棚から牡丹餅
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ナパイアイの少女クロリスは、芦原大和との距離を縮めようと画策している。
今も教室の外で身をかがめ、教室の中で談笑している大和を観察していた。
(あの野郎……私と同じで留学生なのに、普通に友達と話をしていやがって……ずるいだろうが、ええ!? なんで私にはいまだにちゃんとした友達がいないのに、お前はクラスの大多数と仲よくしているんだよ!! それはまあ、それでいいけどもさあ! だけどさあ! これじゃあ私が話しかけにくいだろうが!)
芦原大和は、数人のクラスメイトと談笑していた。
それだけなら普通だが、彼は常に数人のクラスメイトと話をしている。
それも特定の誰かではない。オルプネやエコー、アトランティエをはじめとして、多くの生徒と交流がある。
親友や恋人がいるわけではないが、多くのクラスメイトと親しいのだ。
その結果、話しかけるタイミングがない。
(どうする……今の会話に割って入るか!? で、できなくはない。私だって用事があるんだ……やってやれないことは無い!)
今の彼はヒュヘルムネーを含めた数人のドリュアデスと話をしている。
立ち位置からして、ヒュヘルムネーを他の生徒が応援している感じだ。
それが読めないほど彼女は無能ではない。
(やってやれないことは無いが、成功しなかったら悲惨だ……今は、今は後回しだ。今踏み込んで失敗したら目も当てられない! 委員長と同じ過ちを繰り返すわけにはいかない……そもそも、この空気を切り裂いて誘えるほど、私のコミュ力は高くない……)
ココで彼女は一旦教室から移動して、話しかける練習をしてみた。
(まずは挨拶だ……さすがに私の名前は憶えているよな? 覚えていなかった場合、名乗らないといけないのか? 今更? それはギャグで流していいのか? ギャグにしたら笑えないんじゃないか? いや、そんな懸念は無駄だ。ここはひとつ相手が覚えている前提で話してみよう)
「ごほん……こ、こひゅ……」
咳払い、口から声が漏れる。
(これは、目の前に本人がいないからだ……本人がいれば話せる……何を? まずは世間話から入って……いや、仮に周囲に別のクラスメイトと話をしている状態から世間話? 本題に入って……)
彼女の脳内ではシミュレーションが行われていた。
データが不足しすぎていて、まともにシミュレーションできていない。
(今度吹奏楽部でコンサートがあるから来てくれと誘って、そこで演奏する日本の音楽で魅了する。そのあとは流れで何とかなる……はず。日本がこんなに好きなんだとアピールしつつ、委員長のようにいろいろなところを回りたいんじゃなくて、東京だけでいいと言う……そう、勝利までのルートはできている!)
コミュ障により、息切れや発汗、めまいなどの症状が出ていた。
翼のある種族たるナパイアイながら、羽を舞い散らせながらもがいていた。
ストレスを抱えた鳥のようであった。
「うぐぐぐぎぎぎ……仕方ない、今回は諦めよう。仕方ない、仕方ない……」
彼女は一旦諦めて、教室に戻るのだった。
※
放課後。
今日は吹奏楽部の定期コンサートであった。
ナパイアイのクロリスもここに所属しており、定期コンサートに出ることが許されるほどの実力者であった。
まだまだ人の前に立てない腕前の者は、出ることが許されていない。
高等部一年生で演奏が許可されているのは、彼女だけであった。
定期コンサートの場所は、多目的室。
体育館ほど大きくはないが、様々な催しのされる広々とした部屋。
現在そこには多くのテーブルと茶菓子が準備されており、演奏を許されていない生徒たちはその準備に。
演奏をする生徒、一軍たちは演奏の準備に入っていた。
「ふぅ……」
緊張はない。
だが気落ちしていて、ため息を漏らすほどであった。
そんな彼女に対して、同級生や中等部の生徒たちは羨望のまなざしを向けている。
種族を問わず、この学校の吹奏楽部に入部する者の目的は『売名』だ。
この定期コンサートに出て多くの生徒たちに名前や顔、腕前を覚えてもらい、いずれは雇ってもらいたいのだ。
そうでなければ演奏家として生きていくことは難しい。
この異世界で、音楽の道で食べていくのは、間口は広いが厳選は過酷なのである。
その厳選を突破したも同然の彼女には、多くの羨望が向けられていた。
「クロリス先輩! どうやったら先輩のように、すごく上手に演奏できるようになるんですか!?」
「私たちもクロリス先輩みたいにコンサートに出たいんです! こう、すごいコツとか、教えていただけませんか?」
「他のナパイアイの方に聞いても、地道な練習しかありえないっていうし……」
「私、絶対に演奏で食べていきたいの! 何をすればいいのか教えて!」
クロリスは一度に大勢の部員から質問を受けていた。
気構えや事前準備などできておらず、不意打ちに近かった。
「まず譜面通りに演奏できるようになること。それが第一ね」
だが彼女はよどみなく返事ができた。
いきなり『1+1は?』と聞かれた程度のことであり、即答は当然であった。
「私たちナパイアイは確かに音楽的に優れている面があるわ。だけど貴方たちはそれ以前の問題よ。単純に腕前が足りない。基礎練習を繰り返すことね」
熱望している友人たちへ、冷静に返す。
「貴方たちは私が基礎練習をすっ飛ばして今の腕前になったと思っているかもしれないけど、私も他の先輩も基礎練習を終えたからこそ今の腕前になったのよ。ズルなんてしていないわ」
「それは、やっているけど……」
「やっているのはわかってる。だけど不足しているのよ。密度も、自分への要求値も」
ーーー世の中の『プロ』について語る物語では、良く『一作描くだけでもすごい』とか『継続しているだけですごい』と評する。
そういう意味では、吹奏楽部に実際に入部して練習して、曲がりなりにも演奏できるようになっているだけでも全体からすれば上澄みだ。
だが『プロ』への要求値はこんなものではない。
難しい曲でも譜面通りに演奏できて当たり前。
そこから先のプラスアルファを求められている。
それが実現できないのなら、プロを目指すことなどおこがましい。
「ナパイアイという種族は、音楽の世界でトップを占めているわ。だけど貴方たちは同種の先輩や同級生に勝っていると言えるの? 基礎練習が完ぺきではない人に、私はなんのアドバイスもできないわ」
絶対的な自負と自信。彼我の実力を正確に把握している。それを臆さず、正しく伝えている。
今の彼女を見て、コミュ障だとは誰も思うまい。
そう……彼女はこと音楽において、すでにイッパシであった。
※
定期コンサートが始まる。
多くの生徒たち……エコーのように富裕層の子供たちが大勢集まって、演奏を聞くべく着席していた。
中にはすでに目当ての生徒がいて、いずれは自分の家に演奏家として招くつもり、というケースもあった。
もちろん演奏する側からしても就職先を得られる貴重な機会である。
そしてただ純粋に音楽を楽しみにしている者もいた。
いずれもが、ナパイアイの中の才媛、クロリスに注目が集まっていた。
他にもナパイアイの吹奏楽部部員はいるのだがそれでも彼女が目立っている。
演奏が始まった。
戦後、日本における音楽が『西洋の楽器』で制圧されたように、異世界でも特別な行事を除いて『西洋の楽器』による演奏が主になっている。
ドリュアデスを主とする多種多様な種族による演奏会は、この学園にとって誇れるものであった。
ただ多様性を取り集めているだけではない。
多くの種族が高いレベルでまとまり、演奏しているからこその誇りである。
多目的教室の中で、多くの聴衆は聞きほれていた。
厳しい選別、大変な練習を越えた精鋭たちが息を揃えて演奏する音楽は、まさに圧巻だった。
聞く生徒たちも、種族を問わず感動している。
演奏に参加できない生徒たちは、自分たちがその演奏に参加できないこと、他者の演奏で感動している姿に嫉妬や焦燥を禁じ得なかった。
その『不純物』を見る余裕が、クロリスにはあった。
(貴方達は私たちを特別だと思っている。天から選ばれた、生まれながらの演奏家だと思っている。違うわよ、そんなんじゃない……!)
定期コンサートが盛り上がったところで、多くの部員が引き上げていく。
クロリスだけが舞台に残り、ピアノを前に座った。
座席の高さを確認し、軽く指を遊ばせる。
先ほどまではバイオリンを弾いていた彼女だが、ここからは独奏だった。
(少なくとも私は……!)
彼女がこれから演奏するのは、日本で生まれた名曲。
膨大に生産され消費される中、それでも最初期から残り続けた不朽の名曲。
その呼称に恥じぬ……アニソンの中でもジャズというくくりの中では不動の一位。
「……『カーチェイスのテーマ'78』」
弾き始めるまでは、ぱっとわからない生徒もいた。
だが彼女がピアノでジャズを奏で始めると、一瞬で理解させられる。
とあるアニメのOPとして製作され、今や世界中の富裕層が聞いている名曲だった。
だからこそ耳が肥えている。
初めて聞く曲だからと言って、採点が甘くなることは無い。
独奏だからこそ自分以外のせいにできない。
それでも彼女の十本の指は、最高の名曲を最高のクオリティで演奏し続ける。
同じナパイアイの生徒であっても、思わず聞きほれる熱量であった。
ーーー日本と異世界の国交が樹立され始めたとき。
日本のネット内では下種な予想があった。
お高く留まっている異種族は、優れた日本の文化に触れると一気に脱帽し、文化的な敗北を宣言するのではないかと。
そのようなジャンルの物語は大昔からあったので、誰もがその甘い予測をしていた。
これは、速やかに打ち砕かれた。
ナパイアイの外交官は、日本のオーケストラ、さまざまなコンサートを聴いた。
彼らはそれを聞き終えるたびに楽器店に入り、その場で複数購入。
開けた公園などで初めて触る楽器を見事に演奏し、ほんの数回で聞いたばかりの演奏を再現したという。
一人の外交官が、初めて触る複数の楽器で、聞いたばかりの曲を、プロ並みに演奏する。
それも、いっさい魔法など使わずに。
この事実に、日本中がざわめいた。
異種族、恐るべし。
日本文化、地球の文化はこの世界では通じないと激震したのだ。
(どう、最高の曲でしょ!? 感動するでしょ!? 私も、私も感動したのよ! 幼い時、お父様やお母様が、私が寝ているはずの時間に、映写機と蓄音機で『カーチェイス』を観ているのを覗き見たとき……私は感動したのよ! 完璧な音楽だった! 完璧な映像だった! 完璧な演出だった! 音質が悪いとか画質が悪いとか、お父様もお母様も私も気にしていなかった! アレが最高だった! 私はあの夜、音楽室に行って、脳に焼き付いた曲を練習し続けた!)
ーーーこの話はデマではなく実際に起きたことである。
だがナパイアイの外交官は、決してマウントを取るために演奏したのではない。
素晴らしい曲を聴いて、自分も演奏したくなってしまったのだ。
たまらなかったのだ。聞くだけでは満足できなかった。
そうでなかったら、なぜ演奏するのか。
演奏する側の原点は、それではないのか。他に何があるというのか。
(あの曲はアニメのための曲だと知っても驚かなかった! そのために作られた曲で当然だった! だから、ウチの演奏家の人が私たちの前で演奏していても、蘇るのはあの映像、カーチェイスだけだった! それが正しい! それがあるべき楽しみ方! 私はまだ、この一曲分しか正しく味わっていない!)
曲が一定のところまで行くと、彼女はピアノの席から降りて、汗を撒きながらサックスに切り替える。
やはりソロ。
彼女は最高の曲への愛を、演奏で表現し続ける。
そのための練習、そのための人生。
自分のための演奏ではなく、すでにこの世を去った作曲家へ捧げる演奏だった。
彼女の内心がすべて伝わるわけではない。
だがそれでも最高クオリティの音楽は、よどみなく聴衆の脳へ届き続ける。
演奏が終わった時、彼女は息を荒くしていた。
100mを全力疾走したかのような、精魂を使い切る演奏だった。
そうでなければならなかった。彼女は敬虔な信徒として、音楽をまっとうしていた。
(日本に行きたい……行きたいのよ……)
届かぬ愛に苦しむ彼女の耳に、聴衆からの拍手が届いた。
だが彼女は喜ばない。
最高の曲を『譜面通り』に演奏すれば、相手は感動する。
そこに自分というナパイアイは存在しない。
この拍手は、作曲家に向けられていると認識していた。
「すげ~~~」
「!?」
ココで彼女はようやく気付いた。
今回誘うはずだった芦原大和が、ヒュヘルムネーと一緒に砂被りで演奏を聴いていたのだ。
(なんで!?)
まさか、ヒュヘルムネーが彼をコンサートに誘っていたなど、彼女にわかるはずもなく。
そして、クロリスが日本行を狙っているなど、ヒュヘルムネーにわかるはずもなく……。
「すげえな、クロリス! 最高の演奏だった!」
惜しみない拍手を送ってくれる大和に対して、彼女は……。
「ぶ、ふ、ふひ、ふふひゅひ……は、はあ……わたちゅいわはあ……はあはあはあ……きゅくうくろ、り、り……でしゅ……う」
顔を真っ赤にしてしまい、名乗ることもできなかったのだった。
(何この反応!? もしかして、ヤバい!?)
自分のライバルに塩を送ってしまったのではないかと、ヒュヘルムネーは戦慄するのだった。




