それぞれの葛藤
アレクサンドロス学園の学長室にて。
ドリュアデスの親子、アトランティエとその父は話をしていた。
アトランティエはとても小柄で、その父は大柄である。
父は椅子に座っているのだが、立っているアトランティエは見上げる形になっていた。
「そのなんだ……うん。時刻表や全国の史跡、史料を見て、旅行の予定を立てるのが楽しい、という気持ちはわかる。だが毎週行きたいというのは、そのなんだ……もう労働だろう。創始者一族のお前が留学生に対して強く要請することは止めなさい」
「それならば、お父様やおじいさまの仕事に同行する、という形でいかがでしょうか? 一旦日本に連れて行っていただければ、あとは私一人で旅をしますので……」
「絶対にダメ。お前が何か問題を起こせば、連れて行った私の責任問題になる。場合によっては私のビザも取り消しになる。その上私ほどの大物が失敗をすれば、今よりもビザの発行が厳しくなりかねない。だからダメだ」
大和が他種族を日本に連れて行って、その他種族が日本で問題を起こしたとしよう。
もちろん問題にはなるが、大和が帰国できないという事態にはならない。
双方学生ということで、ある程度は大目に見てくれるだろう。
だが他国の有力者が娘を連れて日本に行って、その娘が問題を起こしたとなれば大問題だ。
影響が多岐にわたって発生しかねない。
「それなら、日本史跡観光ツアーだとかに参加するというのは……?」
「昔はあった。昔はな。その意味が分からないお前じゃないだろう」
日本では魔法が使えない。
異世界では電子機器が使えない。
双方がそのように認識していて、それが事実だからこそ、互いに見下しあっている面もある。
少なくとも『日本でなら何をしても捕まらないだろう』とか『異世界で悪いことをしても証拠を残さなければそれでいいだろう』とか思うバカは双方に一定数湧く。
日本の場合、予防が特に強い。
他種族用の翻訳AIはある種の監視装置を兼ねており、犯罪の相談などをしていれば即座に警察に通報され、監視が始まる。
無警戒で要所に向かえば、即座に職務質問からのログ検索、即刻逮捕で国外退去だ。
一方異世界側では、記憶の読み取りやウソ発見などの魔法が発達している。
刑事ドラマや推理小説が成り立たないほどであり、どれだけ偽装工作をしても犯人がその場にいれば質問をして終わりなのだ。
そのあたりを知らないまま犯罪を実行する輩の多いこと、多いこと。
やはり犯罪をするのはバカだけであった。
「身元保証人のような制度もあったが、それもすぐに破綻した。だから現在の形になったのだ。私はこれを仕方がないと思っている。これも法整備としては正当だ」
「歴史ですね……なんて迷惑な」
「お前も大概だと言っている! 毎週日本に行って史跡巡りだと!? 贅沢にもほどがある! 自分で稼いでいるわけでもないくせに、そんな羨ましいことをするな! 私だってなあ……私だってなあ! 日本に行った時、美術館で行われている古い絵画の補修作業や、竹やヒョウタンを使った水筒製作、忍者の里見学、時代劇撮影のための施設見学、縄文土器の製作体験とかに参加したいと葛藤しているんだ! それなのにお前は……お前と言う奴は……!」
「あの、お父様……日本にはそんなに楽しい施設が、体験があるのですか!?」
「ある! だけども、自重しているんだ! 自重できるから私は日本から信頼を得ているんだ!」
この会話と似たようなものは、オルプネもしていた。
『私たちはなんだかんだ言って時間制限は守れるからな』
『貴方我慢できなかったって大和さんも言っていたでしょ。だからダメ』
『そんな~~!』
※
食事と栄養補給には隔たりがある。
栄養補給は点滴でいい、というのはさすがに極論だ。
消化器官を使用しないと、生物は不調をきたすものである。
では、レーションでいいのか。
栄養バランスさえ良ければ、固形燃料のような固形栄養棒でいいのか。
それは違う。
食事は素敵なもの、美しいものであるべきだ。
匂い、味、見た目。
印象に残り、目の前に同じものが出れば思い出すべきだ。
だがこれには弊害もある。
飽きるのだ。
印象に残る、記憶に残るからこそ、前に食べたなあとマンネリ化する。
こうなってしまえば、どんな一流シェフもお手上げだ。
『今までにない料理が食べたい』
食通を自負する者ほどそう考えてしまう。
これを言われたオレイアデスの料理人は決まってこういう。
ならば、日本に行ってみるとよろしいかと。
彼らはにっこり笑って伝えるのだ。
マナ無き地、日本。
新出島にワープした彼らは、料理人に提案されたように、新出島の大衆向けレストランでカレーを食べてみる。
漁港もない純粋な貿易拠点、海のど真ん中。
それを想えば許容範囲の味だった。
間違ってもオーバーリアクションはしない。
だが失望するほどでもない。
彼らは脳内で『60点だな』と評し、ここにはもう二度と来店しないと考えつつ、それでも適正な対価を支払って日本本土に渡る。
彼らはカレーチェーン店をいくつかまわる。
トッピングや辛みを調整するシステムを知って、いくつか試す。
うんうん、と頷きつつ、『70点ほどか』と結論付けて店を出る。
中々お高いカレー店に入ってみる。
自分が今まで食べてきたカレーとは大分趣の異なるカレーを食べて、うんうんと頷く。
様々なカレー店……キーマカレー、スープカレー、オリジナルに近いカレーを食べてみる。
総じて『80点ほどか?』などと考えてみる。
そこまでいって、彼らは食通である自分ならもっとおいしいカレーを作れるのでは、と考える。
スーパーに行ってカレー粉やらカレールーやらを購入し、レシピ通りに調理。最高のコメを最高の炊飯器で炊いて食べてみる。
うん、美味い。
彼らはここいらで採点を忘れる。
ネット上に無数に存在するカレーのレシピを試してみる。
どれを試しても、それなりに美味い。
集合知の恐ろしさか。すでにある程度以上に検討や研磨がなされ、食通が考えるようなレシピはすでに完成品として存在している。
それをなぞってみる。それが、まあ、美味い。
だがずっと食べ続けていると、さすがに舌が慣れてくる。
少しカレーと違うものを食べてみようと、別の料理系統に手を伸ばしてみる。
まったく違う料理の系統樹が、無数に乱立し、誰でも、いつでも、それを味わえる。
超高級店に入ってみる。非の付け所がない料理が出てきて、高貴な食事が体験できる。
少し変わり種の店に入ってみる。王道があると知った上での創意工夫を感じ取ることができる。
チェーン店に入ってみる。誰でも、それなりに満足できる味と量を提供しようとしている努力を感じることができる。
適当なスーパーに入って、パックの食品にカット野菜を入れて、調味料をかけてみる。まあ美味い。
ちゃんとした店で買った食品を、ちゃんと調理してみる。うんうんと頷くぐらいに美味い。
それらをネット上とやらに書いてみる。
意見や感想、同調や反対。適当なことを言っているものや、思わずうなるものもある。
同胞が営業している店に行ってみて、オレイアデス好みの料理や、オレイアデスのオリジナルに近い料理を食べてみる。
他の種族の店にも行ってみる。
そうしているうちに、ビザが期限を迎える。
最上は祖国にあると知ったうえで、彼らは悟るのだ。
迷うとは。
正解がどこにもない砂漠を当てもなく歩き続けることだけを意味しない。
無数の木が生える森の中で木の一つ一つを検めることもまた迷う事なのだと。
最上以外のすべてがあるこの国から出ること、まだ多くの木があると知ったうえで離れることがどれだけつらいのかを。
※
オレイアデスの料理人、レアードは主人の娘であるエコーへそのように語った。
「ということで、今日はラーメンです。この料理もなかなか興味深い歴史を持っていましてね……元は近くの中国なる国が発祥だそうです。そこでは練った小麦粉を手で伸ばすことを繰り返して麺にしていたそうです。だからこそ拉麺と呼んでいたとか。しかし日本では製麺機なる機械で斬って麺にしたそうで、それでもラーメンと呼んでいます。もうこの時点で大分違う料理と言えるでしょうね。これも諸説あるそうですが……」
レアードの説明を聞きながら、エコーはラーメンを食べていた。
先日食べたカップラーメンの、その本来の形式であるらしい。
この、本来の、というのもレアードの説明からすればズレがあるようだが、それでもこれが目指すところであるらしい。
少なくとも、先日食べたインスタント食品とは全く違った。
特に違うのは具だろう。一応入れているというレベルではない。しっかりとした存在感を持ち、箸で取りやすくなっている。
味も食感も、ラーメンの麺と一緒に食べて損なうものではなかった。
全体的な完成度は非常に上がっている。
「そして、日本人が自分好みで味の探求をしていった結果、ラーメンは大いに市民権を獲得し、先日のカレー同様に日本の食事において大きなウェイトを占めるようになりました。これもインスタントから専門店、高級店と大きく幅や層がある料理ですね」
「そう、ですわ、ね……先日のカップラーメンよりも、格段に美味しく、そのうえで同じジャンルだと言えますわね」
スープまで飲み干し、口元をハンカチでぬぐうエコー。
その顔には満足感があったのだが、すでに顔には好奇心があふれていた。
(ほかの味は!? 麺にも種類があるとか!? 原典はどんな料理!?)
「ところでお嬢様……別の味のラーメンの試作品、ミニラーメン。それから餃子とチャーハンを用意しております。どちらがよろしいですか?」
レアードは悪党のような顔で質問をしていた。
なお、この行為には親からの許可があった。
「さすがに全部食べるとなると、今晩に響くと思うのですが……どうします?」
「う、ううう……」
エコーの体には十分な栄養がいきわたっている。
だが彼女の心はさらなる食事を求めていた。
「日本に……日本に行きたい……!! 行きたい~~!!!!」
※
一方そのころ……。
ナパイアイのクロリスは、自室でうなっていた。
防音処理のされた部屋は、それゆえに静かである。
考え事、独り言をするのには向いていた。
「このままじゃ駄目だ……絶対、別のアプローチが必要になる」
彼女はいわゆる陰キャであり、後ろ向きに物事を考える節がある。
だが後ろ向きに考えることが悪いこととは限らない。
先日のアトランティエのように、物事をいい方向に考えて、悪い想像を一切しないことの方が問題である。
「くじで運任せにしていたら、運の無い私が引いてもらえるわけがない。それに……態度が悪いクラスメイトが当たったら、大和が嫌になって二度と誘わないかもしれない……!」
オルプネもアトランティエも大和に迷惑をかけたが、日本を楽しんではいた。
もしも日本を楽しんでいない生徒を引き当てたら? 大和は常識があるので、今後は友人を誘わないかもしれない。
それを避けるには、できるだけ速やかに大和へ接近する必要がある。
「私が大和を誘って、日本の音楽を演奏して、感動してもらって、私は日本に興味があるから同行させて……と言えば、行ける可能性は高まる……!」
彼女に決定的な強みがあるとすれば、彼女の特技が演奏だという事だ。
かなりの腕前ではあるのだが、それでもプロではない。
だからこそ彼女が何を演奏して彼に聞かせても、それは彼にとって負い目にならない。
そう、彼は金に卑しくない。
相手が金持ちでもそうでなくとも態度は変えないし、報酬をもらえるからといって尻尾を振ることもない。
エコーから食事を誘われた時も、高級な料理を無償で食べることに負い目を覚えたほどだ。
よってエコーが『私が報酬を支払いますからガイドをしてくださいな』だとか『私の料理人の作った料理を毎日食べさせてあげますわ』だとか、そういうので釣ろうとか交渉をしようとしても失敗する。
それはエコーや他の者もわかっていることだ。
その点、アマチュアの演奏なら負い目を受けることは無い。
自分の誘いに、彼は乗ってくれるだろう。
問題があるとすれば……。
「大和に……あの陽キャに、私が、声を、かける……」
頭を抱えるほど、彼女にとってはつらいことだった。
本来難しいはずの音楽で感動させるという点に関しては疑ってもいないのだが、大抵の学生ならだれでもできる『クラスメイトに声をかける』が、彼女にとっては不可能に近かったのだった。




