そ、それでなに!?」
「今度の冬休み……年末年始の休みなんだけど、もしよかったら日本に来ないか?」
「いいの!?」
さっきまで『今いきなり告白されたらいやだなあ』と愚痴っていた少女と思えない急激な反応であった。
周囲の生徒たちは言ってやろうかと考えるほどに掌返しを感じていた。
まあ、告白されるのと、遊びに誘われるのでは話も違うのだろうが。
「冬の休みにクロリスが日本に行きたいっていうからさ、ヒュヘルムネーも一緒にどうかなって思ってさ。この間はなんやかんやあってヒュヘルムネーじゃなくて委員長が行くことになっただろ? 埋め合わせをしようと思って」
「そ、そっか……クロリスのついでかあ……」
「嫌なら無理は言わないぜ」
「行く! 行きます!」
さっきまで文句を言っていたのは何だったのか。
彼女は慌てて同意する。
「そんなに日本に行きたかったのか~~」
(そんなことないんだけどね……)
ごほん、と彼女は咳払いをした。
「それで一応確認なんだけど……エコーさんも連れていくの? あの人も行きたがっていたじゃない」
「エコーか……あの人はダメだ。断る」
大和は腕を組みつつ、熟慮の末の結論を出した。
「エコーは食べ歩きがしたいらしい。そりゃあちこち歩き回って、高い店やら安い店やらで食べまくるんだろう。それに俺が付き合うってことは、俺も食べまくるってことだ。エコーの奢りで。それは……さすがに気分が悪い」
大和は卑しくなく、むしろ高潔であろうとしている。
学友と一緒に『美味しい店』をめぐって奢りまくってもらう、というのは精神衛生上よくなかった。
アトランティエの時のように実質的なガイドとして労働をしたのなら、彼女が旅費のすべてをもったとしても気にならない。むしろ払ってもらって当然であろう。
だが食事を奢りまくってもらうというのは、自分にとっても利があることだ。労働とは思えない。
「その点、クロリスの音楽めぐりは安く済むか、奢られてるって実感が薄く済みそうだからな。ってことでいいかい?」
「う、うん!」
クロリスが一緒というのは残念であるが、大和の故郷に行って、ご家族に会える。
しかも下心ぬきで誘ってもらえた!
天にも昇る気持ちで、彼女は青春に感謝していたのだった。




