レース
陰キャは話すのが苦手であるが、話せないわけではない。
少なくともクロリスは、きっかけさえあれば話せる自信があった。
こと日本の音楽に関しては、それなりの知識があった。まあ知識があるだけなので、日本人である大和へ接触を計っているのだが……。
そして大和はもともとコミュニケーション能力が高い。
相手が話をしてくれば、きちんと対応をできる少年だ。
※
二人は現在、教室で話をしている。
大和はいつものようにうんうんと頷きながら返事をしていて、クロリスは今までになく積極的に話をしていた。
「音楽の専門家相手に詳しい話はできねえなあ。ほらこう、専門用語なんて、授業の範囲ぐらいしかわからないぞ」
「そんなことは全然気にしなくていい! 貴方が音楽家を目指しているのなら軽蔑して見下して侮蔑するけど、素人なら楽しい、とか面白いとかそういう感想でいいのよ!」
「結構過激なことを言うなあ」
「音楽のことを座学の範囲でも知ろうとしないのはダメでしょ。それで少しでも成長できるのならやるべきだ。でもそれは音楽を演奏する側の話。音楽を楽しむ側はなんとなくでいいの、それでいい。少なくとも私は、聞き手に教養を求めない音楽も好きだ。もっと言うと、無理して自分に合わない音楽を聞く方が嫌だね」
「エコーと同じようなことを言うなあ。俺は挑戦するのがいいことだと思うけど」
「それは否定しない。でも聞いてみても合わないことはある。そういうことよ」
「ふぅん」
「日本の大衆音楽を、何も知らない素人向けというナパイアイもいるわ。それはそれで結構よ。でも私自身は、音楽に興味がない人を引き込む音楽にこそパワーを感じるわ。貴方が気に入ってくれた『カーチェイスのテーマ'78』だって、聞いている時は音楽が流れていることを意識することがない。あるいは今から素敵なアニメが始まるんだって気分になるだけでしょ? それでいいのよ! そこに惚れたの! コンサートやライブ、ジャズバーみたいに聞き手が聞きに行くぞって気を使ってくれている時じゃなくても、その脳に思い出として刻まれる音楽……大好き!」
「そう言ったら作曲家も喜ぶだろうな。あの曲を作った人は、子供だましじゃない曲にしたかったって聞いてるし」
「あら、勉強してるのね」
「有名過ぎる話だから、ネットに転がってるんだよ。正直ソースは確かめてない。地球時代でも世界中で愛されていたってのも、確かめようがないしな。でも……そういう意思は感じられる。あの音楽を作った人にはそれだけの思い入れがあって、どの国であっても聞いた人を引き込むって。ま、まあ、信じたいってことなんだけどさ」
「そう! そう! そう! 信じられる! 信じるに足る! 確かめるまでもないって、意外性ゼロだって! アレはたくさんの人を魅了するために作られて、沢山の人を魅了してきたって、絶対に信じられる! 日本にはいろんな曲があるけども、あの曲はその中でも最上の一つ! 私には思い入れがあるけども、思い出補正抜きでも名曲! 最強!」
「他にも好きな曲があるのか?」
「もちろん! たとえば『デッドファイトIN大橋』! ちょっとまってね……」
クロリスは教室の中でハーモニカを取り出し、さらりと演奏を開始する。足踏みをして低い音も出していた。
止めようと思った大和だが、速やかにその曲の正体に気付いた。
「それ! それは知ってる! それは確かに名曲だ! そうか、そういう名前だったのか……メジャー中のメジャーだな。もっと俺が知らない音楽を言うかと思った」
「メジャーじゃないのも好きだけど、あえて外すほど偏屈じゃない。みんなが大好きな曲にはそれだけの力がある……パワー! 曲名の暗記よりも大事! その愛する気持ちが大事!」
「ふんふん。それじゃあ……うろ覚えだけど、俺の鼻歌でわかるかな?」
「『銀河渡航戦艦ムサシ』ね! それも勇壮で素敵……曲調は違うけど『希望と地球のための今』や『明日への叫び』も好き!」
「ほぼ軍歌だな。っていうか、この異世界にも軍歌とか国歌でああいうのあったよな」
「影響を受けている国もあるそうよ。日本がこの世界に来て300年……興亡も結構あったらしいから」
「日本もこの世界に来た当初はヤバかったらしいな。ドライアード王朝や他の国が支援してくれなかったらヤバかったらしいぞ」
「その一点だけでも、ドライアード王朝の名誉は守られるべき……!」
「日本ではそうなってるから、安心してくれ」
クロリスが素人向けに熱く語っていることもあって、二人は楽しそうに話している。
そんな姿を、ドリュアデスのヒュヘルムネーは恨めし気に見つめていた。
「どうしてこんなことに……」
元は、クラスメイトのドリュアデス達に相談をしたのがきっかけだった。
芦原大和と親密な関係になりたい。
そのように相談したところ、周囲は穏やかに応援してくれた。
この国に日本人はほぼいないので最初こそ奇異の眼で見てしまっていたが、今はもう見慣れている。
彼を嫌っている者はこのクラスにはいない。
彼と親密になりたいと言っても、止めた方がいいとは言わなかった。
定期コンサートのチケットが手に入ったので、一緒に行って来いよ、とそのうち一人が言ってくれた。
素敵なコンサートで気分を盛り上げて、そのままの勢いでぶつかってこい。
一度仲よくなれば、他の女に見向きもしなくなるさ。
その言葉を受けて、彼女は定期コンサートの最前列へ行った。
その結果がこれである。
まさか、クロリスまでが大和に特別な感情を向けていたとは……!
もとより、誘い文句は『定期コンサートに興味があるでしょ。行ってみない?』であった。
その結果、トリを務めたクロリスと彼が親密になってしまった。
「普通にそのまんま告白すればよかった……!」
今ならまだ間に合うとわかる。
だがあれだけ親密そうに話をしているところを見て、大和へ声をかける度胸など彼女になかった。
あれだけ楽しそうにしているのに話しかけたら、嫌われるかもしれない。
先日のクロリスと逆の状況になっていた。
だがそれも仕方がない。
そもそも彼女が大和へ好意を抱いていることが不自然ではないように、クロリスが彼と急接近することも自然だ。
イイ男、無難な男、普通の男、欠点の無い男、目立つ男。
大和はすべてに該当し、だからこそ競争率は高くなる。
勝った者だけが、彼の隣に永住権を得るのだ。
生存競争と言って差し支えない。
「うぎぎ……コレは、まさか……次の冬休みで、クロリスを連れていく流れ? それは困る……とても困る! 正月限定グッズとかが販売されているはずなの! 絶対買いたいの!」
「冬だからこそ食べられる郷土料理……日本の季節感……気象条件!」
「せめて、もう一回、あの図書館や博物館へ! 願わくば他の施設もめぐりたい~~!」
些か、別の動機で集まっている者もいる。
だがそれでも行きつく先は同じだろう。
であれば、これはもはやバトルであった。
ネタが尽きました。
思いつくことがあったら、また書きます。
応援ありがとうございました。




