学生はこれぐらいでいい
ドライアード博物館内の『映像記録室』にて。
アトランティエは多くの音が何度も繰り返される部屋の中で座り、思考をしばらく止めていた。
大和も若葉も黙ってそれを観ていることしかできなかった。
「んん……ふぅ」
アトランティエは緊張した顔で、軽く息を吐いた。
「ごめんなさい。脳内でポールシフトしてたの……でもある種の快感、成長の喜びもあったわ」
「それを快感と言うなよ」
大和は少し安心した。
若葉は大いに安心した。
(よかった、これで暴走したらどうしようかと……)
ーーー地球に日本があった時代。
日本の歴史の学習では、以下のような教えがった。
『昔戦争がありました』
『日本は負けて、沢山の人が死にました』
『戦争は悪いことです』
『なのでもう戦争が起きないようにしましょう』
この教えに思想や思惑が入っていないとは言いがたいが、これは歴史の勉強であろう。
過去に実際に起きた出来事を語り、そこから明確に教訓を得て、それを伝えているのだから。
本来ならば、他の歴史の授業もかくあるべきだ。
年号や人物名を丸暗記するだけでは勉強と言い難い。
過去の失敗や成功から現在に通じるものがある教訓を抽出し学んでこそ勉強である。
そして彼女は確かに先人の教訓を受け取っていた。
「一つ嬉しいのは、私の先祖やお父様、おじい様のやっていることが正しかったという事ね。少なくともアレクサンドロス大図書館の過ちは繰り返していないわ」
アトランティエはこの博物館に来た時、ありていに言って警備が少ないと思っていた。
中に入って展示物を確認した後ではその思いが強くなった。
なんなら、後で説教してやろうかと思ったくらいだ。
アレクサンドロス学園の図書館なら、もっと警備が厳重だ。
実際に襲われることもあるのだから、もっと警備員を増やして対応するべきだ。
ちゃんと予算をかけないと文化財を守れないわよ。
そのように言おうとしていた。
言わなかったことに安堵するほどだ。
「図書館も博物館も存続することに意義がある。持続可能な経営でなければならない。オルプネやエコーのような、ドリュアデスに興味のない留学生の存在もどうかと思っていたけど……寄付金を得るためには仕方のないことね。それがドリアード王朝が滅亡した理由から得る教訓ね」
「若葉さんの前で言っちゃあなんだけども、王朝一つ滅びて得られる教訓がそれってのはどうなんだろうな」
「大丈夫、全然気にしてないわ。遺産を展示して商売をしている身でなんだけど、二百年前の先祖なんて他人みたいなものだし。それに無駄遣いが原因で自滅した国なんて沢山あるでしょ? だから重い教訓と言えるわね」
大和は博物館を軽く見ていた。
とっくの昔に調べ尽くされているものを見てどうするんだ、と。
その感想も正しい。
どこかの市長がどでかい美術館を建てた後で水害が発生したら、そりゃリコール不可避である。
美術品や文化財は大事だ。
お金では買えない価値がある。
だが人命よりも価値があるわけではない。
特にまったく関係のない人からすれば、『そんなもの』でしかない。
優先順位は最後の方にするべきだった。
「ところでさ。委員長の親がこのことを直接教えてなかったのはなんでだ?」
「憶測だけどね……いきなり馬鹿正直に『図書館建てたら国が滅びた』って教えたら、じゃあなんで今も図書館作ってるのよ、って思うでしょう。今の私なら『予算配分を誤ったことが原因、バランスを考えるのが大事』ってわかってるもの」
彼女は息を整える。
本当は、今この部屋に満ちている映像記録の写本も持ち帰りたい。原本じゃないからいいだろうとも思ってしまう。
だが持って帰ったところで、どこにどう保存し、どう展示し、どう警備するのか。
そんな予算があるとは言えない。
だがそれでもいいのだ。
この国でも、あるいは別の国でも。
保管され続けているのなら、何時かは迎えられる日が来る。
それを目標に頑張れる。
「ドリュアデスの国全体をもっと豊かにして、芸術を保護することにお金をかけられるようにしないといけない。遠回りだけど、それが教育の目的よね……お父様もおじいさまも、そう考えているはず。私もそれを引き継ぐわ。何時かアレクサンドロス学園に、これらの文化財を迎えられるほどの美術館を建ててみせる……」
「いい夢だな、ロマンだぜ」
(ここの展示物は、私たち一族の私物だし、飯のタネだから持ち帰られると困るのよね……)
若者は夢を見つけて、静かに燃えていた。
社会人は将来的な失業を不安視していた。
※
ドリアード博物館の展示物はかなり多かった。
だがそれでも昼までに一回りが終わっていた。
ガイドである若葉の案内もあって、アトランティエも満足気である。
「まだまだ見たいようだったけど、もういいのかしら?」
「ええ。一回りはできたし、それに……さすがにそろそろ新幹線に乗らないと、大和の家に入れないもの」
「忘れてなかったのか、良かったぜ」
博物館の出入り口まで案内した若葉は、最後にチラシを渡した。
「それじゃあコレをどうぞ。映像記録に関しては、チラシに書いてある博物館の公式ホームページから閲覧できるわ。中には戦争中の記録もあるから、観るときは少し覚悟してね」
「ええ! 何度も観させてもらうわ」
「それから……気付いていると思うけど、この博物館は300年前から200年前の時代のドリュアデスの国の資料が主なの。他の時代の資料はまた別の施設で保管されているから、興味があるのならそっちも見てね」
若葉は業務的に宣伝をしただけだった。
だがアトランティエの眼が光り、大和の顔が青ざめる。
「おい! さっき俺の家に行くって言ったよな!?」
「忘れたわ! それで、別の時代の資料はどこに!?」
「え……今から行くの?」
「もちろん!」
「離島だから、小型飛行機の便に乗らないといけないんだけど……」
「大和! 小型飛行機のチケットを手配して!」
「ええ~~!? そ、それじゃあ、そのなんだ、まず俺の家には帰れないぞ? 離島から帰る時に、そのまま付近の港に移動して、そこから新出島に向かうルートになるんじゃ……」
「それで行きましょう! ほら、ロッカーに荷物を取りに行くわよ!」
「おいおい……ふぅ、まあしょうがないか」
熱意に押し切られて、大和はアトランティエの提案に乗る。
朝から熱心に見学をしていたと思えないほど、元気いっぱいに敷地の外へ駆けて行った。
「……若いわねえ」
社会人である若葉には、あそこまでの活力はなかった。
ほんの少し前の自分なら、ああいうことをできたのだろうか?
そう思うと、胸が痛い。
「あんなスパダリ、理解のある彼君はいなかったわ……ほしかったわね……うう」
彼女はまだ業務がある。
博物館の中へ戻っていくのだった。
※
大和とアトランティエは離島行の便がある空港に向かうべく、新幹線に乗り込んでいた。
やはり数駅はまたぐ必要があり、深夜よりは人が多い自由席に並んで座っていた。
「ねえ大和。おススメされた公式ホームページの動画なんだけど、一つにつき30分はあるのよ。さすがにそんなに見ていたら、駅を通り過ぎそうじゃない? もっと腰を据えられるときに見たいから、他の短い資料映像を見たいのだけど……大手動画配信サイトの資料映像って、貴方の言うフェイク動画だったりする? 見分けるコツがあったら教えて」
「CG画像やアニメ調の解説動画じゃなくて、TV局の公式チャンネルで、実写のなら確度が高いぞ。実写もAIで再現できるけど、動画配信サイトに投稿はできないからな」
「え、なんで?」
「そりゃさっきと同じような理屈さ」
この時代、AIで作成したコンテンツは、小説投稿サイトや画像投稿サイト、動画配信サイトには投稿できなくなっている。
各社のAIアプリケーションと連動しており……少なくとも無料で使用できるAIを使ったコンテンツは投稿自体ができなくなっている。
というのも……。
とある『自称パイオニア』が、AIに全自動で動画を作らせ続け、なおかつその動画を全自動で動画配信サイトへ投稿するプログラムを組んでしまった。
全自動で動画が作られ、投稿され続ける。
よって、何もしなくても収入が得られるようになるはずだった。
悪いことに彼と同じように考える者が多く現れ、同じように全自動生産、全自動投稿を実現してしまった。
「スポンサーも利用者も増えない状態で、アレクサンドロス学園の図書館に毎日たくさんの本が寄贈され続ければどうなる? 常識の範疇を越えて、とにかくたくさんな。それをする奴が一人じゃなくて、沢山いたら?」
「……昔話みたいな話ね。もしも本当にそうなったら、図書館が本であふれかえって、保存も管理も、貸し出しもままならないわね」
「その通りだ。これはデータでも同じなんだよ。無料のAIでも無限にコンテンツを作れる。だけどサーバーのデータ容量は無限にできないし、AIの処理速度も無限にできない。なにより消費する人間の可処分時間も広告を出す企業の広告費も無限じゃない。だから自動生産自動供給というやり方が禁止されたんだ。ビジネスモデルにあわないってね」
生成AIが台頭したとき、すでに動画配信も画像投稿も小説投稿もレッドオーシャン、過剰供給気味だった。
そこに大勢のAI作家が無制限全自動投稿をし続ければ、電気代も通信容量もサイトのメンテナンスもパンクする。
普通に使っている分には問題なかったのに、一部のバカのせいで全面禁止するしかなかったのである。
「だからTVの実写記録映像なら確度は高いぞ……絶対とは言えないけどな」
「……やっぱり画像は止めておくわ。博物館で買った写真集を見ておく」
「それがいいさ」
ネット上のコンテンツを、偽物か本物か考えながら見るのは疲れる。
純粋に楽しめない。
そう思う彼女は、やはりまじめだ。
(昔の俺なら、作り話かどうか考えもせずに楽しんでいたな……アレはアレで間違ってた。今の彼女が正しい。本当のことはちゃんと調べるべきだし、調べられないなら信じるべきじゃない)
そんな真面目な彼女だからこそ、大和は最後まで付き合うことにするのだった。
「小型の飛行機なんだけどさ、プロペラ機らしいぞ。俺も乗るのは初めてだ」
「私は飛行機自体が初めてよ。なにかこう、歴史的な小話はあったりする?」
「お前が喜びそうな話は無いな。でもオルプネが喜びそうな話はある。アイツが好きなゲームとコラボしているみたいで、限定グッズとか売ってるし、限定アニメとかが機内で観れるらしいぞ」
「それならお土産でも買ってあげたら?」
「アイツ面倒だからなあ……自分で乗って自分で選んで買うのが好きなんだよ。俺が全種買って持って帰ってきても、怒るだけだと思うなあ。まあお土産はお土産として受け取りそうだけど」
「あらそう、それなら買って帰らない方がいいかもね。ところで、飛行機にも駅弁とかある?」
「あるらしいぞ、これもコラボでイラストとかついてる」
「味は?」
「ん~~、まあ、昨日食ったのとは大差ないと思うぜ。でも味に関しては、到着した離島で楽しめそうだ。あっちには漫画喫茶とかが無いから、旅館に泊まることになる。ドリュアデスの国の料理を日本人の舌に合うようアレンジした料理が出るらしいぜ」
「それは興味深いわね。旅館自体はどうなの?」
「元々離島にあった宿泊施設を、戦乱時代に亡命してきた一般のドリュアデスが改造したものらしいぞ。今もそのドリュアデスの子孫たちが経営しているそうだ。大きな食堂があって、そこでは昔のドリュアデスの民族楽器で生演奏してくれるから、そのショーを見ながら食べるらしい」
「それは撮影オーケーかしら!?」
「大丈夫らしいぜ」
「今から楽しみになって来たわ……!」
「奇遇だな。俺もちゃんと旅行になりそうで楽しみだ」
本当に強行軍だ。
だがそれでいい。
二人はこの後小型飛行機に乗って、内戦時代に亡命してきたドリュアデス達の暮らす離島へ向かうことになる。
その子孫たちは緑一族と違い、大いに混血が進んでいた。
ショーでは伝統ある楽器を使っているが、演奏するのは古典よりも、日本の流行の曲が多かった。
出てくる料理も『名物創作料理』であり、ドリュアデスの国で出る料理とは大きく異なっていた。
だがそれでも二人は大いに楽しんだ。
これも過去から現在に続く歴史と文化。
来た甲斐はあった。
結局二人は芦原家に向かうことがなく、離島から本土、本土から新出島に向かうことになった。
だが大和が撮り送った多くの写真を見て、彼の家族は大いに満足したという。
彼らは、今しかできない学びを得ていたのだから。




