若いんだから我儘でいいんだよ? いや、それはちょっと我儘すぎ……
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秋の大型連休が終わった後。
少し寒くなり始めた教室の中で、大和とアトランティエは他の生徒たちに囲まれていた。
ドリュアデスの堅物にして学園創始者の一族である委員長は、果たしてどのような所感を抱いて帰って来たのか。
「委員長! 日本はどうだった!?」
「そうね……ドリアード王朝時代から国交が続いていたこともあって、多くの史跡が残っていたわ。国中を飛び回って、博物館や図書館を見て回ったわ。目新しい発見とかはなかったけど、それでも貴重な体験ができたわ」
「こいつ偉そうに言ってるけど、俺を捕まえて連れまわして、こっちに行きたい、あっちに行きたいって限界ぎりぎりまで『学習』してたんだぜ? 船に乗るわ電車に乗るわバスに乗るわあげくプロペラ飛行機だよ。帰りが船便でよかったと思ったのは初めてだぜ。ぐっすり眠れなかったら、今頃グロッキーだったわ」
「ワープができないなんて、魔法がない国は不便だねえ。アタシ無理」
「私、くじに参加してたけど、当たらなくてよかった~~!」
「それでそれで? 堅物委員長と模範留学生殿は、旅先で、隣の席に座って移動して、急接近したりしなかったり?」
「この委員長様がそんな気分にしてくれると思うか? 知ってることしか展示されてないのに、ずっとお勉強に夢中で、俺に興味も示さなかったよ」
「大和はよく案内をしてくれたわ。そういういかがわしいことに手を出すこともなくね。信頼できるヒトだわ」
(こりゃナイな……可哀そうに。ただ休日が潰れただけかよ)
(つまんないね。二人で修学旅行をしてただけじゃん)
(委員長だからな~~。ガチで勉強してただけなんだろうな~~)
アトランティエと大和は、日本で触れられるだけの闇に触れた。
今までの二人は、ドライアード王朝の末期は暴君だらけで、やったことはすべて悪で、繰り返してはならないことしかしていないと考えていた。
大人がそのように白黒だと線を引いていたのだ。
だが実際には、もっとグラデーションがあると知った。
ドライアード王朝は文化保護に注力しすぎた結果滅亡した。
文化保護が悪いわけではないが、注力しすぎたのは悪いことだった。
少なくとも被害を受けた人からは浪費であり悪だと断じられた。
だからこそバランスを考えて、目立ちすぎないように、災害対策の予算を圧迫しない程度に注力するようにしている。
この難しい話を、他の生徒にするつもりはなかった。
だから事前に口裏を合わせたのである。
結果、当たり障りのない話をするにとどまっていた。
ひそひそ。
(よかったじゃん、ヒュヘルムネー。委員長と彼君、ただ旅をしてただけみたいだよ?)
(違う……私にはわかる。何もなかったかもしれないけど、親密度は上がっている気がする……!)
ひそひそ。
ヒュヘルムネーはその注意力で、二人の距離が縮まったことに気付いていた。
一線は越えていない、それどころか意識すらしていない。
二人とも基本的に堅物でまじめだ。
そうでなかったら、大和はオルプネと付き合っているだろうし、アトランティエが大和と同行しようとするまい。
だが親密度は間違いなく上がっている。
それこそ、お互いが気づかないほどに。
「ねえ大和君! 二人の旅の思い出、聞きたいな!」
「ヒュヘルムネー!? 顔が近いぞ! そんなに真剣に聞くことか!?」
「日本でどんな風に過ごしたのか気になっただけだよ!」
「おう……そうだなあ。基本移動してばっかりだったから、食事も弁当ばっかりだったな。だけど普通に店売りのコンビニ弁当だと味気がなさすぎるから、飛行機だとか新幹線限定の弁当、駅弁を買ってたよ。それでもそんなに美味しいメシじゃなくて申し訳なかったけどな」
「食にこだわりは無いから、気にしてないわ。それにネガティブに言うほど不味くはないわよ。むしろお弁当としては美味しかったと思うけど?」
「それでも旅館で食べた料理と比べたら差があったんじゃないか?」
「それがねえ。旅館の人には悪いけど、私みたいにドリュアデスの国で生まれたドリュアデスにとっては、好みが外れている気がして、違和感があったのよね」
「ああ、うん。なんとなくわかる。俺たち自身が購買層じゃないんだろうなあ」
「それに大和はだいぶ気を使ってくれたじゃない。翻訳機の充電が切れた時なんて、気を使って音楽を聞かせてくれたでしょ? 聞いたことのある曲だったけど、列車の中で聞くと雰囲気が合ってよかったわね」
「そうそう! この委員長さあ、翻訳用の端末とグラスの充電忘れてて、途中で翻訳ができなくて苦労してたんだぜ? 自分では普段から不注意だとかなんだとか言ってるくせに、自分では旅先の注意事項を忘れてたんだぜ?」
「……それを言うのなら、留学した当初のあなただって大分浮かれていて、注意事項を忘れていたと思うけど」
「その時のことは感謝してるって! だから今回も離島まで付き合ったじゃねえか」
(やっぱり仲が良くなってる……!!)
元々大和は模範的留学生であり、まじめなアトランティエと仲が良かった。
相性がいい、と言っていいのかもしれない。
二人で一緒に過ごしていたのなら、何も起きなくても親密になるのは必然だ。
「そ、それだけの時間があれば、私だって……」
「ぐぎぎぎぎ!」
「ううううう~~~!」
大和とアトランティエがほどほどに旅の記憶を話すことで、オルプネやエコー、クロリスのヘイトが高まっていく。
その熱意はヒュヘルムネーに勝るとも劣らない。
全員全然別のことを考えている、というのが変なところではあったが。
とはいえ、他の生徒たちは平熱である。
二人の話を聞いて『なぜそこまで親密になって一線を越えない?』という疑問を抱きつつも、他人事として楽しんでいた。
だが、場の空気を変える展開が始まった。
「ところで大和。金曜日の夜って予定は空いている?」
「今回のことをレポートにでもして提出しようかと思っていたんだが、お前もそれをするのか? 一緒に書くか?」
「ああ、違うわよ。また日本に行きたいから同行してって話」
「……は?」
この『……は?』という思考停止のエラー音は、生徒全員の言葉だった。
これにはさすがに、オルプネやエコー、クロリスやヒュヘルムネーも意味が分からなかった。
「金曜日の夕方に出発して、日本の博物館や美術館を巡って、日曜日の夜に帰還する。それをやりたいのよ。時刻表を確認して予定を立てたから、その点に抜かりはないわ。もちろん旅費は私持ちよ」
「……ふぅ、そうか、なるほど」
芦原大和。
人は彼を理解のある彼、スパダリと呼ぶ。
だが彼の許容量にも限界はあった。
「俺はもう、お前と日本に行かない」
「え?」
「毎週日本に行って見学して帰ってくる、っていうルーティンを学生生活に組み込みたいんだろ? 断る」
頑として断っていた。
断られると思っていなかったアトランティエは困惑しているが、それは彼女が暴走しているだけだ。
これを引き受けるのはスパダリでも理解のある彼でもない。
自分の意見を言えない都合のいい男である。
「え……え……う、うう……」
アトランティエは日本ロスを発症していた。
日本には多くの歴史的史料がある。
日本そのものの史料があるし、国交樹立時に各国の要人がその史料を見学したときの記録もある。
彼女は毎週一か所ずつそれを巡り、より見聞を深めるつもりだった。
たったの数日で新しい見識が得られ、価値観が急速にアップデートされた。
その快感が脳に焼き付いている。
もっと、もっと現地に行きたい。
現地のガイドに話を聞き、自分が気づかなかったことに気付きたい。
無知の知は恥じることじゃない。
むしろ自分の無知、疑問にも思わなかったことの真相を知る楽しみがあると知れた。
もっと、もっと知りたい。
もっと賢くなりたい。
もっとたくさんの物を観たい。
もっと旅がしたい。
「そ、そこをなんとか……ならない?」
普段は強気で、こうと決めたことは堂々と貫く彼女らしからぬ弱腰であった。
こちらが悪いことをしているかのような気分であったが……。
いや、そんなことは無かった。
さすがにクラスメイト全員が、彼女の要望を無茶だと思っていた。
仮に、日本へ直接ワープできるとしても、休日を全部潰して彼女に付き合うことはできまい。
「泣きたいのは俺の方だ! 俺の留学生活、俺の人権を何だと思ってるんだ!」
ですよね。
文句を言っている大和は、確かに少し目が潤んでいたのだった。
※
後日、彼女の両親が『娘が悪いです。バカなことを言ってすみませんでした』と謝りに来たのだった。




